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肥満細胞腫(Mast Cell Tumor, MCT)は犬で最も多い皮膚の悪性腫瘍であり、猫でも皮膚では二番目に多い腫瘍です。肥満細胞はアレルギー反応に関与する細胞で、腫瘍化するとヒスタミンやヘパリンの放出により皮膚の発赤・膨疹(ダリエ徴候)や消化管潰瘍などの症状を引き起こすことがあります。
猫のMCTには皮膚型(皮膚・皮下の腫瘤)と内臓型(脾臓や消化管など)があり、治療法や予後が部位や悪性度によって異なります。
この記事でお伝えしたいこと
本稿では、猫の肥満細胞腫に対する最新の化学療法プロトコルとその副作用管理・治療成績・薬剤適応について解説し、さらに犬および猫の肥満細胞腫における外科的切除マージンに関する従来のガイドラインと近年の研究知見を整理します。飼い主の皆様が治療選択の参考とできるよう、専門的知識をできるだけ平易にまとめます。
猫の肥満細胞腫において、化学療法(抗がん剤治療)はすべての症例で必要となるわけではありません。
ステージI〜IIIa(単発~局所リンパ節転移まで)の猫では外科手術のみで長期生存できる例が多く、脾臓型MCTでも脾臓摘出術(脾摘)単独で平均12~19か月の生存期間が報告されています。
したがって、腫瘍が完全に切除でき、かつ低~中等度の悪性度(グレード)であれば、手術のみで追加治療を行わないことも多いです。
一方、全身性に病変が多発している場合(同時多発の皮膚MCT、内臓への転移など)や高グレード(悪性度が高い)と診断された場合、また外科的に切除困難・不完全切除の場合には、再発や進行を抑える目的で化学療法が検討されます。
特に犬では多発性の腫瘍・高グレード・転移例で補助化学療法の適応となりますが、猫でも同様に全身療法が必要と判断されるケースで投与が行われます。
化学療法を行う際の注意点
以下に、猫のMCT治療に用いられる主な抗腫瘍薬について、投与プロトコル(スケジュール)、有効性、安全性(副作用)とモニタリング方法、適応症例をそれぞれ解説します。
ロムスチン(Lomustine, 通称CCNU)はニトロソ尿素系の経口アルキル化剤で、肥満細胞腫やリンパ腫の治療に用いられてきた薬です。猫では50~60 mg/m2を経口投与し、3~4週間ごとに繰り返すプロトコルが報告されています。単剤治療の効果について、38例の回顧的研究では50%の症例で部分寛解以上の腫瘍縮小効果が認められました。この中には皮膚型MCTの猫の38% (10/26)、および内臓型MCT(リンパ節や肝臓、消化管など)の猫の75% (9/12)で奏効が得られたと報告されています。すなわち、約半数の猫で腫瘍が縮小または消失し、皮膚・内臓を問わず効果が期待できる薬剤です。
ロムスチンの主な副作用と注意点
ロムスチンは内服薬であるため自宅で投与できる利点がありますが、その強力な骨髄抑制作用から安全域が狭い薬でもあります。必ず獣医師の指示に従い決められた間隔を空けて投与し、体調の変化に注意してください。特に投与後1週間前後での白血球低下に伴う易感染症や発熱に注意し、元気消失や食欲不振、粘膜の蒼白などの兆候があれば早めに動物病院へ連絡します。
ビンブラスチン(Vinblastine)は静脈注射で投与する植物アルカロイド系の抗がん剤で、微小管を阻害して細胞分裂を止める作用があります。犬の肥満細胞腫では週1回投与を数回繰り返すプロトコル(例:週1回×4回、その後2週毎×4回の計8投与など)が標準的で、猫でも1.5~2 mg/m2を週1回静注するレジメンが使用されています。ビンブラスチンは本来リンパ腫などに用いられる薬ですが、猫のMCTに対しても効果が報告されています。例えば文献上は明確なプロトコルの臨床試験はないものの、奏効例が散見されることから、犬で効果の高い本薬を猫にも応用するケースがあります。特に他の治療が難しい進行例で、腫瘍負荷の軽減や転移抑制を狙って使われます。
ビンブラスチンの主な副作用と注意点
有効性に関して、犬ではビンブラスチン単剤またはプレドニゾンとの併用で高い奏効率(50%以上)が報告されています。猫における明確な奏効率データは限られますが、経験的にはある程度の抗腫瘍効果が期待できる薬剤です。特に複数の皮膚病変がある場合や、外科後に再発リスクが高い症例で予防的に使われることがあります。副作用管理の面では比較的コントロールしやすい薬ですが、投与期間中は毎回血液検査を行い、安全に治療を継続できるか確認します。
