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クッシング🌸ステロイドがたくさん出る病気

ステロイドが過剰に分泌される病気です

ステロイドホルモン(別名コルチゾール)はストレスに対して対抗したり、イオンバランスの調整や、筋肉量の調整に関わっています。多すぎるとあらゆる悪影響が出てきてしまい、中には生命にかかわるものもあるので、注意が必要です。

症状

筋肉がうすくなって脂肪が溜まり、腹囲膨満(太ってきたり、ポテッ腹に)。呼吸筋がうすくなることでハァハァとパンティングしたり、多飲多尿(PUPD、水をたくさん飲み、尿をたくさんする)。血栓傾向になり、重要な血管に血栓が詰まる事で臓器が機能しなくなります。肺に血栓が飛び、呼吸困難に陥る事があります。糖尿病のリスクもあり、ステロイドホルモンは血糖値を上げるので10%の子で発症します。

脳の腫瘍が原因

脳下垂体が腫瘍化する(PDH)事で副腎を刺激するホルモン(ACTH)が多く分泌され、副腎から多くのステロイドが分泌されてしまいます。クッシングの80%はPDH性です。脳の腫瘍を摘出するのは大きなリスクがあるので、ステロイドホルモンを遮断する投薬治療を行います。トリロスタン(商品名;アドレスタン)を使用しますが、原因の治療を行なっているわけではないので、てんかんや失明などの症状には引き続き注意が必要です。クッシングの残り20%は副腎が腫瘍化するAT型です。摘出が治療法になります。

診断

ALPの上昇(90%)。ACTH製剤(コートロシン)を皮下注射して、1時間後のコルチゾール(ステロイド)が25以上の場合は確定します。

エコー検査

下垂体腫瘍ではACTHの分泌過剰で副腎が反応して、両副腎が大きくなります。副腎腫瘍では片方の副腎だけが大きくなります。

投薬中の注意事項

効きすぎてアジソンになっていないか、お薬が足りているかを症状と血液検査で判断しています。治療に反応があると体重が減って、飲水量が減ってきます。お薬が効きすぎるとアジソン病状態になり、ストレスによる虚脱、失神やふらつき、脱水、嘔吐、下痢などの消化器症状を引き起こすため、投薬初期2週間は注意が必要です。

継続の診察

ACTH刺激試験を行い、投薬コントロールを見ています。循環や脱水のチェックとして、心雑音の有無、ふらつきや吐き気がないか、腎臓、肝臓、電解質バランスの確認をしています。血液検査は12時間の絶食でご来院をお願いしています。


犬と猫のクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症):飼い主と獣医師のための最新ガイド

コルチゾールは、副腎(腎臓の近くにある小さな臓器)から分泌される、生命維持に不可欠なホルモンです。「ストレスホルモン」とも呼ばれ、体がストレスに対処するのを助けるだけでなく、血糖値の調節、炎症の抑制、血圧の維持など、多くの重要な役割を担っています。

クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症、HACとも呼ばれます)は、このコルチゾールが体内で長期間にわたって過剰に分泌されることによって引き起こされる病気です。これは慢性的な状態であり、放置するとペットの生活の質(QOL)を著しく低下させる可能性があります。


飼い主さんにとっては、まるで体の「非常警報」が常に鳴り続けているような状態で、体に負担がかかり続けていると考えると分かりやすいかもしれません。

I. はじめに:ペットのクッシング症候群とは?

A. コルチゾールとその役割について
コルチゾールは、副腎(腎臓の近くにある小さな臓器)から分泌される、生命維持に不可欠なホルモンです。「ストレスホルモン」とも呼ばれ、体がストレスに対処するのを助けるだけでなく、血糖値の調節、炎症の抑制、血圧の維持など、多くの重要な役割を担っています。クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症、HACとも呼ばれます)は、このコルチゾールが体内で長期間にわたって過剰に分泌されることによって引き起こされる病気です。これは慢性的な状態であり、放置するとペットの生活の質(QOL)を著しく低下させる可能性があります。飼い主さんにとっては、まるで体の「非常警報」が常に鳴り続けているような状態で、体に負担がかかり続けていると考えると分かりやすいかもしれません。

B. 犬と猫での違い:重要なポイント
クッシング症候群は、犬では比較的一般的な内分泌疾患であり、特に中齢から高齢の犬でよく見られます。一般診療における有病率は0.2~0.3%程度と推定されていますが、専門的な診療施設ではより高い割合で見られます。一方、猫ではこの病気は犬に比べてはるかに稀です。文献上では約100例程度の報告しかありませんが、軽症例が見過ごされている可能性もあり、実際の有病率はこれより高いと考えられています。この犬と猫での有病率の大きな違いは、副腎の生理機能や腫瘍発生に対する感受性における種差を示唆しており、診断や治療へのアプローチにも影響を与えます。

C. この記事の目的
この記事は、犬と猫のクッシング症候群について、最新の研究知見と専門家のコンセンサスに基づいた、包括的で信頼できる情報を提供することを目的としています。飼い主様が病気への理解を深め、適切なケアを行えるように、また、獣医師が日々の診療に役立つ最新の知識を得られるように、原因、症状、診断法、治療法、そして予後について、分かりやすく解説します。この病気を正しく理解し、適切に管理することが、ペットのQOL向上につながります。なお、「クッシング症候群」はコルチゾール過剰による状態全般を指す広い用語ですが、「クッシング病」は特に下垂体(脳下垂体)の異常が原因である場合(下垂体性クッシング症候群)を指すことが多いです。この記事では、一般的に「クッシング症候群」という言葉を、原因に関わらずコルチゾールが過剰な状態を指すものとして使用します。

