猫の腹腔内腺癌:症例報告と進行・予後に関する考察
完全室内飼育の去勢雄猫(約6歳4カ月齢)において、腹腔内で進行性の腺癌が示唆された症例を報告します。本症例を通じて、腹腔内腺癌の進行速度や生存期間の目安、臨床的特徴などを考察します。
症例報告
患者情報
- 動物種・品種:ネコ(ミックス)
- 毛色:オレンジタビー&白
- 性別:去勢雄
- 年齢:約6歳4カ月齢(2024年12月13日時点)
生活・飼育環境および主訴
- 完全室内飼育
- 約1カ月前より便秘と下痢が交互に出現
- トイレ外への排便粗相が継続
- 下痢止め投与開始(第1病日の1週間前)も症状改善なし
初診(第1病日)時の所見
- 体重:5.48kg
- 血液検査:グロブリン値の著明な上昇、他項目に顕著な異常なし
- 腹部超音波検査:中腹部に約4cm大の腫瘤、膀胱内に浮遊物
- 細胞診:好中球・菌体を確認
- 培養同定検査を外部委託、ペニシリン系抗生物質を開始
培養同定検査結果(第7病日までに判明)
- 大腸菌検出、ペニシリン系抗生剤に感受性あり
- しかし腫瘤縮小や症状改善は乏しい
- 第7病日に試験開腹術またはCT検査を提案
試験的開腹(第13病日)
- 腹腔内に拳大の腫瘤、膵臓への強固な癒着を確認
- 大網に癌性腹膜炎を疑う変化、空腸への広範な播種を認める
- 腫瘤切除は困難と判断、6mmパンチで腫瘤・大網の生検を複数箇所実施
- 閉腹前に腹壁をイソジン消毒
考察
初診時に認めた腫瘤および高グロブリン血症、排便異常は腫瘍性疾患を示唆していました。試験的開腹により、膵周囲および大網・空腸への広範な腫瘍性播種が明らかとなり、高度進行性の腺癌が疑われました。ペニシリン系抗生物質に感受性のある菌が存在していたものの、腫瘤自体には有意な改善が得られませんでした。今後は生検結果を踏まえ、治療・緩和ケアを含む方針を検討していく予定です。
腺癌の進行速度と生存期間の目安
進行速度について
- 腹腔内の腺癌は短期間で拡大・転移することが多い
- 発見時には既に進行期であるケースが多く、転移先は肝臓や腹膜など多岐にわたる
- 腫瘍発見から数週間~数カ月で症状悪化が進行する例がしばしばみられる
生存期間について
- 高度進行例では数週間~数カ月程度の生存期間が多い
- 外科的切除が可能な場合は、再発や転移のリスクは高いものの、数カ月~半年、まれに1年程度延命できる場合もある
- 化学療法や支持療法の効果は限定的で、大幅な延命は困難なことが多い
まとめ
腹腔内腺癌は診断時点で進行しているケースが多く、急速な悪化と短い生存期間が一般的です。外科的処置や支持療法で部分的な延命が得られることはありますが、全体的には予後不良が多くみられます。治療方針は、腫瘍の進行度や猫の全身状態、飼い主の意向を踏まえて慎重に検討する必要があります。
1. 病理検査結果の概要

今回の検査では、組織が
「炎症性肉芽組織(Inflammatory granulation tissue)」
と呼ばれる状態になっていることがわかりました。
-
炎症性肉芽組織とは、体の組織が傷ついたり、
異物が入ってきたときに修復を行うために、免疫細胞(好酸球・マクロファージ・リンパ球 など)、
新しい血管や線維芽細胞などが集まって作られる組織です。
-
今回の検査では、好酸球という免疫細胞が多く見られ、
さらに線維化(固くなった組織)が進んでいることが特徴的でした。
-
腫瘍(がん)のような悪性所見は今回の検査範囲では確認されていません。
-
細菌・真菌感染を示唆する所見も明確には見つかっていません。
-
このように「強い炎症+好酸球の増加+線維化」が揃う場合、
猫に多い好酸球性硬化性線維過形成(GESF)
が疑われます。
2. 好酸球性硬化性線維過形成(GESF)とは
GESF(Gastrointestinal Eosinophilic Sclerosing Fibroplasia)は、
好酸球を主体とした激しい炎症と、
線維化(硬化)が同時に進む病気です。
猫では胃や腸、周辺のリンパ節や腹膜などに腫瘤(こぶ)や肥厚性病変を作ることで知られています。
【主な特徴】
・腸管や胃の壁が分厚くなり、腫瘤状に硬くなる
・組織には好酸球・リンパ球・マクロファージなどの免疫細胞が大量に浸潤
・病変がリンパ腫など悪性腫瘍と似る場合もあり、鑑別が難しいケースも
2.1 症状・臨床所見
- 嘔吐・下痢・食欲不振・体重減少などの消化器症状が多い
- 腸管が腫瘤化し、触診でしこりを感じることもある
- 消化管の通過障害による慢性的な便秘や嘔吐を起こす場合も
2.2 原因・発症メカニズム
はっきりとした原因はまだ明らかではありません。
寄生虫や細菌感染に対する過剰反応、食事アレルギー、遺伝的素因など、
複数の要因が重なって発症する可能性が示唆されています。
3. 治療法と経過
GESFの治療はステロイドを中心とした免疫抑制が基本です。
必要に応じてシクロスポリンやクロラムブシルなどの薬剤を併用することもあります。
- コルチコステロイド(プレドニゾロン等):主な抗炎症・免疫抑制薬
- 併用療法:ステロイドの効果が不十分な場合、シクロスポリンなどを加える
- 食事療法:食物アレルギーを考慮してアレルギー対応食に切り替える場合も
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外科的処置:
腫瘤が非常に大きい、閉塞症状が強い場合は外科的摘出が検討されることがあります
早期診断・早期治療で長期的にコントロールが可能という報告もありますが、
再発や合併症のリスクもあるため、
定期的な検査を受けながら治療を続けることが重要です。
4. 最新の情報・アップデート
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診断技術の向上:
超音波ガイド下の細針吸引生検(FNA)や内視鏡生検の精度が上がり、
GESFを早期に疑える症例が増えています。
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治療プロトコルの多様化:
ステロイドに加えて免疫抑制剤を併用するプロトコルが徐々に増加。
ステロイドの副作用軽減や再発予防を目的としています。
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原因解明への研究:
感染やアレルギーとの関連、遺伝的要因などが注目され、
今後さらに詳細が明らかになることが期待されています。
5. 飼い主の方へ
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嘔吐・下痢などの消化器症状が続いたり、
腹部にしこりを感じる場合は早めに受診を。
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長期管理の必要性:
免疫抑制療法は長期的な治療になることが多く、
定期的に血液検査やエコー検査で状態を確認していくことが重要です。
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リンパ腫など他の病気との鑑別:
低分化型リンパ腫などと間違えやすいため、生検や画像検査を慎重に行います。