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がん:臨床病理、診断、そして治療のすべて

はじめに:
愛するペットのがんを理解するために

愛する家族の一員であるペットが「がん」と診断されたとき、飼い主の皆様は計り知れない不安と疑問に直面することでしょう。この報告書は、そのような飼い主の皆様が、ペットのがんに関する専門的な情報を深く、そして分かりやすく理解できるよう作成されています。診断から治療、そして日々のケアに至るまで、獣医師との連携を深め、愛するペットのために最善の選択をするための知識を提供することを目指しています。

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最新の獣医学的知見に基づき、科学的根拠のある情報を提供しつつ、ペットの生活の質(QOL)を最大限に高めるための手助けとなることを願っています。専門用語は避けられない部分もありますが、その都度、丁寧な解説を加え、皆様の理解を促進できるよう努めています。

(ここに写真が入ります)

第1章:
がんが体に引き起こす変化
臨床病理学的所見

ペットの体内でがんが発生すると、様々な生理学的変化が引き起こされます。これらの変化は、血液検査(CBC)、血液化学検査、尿検査、細胞診などの臨床病理学的検査によって検出される重要な手がかりとなります。腫瘍の発生部位や種類によって、これらの変化は異なり、診断や治療方針の決定に不可欠な情報を提供します。


1.1 全血球計算 (CBC) でわかること

全血球計算(CBC)は、血液中の赤血球、白血球、血小板の数や形態を評価する基本的な検査であり、がんの存在を示唆する重要な情報源となります。

貧血

貧血は、腫瘍症例で最も頻繁に観察される血液検査結果の一つです。貧血の兆候としては、歯茎の蒼白や黄疸、運動不耐性、活動性の低下などが挙げられます 。貧血の重症度と臨床症状は必ずしも一致せず、重度の貧血であっても症状が軽度であれば、慢性的な経過をたどっている可能性があり、骨髄疾患が原因であることも示唆されます 。

貧血の主な原因は多岐にわたります。最も一般的なのは、慢性疾患に続発する貧血(ACD)ですが、免疫介在性溶血性貧血(IMHA)、出血、微小血管障害性溶血性貧血なども挙げられます。IMHAは、免疫系が自身の赤血球を攻撃して破壊する自己免疫疾患であり、腫瘍、感染症、薬剤、ワクチンなどが引き金となることがあります 。また、消化管内での低グレードの慢性的な出血は、最終的に鉄欠乏性貧血を引き起こす可能性があります 。

貧血の診断には、血液中の赤血球の割合を示すPCV(ヘマトクリット)が最も一般的に用いられます。犬ではPCVが35%未満、猫では特定の閾値を下回ると貧血と判断されます 。貧血の原因を特定するためには、血液塗抹検査で異常な細胞形態や寄生虫の有無を確認し、骨髄検査で骨髄の反応性や異常細胞の有無を評価することが重要です 。さらに、生化学検査、尿検査、便検査なども、根本原因の特定に役立ちます 。

治療は、貧血の重症度と根本原因によって異なります。生命を脅かすほどの重度の貧血の場合、まず輸血によってペットの状態を安定させます 。その後、免疫抑制剤(IMHAの場合)や駆虫薬、抗生物質、あるいは手術など、根本原因に対する治療が開始されます 。IMHAの治療は長期にわたることが多く、免疫抑制剤の減量には慎重なモニタリングが必要です 。

化学療法による貧血は、人間ほど動物では一般的ではありませんが、軽度な貧血が見られることがあります。しかし、化学療法中には食欲不振や活動性の低下、肝臓・腎臓機能の異常、白血球や血小板の異常など、他の副作用も現れる可能性があるため、注意深い観察が求められます 。

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飼い主さんへメッセージ

貧血は単一の病態ではなく、複数の原因によって引き起こされる複雑な状態です。特に腫瘍症例では、腫瘍そのものによる影響だけでなく、治療による影響も考慮する必要があります。貧血の重症度と症状の出現が必ずしも一致しない(慢性貧血では重度でも症状が軽度な場合がある)という事実は、飼い主が症状だけで判断せず、定期的な検査の重要性を理解する上で極めて重要です。貧血の兆候(歯茎の蒼白、元気のなさなど)に気づいたら、単なる老化や疲労と捉えず、速やかに獣医師に相談し、詳細な検査を受けることが、適切な診断と治療に繋がります。

赤血球増加症

赤血球増加症は、循環する赤血球の数が異常に増加する状態です。腫瘍関連性の変化として比較的よく見られ、エリスロポエチン(EPO)産生腫瘍や腎臓の低酸素状態、低酸素誘導因子(HIF)の産生増加などが関与していると考えられています 。

最も一般的な原因は脱水による相対的赤血球増加症であり、これは血漿量の減少によるもので、輸液によって改善します 。しかし、より深刻な原因として、真性赤血球増加症(多血症ベラ)が挙げられます。これは骨髄の異常増殖による稀な疾患で、赤血球が血液量の65%から75%を占めることもあり、血液が非常に濃くなります 。血液が濃くなると、体内の微細な血管を流れにくくなり、脳や筋肉への酸素供給が低下し、元気消失、ふらつき、痙攣などの神経症状を引き起こすことがあります 。腎臓の腫瘍やその他の臓器の腫瘍がEPOを過剰に産生し、生理的に不適切に赤血球産生を刺激することで、赤血球増加症が引き起こされることもあります 。