II. 原因とリスク要因:なぜクッシング症候群になるのか?

クッシング症候群の原因は、大きく分けて体内で自然に発生する「自然発生性」と、外部からの要因による「医原性」があります。

A. 自然発生性クッシング症候群

ペット自身の体内でコルチゾールの過剰分泌が起こるタイプです。

1. 下垂体性副腎皮質機能亢進症 (PDH) – いわゆる「クッシング病」

最も一般的な原因: 犬ではクッシング症候群の約80~85%を占めます。猫でも大多数(約75~80%)がこのタイプです。

原因: 脳の基部にある下垂体という小さな器官に腫瘍(通常は良性で、多くは1cm未満の微小腺腫)ができることが原因です。

メカニズム: 下垂体腫瘍が副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を過剰に分泌します。この過剰なACTHが、左右両方の副腎を常に刺激し続けるため、副腎が腫大(過形成)し、コルチゾールを過剰に産生するようになります。

巨大腺腫: 犬のPDHの約10~20%では、下垂体腫瘍が1cm以上の巨大腺腫となり、神経症状を引き起こすことがあります(後述)。多くのPDH症例では、初期には内分泌系の症状が主であり、神経症状が見られないのは、腫瘍が微小であることが多いためと考えられます。しかし、巨大腺腫の可能性も念頭に置く必要があり、長期的な経過観察において神経症状の有無に注意が必要です。

2. 副腎性副腎皮質機能亢進症 (ADH)

比較的稀な原因: 犬ではクッシング症候群の約15~20%、猫では約15~25%を占めます。

原因: 片方(まれに両方)の副腎自体に腫瘍ができることが原因です。

メカニズム: 副腎腫瘍が、ACTHの指令とは無関係に自律的にコルチゾールを過剰分泌します。体内のコルチゾール濃度が高いため、下垂体はACTHの分泌を抑制します。その結果、腫瘍のない方の副腎は刺激を受けなくなり、萎縮(小さくなる)することが多くあります。

悪性度: 犬の副腎腫瘍は約50%が悪性(癌)である可能性があり、血管への浸潤や他の臓器への転移を起こすことがあります。一方、猫の副腎腫瘍は約85%が良性の腺腫と報告されています。この悪性度の違いは、特に犬においてADHが疑われる場合に、転移の有無を確認するための画像検査(ステージング)の重要性を示唆しています。悪性であれば予後や治療方針(手術の可否や根治性)に大きく影響します。

3. その他の稀な原因

犬では、消化管ホルモンに副腎が異常に反応する「食事依存性HAC」や、下垂体・副腎以外からACTHが分泌される「異所性ACTH症候群」も報告されていますが、非常に稀です。また、特に猫では、コルチゾール以外の性ホルモン(アンドロゲンなど)を産生する副腎腫瘍も考慮する必要があります。

B. 医原性クッシング症候群

原因: アレルギーや炎症性疾患などの治療のために、プレドニゾロンやデキサメタゾンといったステロイド薬(糖質コルチコイド)を長期間、高用量で投与することによって引き起こされます。

発生頻度: 全体としては自然発生性より少ないですが、認識しておくことが重要です。猫は犬に比べて外因性ステロイドの副作用が出にくいとされ、医原性の発生頻度は低いと考えられています。

メカニズム: 外部から投与されたステロイドが、体内の下垂体からのACTH分泌と副腎からのコルチゾール分泌を抑制します(ネガティブフィードバック)。しかし、投与されたステロイド自体の作用により、自然発生性HACと同様の臨床症状が現れます。

治療: 通常、獣医師の指示のもとでステロイド薬を慎重に減量・中止することで改善します。ステロイド薬は有用な薬剤ですが、その長期使用による副作用のリスクを理解し、必要最小限の使用に留めること、そして飼い主さんが副作用の可能性を認識しておくことが重要です。ペットがステロイド治療中にクッシング様の症状を示した場合、まずは医原性を疑い、自然発生性HACの検査に進む前に、投薬歴を確認することが不可欠です。

C. リスク要因(疫学)

種: 犬での発生が猫よりも圧倒的に多いです。

年齢: 中齢から高齢の動物に多く発症します(犬:6歳未満は稀、平均9~10歳;猫:平均10歳)。年齢とともに有病率は上昇します。

犬種(犬): 特定の犬種で好発傾向が見られます。プードル(特にミニチュア)、ダックスフント、ボクサー、テリア種、ジャーマン・シェパード、ビーグル、ラブラドール・レトリバー、スタンダード・シュナウザー、フォックス・テリアなどが挙げられます。大型犬ではADH、小型犬ではPDHが多い傾向があるとも言われています。

犬種(猫): 特定の純血種での好発傾向は報告されていません。報告例の多くは雑種(Domestic Shorthair/Longhair)ですが、これは一般的な猫の個体数を反映していると考えられます。

性別・避妊去勢状況(犬): 研究によって結果は異なりますが、メスの方がオスよりやや罹患しやすい可能性を示唆するもの、避妊去勢済みの犬(雌雄とも)は未避妊去勢犬よりリスクが高いとする報告があります。しかし、年齢の影響を考慮すると、性別や避妊去勢の影響は弱い可能性も指摘されています。一方で、性差はないとする報告もあります。

性別・避妊去勢状況(猫): メスに多いとする報告と、雌雄差はないとする報告があります。

自然発生性クッシング症候群の原因として、犬ではPDHが80~85%、ADHが15~20%という比率は、診断と治療戦略を考える上で非常に重要です。原因によって治療法(ADHなら副腎摘出術、PDHなら内科療法や下垂体手術/放射線療法)や予後が大きく異なるため、原因を特定するための鑑別診断が鍵となります。

III. 症状を見抜く:うちの子は大丈夫?

A. コルチゾール過剰の広範な影響
過剰なコルチゾールは、体内のほぼ全ての臓器系に影響を及ぼし、多岐にわたる症状を引き起こします。症状はゆっくりと現れることが多く、飼い主さんが初期の変化を通常の老化現象と見誤ることもあります。そのため、高齢ペットの微妙な変化に気づき、定期的な健康診断を受けることが早期発見につながります。

