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症例報告【猫の乳腺腫瘍の細胞診の限界と乳腺全切除とリンパ節郭清】

症例報告: 猫における広範囲切除手術後の管理と術後経過

症例概要

  • 動物種・性別・年齢: 猫、高齢
  • 診断: 肉腫疑い
  • 部位: 胸部に近い皮膚および筋肉の腫瘍
  • 手術内容: 広範囲切除

手術内容

  • 水平マージン:
    • 縦: 5 cm
    • 横: 3 cm
  • 深さ:
      • 腫瘍直下の筋膜2枚、筋肉1枚を含む切除
      • 広範囲に胸部付近の皮膚および筋肉を切除し、可能な限り健常組織を含めて摘出

手術中の問題点

  • 心拍数とETCO₂の上昇:
    • 腫瘍摘出後、術野を寄せて縫合する過程で心拍数とETCO₂が上昇
    • 胸部付近での大規模な切除が肺や胸郭の圧迫を引き起こし、呼吸機能や心臓に影響を及ぼしたと考えられる
  • 対応:
    • 呼吸回数および換気ボリュームを減少させたところ、ETCO₂と心拍数の改善が見られた
    • 徐々に換気量を適正化し、呼吸機能を回復させた

術後管理

  • 麻酔覚醒: 通常通りスムーズに覚醒
  • 皮膚の伸展: 広範囲の皮膚切除により、皮膚の伸展には2週間から1カ月程度かかると予測
    • 皮膚が伸展するまでは必要に応じて、肺の圧迫を避けるためにベトルファール(呼吸数を落とす効果と鎮痛作用)を処方する予定

術後経過

  • 呼吸状態: 術後、呼吸状態は安定
  • 心拍数: 正常範囲内に回復
  • 傷の治癒: 皮膚が完全に治癒するまで2~4週間かかる見込み

この症例の概要

この症例では、細胞診の結果と異なり、手術後の病理検査で腺管癌(乳がん)と診断されました。

診断結果の違いの理由

猫の乳腺腫瘍で、細胞診では紡錘形の細胞が観察され、肉腫が疑われました。しかし、実際に切除した組織を詳しく調べた結果、腺管癌であることが判明しました。その理由として以下の点が考えられます。

  • 腺癌でも紡錘形細胞を形成することがある:特に腺癌が高度に未分化の場合、形態が変化し紡錘形の細胞を示すことがあります。
  • 肉腫様癌(カーカシノサルコーマ)の可能性:上皮性成分(癌)と間葉系成分(肉腫)の両方を含む腫瘍で、細胞診では肉腫の部分が強く現れることがあります。
  • 細胞診の限界:細胞診は採取した一部の細胞のみを評価するため、腫瘍全体の性質を正確に反映しない場合があります。サンプルの偏りや診断方法の違いも結果に影響します。

追加手術とリンパ節摘出

本症例では、腫瘍の悪性度が高かったため、追加で乳腺の全摘出手術を行うことにしました。

 

手術中、元の腫瘍があった側の腋窩リンパ節が触れたため、周囲の血管に細心の注意を払いながら摘出しました。

初回の病理検査では完全切除と評価されていましたが、リンパ管侵襲が疑われるとの結果も出たため、転移の可能性があります。

スクロールすると写真が見れます。

手術中の対策と術後のケア

また、手術中に胸部の縫合を進めた際、初回手術で見られた心拍数の上昇が再度確認されました。そのため、局所麻酔剤を浸潤させ、減張切開を加えて縫合部分への負荷を軽減しました。

術後、猫ちゃんは体を伸ばすと呼吸が速くなり、痛がる様子が見られました。そこで、鎮痛剤のベトルファールを皮下注射し、一晩点滴入院して経過を観察しました。

病理診断結果


この結果によると、乳腺上皮由来の悪性腫瘍(乳癌)が確認され、リンパ節への転移も認められました。

乳腺組織の腫瘍:

