猫と犬のひも状異物による消化管閉塞:早期発見と対応が鍵
犬や猫で見られるひも状異物による消化管閉塞は、消化器の外科的疾患として一般的です。しかし、その発生状況は犬と猫で異なります。犬の場合、ひも状異物の67〜83%が胃から小腸にかけて存在します。
一方、猫では63%が口腔内から小腸にかけて存在すると報告されています。
さらに、犬と猫全体で見ると、飼い主が誤食に気づいている割合はわずか26%と低いです。特に猫のひも状異物では、診断されるまでに平均4日(中央値2〜30日)かかっています。猫のひも状異物の手術後の生存率は約63%で、死亡したケースはすべて発症から14日以上経過してから診断されたものでした。また、消化管に穿孔(穴が開くこと)が起きた場合の生存率は約50%とされています。そのため、早期の診断と手術が非常に重要です。
最新情報の補足:
最近の研究では、早期発見と迅速な対応により、術後の生存率がさらに向上しているとの報告があります。特に内視鏡的な摘出が可能な場合、侵襲が少なく回復も早い傾向にあります。
症状
異物による腸管閉塞の症状は、異物がどこで、どの程度詰まっているかによってさまざまです。一般的な症状には:
などがあります。犬では、ひも状異物による症状は他の異物に比べて重症化しやすい傾向がありますが、猫ではそのような報告は少ないです。
診断
ひも状異物は舌の根元に引っかかっていることが多いですが、意識がある状態での口の中の検査では見つけにくいことがあります。実際には、手術中に麻酔をかけて詳しく口の中を調べた際に、舌の根元にひも状異物が確認されることがあります。
お腹を触っても、ひも状異物自体を感じることは少ないですが、痛みや固まった小腸の塊を感じることがあります。
異物の診断にはX線検査や超音波検査が用いられます。しかし、多くの異物はX線を通過してしまい、密度が低いものは超音波でも見つけにくいです。そのため、1つの検査だけに頼らず、複数の検査結果を総合的に判断することが重要です。
最新情報の補足:
近年では、CTスキャンやMRIなどの高度な画像診断装置が利用できる施設も増えており、これらを用いることで診断の精度が向上しています。
診断(続き)
1. X線検査
腹部単純X線画像:
- ひだ形成像の確認:ひも状異物が疑われる場合、小腸がアコーディオン状にひだを形成し、頭側から腹部中央の腹側に凝集している所見が見られることがあります。
- 腸管拡張の有無:ひも状異物は完全閉塞に至りにくいため、腸管の拡張が見られない場合もあります。
- 小腸直径の評価:小腸直径が第2腰椎前縁の高さの3倍を超えると、閉塞性疾患の可能性が70%以上とされています。ただし、ひも状異物では腸管径がさまざまであるため、この指標だけで判断するのは難しいです。
- 結腸径の特徴:ひも状異物の症例では、最大結腸径が小さい傾向にあります。これは、食欲減退などの慢性的な経過を示唆する可能性があります。
造影検査:
- 造影剤の選択:穿孔の可能性がある場合、バリウムではなくヨード造影剤を使用します。バリウムが漏出すると腹膜炎を起こすリスクがあるためです。
- 有用性:造影検査は異物をより明瞭に描出できますが、近年では超音波検査のほうが有用とされています。
2. 超音波検査
診断精度の高さ:
- 直接観察が可能:ひも状異物を直接確認でき、閉塞性疾患の診断精度が高いです。
- 得られる情報:
- 小腸のひだ形成像(アコーディオンサイン)
- 小腸内腔の異物
- 腹腔内のガスや液体貯留
- 腸管周囲脂肪組織のエコー輝度増強(炎症や腹膜炎の示唆)
最新情報の補足:
近年、高解像度の超音波装置やカラードプラ法の普及により、より詳細な診断が可能となっています。
手術にあたって
1. ハルステッドの手術原則
基本原則の遵守:
手術の成功と合併症の減少には、以下のハルステッドの手術原則を守ることが重要です。
原則 |
無菌操作を徹底する |
組織を丁寧に扱い、医原性損傷を避ける |
適切に止血を行う |
血液供給を妨げない |
テンションを掛けない |
死腔をなくす |
組織を正確に合わせる |
2. 術創感染症予防
WHOの最新ガイドライン:
- 毛刈りのタイミング:麻酔下で手術直前に行う。
- カミソリの使用禁止:皮膚を傷つけるリスクがあるため。
- 消毒方法:アルコールを基本とする。
- 術中管理:循環と体温に細心の注意を払う。
スタッフ教育と手順の統一:
院内の手順を標準化し、スタッフ全員が共有することで、術後感染のリスクを減らすことができます。
最新情報の補足:
