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【外科症例報告】大腿部巨大腫瘤の摘出とV-Y減張切開 — 「最悪の事態」を見据えた戦略と致命的合併症との闘い

【外科症例報告】大腿部巨大腫瘤の摘出術とV-Y減張切開 — 「最悪の事態」を見据えた戦略と現在の長期健康管理

1. 今日お話ししたいこと

今回は、高齢の大型犬(体重約21.4kg)の太ももに発生した、非常に大きな腫瘤(しこり)の摘出手術と、その後の長期的な健康管理についてお伝えします。この患者さんは、以前にも重度な両側会陰ヘルニアなど複数の大きな手術を乗り越えてきた非常に勇敢な子です。大腿部(太もも)の内側に、筋肉を巻き込むような形で巨大な腫瘤が形成されたため、外科的な介入を決定しました。

2. 検査結果と「外科的適応」の判断

触診および画像検査の結果、腫瘤は表面の皮膚だけでなく、その下の「縫工筋」という大切な筋肉の下にまで入り込み、主要な血管や神経と極めて近い位置にありました。このまま増大を続ければ、脚の運動機能が失われるだけでなく、血管を圧迫して後肢の壊死を招く恐れがあったため、機能温存を目的とした外科的摘出の適応と判断しました。

3. もしこのまま様子を見たら(放置の残酷なリスク)

様子を見る(放置する)という選択をした場合、腫瘤はさらに巨大化し、皮膚が自壊(破裂)して細菌感染を起こすステージへ進みます。また、筋肉や大腿動脈・神経への浸潤が進むと、激しい痛みから歩行不能に陥ります。最終的には命に関わる敗血症を引き起こすか、激痛を緩和するために緊急的な「断脚(脚の根元からの切断)」を余儀なくされる可能性が高い、極めて危険な状態でした。

4. 基礎疾患による麻酔リスクと当院の鎮痛プロトコル

シニア期であり、過去の手術歴も考慮すると、長時間の麻酔は血圧低下や心肺機能への負担を増大させます。当院では麻酔の安全域を広げるため、全身麻酔の濃度を限界まで下げる「局所浸潤麻酔」を徹底して併用します。術野の皮膚や筋肉に直接局所麻酔薬を浸潤させ、痛みのシグナルが脳へ届く前に根元で遮断することで、術中の血圧や心拍数の乱れを防ぎます。

5. 選択した術式と「断脚」を見据えた戦略

今回、最も慎重に判断したのは、巨大な腫瘤を摘出した後の「皮膚の閉じ方」です。四肢(足)の皮膚は、背中やお腹などと違って皮膚のゆとり(遊び)がほとんどなく、腫瘍を切除した後に皮膚を寄せて閉じる(閉創する)ことが非常に困難な部位です。 その上で、以下の戦略を立てました。

  • 「最悪の事態」への備え:手術時点では、この腫瘤が悪性である可能性を否定できませんでした。もし病理検査の結果が高グレードの悪性腫瘍であった場合、次なる一手として「断脚」による完全切除を検討しなければなりません。
  • 軸状皮弁を使わなかった理由:広範囲の皮膚欠損を塞ぐために、主要な動脈を付けたまま皮膚を移動させる「軸状皮弁」を用いれば、見た目には綺麗に閉じることができます。しかし、あえてこれを使用しませんでした。その理由は、軸状の動脈を介して腫瘍細胞が体幹部(体の中心部)へ播種(バラまかれること)するリスクを防ぐためです。
  • V-Y減張切開の採用:悪性だった場合に備え、手術範囲を最小限の局所に留め、将来の断脚手術の妨げにならないよう、周囲の皮膚をパズルのようにずらして縫合する「V-Y減張切開」を採用しました。
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6. 術後管理と夜間監視の「リアルな限界」について

当院では、動物がご家族の元でリハビリできるよう、静脈点滴が不要になれば原則1〜3日での早期退院を徹底しています。

また、夜間の体制については包み隠さずお伝えします。夜間はスタッフが不在(無人)となります。全ケージに設置したペットカメラで遠隔監視を行い、痛みで眠れていないなどの異常を検知すれば、院長が深夜でも駆けつけ追加の鎮痛薬を投与します。しかし、自宅からの移動時間(約30分)によるタイムラグは存在し、数分を争う突発的な心停止等の急変には対応しきれない物理的限界があることを事前にご承諾いただいています。

7. 起こり得る合併症と、術後の見通し(術後感染との闘い)

本症例において、恐れていた事態が発生しました。血流の乏しい足の皮膚に過度な張力がかかったことと、患者自身の免疫状態が重なり、術後数日目から重度な創離開(傷が開くこと)と深部感染が起きました。以下がその過酷な治療経過です。

    • 第0病日: 大腿部腫瘤切除およびV-Y減張切開を実施。
    • 第3病日: 足の内側の縫合部が離開(開く)しはじめました。
    • 第6病日: 感染が広がり、大量の排膿と38.6℃の発熱が認められました。細菌が血流に乗る「敗血症」の危険性が高まったため、静脈点滴と抗生剤の変更を行い、連日の物理的洗浄を開始しました。
    • 第9病日: 傷がさらに開き、深部の「膝蓋靭帯の腱」が露出する事態となりました。38.7℃の発熱が続き、敗血症リスクが極めて高い状態でした。
    • 第14病日: この時期、治療の難航にご家族から『手術をしない方が良かったのではないか』という苦悩の吐露がありました。お気持ちは痛いほど分かりますが、医療に後戻りはできません。私は慰めの言葉をかける代わりに、『ここでご自宅での洗浄の手を止めれば、確実に敗血症で命を落とす』という冷酷な事実を論理的にお伝えしました。同時に、当院での治療に不安があれば二次施設へ転院するという選択肢(逃げ道)も提示しました。結果として、ご家族は覚悟を決め、当院で最後まで戦い抜くことを決断していただきました。
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  • 第19病日: ご家族の徹底した自宅洗浄の甲斐もあり、露出した骨や靭帯の上に、新しい命の組織である「肉芽(にくげ)」が盛り上がり始めました。
  • 第34病日: 肉芽の形成がさらに進み、血色も良好となりました。膝周辺を除き、傷の大部分が塞がってきました。
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  • 第68病日: 巨大だった傷跡は内腿の3cm大の潰瘍にまで縮小し、ほとんどが新しい皮膚で覆われました。引き続き自宅での洗浄指示とし、二次癒合(自然に傷が埋まること)による治癒を見込める状態まで回復しました。

