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【症例報告】著明な腹囲膨満と悪液質が疑われた肝腫瘍の犬

著明な腹囲膨満と悪液質が疑われた肝腫瘍の犬

はじめに

本稿では、前院で「肝炎の疑い」と診断されウルソ(ウルソデオキシコール酸)を処方されていたにもかかわらず、症状が改善せずに当院を受診された犬の一例をご紹介いたします。
一見すると元気に見える状態でも、実は肝臓の大きな病変が隠れている可能性がある――。
そのことを改めて考えさせられるケースでした。

1. 症例概要

  • 犬種・年齢:ミニチュアダックスフンド、11歳(オス去勢)
  • 体重:5.3kg
  • 主訴:腹囲の著明な膨満、肝酵素値の上昇(前院検査による)

飼い主様からは「ウルソを飲ませても良くならず不安」とのご相談がありました。

2. 初診時の所見

身体検査

  • 腹囲の膨満:お腹が大きく張り出しており、触診でも明らかに腫大した臓器(肝臓)が感じられました。
  • 体格とのアンバランス:腹部は膨らんでいるのに、肋骨が浮き出るほど痩せている部分もあり、側頭筋の萎縮も顕著でした。これらは悪液質を強く示唆する要素です。
  • 全身状態:動き回る元気さは残っているものの、じっくり観察すると「どこか弱々しさ」を感じる場面もありました。

血液検査

  • WBC(白血球):測定値の上限を振り切るほどの高値
  • CRP(C反応性蛋白):大幅な高値
  • RBC/HGB(赤血球・ヘモグロビン):貧血が顕著
  • 肝酵素(GOT, GPT, ALPなど):いずれも明らかな上昇

これほどまでに炎症や貧血を示す結果は、「単なる肝炎」だけでは説明がつかないと考えました。

3. 画像検査(エコー)

エコーを当てると、腹腔内の半分以上が異常に拡大した肝臓組織で占められていました。
表面はボコボコと不整で、多発性病変が疑われます。
前院ではエコー検査が行われていなかったようですが、この画像からは、肝臓の悪性腫瘍を最も強く考えざるを得ませんでした。

4. 診断と考察

悪液質の可能性:
体全体の栄養状態が悪化し、筋肉が萎縮している様子から、腫瘍による悪液質がかなり進行していると見受けられました。

肝臓の悪性腫瘍:
これほど大きく肝臓を侵す病変を、外科的に切除するのは極めて難しいと判断いたしました。
肺転移のリスクも考慮すると、手術以外の選択肢に目を向ける必要があると考えます。

肝細胞癌(HCC)と予後・病状進行:
犬の原発性悪性肝腫瘍の中では、肝細胞癌(HCC)が最も一般的とされ、文献によっては50%以上を占めるともいわれます。
HCCには、単発型とびまん型(多発型)など複数のパターンがあり、単発型であれば外科的切除で長期生存が期待できるケースもありますが、
多発性や肝臓全体に広がっている場合は、腫瘍を完全に取り除くことが非常に困難となり、ターミナルケア(終末期ケア)の選択肢も検討せざるを得ません。
また、肝臓の機能低下が進行すると、食欲不振や体重減少、嘔吐・下痢、腹水・黄疸、低タンパク血症や血液凝固障害などが現れ、
肺転移が起きると呼吸困難をきたし、急速に状態が悪化するリスクが高くなります。

5. 治療方針と飼い主様へのご提案

「これ以上の検査や無理な延命治療を行うべきか?」
本症例では、飼い主様とよくお話し合い、最終的にターミナルケア(終末期ケア)に重点を置く方針をご提案いたしました。

  • 呼吸苦や痛みの緩和:
    肺転移が進むと呼吸困難が起こり得るため、必要に応じて酸素吸入や鎮痛剤などを検討し、犬の負担を軽減することを最優先にいたしました。
  • 生活の質(QOL)の維持:
    無理な治療に費用をかけるより、できる限り犬が安らかに過ごせる環境を整えることを重視しました。
  • 不要な検査の回避:
    さらに詳しい検査を行う選択肢はありましたが、腫瘍の広がりから根治を狙うことは困難であると推測し、犬と飼い主様の負担を軽減する方向を目指しました。

当院としては「より確実な診断が必要」という考えもありましたが、飼い主様のご意向や犬の状態を踏まえ、過剰な検査は行わない方が望ましいと判断いたしました。

6. まとめ

本症例は、肝酵素の上昇だけを追っていたのでは発見が遅れてしまう可能性があることを改めて教えてくれました。
前院で肝炎とみなされていた背景には、エコー検査の未実施も影響していたと思われます。
一方で、いざエコーを当ててみると、想像以上に大きな腫瘍が見つかることがあります。
こうした場合、外科的切除や積極的な抗がん治療よりも、ターミナルケアを選択した方が犬のQOLを保ちやすい可能性もあります。
もちろん、最適な方針はケースバイケースであり、全ての患者に当てはまるわけではありません。
しかし、本症例を通じて、飼い主様と「どこまで治療を行うか」を丁寧に話し合い、可能な限り犬にとって安らかで苦痛の少ない方法を選ぶことの大切さを改めて感じました。

最後に

本記事が、同様のケースに悩まれている飼い主様や、獣医療に携わる方々に何かしらの気づきをもたらせれば幸いです。
当院としましても、日々の診療の中で学びを深めつつ、よりよい医療を提供できるよう努力を続けてまいりたいと考えております。
どうか、皆さまの大切なご家族(ペット)が、少しでも穏やかな時間を過ごせますように。