診断は、PCVの著しい上昇(猫では48%以上、中央値70%)が基準となります 。真性赤血球増加症の診断は、相対的な原因や二次的な原因(心臓病、肺疾患、EPO産生腫瘍など)を除外することによって行われます 。

治療は、血液の粘稠度を下げ、臓器への酸素供給を改善することを目指します。最も迅速な治療法は瀉血(血液を抜き、輸液で補う)であり、通常、PCVを50%〜60%に下げることを目標とします 。長期的な管理のためには、ヒドロキシ尿素(骨髄の赤血球産生を遅らせる化学療法薬)が併用されます 。ヒドロキシ尿素は、嘔吐、食欲不振、下痢などの副作用を引き起こす可能性があるため、定期的な血液検査によるモニタリングが必要です 。EPO産生腫瘍が原因の場合は、手術、化学療法、放射線療法による腫瘍の治療が優先されます 。

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飼い主さんへメッセージ

赤血球増加症は、一見すると単純な血液量の増加に見えますが、実際には血液の粘稠度を高め、臓器への血流と酸素供給を阻害するという重篤な影響を及ぼします。特に脳や筋肉への影響は、痙攣や活動性低下といった形で現れることがあります。エリスロポエチン産生腫瘍(特に腎臓腫瘍)が原因となる場合、赤血球増加症は潜在的な悪性腫瘍の重要なサインとなります。飼い主は、ペットが元気がない、ふらつく、痙攣するといった神経症状を見せた場合、貧血だけでなく、赤血球増加症の可能性も考慮し、獣医師に相談することが求められます。特に、脱水症状がないにもかかわらず赤血球値が高い場合は、腫瘍の可能性を念頭に置いた精密検査の必要性が高まります。

白血球の変化:増加と減少

白血球数の変化も、腫瘍の存在や治療の影響を示す重要な指標となります。

白血球増加症

好中球の増加症は、腫瘍随伴症候群としてよく見られます [ユーザー提供情報]。これは、腫瘍細胞が顆粒球コロニー形成刺激因子(G-CSF)や顆粒球単球コロニー刺激因子(GM-CSF)などのサイトカインを産生することで引き起こされると考えられています 。例えば、犬の肺腺癌では、G-CSFやIL-6の遺伝子発現が増加し、好中球増加症を伴うことが報告されています 。

白血球増加症は、感染症や炎症による反応性のものであることが一般的であり、腫瘍随伴性または腫瘍性のプロセスを疑う前に、これらの原因を除外することが重要です 。しかし、極端な好中球増加症(白血球数50,000/µL以上)を伴う腫瘍を持つ犬では、死亡率が56.2%と報告されており、予後不良と関連する可能性があるため、単なる検査値異常として軽視すべきではありません 。

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飼い主さんへメッセージ

白血球増加症、特に好中球増加症は、感染症や炎症の一般的なサインとして認識されがちですが、腫瘍随伴症候群として発生する場合、腫瘍が体内の生理機能に直接影響を及ぼしていることを示しています。感染や炎症の明らかな兆候がないにもかかわらず持続的な好中球増加が見られる場合、潜在的な腫瘍の可能性を強く疑うべきです。飼い主は、ペットが特別な理由なく発熱したり、元気がないといった症状と共に、血液検査で白血球数が異常に高いと診断された場合、獣医師に腫瘍随伴症候群の可能性について相談し、さらなる精密検査の必要性を検討することが推奨されます。

白血球減少症

白血球減少症は、腫瘍随伴症候群で生じることは稀ですが、化学療法後に多く見られます。特に好中球減少症は、感染症に対する抵抗力が低下するため、注意が必要です [ユーザー提供情報]。

化学療法による骨髄抑制が主な原因で、抗がん剤投与後4〜5日目から好中球が減少し始め、約7日目に最下点となることが多いです 。この時期は、細菌感染症のリスクが最も高まるため、発熱などの感染兆候が見られた場合は、速やかに抗生剤治療を開始する必要があります 。予防策としては、化学療法開始前に歯周病治療を行うことや、消化器症状を予防するための投薬が挙げられます 。

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飼い主さんへメッセージ

化学療法後の白血球減少症、特に好中球減少症は、治療の副作用として一般的かつ深刻なリスクです。この減少には明確な時間的パターン(投与後4-5日目から減少し、7日目に最下点)があるため、飼い主が自宅でペットの体調変化をモニタリングする上で非常に重要な情報となります。好中球減少症による免疫低下は、全身性感染症(敗血症)のリスクを高めるため、獣医師は投与後の特定の期間に血液検査で好中球数をモニタリングし、必要に応じて抗生剤を処方します。飼い主も、この時期にペットが発熱、元気消失、嘔吐、下痢などの症状を示した場合、直ちに獣医師に連絡し、重篤な合併症を避けるための迅速な対応を求めることが極めて重要です。