はじめに
気管切開術は、鼻腔や咽頭による加温・加湿・異物除去の機能を経ずに直接気道を確保する手技です。緊急時の呼吸困難対応や、長期的に気道を維持する必要がある場合に選択されます。本記事では、術前準備から手技、術後管理、合併症、永久気管切開術まで、飼い主様に知っておいていただきたいポイントを一切省略せずご案内します。
1. 気管切開術に関する一般的な考慮事項
- 生理学的リスク:天然の加温・加湿・異物除去機能をバイパスするため、術後は粘膜乾燥や異物侵入リスクの管理が必須です。
- 気管の役割:
- 肺へ空気を導く導管
- 肺や下気道から粒子状物質を除去する通路
- 犬の気管構造:約35個のC字型硝子軟骨が連なり、背側は膜性壁、軟骨間は輪状靭帯で可動性を保ちます。
- 神経・血管走行:総頸動脈・内頸静脈・迷走交感神経幹が並走し、反回神経は外側、食道は背側を走行。
- 粘液線毛装置:2層の粘液層+線毛上皮で異物を捕捉→咽頭へ戻し、咳や嚥下で排出。犬では12.6mm/分の移動速度。
- 湿度管理:
- 湿度40%以下の乾燥空気→粘膜障害
- 25~35℃の飽和水蒸気→粘膜障害なし
2. 初期準備
- 保定:マズルを上方に向け、タオルなどで首を伸展固定。
- 剃毛範囲:首の腹側正中線上、胸骨柄より上、上腕関節より上を三角形に剃毛。
3. 一時的気管切開術(Temporary Tracheostomy)
3.1 適応とタイミング
- 6時間未満の維持:横断性切開術
- 6時間以上の維持:U字気管弁作成術
- 緊急適応:
- 吸気性喘鳴(ストライダー)、持続的いびき様呼吸音(ステridor)
- 呼吸数30回/分未満、大きな喘鳴、胸式努力呼吸
- 胸部X線:虚脱・腫瘍なし、肺過膨張あり
- 動脈血ガス:高CO₂・低O₂血症(A–aDO₂<30mmHg)
3.2 外科手技
- チューブ選択:気管内径の約75%外径(3kg以上:6mm以上、3kg未満:4.5mm)
- 麻酔:自発呼吸維持下でプロポフォール持続点滴
- 保定:丸めたタオルを頸部下に置き背屈保持
- 切皮と露出:喉頭レベルから尾側へ4–5cm切開、第2輪から2–3個露出
切開法の種類
- 横断性切開:気管輪に沿って1/3横切開
- U字気管弁作成:第2輪を基部にU字切開し弁状形成
- 縦切開:長期留置に非推奨
- 気管フラップ法:抜管後は二期癒合で狭窄避ける
3.3 チューブ挿管
- 支持縫合を前後にかけチューブ挿入
- 胸骨舌骨筋縫合、皮膚は単純結紮
- 支持糸2本は残存、テープでフランジ固定
3.4 術後管理
- 環境:湿度50–70%、室温25℃
- 交換:2–6時間毎にチューブ交換・洗浄(2%クロルヘキシジン→生食)
- ネブライザー:1日2回、生食20mL+ゲンタマイシン0.5mL+ブロムヘキシン0.5mL/10–15分
- 衛生:湿らせたガーゼを頸部ネットに挟み、1日1回以上交換・消毒
3.5 チューブ抜去
- 閉塞試験:自然呼吸可能か確認
- タイミング:通常48時間以内、急性例は長期管理
- 抜去後:創は二期癒合、皮膚は強固縫合せず
- 培養検査:抜去時に分泌物を採取
3.6 合併症
- 閉塞:16/89例(18%)
- 滑脱:11/89例(12%)
- 咳:26/89例(30%)
- ギャギング・レッチング:24/89例(27%)
- 皮下気腫:5/89例(6%)
- 感染:1/89例(1%)
※ ギャギング(反射的咽頭収縮)、レッチング(空嘔吐動作)などがあります。
4. 永久気管切開術(Permanent Tracheostomy)
- 開口部は約60%縮小、粘膜扁平化は16週で完成
- 根治困難な上気道閉塞や救命優先時が適応(重度虚脱は除外)
4.1 手術手技(Hedlund法)
- 正中切開、孔周囲皮膚卵円形/長方形に切除
- 胸骨舌骨筋を糸固定し腹側または外側に安定化
- 気管腹側軟骨1/3周切除(粘膜は残すor一緒に切除)
- H型切開で2つの気管弁を作成する方法も
- 気管粘膜を切開or弁を開放、断端を皮膚縫合
- 余剰皮膚を切除
4.2 術後管理・自宅管理
- 術創清拭:1日2–3回、湿綿棒で清拭
- 膿多量時:培養後抗菌薬+ネブライザー/全身投与
- 自宅環境:湿度40%以上、室温25℃、孔周囲保護
- 在宅ネブライザー:1日2回、生食+抗菌薬+溶解薬
- 来院:2–4週毎に毛刈り+膿観察
- 水泳禁止、洗浄時は孔覆い獣医師監視下で実施
4.3 合併症と対策
- 閉塞リスク:短頭種で術後3日目に閉塞死亡例あり
- 発声:通常の声は失われ、吸気様呼吸音に
- 狭窄:8週で20–40%、16週で60%狭窄
- 皮膚しわ閉塞:27%で発生、皮膚切除で改善
筋肥大対策(短頭種)
- 胸骨頭筋:尾側半分筋腹1/3を切除
- 胸骨舌骨筋:中央筋腹1/2を切除し背側マットレス縫合
5. コミュニケーションと注意点
- 呼吸困難から即時解放できることを明確に説明
- 犬の永久切開は1日2回の在宅管理で可能
- 猫はリスク高く、家族の協力が必須
- 看護師へ:2–4時間毎にチューブ交換、吸気努力を獣医師へ報告
- 高齢動物:迅速処置が命を救う