なお、摘出した腫瘤の病理結果は幸いにも「良性の脂肪腫」であり、悪性腫瘍の転移の不安からは完全に解放されました。

8. 現在の長期的な健康管理

死線を乗り越えた現在も、この患者さんは複数の慢性疾患と付き合いながら、ご家族と穏やかな生活を維持しています。

  • 直腸憩室の管理:過去の会陰ヘルニア整復後も存在する右直腸憩室に対し、排便時に痛みを伴わないよう、便軟化剤(ラクツロース)を継続投与して排便コントロールを行っています。
  • 肝疾患および高脂血症の管理:血液検査で認められる肝酵素や中性脂肪(TG)、コレステロールの上昇に対し、ウルソデオキシコール酸を継続的に内服し、状態の安定を図っています。
  • 外耳炎および表在性皮膚感染の管理:慢性的な外耳炎や、日常で生じる足裏(肉球)の細菌感染に対しては、原因菌の特定と薬剤感受性試験(効く薬・効かない薬の判定)を行い、アモキシシリン等の適切な抗生剤や外用薬を用いて、その都度確実にコントロールしています。

9. 当院の外科体制と高度連携について

  • 軟部・腫瘍外科:今回のような体表腫瘍や減張縫合を用いる手術は広く対応可能です。
  • 適応外・完全紹介対象:副腎摘出などの最深部アプローチ、尿管結石、および輸血準備がないため術前に重度貧血が想定される症例は、命を最優先とし二次施設へご紹介します。

10. 院長からのメッセージ

私が今回、あえてご家族の「手術をしなければよかった」という苦悩や、当院で発生した「過酷な合併症」のリアルを一切隠さずに公開したのには、明確な理由があります。

それは、「医療の現実を美談でコーティングすることは、命に対する最大の不誠実である」と確信しているからです。

世の中の多くのホームページには、手術の華々しい成功体験だけが綺麗に並べられ、「当院なら安心です」という幻想が売られています。しかし、現実は違います。外科手術とは決して魔法ではなく、時に今回のような絶望的な合併症(耐性菌感染や創離開)を引き起こし、ご家族を深い暗闇に突き落とす「修羅場」への入り口にもなり得るのです。

「先生にお任せします」という受け身の姿勢や、心が折れかけた時の感情論では、急変する命のシステムエラーは絶対に修正できません。最悪の事態が起きた時、敗血症の淵から命を引きずり戻せるのは、「決して現実から目を背けずに自宅ケアを完遂するご家族の覚悟」と、「限界を認め、次の一手を打ち続ける冷徹な論理」だけです。

これから当院で外科手術を決断されるご家族には、この「嘘偽りのない厳しい現実」を共有し、共に命の責任を背負い、戦い抜く覚悟を持っていただきたい。この記録は、そのための私からの宣誓(マニフェスト)です。

どんな過酷な状況に陥ろうと、私は事実を隠しません。そして、論理的な打開策がある限り、決して諦めません。共に戦う覚悟のある方は、当院のドアを叩いてください。

Case Summary / 病例摘要

[English Summary]

Case: Excision of a giant femoral mass in a 21.4kg senior dog.
Surgical Strategy: We performed a V-Y advancement flap (tension-relieving incision) rather than an axial pattern flap. Because the skin on the limbs lacks laxity, closure is extremely difficult. We avoided axial flaps to prevent potential tumor cell seeding to the trunk via the axial artery, reserving amputation as a secondary radical option if the pathology indicated high-grade malignancy.
Complications & Outcome: The patient experienced severe postoperative wound dehiscence and deep infection, leading to a high risk of sepsis. Through the owner’s dedicated daily wound irrigation at home and our logical medical management, the wound successfully healed by secondary intention.
Conclusion: We refuse to sugarcoat medical realities. Surviving critical complications requires both the family’s unwavering commitment and the surgeon’s cold logic. This case exemplifies our dedication to facing the harshest realities to save a life.

[中文摘要]

病例: 一只重21.4kg的高龄犬大腿部巨大肿块切除术。
外科策略: 由于四肢皮肤缺乏张力,闭合创口极其困难。我们采用了V-Y减张切开术,而未应用轴型皮瓣,目的是为了防止肿瘤细胞通过轴向动脉播散至躯干。这一策略也为病理确诊为恶性时实施“截肢”保留了彻底切除的可能。
并发症与转归: 术后发生了严重的伤口裂开与深部感染,患者面临极高的败血症风险。在家属坚持不懈的居家伤口冲洗与医生的冷静逻辑指导下,伤口最终通过二期愈合成功康复。
结语: 我们拒绝用美妙的谎言掩饰医疗的残酷。面对致命的并发症,挽救生命的不仅是医术,更是家属绝不放弃的觉悟与医生应对极限的逻辑。本病例正是我们直面残酷现实、全力挽救生命的真实写照。