トセラニブ(Toceranib phosphate)は分子標的薬の一種で、商品名パラディア (Palladia)として犬の肥満細胞腫治療のために承認されている経口チロシンキナーゼ阻害薬です。細胞増殖に関与するc-KIT受容体や血管内皮増殖因子受容体(VEGFR)、血小板由来増殖因子受容体(PDGFR)など複数の受容体型チロシンキナーゼを阻害することで、腫瘍の増殖シグナルを遮断し血管新生も抑える作用があります。犬では1回2.75~3.25 mg/kgを隔日(週3回程度)経口投与するスケジュールが一般的ですが、猫では適切な用量が確立されていません。少数の報告では2.5~3.25 mg/kg程度を隔日投与で使用した例があり、比較的忍容性が高い(副作用が少ない)ことが示唆されています。ある後ろ向き調査では、トセラニブを投与された猫46例中、大多数で重篤な副作用なく治療継続可能で、生物学的活性(腫瘍縮小や進行抑制)が認められたと報告されています。このように「猫でも使える可能性のある分子標的薬」ですが、猫での正式な適応はなく、使用経験もまだ限られているのが現状です。
トセラニブの主な副作用とモニタリング
投与中は毎週~隔週で体重や食欲のチェックを行い、体重減少が顕著な場合は一時休薬や減量を検討します。
トセラニブの有効性について、現時点ではエビデンスが限定的ですが、c-KIT遺伝子変異を持つ腫瘍には効果が期待されます。猫の皮膚型MCTでは52~92%もの高率でc-KIT変異が報告されており、理論上は分子標的薬が有効な症例が多い可能性があります。ただし猫の脾臓型MCTではc-KIT変異が検出されないとの報告もあり、内臓型(特に脾臓由来)のMCTにはトセラニブは効果的でない可能性があります。実際に猫のMCTにトセラニブを使用したケース報告では、腫瘍の縮小や症状改善が見られた例があり、「選択症例では有望な治療となり得る」とされています。しかし大規模な前向き試験は未実施であり、現状では他の治療法が難しい末期症例や再発例に対して、慎重にオフラベル使用する位置づけです。治療を行う際は専門の獣医腫瘍科医と相談し、リスクとベネフィットをよく検討してください。
クロラムブシル(Chlorambucil)は経口投与可能なアルキル化剤で、白血病やリンパ腫の治療薬(商品名ロイケリン®等)として知られています。作用はDNAの架橋(クロスリンク)形成による細胞増殖阻害で、増殖の早い細胞(腫瘍細胞や骨髄細胞)に対しゆるやかに効果を示します。作用が比較的マイルドで副作用も穏やかなことから、高齢の猫や慢性的な疾患を抱える猫にも使いやすいお薬です。猫のMCTに対しては明確なプロトコルはありませんが、低~中程度の悪性度で緩徐に進行する症例において、腫瘍の増殖抑制目的で用いられることがあります。例えば、皮膚に小さなMCTが多発して外科適応とならない場合や、内臓へのわずかな浸潤があるが緩やかな経過をたどる場合などに、クロラムブシルを長期連日投与して病勢をコントロールする戦略です。
投与方法は症例により様々ですが、参考までに2 mg/日程度を隔日~毎日経口投与する連日療法か、20 mg/m2を2週間毎に経口投与するパルス療法が報告されています。前者はリンパ腫などで用いられる寛解導入・維持療法に類似し、後者は一回量を多くして間隔を空けることで副作用を軽減する方法です。どちらの方法でも定期的なモニタリングが重要です。
クロラムブシルの主な副作用と注意点
有効性に関して、クロラムブシルは即効性の腫瘍縮小をもたらす薬ではありません。むしろ腫瘍細胞の増殖スピードを抑えることで病勢を維持し、症状の進行を遅らせる「維持療法」としての役割が大きいです。例えば、猫の低グレード肥満細胞腫で外科切除が難しい多発例において、プレドニゾロンとの併用で腫瘍の増大が見られず安定している期間を延長できたケースがあります(臨床報告ベース)。このようにクロラムブシルは緩増殖性のMCTに対して副作用と効果のバランスが良い選択肢となりえます。飼い主は日々の投薬が必要となりますが、錠剤を嫌がらない猫であれば在宅で落ち着いた治療が継続できる点もメリットです。
