本日は、突然の激しい嘔吐で来院された患者さんの「腸閉塞(異物誤飲)」に対する外科的介入のケースについてお話しします。
外科手術は、決して「とりあえず開けてみる」ものではありません。術前の客観的データに基づき、何をどこまで行うかを論理的に決定し、痛みを最小限に抑えながら確実に命を救うためのプロセスです。
今日お話ししたいこと
この患者さんは、過去に致死的なウイルス感染症であるFIP(猫伝染性腹膜炎)を発症しましたが、長期間の抗ウイルス薬および肝臓のサポート治療を乗り越え、寛解を勝ち取った非常に生命力の強い子です。また、並行してストルバイト尿石症による排尿障害も抱えており、定期的なカテーテル導尿や療法食、サプリメントでの緻密な内科管理を継続して頑張ってくれていました。
しかしある朝、食事を食べた直後に激しい嘔吐を繰り返し、胃液まで吐き続けるという深刻な症状で緊急来院されました。ご自宅にあるフェルト生地を飲み込んだ可能性が疑われる状態でした。
検査の結果と「外科的適応」の判断
来院時の体重は5.1kgで、全身状態の確認後、直ちに超音波(エコー)検査およびレントゲン検査を実施しました。
- 超音波検査所見:空腸(小腸の一部)に音響シャドー(超音波が遮断される影)を伴う異物が確認されました。また、腸管が無理にたぐり寄せられた状態を示す「アコーディオンサイン」が認められ、さらにその奥の回盲部(小腸と大腸の境目)にも完全閉塞を起こしている異物が確認されました。
- 血液検査所見:白血球やリパーゼ等に現時点で大きな異常値は出ていませんでしたが、画像診断の結果から「物理的な腸管閉塞」であることは明白でした。
重度のイレウス(腸管麻痺)には至っていないものの、複数箇所での閉塞が確認されたため、内科的治療(点滴や催吐処置)での改善は見込めないと判断し、静脈点滴を開始した上で「試験開腹手術」の適応と決定しました。
もしこのまま様子を見たら
「もしかしたら便と一緒に自然に出るかもしれない」と様子を見ることは、このケースにおいては動物に耐え難い苦痛と死をもたらす極めて危険な選択です。
- 完全に閉塞した腸管は、行き場を失った消化液やガスで拡張し、血流が途絶えます。血流を失った腸管は数日で「壊死(腐ること)」し、最終的には破れて穴が開きます(消化管穿孔)。
- 腸の中の細菌や便が腹腔内に漏れ出せば、「敗血症性腹膜炎」という致死的な状態に陥り、多臓器不全によるショックで極めて苦しい最期を迎えることになります。
- 繰り返す嘔吐は重篤な脱水と電解質異常を引き起こし、急速に命を奪います。
選択した術式とその根拠
本症例では、全身麻酔下にて以下の術式を選択・実施しました。
- 試験開腹と消化管全体の探査:腹腔内全体の状態を直接確認します。
- 胃切開術:胃内にも異物が残留していないか直接切開して探査しました(結果として胃内に異物はなく、安全に閉創しました)。
- 腸管内異物の用手移動(ミルキング):空腸に2cm大の異物、回盲部に完全閉塞を起こす異物の計2つを確認しました。ここで腸管を切開(腸切開)すれば取り出すのは容易ですが、腸管の切開は術後の「縫合不全(縫い目から中身が漏れること)」という致命的な合併症リスクを伴います。そのため、大腸には切開を入れず、用手的に(手で愛護的にしごきながら)異物を大腸側へ押し出して移動させる手法を選択しました。大腸まで移動できれば、自然排泄が可能になります。
👉 横にスクロールしてご覧ください
周術期の麻酔・鎮痛プロトコルについて
手術による痛みは動物の回復を著しく遅らせます。当院では、切ってから痛みを抑えるのではなく、切る前から複数の鎮痛薬を組み合わせる「マルチモーダル鎮痛(先取り鎮痛)」を徹底しています。術中だけでなく術後も持続的に鎮痛剤を投与し、動物が「痛みを自覚する前」に痛みの経路をブロックする体制を敷いています。
術後管理と夜間監視について
- 早期退院の方針:当院では、術後の入院期間は原則「1〜3日」としています。これは、静脈点滴による血圧維持や厳密な水分・薬剤投与が必要な最低限の期間です。動物にとって病院のケージは決して安らげる場所ではありません。ご家族のいる住み慣れた自宅環境こそが、精神的ストレスを取り除き、自己治癒力と食欲を最も引き出します。そのため、安全が確認でき次第、早期の家庭内リハビリへ移行していただきます。