術前の抗菌薬投与の適切なタイミングと選択が強調されています。最新のガイドラインを参照し、適切な抗菌薬予防を行いましょう。
症例紹介
患者情報:
- 品種・年齢・性別:アビシニアン、5歳、去勢雄
- 体重:4.5kg(ボディコンディションスコア:3)
- 症状:約1週間前からの食欲低下と嘔吐
身体検査:
- 体温:39.0℃
- 心拍数:300回/分
- 心雑音:なし
- 意識レベル:正常
血液検査:
- 異常値:クレアチンキナーゼ(CPK)の中程度の上昇
- その他:特に異常なし
画像検査:
- 腹部X線検査:
- 小腸にアコーディオン状のひだ形成像を確認。
- 腹腔内の液体貯留や遊離ガスは認められず、腸管穿孔の所見はなし。
- 腹部超音波検査:
- 小腸のひだ形成像とひも状異物を確認。
- 腸管周囲の脂肪組織が高エコー性を呈し、腹膜炎が示唆された。
診断と治療計画:
- 診断:ひも状異物による腸管閉塞
- 治療方針:腸切開による異物摘出術を実施
ひも状異物の摘出術
- 術野の準備:
- 患者を仰向けに保定し、標準的な方法で腹部正中切開を行う。
- 腸切開時はガーゼで周囲を保護し、汚染を防ぐ。
- 吸引器を準備し、穿孔がある場合は滅菌生理食塩水で腹腔を洗浄。
- 腸管の探索:
- 正常な結腸から逆行して全長を確認。
- 腸管の状態や穿孔の有無を丁寧に観察。
- 口腔内の確認とマーキング:
- 舌根部にひもが絡んでいる場合、事前に切断しマーキング。
- 異物の除去:
- 腸管を縦に切開し、ひもをモスキート鉗子で慎重に引き抜く。
- 必要に応じて複数箇所を切開し、分割して除去。
- 口腔内でのマーカーを確認し、全て取り除いたことを確認。
- 腸管の切除と縫合:
- 生存性に疑いがある腸管は切除し、吻合。
- (切開を加えて動脈性出血がないところは切除する)
- 5-0または4-0の吸収性モノフィラメント糸で縫合。
- 残存異物の確認:
- 消化管全長を再度探索し、残った異物がないか確認。
- 胃内も触診や内視鏡で確認。
- ドレーンの設置:
- 陰圧式ドレーン(J-VACシステム)を設置し、術後の監視と治療を行う。
- 栄養管理:
- 食欲不振が続く場合に備え、食道や胃にカテーテルを留置。
注意点:
- 強引な除去は避ける:腸管を傷つけないよう、慎重に操作。
- 穿孔部位の処置:小さな穿孔は縫合で閉鎖し、必要に応じて腸管切除。
最新情報の補足:
短腸症候群のリスクを減らすため、可能な限り腸管の保存が推奨されています。
(短腸症候群:腸管が広範囲に切除されると、消化吸収機能が大幅に低下します。 下痢、体重減少、栄養不良、ビタミン・ミネラル不足などが起こります。)
また、新しい縫合材料や技術の進歩により、手術成績が向上しています。
術後管理
- 循環管理:
- 感染リスクの軽減:術後の低血圧や体温低下は感染抵抗性を下げるため、適切に管理。
- 血圧と体温のモニタリング:継続的に監視し、異常があれば迅速に対応。
- 酸素供給:
- 高濃度酸素の投与:術後6時間程度、ICUケージ内で酸素化を行い、回復を促進。
- 腹腔ドレナージ:
- 合併症の早期発見:陰圧式ドレーンで腹水の量と性状を監視し、異常があれば即座に対処。
- 栄養管理:
- 経腸栄養の早期開始:術後1日目から経腸輸液、2日目から栄養を開始。
- 消化管機能のサポート:消化管作動薬や制吐薬を必要に応じて使用。
最新情報の補足:
早期経腸栄養が免疫機能の維持や感染防止に有効であることが明らかになっており、術後できるだけ早く栄養補給を開始することが推奨されています。
おわりに
猫のひも状異物は、完全閉塞に至らないことが多いため、診断や治療が遅れやすい傾向があります。舌根から小腸にかけて異物が存在するケースが多いため、口腔内の詳細なチェックが重要です。
早期診断のポイント:
- 超音波検査の活用:迅速かつ非侵襲的に診断が可能。
- 日常的な検査技術の向上:普段から超音波検査に慣れておくことで、異常を見逃さない。
手術と管理の要点:
- ハルステッドの手術原則の遵守:合併症のリスクを減らす。
- 周術期管理の徹底:術後の回復を促進し、予後を改善。
飼い主へのアドバイス:
- 誤食予防:ひも状の物を手の届かない場所に保管。
- 早期受診:嘔吐や食欲不振などの症状が見られたら、すぐに動物病院を受診。
以上、ひも状異物による消化管閉塞について詳しく解説しました。最新の情報も取り入れ、診断から治療、術後管理までのポイントをお伝えしました。ペットの健康管理にお役立ていただければ幸いです。