B. 犬でよく見られる臨床症状
犬のクッシング症候群では、以下のような症状が典型的です。
多飲多尿 (PU/PD): 異常に水をたくさん飲み、おしっこの量や回数が増える症状で、罹患犬の80~95%で見られます。正常な飲水量であれば、クッシング症候群の可能性は低くなります。
多食: 食欲が異常に増進します。
パンティング (あえぎ呼吸): 運動や暑さとは関係なく、パンティングが増えます。
腹部膨満 (太鼓腹): お腹がポッコリと膨らんで見えます。これは腹筋の衰え、脂肪の再分布、肝臓の腫大などが原因です。
筋肉の萎縮・筋力低下: 筋肉がやせ細り、力が弱くなります。ジャンプができなくなるなどの変化が見られることもあります。
元気消失: 活動性が低下し、ぐったりしていることが多くなります。
皮膚・被毛の変化:
・左右対称性の脱毛(特に体幹部)
・皮膚が薄くなる
・あざができやすい
・面皰(めんぽう、黒ニキビ)
・色素沈着(皮膚が黒ずむ)
・毛刈り後の毛の再生が遅い
・皮膚石灰沈着症(皮膚にカルシウムが沈着して硬くなる。稀だが特徴的)
感染症の再発: 免疫力の低下により、皮膚感染症(膿皮症)や尿路感染症(膀胱炎など)を繰り返しやすくなります。

C. 猫でよく見られる臨床症状
猫のクッシング症候群では、犬とは異なる特徴的な症状が見られます。
糖尿病との強い関連: 罹患猫の80~90%が糖尿病を併発しており、多くの場合、インスリン治療に対する反応が悪く(インスリン抵抗性)、血糖コントロールが困難です。多飲多尿や多食といった症状は、初期には糖尿病によるものと判断されがちです。したがって、インスリン抵抗性を示す、あるいは血糖コントロールが難しい糖尿病の猫では、クッシング症候群を鑑別診断として考慮することが重要です。ただし、コントロール困難な糖尿病猫のすべてがクッシング症候群というわけではありません。
皮膚脆弱症候群: 罹患猫の最大3分の1で見られる特徴的な症状です。皮膚が極端に薄く、もろくなり、通常の抱っこや毛づくろい程度のわずかな接触でも容易に裂けてしまいます。傷の治りも遅くなります。この症状は犬では通常見られず、猫に特有の重篤な兆候であり、コルチゾール過剰による皮膚への深刻な異化作用(組織を分解する作用)を反映しています。この症状が見られた場合、取り扱いには最大限の注意が必要です。
全身状態: 多食にもかかわらず、筋肉の消耗や併発する糖尿病の影響で体重が減少することがあります。腹部膨満が見られることもありますが、体重減少により犬ほど顕著ではないかもしれません。元気消失、毛づやの悪化、脱毛なども見られます。耳の先端が内側にカールする症状も報告されています。
その他の症状: 筋力低下(特にかかとをつけて歩くような足裏接地姿勢:plantigrade stance)が見られることがあります。免疫抑制による感染症(皮膚、尿路、呼吸器、消化器)も起こりやすいです。

D. 起こりうる合併症(概要)

クッシング症候群を治療せずに放置すると、高血圧、腎臓病(蛋白尿)、糖尿病(またはコントロール悪化)、感染症、血栓塞栓症(血管が詰まる病気)、膵炎、神経症状など、深刻な合併症を引き起こすリスクが高まります。これらの合併症については、後のセクションで詳しく解説します。

E. 犬と猫の症状比較表

以下の表は、犬と猫で見られる主な症状とその頻度や特徴を比較したものです。診断の手がかりとして、また飼い主さんがペットの変化に気づくための参考としてご活用ください。

臨床症状 犬での特徴 猫での特徴
多飲多尿 (PU/PD) 非常に一般的 (80-95%) 一般的(多くは糖尿病に関連)
多食 一般的 一般的(多くは糖尿病に関連)
腹部膨満(太鼓腹) 一般的 見られる可能性あり(体重減少により目立たないことも)
元気消失 一般的 一般的
皮膚の変化 一般的(皮膚菲薄化、脱毛、膿皮症、皮膚石灰沈着症など) 非常に一般的/重度(皮膚脆弱症候群、菲薄化、脱毛)
脱毛 一般的(体幹部、左右対称性) 一般的
筋肉の萎縮・筋力低下 一般的 一般的(体重減少、足裏接地姿勢の原因にも)
感染症の再発 一般的(尿路感染、皮膚感染) 一般的(尿路、皮膚、呼吸器、消化器など)
糖尿病の併発 比較的少ない(約10%) 非常に一般的(80-90%、多くはインスリン抵抗性)
皮膚脆弱症候群(皮膚が裂ける) 稀/見られない 一般的/重度(最大33%)

IV. クッシング症候群の診断:獣医療におけるアプローチ
A. 臨床的疑いの重要性

クッシング症候群の診断は、まず飼い主さんからの詳しい問診(病歴)と、獣医師による身体検査から始まります 。特徴的な症状や身体所見が見られる場合に、初めて内分泌学的検査(ホルモン検査)に進むべきです。米国獣医内科学会(ACVIM)のコンセンサスステートメントでも強調されているように、臨床症状がないにも関わらず、血液検査での異常値(例えばALPの上昇のみ)だけを根拠に検査を進めることは推奨されません。これは誤診や不必要な検査、治療につながり、飼い主さんと獣医師双方にとって大きな負担となるためです 。
また、他の重篤な併発疾患がある場合は、その状態が安定するまでクッシング症候群の検査は延期することが理想的です。併発疾患やストレス自体がホルモン検査の結果に影響を与え、偽陽性(クッシング症候群ではないのに陽性と判定されること)を引き起こす可能性があるためです 。


