診察時間
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今日お話ししたいこと
今回は、腹腔内に多発性の巨大な腫瘤(しこり)が確認された6歳の猫の患者さんに対する、試験開腹および組織生検の症例についてお話しします。

当初、軟便や下痢などの消化器症状が続いており、超音波検査を実施したところ、中腹部に3cm〜4cm大の腫瘤が確認されました。腫瘤は周囲の臓器を巻き込んでいる所見があり、これが「悪性腫瘍(ガン)」なのか、あるいは「特殊な重度炎症」なのかを確定させ、正しい治療方針を決定するために外科的介入(生検)を実施した経緯をご説明します。
血液検査では、総タンパク(TP)やグロブリンの著しい上昇がみられ、体内で強い慢性炎症が起きていることが示唆されました。超音波検査では、腫瘤が単独で存在しているのではなく、腸管などの周囲組織と複雑に癒着している状態でした。
針を刺して細胞を採取する細胞診だけでは、腫瘤の深部構造や正確な組織型を特定することは困難です。悪性リンパ腫、腺癌、あるいは非腫瘍性の肉芽腫では、それぞれ使用する薬剤や治療の方向性が全く異なります。手探りの内科治療による時間のロスを防ぎ、最適な治療へ移行するためには、開腹して直接組織を採取する「外科的生検」が必須であると判断しました。
もし「メスを入れるのは可哀想だから」と手術を避け、原因不明のまま対症療法(吐き気止めや下痢止めなど)だけで放置した場合、患者さんは以下のような残酷な結末を迎えるリスクが極めて高くなります。
本症例において選択した術式は「試験開腹および複数箇所のパンチ生検」です。
実際に開腹してみると、大網(胃や腸を覆う膜)は癌性腹膜炎を疑うような色調変化を起こしており、腫瘤は膵臓に強固に癒着し、周囲の空腸にも広く播種している状態でした。この時点で、腫瘤や癒着した臓器を「完全切除」しようとすれば、命に関わる大量の消化管切除が必要となり、患者さんを術死させるリスクが高すぎると判断しました。そのため、無理な切除は行わず、確定診断を得るために6mmパンチを用いて腫瘤と大網から数カ所の組織を正確に採取し、安全に閉腹する方針をとりました。
麻酔・鎮痛プロトコルについて
手術による痛みは、動物の回復を遅らせる最大の敵です。当院では全身麻酔に加えて、局所浸潤麻酔を組み合わせたマルチモーダル鎮痛(多角的な痛み止め)を徹底しています。メスを入れる前に、局所への麻酔薬の浸潤によって痛みの伝達経路を直接遮断する先制鎮痛を行うことで、術中・術後の痛みを論理的に最小限に抑え込みます。
当院では、外科手術後の入院期間は原則1〜3日という早期退院の方針をとっています。静脈点滴による厳密な血圧・水分管理が必要な危険期を越えた後は、住み慣れたご自宅での環境が動物の精神的ストレスを最も軽減させ、自己治癒力を高めるからです。
また、入院中の夜間体制についても事実をお伝えします。夜間、当院はスタッフが不在(無人)となります。しかし、動物をただ放置するわけではありません。全入院ケージにはペットカメラを設置し、獣医師が自宅から遠隔で常時監視しています。万が一、患者さんが「疼痛で眠れていない」「姿勢がおかしい」などの異常サインを検知した場合は、深夜であっても院長自らが病院へ駆けつけ、直ちに追加の鎮痛剤投与などの処置を行います。「痛みを絶対に見過ごさない」ことが、当院の術後管理の絶対的なルールです。
本症例における柔軟な早期退院の決断
本症例においても、当初は術後1泊以上の入院下で静脈点滴による管理を予定していました。しかし、手術から覚醒した後、患者さんは病院という非日常の環境に対して極度の恐怖心を抱き、精神的なパニック状態に陥ってしまいました。
このまま無理にケージ内で入院を継続すれば、過剰なストレスによる心不全などの致命的な合併症を引き起こすリスクがあると論理的に判断しました。そのため、覚醒後に数時間の点滴を行った段階で、緊急的に飼い主様にお迎えに来ていただき、その日のうちにご自宅へお返しする決断を下しました。退院当日の夜間に万が一急変が起きた場合は、夜間救急病院を受診していただくよう連携の指示を出しましたが、幸いにも住み慣れたお家に戻ることで落ち着きを取り戻し、大きなトラブルなく術後の山場を乗り越えることができました。当院ではマニュアル通りの入院に固執するのではなく、目の前の動物の「精神状態」と「身体的リスク」を天秤にかけ、最も安全な選択を柔軟に下します。
今回の生検手術における主なリスクは、組織採取部位からの出血や、腸管からの内容物漏出による腹膜炎です。これらに対しては、術中の確実な処置と、術後の適切な抗生剤投与でコントロールを図ります。