乳腺の中に小さな腫瘍が確認されました(標本3)。
この腫瘍の細胞は、乳腺の正常な細胞とは異なり、がん細胞特有の増殖(細胞分裂)が見られました。
また、一部に炎症を起こしている細胞も見られました。

腫瘍の範囲と切除状態:

腫瘍は少し不規則な形をしていましたが、今回の手術で取り除くことができました。
検査した範囲では、がん細胞が血管やリンパ管に入り込んでいる様子はありませんでした。

リンパ節への転移:
別の場所から採取したリンパ節(標本2と標本6)に、乳がんの転移が見つかりました。
このことから、肺など他の臓器に転移している可能性も考えられます。

抗がん剤治療(ドキソルビシン)

ドキソルビシン(商品名:アドリアシン)は、アントラサイクリン系の抗がん剤で、腫瘍細胞のDNAに作用し、細胞分裂や増殖を阻害する働きを持っています。この薬は特にリンパ腫、血管肉腫、白血病などの治療に使用され、単剤または多剤併用療法として使用されることがあります。

〈治療開始のタイミング〉
ドキソルビシン治療は、手術後に行われることが一般的です。ただし、以下の条件を満たしてから治療が開始されます。
1.術後の傷の癒合を確認
手術で切開した部分の傷が完全に癒合していることを確認した上で治療を開始します。
傷が治っていない状態でドキソルビシンを投与すると、免疫抑制作用や骨髄抑制によって感染症のリスクが高まる可能性があります。

2.全身状態の安定化
術後、動物の体力や臓器機能(特に肝臓と腎臓)が回復していることが重要です。
これにより、ドキソルビシンの副作用を軽減し、治療を安全に進めることができます。

〈投与方法〉
1.投与前の準備
•血液検査
投与前に血液検査を実施し、肝臓、腎臓、骨髄機能に異常がないことを確認します。
これにより、投与による副作用のリスクを軽減します。
•体調の確認
必要に応じて静脈点滴や皮下補液を行い、動物の体調を整えます。

2.投与方法
•ドキソルビシンは、生理食塩水で希釈して使用します。
希釈した薬剤は、60分以上かけて静脈内にゆっくりと点滴します。
•投与中は、血管外漏出(薬剤が血管外に漏れ出ること)を防ぐために注射部位を注意深く観察します。
もし異常があれば、即座に処置を行う必要があります。

3.投与後の管理
投与後も定期的に血液検査を行い、副作用が発生していないかをモニターします。

〈主な副作用〉
1.骨髄抑制
好中球(白血球の一種)が減少することで、感染症のリスクが高まる可能性があります。
通常、投与後7~10日がピークで、この期間は特に注意が必要です。

2.胃腸障害
投与後2~5日以内に血便や嘔吐が見られることがあります。これは消化管への影響によるものです。

3.血管外漏出
投与中に薬剤が血管外に漏れると、周囲の組織に壊死(細胞が死んでしまう状態)を引き起こします。
この場合、早急な処置が必要です。

4.腎毒性
特に猫において、腎臓に負担をかける可能性があります。腎不全を予防するため、慎重な管理が求められます。

5.累積性心筋障害
生涯投与量が180mg/m²を超えると、心臓に障害が発生するリスクが高まります。
これは拡張型心筋症を引き起こす可能性があるため、治療計画を綿密に立てる必要があります。

〈注意点と対策〉
•血管外漏出への対策
投与中に血管外漏出が疑われる場合、すぐに注射針を抜き、薬剤を排出します。
その後、必要に応じて解毒薬(例:デクスラゾキサン)を投与します。

•血液検査の重要性
副作用を早期に発見するために、投与後も定期的な血液検査を継続します。
骨髄抑制による好中球減少やその他の異常をモニターします。

•累積量の管理
ドキソルビシンの総投与量が180mg/m²に達しないよう、長期治療の場合は累積量を管理します。