B. 初期検査(最小限データベース)

クッシング症候群が疑われる場合、まず一般的な血液検査(血球計算、生化学検査)と尿検査を行います。これらの検査は、クッシング症候群の診断を支持する所見を得るだけでなく、他の病気を除外するためにも重要です。
犬の場合:
血球計算 (CBC): 「ストレス反応性白血球像」(好中球増加、リンパ球減少、単球増加、好酸球減少)がしばしば見られます 。血小板数の増加(60万/μL以上)や、赤血球数・ヘマトクリット値の上昇(または正常範囲内高値)が見られることもあり、これらは血液が固まりやすい状態(過凝固能)に関与する可能性があります 。貧血は通常見られず、もし貧血があれば他の原因を探るべきです。
生化学検査: アルカリホスファターゼ(ALP)の著しい上昇(基準値の数倍~1000 U/L以上)が最も一貫して見られる所見です(90%以上) 。ただし、ALP上昇は他の多くの病態(肝胆道系疾患、加齢、肥満、ストレスなど)でも見られるため、これ単独ではクッシング症候群を疑う根拠にはなりません。アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)の軽度上昇もしばしば見られます。高コレステロール血症、高中性脂肪血症も一般的です 。軽度の高血糖が見られることもあります 。BUN(尿素窒素)の低下が見られることもあります。まれに高リン血症が見られ、予後不良因子との関連が示唆されています 。
尿検査: 多飲多尿を反映して、尿比重が低い(1.020未満、しばしば1.010未満)ことが多いです 。蛋白尿もよく見られますが 、その管理については後述します。高血糖があれば尿糖が見られます 。症状がなくても尿路感染症(無症候性細菌尿)を併発していることが多いため、尿沈渣の評価に加え、尿培養検査が推奨されます 。


猫の場合:

検査所見は犬ほど典型的ではありません 。
糖尿病を併発していることが多いため、高血糖と尿糖が最も一般的な異常所見です 。
ALPは通常正常です。猫にはステロイド誘発性ALPアイソザイムがないためです 。もしALPが上昇していれば、他の肝胆道系疾患などを疑います 。
高コレステロール血症が見られることがあります 。
ストレス反応性白血球像が見られるのは約半数です 。
尿比重は1.020を超えることもあります 。


C. クッシング症候群のスクリーニング検査

これらの検査は、コルチゾールの過剰分泌や視床下部-下垂体-副腎皮質(HPA)系の機能異常を確認するために行われます。どの検査も完璧ではなく、一長一短があります。もし臨床的に強く疑われるにも関わらず検査結果が陰性だった場合は、別の検査を行うか、3~6ヶ月後に再検査することが推奨されます 。検査前には、結果に影響を与える可能性のある外因性ステロイド薬の投与を中止する必要があります(短時間作用型なら2週間、長時間作用型なら4週間程度) 。
1. 尿中コルチゾール/クレアチニン比 (UCCR)
原理: 尿中へのコルチゾール排泄量を、比較的安定して排泄されるクレアチニン量で補正し、一定期間のコルチゾール産生量を反映させる検査です 。
方法: ストレスの影響を最小限にするため、飼い主さんが自宅で朝一番の尿を1~3日間採尿し、病院に持参します(複数日の尿を混合することも可能) 。猫での採尿は難しい場合があります 。特殊な非吸収性猫砂を使う方法もあります。
結果の解釈(犬): 感度が高い(75~100%)ため、陰性(正常範囲内)であればクッシング症候群の可能性は極めて低い(除外できる)とされます 。しかし、特異度が低い(20~75%)ため、陽性(高値)であっても確定診断にはならず、他の検査による確認が必要です。ストレスや併発疾患による偽陽性が非常に多いためです 。
結果の解釈(猫): スクリーニングとして用いられ、陰性ならHACの可能性は低いと考えられます 。陽性の場合は追加検査が必要です 。
検査法の変動に関する注意: 近年(2020年以降)、主要な検査機器の一つであるシーメンス社Immuliteのコルチゾール測定用抗体が変更され、これにより尿中コルチゾール測定値が以前よりも大幅に低く(平均-60~-70%)測定されるようになりました 。このため、各検査機関は新しい抗体に対応した基準値やカットオフ値を再設定する必要があります 。例えば、新しい検査法を用いた2023年の研究では、UCCR >60 x 10⁻⁶を陽性、<40 x 10⁻⁶を陰性、その間をグレーゾーンとするカットオフ値が提案されています。別の2025年の研究では、基準値上限を26 x 10⁻⁶とした場合に感度80%、特異度71%であったと報告しています。獣医師は必ず検査を依頼する検査機関が設定した基準値と解釈を用いて判断する必要があります。 2. 低用量デキサメタゾン抑制試験 (LDDST) 原理: HPA系のネガティブフィードバック機能(コルチゾールが高いとACTH分泌が抑制される仕組み)を評価する検査です。少量のデキサメタゾン(合成ステロイド)を投与すると、正常な動物では下垂体からのACTH分泌が抑制され、結果として副腎からのコルチゾール産生が低下します 。クッシング症候群の犬や猫では、この抑制反応が鈍くなっています 。 方法(犬): 採血(基礎値)→ デキサメタゾン 0.01 mg/kg を静脈注射 → 4時間後と8時間後に再度採血します 。約8時間の入院が必要です。 方法(猫): 犬よりも抑制がかかりにくいため、より高用量のデキサメタゾン(犬の10倍量である 0.1 mg/kg)を静脈注射する必要があります 。採血タイミングは犬と同じ(基礎値、4時間後、8時間後)です 。 結果の解釈(犬): 感度が高いため(85~100%)、多くの専門家によってスクリーニング検査の第一選択とされています 。陰性(8時間値が十分に抑制されている)であれば、HACの可能性は低いと考えられます。8時間値の抑制不全(例:>1.4 mcg/dL または >38.6 nmol/L – 注:必ず検査機関の基準値を確認)はHACと一致する所見です 。特異度は比較的低い(44~73%)ため、ストレスや併発疾患による偽陽性も起こりえます 。4時間値のパターン(4時間値が抑制され8時間値が抑制されない、または4時間値か8時間値が基礎値の50%未満)はPDHを示唆することがありますが、確実な鑑別法ではありません 。
結果の解釈(猫): 4時間値または8時間値での抑制不全がHACの診断を支持します 。感度は高い(>90%)と報告されています 。併発疾患、特にコントロール不良の糖尿病があると偽陽性になる可能性があります 。
検査法の変動に関する注意: Immulite検査法の変更は、特に抑制のカットオフ値である1.4 mcg/dL (38.6 nmol/L) 付近の解釈に影響を与える可能性があります。検証研究では、この低濃度域での測定誤差(変動係数CV約10%、総誤差TEo約30%)が大きいことが示されています。欧州獣医内分泌学会(ESVE)は、新しい抗体(Lot 550以降)では調整前の血清コルチゾール値が平均-23%低くなると報告しました。メーカー調整後もバイアス(約-8%)は残存する可能性があります。カットオフ値付近の結果は慎重に解釈する必要があります。繰り返しになりますが、獣医師は検査機関がその検査法と機器で検証したカットオフ値を用いることが極めて重要です。


