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犬猫のショック ⑤閉塞性ショック






【獣医師監修】犬と猫の閉塞性ショックについて|飼い主さんが知っておくべきこと

閉塞性ショックについて
– 命に関わる危険な状態をご理解いただくために –

まず「閉塞性ショック」とは、体のどこかで血液の流れが物理的に「せき止められて」しまい、心臓が全身に十分な血液と酸素を送れなくなってしまう、命に直結する非常に危険な状態のことです。


【ワンちゃん編】

どんな病気が原因で起こるの?(病態)

ワンちゃんの場合、主に以下の4つの病気が原因で閉塞性ショックが起こります。

  • 胃拡張・胃拡張捻転症候群: 胃がガスで風船のようにパンパンに膨らみ、さらに「ねじれて」しまう病気です。ねじれた胃がお腹の中の太い血管を圧迫し、心臓に戻るはずの血液の流れをせき止めてしまいます。
  • 心タンポナーデ: 心臓は「心膜」という薄い袋に包まれています。この袋の中に血液などの液体が溜まり、水風船で心臓を外から押しつぶすような状態になるのが心タンポナーデです。心臓が十分に広がれなくなるため、血液を送り出せなくなります。心臓の腫瘍や、心臓の一部(左心房)が破れることなどが原因で起こります。
  • 緊張性気胸: 肺から漏れた空気が胸の中にどんどん溜まっていき、その圧力で肺や心臓、血管全体を押しつぶしてしまう状態です。
  • 肺血栓塞栓症: 肺の血管に「血栓」という血の塊が詰まってしまい、血液が流れなくなる病気です。

これらの病気は、数時間、ときには数分という単位で急激に悪化するため、一刻も早い対応が求められます。

どんな症状が出て、どうやって診断するの?(診断)

ショック状態になると、以下のような命の危険を示すサインが現れます。

  • 体の反応: 心臓に戻る血液が減るため、体はなんとか血液を送り出そうと心拍数を上げます(頻脈)。しかし送り出す血液そのものが少ないため、脈は弱々しくなります。歯茎の色が白っぽくなり、指で押しても色がなかなか戻ってきません(毛細血管再充満時間(CRT)の延長)。体温も下がり、呼吸が苦しそうになったり、ぐったりして意識がもうろうとしたりします。
  • 検査:
    • 画像検査: レントゲン検査やエコー(超音波)検査(特にFASTと呼ばれる救急用の超音波検査)で、お腹や胸の中を素早く確認します。ガスの溜まった胃、心臓の周りの液体、胸に溜まった空気など、ショックの原因を探します。動物に負担をかけないよう、基本的に仰向けにせず、慎重に検査を進めます。
    • 血液検査: 血液検査では、体の隅々まで酸素が届いているかを確認します。特に「乳酸値」という数値が重要で、この値が高いと血流が著しく滞っている危険なサインとなり、胃拡張捻転症候群では予後の評価にも利用できると報告されています。

どんな治療をするの?(治療方針)

最優先されること:原因の解除
このショックで最も大切な治療は、点滴やお薬よりもまず、血液の流れをせき止めている物理的な原因を、一刻も早く取り除くことです。原因が解除されるだけで、劇的に状態が改善することがよくあります。

1. 穿刺術(針を刺す処置)
根本的な手術の前に、まず溜まったガスや液体を針で抜いて圧迫を解除する、緊急の応急処置を行います。これだけでショック状態から一時的に離脱できることがあります。痛みを和らげるため、局所麻酔を使ったり、鎮静剤を使ったりします。

  • 胃穿刺: 胃拡張の場合、ワンちゃんを右向きに寝かせ、お腹の横から胃に針を刺し、パンパンに溜まったガスを抜いて胃をしぼませます。
  • 心膜穿刺: 心タンポナーデの場合、胸の横から心臓を包む袋に針を刺し、溜まった液体を抜いて心臓が再び動けるようにします。超音波で心臓や血管を傷つけないよう、慎重に行います。
  • 胸腔穿刺: 緊張性気胸の場合、胸の高い位置に溜まった空気を針で抜いて、肺や心臓への圧迫を取り除きます。

2. お薬による治療(薬物療法)
点滴や血圧を上げるお薬は、上記の穿刺術と並行して、または原因を取り除いた後に、状態を安定させるために使います。圧迫が解除される前にこれらの薬を使っても、血流の「せき」は開かないため、効果は薄いことが多いです。