抗がん剤ではありませんが、プレドニゾロン(副腎皮質ステロイド)は肥満細胞腫の治療で頻用される補助薬です。プレドニゾロンには細胞毒性こそないものの肥満細胞の数を減らし腫瘍を縮小させる効果があり、短期的にはMCTのサイズを小さくすることが知られています。特に外科手術の前に腫瘍を縮小させたり、手術が難しい場合の緩和目的で用いられます。また抗ヒスタミン作用も持つため、腫瘍から放出される炎症性物質による症状(発赤や痒み、胃潰瘍など)を和らげる効果も期待できます。一般的な容量は1mg/kg前後の高用量を毎日経口投与し、2〜3週間かけて徐々に減量していく方法です。プレドニゾロンは安価で入手しやすく、副作用も投与中止で可逆的なため、飼い主の希望により単独療法として試みられることもあります。
プレドニゾロンの主な副作用と注意点
多くの場合、化学療法との併用で相乗効果(腫瘍縮小効果の増強)が期待できます。犬ではビンブラスチン+プレドニゾン併用が標準治療の一つですが、猫でも状況に応じてステロイドを組み合わせ治療効果を高めます。
上記のように各薬剤ごとに注意すべき副作用がありますが、共通して重要なのは定期的なモニタリングと早めの支持療法です。血液検査は治療中ほぼ毎回実施し、白血球や血小板が閾値を下回らないか確認します。特にロムスチンやビンブラスチンでは投与後7~10日頃に好中球が最低値に達するため、そのタイミングでの血液チェックが欠かせません。腎臓や肝臓の数値も定期的に測定し、異常の早期発見に努めます。飼い主は自宅での投薬スケジュールや猫の体調変化を管理する重要な役割があります。嘔吐が続く、下痢がひどい、食欲が落ちた、元気がない、排尿・排便の異常、粘膜の色が悪い(貧血の兆候)など、普段と違う様子があればすぐに担当獣医師に連絡してください。必要に応じて抗がん剤の休薬や用量調整、対症療法の開始が検討されます。
副作用を最小限に抑えつつ効果を出すため、投与量の個別調整も行われます。例えばロムスチンでは初回から予定量をフルに投与せずやや減量した量で開始し、副作用が少なければ次回増量するアプローチも取られます。またトセラニブなど新しい薬では臨床試験レベルで安全とされた用量より低めから開始し、副作用が許容範囲か慎重に見極めながら投与継続します。このように猫ごとの体質や腫瘍の状態に合わせたオーダーメイドの治療を行うことが理想です。飼い主の皆様は、不安な症状や疑問点があれば遠慮なく獣医師に相談し、愛猫に最適な治療計画を一緒に作り上げていってください。
図: 肥満細胞腫の外科的マージン概念図。中央の紫円が腫瘍を示し、その周囲に1cm(橙色点線)、2cm(緑色破線)、3cm(青色点線)の正常組織を含めて切除する範囲を示す(3cmルール)。
従来はマスト細胞腫は目に見える腫瘍境界から少なくとも3cm離れた健常組織および深部に1層の筋膜(あるいはそれに相当する堅固な組織)を含めて切除することが推奨されてきました。腫瘍細胞は肉眼で確認できる腫瘤の境界よりも遠方まで皮下で浸潤している可能性があり、十分なマージンを確保することで顕微鏡レベルで腫瘍細胞を取り残さない(腫瘍陰性の外科マージンを得る)ことが目的です。不十分なマージンで単に腫瘍を「くり抜く」ような手術では、周囲に腫瘍細胞が散らばり再発の原因となるため避けねばなりません。特にグレードの高いMCT(悪性度の高い腫瘍)では、局所再発のみならず転移のリスクも高いため、再発リスクを減らすため可能な限り広い切除が推奨されます。
長らく教科書的には犬猫問わず「3cmルール」が標準とされてきましたが、実臨床では部位によっては3cmの確保が難しいこともしばしばです。例えば四肢先端部位や顔面部の腫瘍では周囲に十分な皮膚や皮下組織がなく、物理的に広範切除が不可能な場合があります。そうした場合には、可能な限りのマージンで外科切除を行った後に追加治療で補完するアプローチがとられます。追加治療として代表的なのが放射線治療で、外科的に取り残した可能性のある微小な腫瘍細胞を術後に放射線照射で死滅させる方法です。近年の報告では、外科的に腫瘍が取りきれなかった犬のMCTに対し、術後に放射線治療を実施することで4~5年後でも75~85%が局所再発なく制御できたとの成績が示されています。このように外科単独で不十分な場合でも放射線との組み合わせで良好な長期管理が可能です。ただし放射線治療は設備のある専門医療機関での実施が必要で、費用負担や通院回数も多くなります。そのため、腫瘍の悪性度や再発リスクと併せて、各症例ごとに追加療法の是非を検討します。