3. ACTH刺激試験

原理: 合成ACTH(コシントロピン)を注射し、副腎がどれだけコルチゾールを産生する能力があるか(副腎皮質の予備能)を評価する検査です 。HACでは過剰な反応が見られます。
方法(犬): 採血(基礎値)→ ACTH製剤を注射(コシントロピン 5 mcg/kg 静脈注射が推奨;ACTHゲル製剤 2.2 U/kg 筋肉注射も代替法)→ 静脈注射なら1時間後、筋肉注射なら1~2時間後に再度採血します 。1~2時間の検査時間で済みます。
方法(猫): 標準的な用量は 0.125 mg/猫 静脈注射 または犬と同じ 5 mcg/kg 静脈注射 です。1時間後に採血します 。
結果の解釈(犬): 特異度が高い(偽陽性が少ない)一方で、感度はLDDSTより低い(57~95%)、特にADHでは感度が低いとされます 。刺激後のコルチゾール値が非常に高い場合(例:> 22 mcg/dL または >600 nmol/L – 注:検査機関の基準値を確認)はHACと診断されます。医原性HACの診断には不可欠な検査です(基礎値が低~正常で、刺激後の上昇がほとんどない「平坦な反応」を示します)。また、内科療法のモニタリングに最も重要な検査です 。
結果の解釈(猫): 感度が非常に低いため(最大60%の偽陰性)、初回の診断には推奨されません 。治療のモニタリングには用いられることがあります 。
検査法の変動に関する注意: Immulite検査法の変更は、刺激後のコルチゾール値の解釈、特に診断カットオフ値(例:>20-22 mcg/dL または >550-600 nmol/L)付近での判断に影響する可能性があります。20 mcg/dL (552 nmol/L)での検証では、CV約7.5%、TEo約20%と報告されています。ここでも、検査機関独自のカットオフ値の確認が必須です。


D. 鑑別診断:原因は下垂体?副腎?

クッシング症候群と診断されたら、次はその原因が下垂体(PDH)なのか副腎(ADH)なのかを特定します。これは治療法や予後が異なるため重要です。

1. LDDSTの抑制パターン
前述の通り、犬のLDDSTにおける抑制パターン(部分抑制、エスケープ現象)はPDHを示唆することがありますが、抑制が見られない場合でもPDHの可能性は否定できず、鑑別できるのは約55~65%の症例に留まります 。
2. 腹部画像検査(超音波、CT/MRI)
目的: 副腎の大きさ、形、内部構造を観察し、肝臓など他の腹部臓器の状態や転移の有無を確認します 。

所見:
PDH: 通常、左右両方の副腎が正常サイズか、対称性に腫大しています(両側性過形成) 。
ADH: 通常、片方の副腎が大きく(腫瘍)、もう片方の副腎が小さい(萎縮)状態が見られます 。
検査法の選択: 腹部超音波検査が一般的ですが、CTやMRIはより詳細な情報(特に腫瘍の血管への浸潤評価や手術計画)を提供します 。
注意点: 副腎に腫瘤があっても機能していない偶発腫(インシデンタローマ)の可能性もあります。併発疾患の影響で両側性に副腎が腫大することもあります。猫の副腎は小さく、超音波検査での評価が難しい場合があります。また、猫では副腎の石灰化が正常な加齢変化として見られることがあります 。猫でもHACが確定診断されていれば、超音波検査はPDHとADHの鑑別に有用です。


3. 内因性ACTH濃度測定

原理: 体内で産生されているACTHの血中濃度を測定します。
結果の解釈:
PDH: 下垂体腫瘍がACTHを過剰産生しているため、通常、血中ACTH濃度は正常~高値を示します 。
ADH: 副腎腫瘍からのコルチゾール過剰分泌により、下垂体からのACTH分泌が抑制されるため、通常、血中ACTH濃度は低値(検出限界以下)を示します 。
注意点: 鑑別に非常に有用な検査ですが、ACTHは不安定なホルモンであり、採血後のサンプル処理(特殊な採血管、迅速な遠心分離・凍結保存)を厳密に行わないと、測定値が不正確に低くなる可能性があります。また、ACTHは拍動性に分泌されるため、PDHでも一時的に正常範囲内の値を示すことがあります。猫では低値であってもADHと断定できない場合があります 。LDDSTで鑑別できなかった場合に推奨される検査です。


4. 高用量デキサメタゾン抑制試験 (HDDST)

原理: LDDSTよりも高用量のデキサメタゾン(犬:0.1 mg/kg、猫:1 mg/kg)を用いて抑制反応を見ます 。多くのPDH腫瘍はこの高用量で抑制されるが、ADH腫瘍は抑制されないという理論に基づきます。
結果の解釈: 4時間値または8時間値でコルチゾールが抑制されれば(基礎値の50%未満、または検査機関のカットオフ値未満)、PDHが示唆されます 。抑制が見られない場合は、PDHかADHか鑑別できません。
注意点: 内因性ACTH濃度測定や画像検査ほど信頼性は高くありません。猫では、LDDSTで抑制が見られなかった場合にHDDSTを行うことは推奨されていません 。


