【獣医外科ブログ】犬猫の腰下リンパ節摘出:~適応・術前準備から手術手技、注意点まで総まとめ~
今回は犬猫の腰下リンパ節(内腸骨リンパ節や腰下リンパ節など)を摘出する際の手技やポイント、術前準備などをトータルにご紹介します。肛門嚢アポクリン腺癌などの腫瘍の転移評価や、リンパ節自体の病理診断を目的に行われる機会が多いこの手術。大血管や尿管などの重要構造が密集する部分ですので、安全かつ確実にリンパ節を摘出するためには、十分な知識と慎重な操作が欠かせません。
1. 腰下リンパ節摘出とは
1-1. 対象となるリンパ節
- 内腸骨リンパ節(internal iliac lymph nodes)
- 腰下リンパ節(hypogastric lymph nodes)
病理検査や腫瘍ステージングを目的として、これらのリンパ節を摘出し、病理組織検査に提出します。
1-2. 主な適応例
- 腫瘍の転移評価
- 肛門嚢アポクリン腺癌(アナルサック腺癌)、直腸・結腸の腫瘍、リンパ腫など
- 疑わしい転移巣の確認や腫瘍の病期分類(ステージング)
- リンパ節そのものの病理診断
- リンパ節炎やその他の炎症性病変など、原因不明の腫大の評価
- 追加治療の判断材料
- 転移の有無で化学療法や放射線療法の適応を検討する際
2. 術前準備と画像検査の重要性
2-1. 術前評価
- 血液検査・生化学検査
- 貧血や凝固異常、腎臓・肝臓の機能評価など
- 胸部や腹部の画像検査
- X線検査、腹部エコー、CT、MRIなど
- リンパ節の大きさや周辺組織(大動脈・後大静脈・尿管)の位置関係を評価
2-2. 麻酔計画
- 患畜の全身状態に応じて、安全性の高い麻酔プロトコールを選択
- 気管挿管、静脈確保を行い、酸素化と循環動態のモニタリング(心電図・血圧・パルスオキシメトリーなど)を徹底
3. 手術手技の流れ
ここでは、下腹部正中切開によるアプローチを中心に解説します。
3-1. 下腹部正中切開と腹腔内の観察
- 体位の確認
- 患畜を背臥位(仰向け)とし、四肢は軽度伸展して保定
- 下腹部正中切開
- 臍付近から恥骨の前部まで正中切開を入れ、腹壁を分層で開腹
- 出血点を適宜電気メスなどで止血しながら操作を進める
- 骨盤腔の視野確保
- 骨盤腔付近にアプローチするため、まずは後腹膜や膀胱を視認
3-2. 膀胱の把持と後腹膜のアプローチ
- 膀胱の把持・牽引
- 開腹直後、膀胱が視野に入るので、助手が膀胱を動物の右側へ牽引
- 膀胱の間膜(側方靱帯や後腹膜との付着部)を電気メスで切開し、後腹膜へのアクセススペースを確保
- 尿管の確認
- 尿管損傷を防ぐため、まずは尿管の走行を明確に把握
- 術前の画像検査で把握した位置情報を参考に、鈍性剥離などを加えて可視化
3-3. 後腹膜の切開・展開
- 後腹膜脂肪の切開
- 尿管の隣にある後腹膜脂肪の膜を電気メスまたはメスで切開
- 鈍性剥離を用い、膜を少しずつ引き剥がしてスペースを広げる
- 頭側・尾側からの展開
- 腰下リンパ節を十分に露出するため、尾側(膀胱寄り)だけでなく頭側(腸間膜寄り)の後腹膜も切開して視野を確保
- 結腸の回避
- 下行結腸や直腸を左側・背側に寄せ、リンパ節の位置をしっかり露出
3-4. 腰下リンパ節の摘出
- リンパ節の同定
- リンパ節は大動脈分岐部(総腸骨動脈・内腸骨動脈など)付近や後大静脈周辺に位置
- 腫大の程度や腫瘍の浸潤具合により触感や見た目が変化
- 癒着の程度による操作の違い
- 癒着が軽度の場合:リンパ節をやや引き上げるだけでスルッと剥離できる場合がある
- 癒着が強い場合:小さな剥離操作の積み重ね、リガチャーやクリップで確実に止血しながらゆっくり剥離
- 大動脈直上での注意点
- リンパ節の直下に大動脈や後大静脈が走行しているため、力任せに剥がすことは厳禁
- 深部血管の損傷は大量出血を引き起こす恐れがあり、最悪の場合、命に関わる状況になるため細心の注意が必要
- 止血と摘出
- リンパ節に付着する小血管は、電気メスやリガチャーで丁寧に処理
- 摘出後のリンパ節は病理検査用にホルマリン固定や迅速病理検査を行う
3-5. 閉腹
- 出血点の確認
- リンパ節摘出部分や後腹膜の切開部からの滲出や出血がないか細心の注意を払う
- 腹腔内洗浄と分層閉鎖
- 生理食塩液などで腹腔内を洗浄し、異物がないことを確認
- 腹壁を通常の方法で分層閉鎖(腹膜→筋膜→皮下→皮膚)
4. 術後管理と合併症リスク
4-1. 術後モニタリング
- バイタルサイン(体温、呼吸数、心拍数)の安定化
- 痛みの管理(鎮痛薬の投与)
- 排尿状態のチェック:尿管周辺を操作しているため、尿路トラブルの早期発見に留意
4-2. 合併症リスク
- 大出血:大動脈・後大静脈などを損傷した場合の止血困難
- 尿管損傷:尿漏、尿膜炎、腎機能障害などの二次的合併症
- 神経損傷:自律神経繊維が集中する領域でもあるため、過度な電気メスの使用に注意
- 感染・術後疼痛:腸管や骨盤腔への操作で細菌感染のリスクが増大する可能性があり、術後のペインコントロールが不十分だと食欲不振や回復遅延につながる
5. 病理検査と追加治療の検討
- 摘出したリンパ節は、必ず病理組織検査に提出
- 腫瘍が検出された場合:化学療法や放射線療法など追加治療の検討
- 炎症性病変やリンパ節炎の場合:原因菌や病変の特定を行い、抗菌薬や消炎療法の方針を決定
6. まとめ
犬猫の腰下リンパ節摘出術は、腫瘍転移の評価やリンパ節病変の診断を行ううえで欠かせない外科手技です。骨盤腔内の大血管や尿管など、多くの重要構造が集まる部位への手技となるため、以下のポイントを押さえて安全に施術を行いましょう。
- 術前画像検査(エコー・CT・MRIなど)で解剖学的関係を把握
- 尿管・大動脈・後大静脈の位置確認と損傷回避
- 鈍性剥離と丁寧な止血を最優先
- 軽度癒着であれば無理せずリンパ節を上方に牽引しながら剥離
- 摘出後は病理検査へ提出し、追加治療の必要性を検討
- 術後の排尿状態や疼痛管理、感染管理を徹底
大きなリスクを伴う手術ではありますが、慎重な術前計画と適切な外科操作、そして術後管理を行うことで、良好な治療結果につながるケースも多々あります。特に腫瘍性病変では早期発見・早期対応が鍵となりますので、定期検診や画像検査を活用しつつ、最善の診療を目指していきましょう。
本記事は獣医臨床の現場で得られた知識や文献をもとに作成していますが、実際の手術では動物の個体差や病変の程度、施設の設備、術者の経験などによって手技が異なります。必ず担当獣医師と十分に相談のうえ、最適な診療プランを立ててください。