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【外科症例】高齢猫の口腔内悪性腫瘍(扁平上皮癌)に対する下顎切除および食道チューブ設置術

本日は、数ヶ月前からの体調不良と、「食欲が通常の7割程度に落ちている」という主訴で来院された高齢の猫の症例についてご報告します。
診察の結果、右側の犬歯後方から下顎にかけて腫瘍が存在していることが判明しました。口腔内の腫瘍は、動物の食事や呼吸といった生命維持に直結し、生活の質(QOL)を著しく破壊する重篤な疾患です。

検査の結果と「外科的適応」の判断

事前の血液検査および画像検査等を実施しました。下顎の腫瘍に加え、下顎リンパ節にも変色が認められ、腫瘍細胞が局所浸潤している疑いが強い状態でした。

口腔内腫瘍を制御してQOLを維持するためには、腫瘍細胞を取り残さないよう顎の骨ごと広範囲に切除する外科手術が第一選択となります。本症例においても、患者の全身状態を総合的に評価した上で、外科的切除が適応であると判断しました。

もしこのまま様子を見たら(放置した場合の残酷なリスク)

「高齢だから」「顔の形が変わってしまうのが可哀想だから」と外科的介入を避け、このまま様子を見るという選択をした場合、どのような未来が待っているかを明確にお伝えします。

口腔内腫瘍は放置すれば容赦なく増大し、やがて顔面の組織を突き破って自壊します。常に口から血液や膿が滴り落ち、強い腐敗臭を放つようになります。腫瘍が物理的な障害となり、口を閉じることも、水や食事を飲み込むこともできなくなります。最終的には、激しい持続的な疼痛に苛まれながら、餓死を待つという極めて残酷な結末を迎えることになります。外科手術は、この最悪のシナリオを回避し、尊厳ある生活を守るために決断するものです。

選択した術式とその根拠(周術期の鎮痛管理を含む)

シニア期の猫は潜在的な臓器機能の低下を抱えていることが多く、全身麻酔は常に命がけの処置となります。当院では全身麻酔薬による血圧低下や臓器への負担を極限まで減らすため、術部の「局所浸潤麻酔」を徹底して活用しています。手術の痛みを局所で確実に遮断することで、全身麻酔の使用量を必要最小限に抑え、術中の急変リスクをコントロールしています。

本症例では、以下の処置を同時に実施しました。

  • 下顎切除術およびリンパ節摘出
    腫瘍を取り除くため、左側の下顎を全切除、右側の下顎は犬歯の後方で離断し、下顎を広範囲にわたり顎骨ごと切除しました。同時に、腫瘍浸潤が疑われる下顎リンパ節の摘出も行っています。
    【術中の致死的合併症リスク】
    顎の周囲には頸動脈などの太い血管が走行しています。本症例でも術中に顎関節や動脈からの出血が認められましたが、縫合や医療材料による圧迫により的確に止血を行い、筋肉を被せるように縫合して閉鎖しました。常に大量出血によるショック死のリスクがつきまとうシビアな手術です。
  • 食道チューブ設置術
    顎を大きく切除した後は、自力で口から食事を摂ることが困難になります。そのため、首の横から食道を通って直接胃へ流動食を流し込めるチューブを設置しました。これにより、術直後からの確実な栄養管理と内服薬の投与が可能になります。
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術後管理と夜間監視について

術後は、静脈点滴による水分補給と、吐き気などの消化器症状がないかを慎重に確認しながら、食道チューブを通じた流動食の給餌を開始しました。当院の術後管理体制について明確にお伝えすべき事実があります。

  • 早期退院の方針
    当院では、静脈からの持続点滴が外れた段階で早期の退院をお願いしています(原則1〜3日程度)。病院という見知らぬ環境での強いストレスは動物の免疫力を下げ、回復を遅らせるため、住み慣れたご家庭でのリハビリが最善であると考えているからです。本症例も、術後の状態が安定した段階で速やかに退院とし、ご自宅でのチューブ給餌に切り替えました。
  • 夜間監視の物理的限界と深夜の鎮痛対応
    夜間の病院はスタッフが不在となり、無人です。これは隠蔽すべきではない事実です。その代わり、全入院室にペットカメラを設置し、院長自らが遠隔で状態を監視しています。動物が疼痛で眠れていないなどの異常を検知した場合は、深夜であっても院長が病院へ赴き、追加の鎮痛処置を行います。痛みを放置することは絶対にありません。
    しかし、「ご自宅から病院への移動時間」や「翌日の診療に備えた仮眠」により、術後出血の再発や呼吸停止など、数分を争う急変に対しては即時対応できないという物理的な限界があることも、ご理解いただかなくてはなりません。