5. 下垂体画像検査(CT/MRI)

神経症状がある場合や、下垂体への手術(下垂体摘出術)や放射線療法を検討する場合に推奨されます。下垂体腫瘍の存在や大きさを確認できます。
診断プロセスは単一の検査結果に頼るのではなく、複数のステップを経て、様々な情報(病歴、身体検査、一般検査、内分泌検査、画像検査)を総合的に評価して行われます 。特に臨床症状の存在が診断を進める上で最も重要です。
F. 主な診断検査の概要表
クッシング症候群の診断に関わる主要な検査について、その目的、利点、欠点、および犬と猫での適用の違いを以下の表にまとめます。
検査名
主な目的
主な利点
主な欠点・注意点
犬での使用
猫での使用
尿中コルチゾール/クレアチニン比 (UCCR)
スクリーニング(除外診断)
非侵襲的、自宅採尿可
低特異度(偽陽性多い)、ストレス影響大、検査法変動あり、猫での採尿困難
一般的な除外検査
スクリーニング(除外)、採尿困難
低用量デキサメタゾン抑制試験 (LDDST)
スクリーニング(確定診断寄り)、一部鑑別可能
高感度
低特異度(偽陽性あり)、ストレス影響、時間・費用、検査法変動あり、猫では高用量(0.1mg/kg)必要
第一選択のスクリーニング検査
第一選択のスクリーニング検査(高用量)
ACTH刺激試験
スクリーニング(医原性)、治療モニタリング
迅速、医原性HAC診断のゴールドスタンダード、モニタリングに必須
自然発生HACに対する感度が低い(特にADH)、費用(ACTH製剤)、検査法変動あり、猫での診断感度が極めて低い
医原性診断、モニタリング、感度低めのスクリーニング
診断には不向き、モニタリングには使用可
腹部超音波検査
鑑別診断(PDH vs ADH)、併発疾患評価、ステージング(ADHの場合)
副腎や他臓器を視覚化
実施者の経験依存、偶発腫、併発疾患の影響、猫での評価困難な場合あり
一般的な鑑別診断法
鑑別診断法(解釈に注意)
内因性ACTH濃度測定
鑑別診断(PDH vs ADH)
適切に実施すれば良好な鑑別能
サンプル処理が非常に重要(不安定)、拍動性分泌による値の重複、費用
良好な鑑別診断法
鑑別診断法(低値の意義に注意)
高用量デキサメタゾン抑制試験 (HDDST)
鑑別診断(PDH vs ADH)
一部のPDHを鑑別可能
ACTH濃度測定や画像検査より信頼性が低い、抑制されなくても鑑別不能、猫では非推奨(LDDST非抑制の場合)
あまり推奨されない鑑別法
非推奨(LDDST非抑制の場合)
下垂体画像検査 (CT/MRI)
下垂体腫瘍の評価(大きさ、神経症状の原因)
腫瘍の確定的な視覚化
費用、麻酔、実施施設の限定
神経症状あり、手術/放射線療法前
神経症状あり、手術/放射線療法前

重要な注意点: 上記の検査結果の解釈、特にカットオフ値は、使用する検査法や検査機関によって異なります。必ず、検査を依頼した機関が提供する基準値と解釈に基づいて判断してください。 特に、Immuliteコルチゾール測定法の変更 は、従来のカットオフ値の適用に注意が必要であることを示しています。


V. 治療の選択肢:クッシング症候群の管理
A. 治療の目標

クッシング症候群の治療における主な目標は、必ずしもコルチゾール値を完全に正常化することではなく、臨床症状をコントロールし、ペットの生活の質(QOL)を改善することです 。また、高血圧や感染症、血栓症といった合併症を予防・管理することも重要です 。
自然発生性のクッシング症候群の場合、外科的に治癒しない限り、治療は基本的に生涯にわたります。症状がない、あるいは非常に軽微な場合は、治療を開始しないこともあります 。