- 夜間監視とペインコントロール:事実としてお伝えしなければならないのは、当院の夜間は「スタッフ不在(無人)」になるということです。しかし、決して動物を放置するわけではありません。入院ケージにはペットカメラを設置し、遠隔で常時監視を行います。モニター越しに「呼吸が荒い」「うずくまって眠れていない」といった疼痛のサインや異常を検知した場合、それが深夜・未明であっても直ちに病院へ赴き、追加の鎮痛剤投与等の処置を行います。「動物の痛みを絶対に見過ごさない」ことが、外科医としての責任です。
起こり得る合併症と、術後の見通し
本術式における主なリスクは以下の通りです。
- 麻痺性イレウス:異物によるダメージや手術の刺激で、術後に腸が動かなくなることがあります。
- 縫合不全および腹膜炎:今回は腸管切開を回避できましたが、胃切開部は縫合しているため、ごく稀に治癒不良から内容物が漏出するリスクがゼロではありません。
- 短腸症候群:仮に腸管壊死があり広範囲の腸切除を行った場合、消化吸収不良による慢性的な下痢が残るリスクがありました(本件は切除回避により免れています)。
術後早期から流動食等の給餌を開始し、消化管を動かすことで回復を促します。合併症が起きなければ、数日で元気を取り戻すことが十分に期待できます。
当院の外科体制と高度連携について
- 整形外科:ドリル設備により関節外科(パテラ滑車溝形成、大腿骨頭切除等)は可能ですが、プレート固定を要するTPLOや矯正骨切り等は専門医へご紹介します。
- 軟部・腫瘍外科:後腹膜より腹側のアプローチによる一般軟部外科や、体表腫瘍(皮弁形成含む)には広く対応可能です。肝臓腫瘍に関しても、主要血管を巻き込まない辺縁切除までは当院で実施可能です。
- 適応外・完全紹介対象:副腎摘出などの極めて深い位置(最深部)へのアプローチが必要な手術、尿管結石摘出、および当院には輸血の準備がないため術前に「重度貧血」が想定される症例については、当院での手術はお断りしています。動物の命を最優先とし、高度な設備と専門スタッフを有する二次診療施設へ速やかにご紹介いたします。
院長からのメッセージ
異物誤飲は、環境整備によって100%防ぐことができる事故です。しかし、どれほど気を付けていても起きてしまうのが現実でもあります。もし起きてしまった時は、「様子を見る」のではなく、速やかに論理的な診断と治療を受けることが命を繋ぐ唯一の道です。
FIPという難病を克服し、尿石症の治療にも耐え、今回の大きな外科手術すらも乗り越えようとするこの患者さんの生命力には、獣医師として深い敬意を抱かずにはいられません。引き続き、ご家族と一緒に全力でサポートしてまいります。
Summary (English / 中文)
- English: This case report details the surgical intervention for a feline patient presenting with severe vomiting due to an intestinal obstruction caused by a foreign body. Despite a history of FIP and urolithiasis, the patient underwent an exploratory laparotomy, gastrotomy, and manual milking of the intestinal foreign body to the colon to avoid enterotomy risks. We emphasize multimodal analgesia, a 1-to-3-day early discharge policy to reduce stress, and remote night monitoring via pet cameras. If pain is detected, our head veterinarian immediately returns to the clinic for intervention. We also outlined our surgical referral policies for procedures beyond our scope.
- 中文: 本病历报告详细记录了一只有FIP(猫传染性腹膜炎)和尿结石病史的猫咪,因异物引起肠梗阻而接受外科手术的经过。为了避免肠管切开带来的潜在风险,我们实施了试验性开腹、胃切开术,并通过手法将肠道异物安全推移至大肠。本院严格执行多模式镇痛,提倡术后1至3天尽早出院以减少动物的应激反应,并在夜间无人值守时通过宠物摄像头进行远程监控。一旦发现动物有疼痛迹象,院长会立刻赶往医院进行镇痛处理。此外,我们也明确了超出本院手术范围时的转诊原则。