起こり得る合併症と、術後の見通し

先日、切除した組織の病理検査結果が出ました。診断名は「扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん)」という、極めて浸潤性の高い悪性腫瘍でした。

病理検査の結果、腫瘍は顎の骨を顕著に破壊しながら増殖しており、摘出した下顎リンパ節への「転移」も確認されました。また、腫瘍細胞は周囲の筋肉にも深く入り込んでおり、切除した境界付近まで不規則に広がっていたため、残念ながら局所再発のリスクは否定できません。

今後の見通しとして、肺など他臓器への遠隔転移にも厳重な警戒が必要です。今回の手術によって「腫瘍の自壊による激痛」や「食事が摂れないことによる餓死」という直近の残酷な結末は回避できましたが、癌そのものを完全に制圧できたわけではないという厳しい現実に向き合っていく必要があります。
また、顎を失ったことによる顔貌の変化や、よだれの増加などの機能的な変化も生じますが、痛みから解放されることで動物自身は新しい構造に徐々に適応していきます。

当院の外科体制と高度連携について

当院では、腹部の一般的な軟部外科や、体表・皮膚の腫瘍手術には広く対応しておりますが、動物の命を最優先に考え、明確な適応基準を設けています。

  • 軟部・腫瘍外科における適応と限界
    本症例のような下顎の切除(最大で下顎3/4程度まで)は当院で実施可能ですが、上顎(うわあご)の切除が必要な症例については、当院では実施しておりません。
    また、肝臓腫瘍において主要な血管を巻き込んでいるケースや、副腎摘出などの最深部へのアプローチが必要な手術、術前に重度貧血が想定され輸血の準備が必須となる症例などは、命を最優先とし、専門的な設備と人員を持つ二次診療施設へ確実にご紹介いたします。

院長からのメッセージ

愛するご家族の「顎の骨を大きく切り取る」という決断は、身を切られるように辛い選択だったはずです。しかし、一時的な感情に流されず、「今ある耐え難い痛みを取り除き、餓死という最悪の苦痛を回避する」という冷徹な事実に基づく選択が、結果として動物への最大の誠意となります。

病理結果は決して楽観視できるものではありませんでしたが、私たちはご家族のその苦渋の決断に対し、持てる限りの技術と論理的な痛みの管理で応えます。残された時間をいかに穏やかに、尊厳を持って過ごせるか。退院後のご自宅でのケアにつきましても、スタッフ一同、全力でサポートしてまいります。


English Summary

This is a case report of a senior cat diagnosed with an oral malignant tumor (squamous cell carcinoma). To alleviate severe pain and prevent the tragic outcome of starvation, a mandibulectomy (removal of the lower jaw) and esophagostomy tube placement were performed. We prioritize pain management using local infiltration anesthesia to minimize the risks associated with general anesthesia in senior patients. Postoperatively, we aim for early discharge to reduce stress, while maintaining strict remote monitoring at night. Our goal is to provide logical and sincere veterinary care, focusing on the animal’s true quality of life.

中文摘要 (Chinese Summary)

这是一例关于患有口腔恶性肿瘤(鳞状细胞癌)的老年猫的病例报告。为了缓解剧烈疼痛并避免最终无法进食的悲惨结局,我们为其进行了下颌骨切除术和食道饲管安置术。在手术中,我们通过局部浸润麻醉的严格痛觉管理,将老年患者全身麻醉的风险降至最低。术后,我们提倡尽早出院以减轻患猫的压力,并在夜间通过远程摄像头进行严密监控。我们致力于提供理性且真诚的兽医服务,将动物的真实生活质量放在首位。