B. 内科療法

多くの場合、特に犬のPDHに対しては、内科療法が最も現実的な治療選択肢となります 。
1. トリロスタン (商品名:ベトリール®など)
作用機序: 副腎皮質におけるコルチゾール合成に必要な酵素(3β-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ)を可逆的かつ競合的に阻害し、コルチゾールの産生を抑制します(アルドステロンや性ホルモンの合成もある程度抑制します) 。
適応: 犬のPDHおよびADHの両方に対して米国FDAで承認されており 、多くの獣医師によって第一選択薬と考えられています 。猫では適応外使用(ラベル外使用)となります 。
投与量(犬): 開始用量は様々ですが、メーカー推奨は2.2~6.7 mg/kgを1日1回 です。しかし、最近の研究や臨床現場では、より低い用量(例:1~3 mg/kgを1日2回、または1~2 mg/kgを1日2回)から開始することが、安全性と効果の面で推奨されています 。大型犬は小型犬より体重あたりの必要量が少ない傾向があります 。トリロスタンは半減期が短いため、1日2回投与の方が臨床症状のコントロールが安定しやすいと多くの専門家は考えています 。吸収を高めるため、必ず食事とともに投与します 。
投与量(猫): 推奨される開始用量は、約1 mg/kgを1日2~3回 、または10mg/猫を1日1回から始め 、効果を見ながら1日2回に増量することがあります。低用量が必要な場合は、製剤を再調製(コンパウンディング)する必要があります 。
モニタリング(犬): 副作用のリスクがあるため、定期的なモニタリングが不可欠です。飼い主さんによる臨床症状の観察、身体検査、血液検査(ACTH刺激試験または投薬前コルチゾール測定、電解質など)を組み合わせて行います 。通常、治療開始後10~14日(過剰抑制のチェック)、30日(用量調整)、その後は3~6ヶ月ごとに再診します 。
臨床症状の評価: 用量調整において最も重要な指標です 。質問票の活用も有効です 。多飲多尿、多食、元気などの改善は数週間以内に見られることが多いですが、皮膚や被毛の改善には数ヶ月かかります 。
血液検査によるモニタリング:
ACTH刺激試験: 伝統的な方法で、投薬後4~6時間で実施します 。目標とする刺激後コルチゾール値は、一般的に1.5~6.0 mcg/dL (40~165 nmol/L) または1.5~9.0 mcg/dL (40~250 nmol/L) とされます。副腎皮質機能低下症(低コルチゾール血症)の検出に優れています 。しかし、臨床症状との相関が低いという報告もあり 、この目的での有効性は確立されていません 。また、費用やACTH製剤の入手困難性の問題もあります 。
投薬前(基礎)コルチゾール測定: 新しい代替法として注目されています 。朝の投薬直前に採血します。特に1日1回投与の場合、ACTH刺激試験よりも臨床症状との相関が良い可能性が示唆されています 。費用が安く、ACTH製剤も不要です 。解釈の目安として、1.5 mcg/dL未満なら減量を検討、1.5~6 mcg/dLなら症状に応じて調整、6 mcg/dL超なら症状があれば増量、といった指針があります 。注意点: 体調の悪い犬には不向き(ACTH刺激試験が推奨されます) 。1日2回投与での有効性はさらなる検証が必要です 。
電解質: 高カリウム血症や低ナトリウム血症(ミネラルコルチコイド欠乏の兆候)がないか確認します 。
モニタリング(猫): 目標は臨床症状(体重、多飲多尿、皮膚状態、糖尿病のコントロールなど)の改善です 。厳密なコルチゾール値のモニタリングは必須ではないかもしれません 。治療開始後7~14日、その後3~4ヶ月ごとに一般血液検査、生化学検査、尿検査を行います 。コルチゾール値を測定する場合は、UCCRやACTH刺激試験が、主に低コルチゾール血症を避ける目的で用いられます 。最終的な用量決定は、臨床評価、併発疾患の状態、低コルチゾール血症の回避に基づいて行われます 。
有効性: 犬では一般的に有効です 。猫でも臨床症状や糖尿病のコントロールを改善させる可能性があり 、中には糖尿病が寛解する例も報告されています。しかし、猫での反応は個体差が大きく 、効果が見られない場合や用量調整が必要な場合もあります。まれに副腎腫瘍を縮小させた例も報告されています。
副作用: 一般的に忍容性は良好です 。最も一般的な副作用は、治療開始初期に見られる軽度の元気消失、食欲不振、嘔吐、下痢などです 。重篤な副作用として、医原性の副腎皮質機能低下症(アジソン病様症状:コルチゾールおよび/またはアルドステロン欠乏)のリスクが低いながらも存在します 。飼い主さんは、元気消失、嘔吐、下痢、虚脱などの兆候に注意し、もし見られたら直ちに投薬を中止し、獣医師に連絡する必要があります 。まれに副腎の壊死も報告されています。電解質異常(高カリウム血症など)の可能性もあります 。猫の症例報告で、腎毒性の可能性が不明確ながら言及されたことがあります。
薬物動態: 作用時間が短い薬です 。猫での詳細な薬物動態データは限られています 。他のホルモンへの影響も報告されています 。
2. ミトタン (商品名:オペプリム®、ライソドレン®など)
作用機序: 副腎皮質のコルチゾール産生細胞を選択的に破壊します(副腎皮質溶解作用) 。
適応: 犬のPDHに有効です 。ADHにも使用できますが、高用量が必要で効果が劣ることが多いです。非定型HACや皮膚石灰沈着症にはトリロスタンより好まれる場合があります。猫では効果が乏しいとされています 。
投与量(犬): 初期導入期(例:25~50 mg/kg/日を1日2回に分けて食餌とともに7~10日間投与)と、それに続く維持期(例:50 mg/kg/週を分割投与)があります 。導入期の終了は、飲水量や食欲の変化、ACTH刺激試験の結果で判断します。
モニタリング(犬): 導入期には、副腎皮質機能低下症の兆候(元気消失、食欲不振、嘔吐、下痢)を注意深く観察します 。飼い主さんには、緊急時用のプレドニゾロン(ステロイド薬)が処方されることがあります 。導入終了時および維持療法中は、定期的にACTH刺激試験を行い、コルチゾール抑制が適切か評価します(目標は正常範囲内) 。約半数の犬で再燃が見られ、再導入が必要になります。
副作用: トリロスタンよりも不可逆的な副腎皮質機能低下症(アジソン病)のリスクが高いです 。消化器症状(嘔吐、食欲不振)、神経症状(ふらつき、脱力)、肝毒性なども報告されています。薬剤(化学療法薬)の取り扱いには注意が必要です。
3. その他の薬剤(一般的でない、または効果が低い)
ケトコナゾール: 抗真菌薬ですが、ステロイド合成を阻害します。効果は不安定(約50%)で、副作用の可能性があります 。猫では効果がありません 。