過去20年ほどの間に、「すべてのMCTで一律に3cmマージンが必要なのか?」という疑問から多数の研究が行われました。その結果、腫瘍の悪性度(グレード)や大きさによっては、3cm未満のマージンでも再発率が低いことが分かってきました。例えば低グレード(グレードI相当)のMCTであれば1cm程度のマージンで十分制御可能、中間グレード(グレードII)のMCTでも2cmのマージンで再発なく切除できる症例が多いと報告されています。実際、2000年代に行われた犬MCTの研究では2cmのマージンで切除しても約95%以上の症例で完全切除(腫瘍陰性の組織学的マージン)を達成し、追跡期間中の局所再発率はわずか5%であったとされています。さらに2020年の系統的レビューでは、質の高いエビデンスは少ないものの「直径4cm未満のグレードI~IIの皮膚MCTであれば、2cmの側方マージンと1層の深部マージンで不完全切除率および局所再発率は十分低い」と結論付けられました。つまり腫瘍の悪性度が低~中等度であれば、従来より少ないマージンでも安全に切除できる可能性が高いのです。
具体的な指標としては、グレードI(Kiupel低グレード)の犬MCTには側方1cm、グレードII(中間グレード)には2cm、グレードIII(高グレード)には3cmというようにグレードに応じた推奨マージンが提案されています。また腫瘍径に合わせてマージンを決める「比例マージン」という考え方もあり、小さな腫瘍であれば腫瘍径と同程度(例えば直径5mmの腫瘍なら5mmのマージン)の正常組織を取るだけでも十分とする報告もあります。ただし比例マージンについてはまだデータが限られるため、現状では上限2cmの比例アプローチ(大きな腫瘍でも2cmまで、それ以下なら腫瘍径と同じ幅)を用いるなど工夫がなされています。重要なのは、腫瘍を完全に摘出できているか(病理組織学的に腫瘍細胞が切除断端に達していないか)であり、顕微鏡下で少なくとも5mm以上の腫瘍陰性の正常組織が確保できていれば局所制御は良好という意見もあります。病理報告で「マージン〇〇mmクリア」と記載された場合、その数値が大きいほど再発リスクは低下します。近年はこうした知見を踏まえ、症例ごとに必要十分なマージンを見極めて切除範囲を決定する個別化治療が志向されています。
腫瘍の部位も外科マージン方針を左右する重要な要素です。例えば四肢の指趾部(爪の生えている部分)に発生したMCTでは、広い側方マージンを取るより患指ごと切断(断指術)することで十分な根治性が得られます。この場合、3cmの円形切除はできませんが、指ごと取ることで実質的に腫瘍を一塊で取り除けるためです。同様に尾部の腫瘍では尾の部分切除や断尾によって根治を図ることがあります。陰部(会陰や陰嚢周辺)や爪床部のMCTは、生物学的に他部位より悪性度が高く再発・転移しやすいことが報告されており、これらの部位では可能な限り広めのマージンを確保するとともに、術後の追加療法も積極的に検討します。逆に、まぶたや口唇など美容上・機能上で切除範囲を広げにくい部位では、必要最低限の切除に留めて残存腫瘍に放射線を当てる、あるいは抗がん剤や分子標的薬で全身療法を行う選択もあり得ます。最近では外科手術が難しい腫瘍に対し、ティギラノール・チグレート(ステルフォンタ®)という腫瘍溶解薬を腫瘍内注射して局所壊死させる新しい治療も欧米で登場しており、非外科的に腫瘍を消滅させることも可能になりつつあります。この薬剤は犬の非切除MCTに対し約75–88%の症例で完全寛解が得られたとの報告もあり、今後日本でも利用可能になれば外科マージン確保が困難なケースの強い味方となるでしょう。
リンパ節転移への対応も重要です。画像検査や細胞診で肥満細胞腫の所属リンパ節転移が確認された場合、転移リンパ節の外科切除(リンパ節郭清)を行うことで生存期間の延長につながるとの報告があります。特にステージII(腫瘍+局所リンパ節転移)の犬では、リンパ節摘出を併施することで外科のみで良好な予後が得られるケースも多く、状況によっては化学療法など全身療法を行わず手術単独で経過観察とすることもあります。一方で、高グレードあるいは遠隔転移が疑われるケースでは、外科・放射線の局所療法に加え術後補助化学療法や分子標的薬の全身投与が推奨されます。高リスク症例ではたとえ完全切除できても目に見えない微小転移が進行する可能性が高いため、局所と全身の両面から治療を行い再発・転移に備えます。