病理組織検査の結果、この巨大な腫瘤は悪性腫瘍ではなく、「消化管好酸球性硬化性線維増殖症」という、好酸球の強い炎症と線維化を伴う非腫瘍性の病変であることが判明しました。さらに、細菌培養検査により大腸菌の複合感染も特定されました。
生検による「確定診断」が得られたことで、的確な内科療法がスタートしました。培養検査で感受性が証明された抗生剤と、過剰な免疫反応を抑える免疫抑制剤(ステロイド)を併用する治療を展開しました。
当院は、患者さんの命と安全を最優先に考え、自院の限界を明確に設定しています。
お腹の中に「異常な腫瘤」が見つかった時、メスを入れて調べるという決断は、飼い主様にとって非常に重く勇気がいることです。しかし、今回のように「切って組織を調べる」ことで初めて、悪性腫瘍なのか特殊な炎症なのかが白黒つき、命を救うための正しい治療への道が開かれます。当院は、事実に基づいた論理的な診断と、動物の心身の負担を極限まで排除する徹底した柔軟な管理体制で、皆様の決断を全力でサポートいたします。
This case report details the treatment of a 6-year-old cat presenting with severe gastrointestinal signs and a large, multi-lobulated intra-abdominal mass adhering to the pancreas and intestines. To avoid the high mortality risk associated with complete surgical resection without a definitive diagnosis, we opted for an exploratory laparotomy with punch biopsies. The procedure utilized a multimodal pain management protocol, including local infiltration anesthesia. Due to the patient’s severe hospital-induced anxiety, we flexibly implemented an early discharge just a few hours post-recovery to prevent fatal stress-related complications, supported by remote camera monitoring and a strict on-call pain management policy. Histopathology revealed Feline Gastrointestinal Eosinophilic Sclerosing Fibroplasia with an E. coli co-infection. With targeted antibiotic and immunosuppressive therapy (steroids), the mass completely resolved within 4 to 5 months, and the cat fully recovered. This case highlights the critical role of surgical biopsy in obtaining an accurate diagnosis to guide life-saving medical treatment.
本病例报告记录了一只6岁猫咪的治疗过程。患猫最初表现出严重的消化道症状,超声检查发现腹腔内有一个巨大的多发性肿块,与胰腺和肠道严重粘连。为了避免在未确诊的情况下进行高风险的切除手术,我们选择了剖腹探查并进行组织活检。手术中采用了包括局部浸润麻醉在内的多模式镇痛方案。考虑到该猫咪对医院环境极度恐惧,为了避免过度的精神压力诱发心力衰竭等致命并发症,我们在其麻醉苏醒后进行了数小时的静脉输液,随后灵活决定让其当天出院回家护理。我们在夜间通过宠物摄像机进行远程监控,并随时准备应对突发情况。病理检查最终确诊为“胃肠道嗜酸性硬化性纤维增生症”并伴有大肠杆菌感染。经过针对性的抗生素和免疫抑制剂(类固醇)治疗,肿块在4-5个月内完全消失,猫咪最终彻底康复。该病例充分证明了通过外科活检获取准确诊断对于指导挽救生命的内科治疗的至关重要性。