【お薬の処方例(専門的な内容)】
以下は、ワンちゃんの閉塞が解除された後に使われる可能性のあるお薬の具体的な内容です。


  • ① 乳酸リンゲル液 [ラクテック液]
    目的: 体液に近い成分の基本的な点滴液で、全身の水分を補い、循環を助けます。
    投与量: 体重1kgあたり20mLを、15分かけて点滴します。血圧などを見ながら、繰り返し投与することがあります。
  • ② 7.2%塩化ナトリウム [高張食塩液]
    目的: 非常に濃度の高い特殊な食塩水で、血管の中に周りから水分を強く引き込み、一時的に血圧を急上昇させる強力な効果があります。
    投与量: 体重1kgあたり4mLを、10分かけて点滴します。
  • ③ ドパミン塩酸塩
    目的: 心臓の動きを強めたり、血圧を上げたりするためのお薬です。
    投与量: 体重1kgあたり、1分間に5~20マイクログラム(µg)という非常に微量を、精密なポンプを使って常に一定の速度で点滴し続けます。
  • ④ ノルアドレナリン
    目的: 血管を収縮させて、強力に血圧を上げるお薬です。
    投与量: 体重1kgあたり、1分間に0.1~2マイクログラム(µg)を、同じくポンプで点滴し続けます。

3. ショックから回復したら
応急処置で一時的に回復しても、胃のねじれや心臓の病気といった根本原因が解決したわけではありません。放置すれば数時間~数日以内に症状が再発します。そのため、状態が少しでも安定した段階で、できるだけ早く根本的な治療(手術など)に進むことが、命を救うことにつながります。

飼い主さんにお伝えしたい大切なこと (Key Point)


  • 閉塞性ショックは、容態がいつ急変してもおかしくない、極めて深刻な状態です。
  • 応急処置で一時的にショックから離脱できても、根本的な治療をしなければ再発のリスクが非常に高いことをご理解ください。
  • 処置後も再発の可能性を念頭に、心拍数が再び上がってくるなどの異変がないか、注意深く見守ることが重要です。

【ネコちゃん編】

どんな病気が原因で起こるの?(病態)

ネコちゃんの場合、閉塞性ショックの発生はワンちゃんに比べて非常にまれで、症例報告が時々見られる程度です。報告されている主な原因は以下の通りです。

  • 心タンポナーデ: ワンちゃんと同様ですが、ネコちゃんでは感染症や、ワンちゃんと違ってリンパ腫という種類の腫瘍が原因となることが報告されています。
  • 胃拡張・胃拡張捻転症候群: ネコちゃんでは、横隔膜ヘルニア(お腹の臓器が胸の中にはみ出してしまう状態)に伴って発生することが約30%あると報告されています。

診断と治療

診断や治療の基本的な考え方はワンちゃんと同様で、エコー検査やレントゲン検査で原因を特定し、一刻も早く穿刺術(針を刺す処置)で圧迫を解除することが最優先です。

【お薬の処方例(専門的な内容)】
以下は、ネコちゃんの閉塞が解除された後に使われる可能性のあるお薬の具体的な内容です。ワンちゃんよりも体が小さいため、投与量はより慎重に設定されます。


  • ① 乳酸リンゲル液 [ラクテック液]
    目的: 全身の循環を助ける基本的な点滴液です。
    投与量: 体重1kgあたり10mLを、15分かけて点滴します。
  • ② 7.2% 塩化ナトリウム [高張食塩液]
    目的: 血圧を急上昇させるための特殊な点滴液です。
    投与量: 体重1kgあたり2mLを、10分かけて点滴します。

予後(今後の見通し)

予後は原因の病気によって異なります。ネコちゃんの胃拡張捻転症候群に関する小規模な報告では、生存率は70%で、亡くなってしまった子の多くは横隔膜ヘルニアを併発していました。


【最近の獣医療の進歩】

上記のガイドラインは2020年のものですが、今も治療の基本です。それに加えて、獣医療は日々進歩しており、最近では以下のような考え方も重視されています。

  • より精密になったエコー検査: 最近では、エコー検査がさらに進化し、単に液体が溜まっているかを見るだけでなく、心臓の細かい動きや血管の状態まで詳しく評価することで、その子に本当に必要な点滴の量や薬の種類を、より個別で判断する試みが進んでいます。
  • より丁寧な点滴治療: ショック状態では大量の点滴が必要な場合もありますが、特に心臓に問題がある場合など、点滴のしすぎが逆に心臓の負担になることも分かってきました。そのため、意識状態などを慎重に見ながら、必要最低限の量で状態を安定させる、より丁寧なアプローチが検討されています。
  • 使われるお薬の傾向: 血圧を上げるお薬として、ガイドラインには「ドパミン」と「ノルアドレナリン」の両方が記載されています。最近では、不整脈を起こすリスクがより少ないとされる「ノルアドレナリン」を第一に選択するケースが獣医療でも増えてきています。

この記事は提供された獣医学的資料に基づき作成されていますが、実際の診断や治療については、必ずかかりつけの動物病院にご相談ください。