実際の臨床例として、例えば小型で低グレードの皮膚MCTであれば、1~2cmのマージンで切除して病理組織学的に完全切除(腫瘍陰性マージン)が得られれば、その後追加治療を行わず経過観察とすることが多いです。一方、高グレードMCTでは外科的に広く切除できていても見えない転移が進行するリスクが高いため、術後にビンブラスチン+プレドニゾロンなどの補助化学療法を実施して再発予防に努めるのが一般的です。例えばある症例では、後肢に発生したグレードIIのMCTを約1.5cmのマージンで切除し、病理結果で完全切除と判定されたため追加治療は行わず経過観察としました。その後2年以上再発も転移もなく元気に過ごしています。また別の症例では、胸壁に発生したグレードIIIのMCTに対し3cm以上のマージンで切除を行いましたが、高グレードのため術後に8週間のビンブラスチン療法と継続的なトセラニブ投与を行い、1年経過時点で転移をコントロールできています。このように腫瘍の性質に応じて治療戦略を組み立てることが重要であり、近年の研究知見はその判断材料として非常に役立ちます。
猫の皮膚型MCTは犬と比べて局所侵襲性が低く、比較的狭いマージンでも再発なく管理できることが経験的に知られています。実際、猫の典型的な肥満細胞腫(組織球型を除く肥満細胞型)は、外科的に腫瘍を完全摘出しさえすればヒト卵大程度の最小マージンでも再発はまれであり、転移も低率です。文献にも「猫の皮膚肥満細胞腫は大部分が最小限の侵襲性で、犬ほど広範な深部切除を必要としない可能性が高い」と記載されています。したがって、猫では外科的に無理な広範切除をせずとも外科単独で治癒が期待できる症例が多いと言えます。ただし、まれに存在する未分化型(高悪性度)や異型性の強い肥満細胞腫では挙動が異なり、局所再発や転移を起こす可能性があるため注意が必要です。こうした稀な高悪性度腫瘍では犬と同様に広いマージンでの切除と、リンパ節チェックを含む綿密なステージング(病期評価)が推奨されます。
猫特有の内臓型MCTについても触れておきます。脾臓型MCT(猫の肥満細胞性脾臓腫瘍)は猫では比較的高頻度にみられる病態で、治療の第一選択は脾臓摘出術(脾摘)です。脾摘により多くの症例で臨床症状が改善し、先述の通り平均1年程度の生存期間が得られることが報告されています。興味深いことに、脾臓型MCTの猫ではしばしば皮膚や他臓器に二次性の病変が現れる(転移というより脾臓病変に伴う皮膚病変)ことがありますが、脾臓を摘出することでそれらが消失・縮小する例もあります。したがって、猫で多発性の皮膚肥満細胞腫がある場合には、原発巣が脾臓にないか注意深く評価することが推奨されます。一方、消化管型MCT(腸管の肥満細胞腫)は猫では予後不良な腫瘍の一つで、発見時にはすでに広範な転移を有することが多く、外科切除できても長期生存は困難です。消化管型では外科的マージンも確保しにくく、手術そのものより全身状態の管理が課題となるでしょう。
肥満細胞腫の治療は、腫瘍の生物学的悪性度と患者(動物)の状態によって最適解が異なります。近年の研究によって、化学療法では新たな薬剤やプロトコルが開発され、副作用管理のノウハウも蓄積されてきました。また外科的切除マージンに関する考え方もアップデートされ、以前より侵襲を抑えつつ再発を防ぐ手術が可能となっています。例えば、小さな低悪性度の腫瘍であれば広すぎる切除はせず動物への負担を軽減し、一方で高リスク例には積極的な補助療法を組み合わせるなど、個々の症例に合わせた柔軟な治療戦略が重要です。
図: 猫の肥満細胞腫の細胞診像(Diff-Quik染色)。多数の赤紫色の顆粒を含む丸い腫瘍細胞が認められる(肥満細胞の顆粒はメタクロマジーと呼ばれる特有の色調を示す)。細胞診によりMCTは高率に診断可能で、治療方針決定の第一歩となります。
飼い主の皆様にとって、愛猫や愛犬の腫瘍治療は大きな不安を伴うものですが、最新の知見に基づいた適切な治療によって多くの患者が良好な経過をたどっています。疑問や不安があれば主治医に相談し、納得のいくまで説明を受けてください。適切な知識を持って治療に臨むことは、ペットにとって最善の選択をする助けになります。肥満細胞腫は確かに侮れない腫瘍ですが、飼い主と獣医療チームが協力し合うことで克服できる可能性が十分にある疾患です。最新の治療プロトコルと知見を活用し、愛する家族であるペットのQOL(生活の質)と生命を守っていきましょう。