セレギリン (商品名:アニプリール®など): 犬の合併症のないPDHに対してFDA承認されていますが、ドーパミンを介した作用機序で、効果は疑問視されており(改善率10~15%)、現在では推奨されないことが多いです 。猫では無効です 。
メチラポン: ヒトで用いられる副腎酵素阻害薬ですが、頻回投与が必要で、効果が減弱する可能性があります 。
C. 外科療法
1. 副腎摘出術
適応: 片側性のADHに対する第一選択の治療法です(腫瘍を摘出するため) 。腫瘍が良性で完全摘出できれば、根治が期待できます 。PDHに対して両側の副腎を摘出することも理論上可能ですが、リスクが高く、生涯のホルモン補充が必要となります。
手技: 従来は開腹手術で行われてきました。近年、非浸潤性の腫瘍に対しては腹腔鏡下副腎摘出術(低侵襲手術)の適用が増えています 。高度な技術と経験が必要です。
成績・リスク(犬): 根治の可能性がありますが、合併症(出血、血栓塞栓症、膵炎、感染、麻酔関連など)のリスクが高い複雑な手術です 。周術期死亡率も報告されています(5~29%)。腫瘍が小さく、周囲への浸潤がない場合に成績が良いとされます 。術後生存期間の中央値は様々ですが、533~953日、1.5~4年といった報告があります。腹腔鏡手術は開腹手術と比較して、手術時間や入院期間の短縮、術中低血圧の発生率低下などの利点がある可能性がありますが、生存期間に差はないという報告もあります 。術前にトリロスタンやミトタンで状態を安定させることが推奨される場合があります 。
成績・リスク(猫): 皮膚や組織が脆弱なため、合併症(創傷治癒不全、感染など)のリスクが高いです。慎重な症例選択と周術期管理が不可欠です 。術後1年以上の生存も報告されていますが、多くは術後1週間以内に死亡するとも言われています。HACの治癒や糖尿病の改善・寛解が期待できます。腹腔鏡手術も報告されていますが、合併症が多いとされます。
術後管理: 厳密なモニタリングが必要です。一時的または生涯にわたる糖質コルチコイドや鉱質コルチコイドの補充が必要になることがあります 。
2. 下垂体摘出術
適応: PDHに対する治療選択肢の一つです。特に、神経症状を引き起こす巨大腺腫がある場合や、内科療法が効かない、あるいは副作用で継続できない場合に考慮されます 。PDHに対する唯一の根治的治療法です。
手技: 高度に専門的な手術であり、多くは経蝶形骨洞アプローチ(口蓋や鼻腔を経由して下垂体に到達)で行われます 。内視鏡を用いた手技も開発されています。実施可能な施設や外科医は限られています 。
成績・リスク: 高い治癒・寛解率(犬で85%以上との報告あり)が期待できます 。内分泌症状を解消し、神経症状を予防・改善します。しかし、術中・術後の合併症リスクも高く、出血、感染、尿崩症(一時的または永続的)、周囲組織の損傷などが起こりえます。費用も高額です。犬での術後生存期間の中央値は2~5年以上と報告されています。
術後管理: 生涯にわたるホルモン補充(プレドニゾロン、甲状腺ホルモン)が必要です 。尿崩症に対して一時的にデスモプレシンの投与が必要になることがあります 。術後初期は厳密なモニタリングが必要です。
D. 放射線療法 (RT)
適応: 主に神経症状を伴う下垂体巨大腺腫、または手術が選択できない大きな下垂体腫瘍に対して行われます 。機能性(ホルモン産生性)だけでなく、非機能性の下垂体腫瘍にも用いられます。
目的: 腫瘍を縮小させ、神経症状を緩和し、腫瘍の増殖を抑制することを目指します 。効果が現れるまでに数ヶ月かかることもあります 。
方法: 従来の分割照射法(FRT:多数回に分けて照射)と、より新しい定位放射線治療(SRT:少数回で高線量を集中照射)があります 。
成績・リスク: 放射線療法は、無治療と比較して生存期間を延長し、神経症状をコントロールする効果が示されています。SRTとFRTの比較研究では、生存期間に有意差はなかったものの、若齢犬の方が予後が良い可能性が示唆されています 。SRTは治療期間が短い利点がありますが、一部の報告ではFRTより生存期間が短い可能性も指摘されています(特にHAC併発例)。副作用として、一過性の神経症状悪化、脳組織への晩期障害(数ヶ月~数年後に出現)、視力障害などが起こりえます。実施可能な施設は限られ、費用もかかります。猫のHACに対しても、特に巨大腺腫に対して有効な場合があります 。
内分泌機能への影響: 放射線療法がHAC(コルチゾール過剰)自体をコントロールする効果については議論があります。主な目的は腫瘍のサイズ縮小と神経症状の緩和であり、内科療法(トリロスタンなど)の併用が必要な場合が多いです。
VI. 合併症の管理:関連する問題への対処
クッシング症候群は、コルチゾールの過剰が全身に影響を及ぼすため、様々な合併症を引き起こす可能性があります。これらの合併症を早期に発見し、適切に管理することが、ペットのQOL維持と予後改善に不可欠です。
A. 高血圧
発生頻度: 犬のクッシング症候群では高血圧が非常に多く見られ、報告によっては罹患犬の最大86%に達するとされます 。猫でも高血圧のリスクがあります。
原因: 明確な機序は不明ですが、レニン-アンジオテンシン系の活性化、血管の昇圧物質への感受性亢進、糖質コルチコイドの鉱質コルチコイド様作用などが関与していると考えられています。
重要性: 高血圧は、眼(網膜剥離、出血による失明)、腎臓(蛋白尿、腎機能低下)、心臓、脳など、様々な臓器に障害(標的器官障害:TOD)を引き起こす可能性があるため、早期発見と管理が重要です。
診断: 正確な血圧測定が必要です。動物病院内で、静かで落ち着いた環境で、訓練されたスタッフが、適切なサイズのカフを用いて、複数回測定し、その平均値で評価します。興奮による一過性の上昇(白衣高血圧)と区別するため、複数回の測定や、可能であれば自宅での測定も考慮されます。
治療開始基準 (ACVIMガイドライン等に基づく考え方):
収縮期血圧 (SBP) が持続的に160 mmHg以上の場合、治療が考慮されます 。
標的器官障害(眼、腎、神経症状など)の兆候がある場合は、SBP 160 mmHg以上で直ちに治療を開始します。
標的器官障害がない場合でも、SBPが180 mmHg以上を持続する場合は治療を開始します。
SBP 160~179 mmHgで標的器官障害がない場合は、数週間以内に再測定し、持続していれば治療を検討します 。
治療薬:
犬: 第一選択薬としてACE阻害薬(ベナゼプリル やエナラプリル など)が推奨されます。効果不十分な場合は、カルシウムチャネル拮抗薬(アムロジピン )を追加します。
猫: 第一選択薬はアムロジピンです。効果不十分な場合は、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB:テルミサルタンなど)やACE阻害薬を追加します。
治療目標: 理想的にはSBP 140 mmHg未満を目指しますが、160 mmHg未満でも許容される場合があります。蛋白尿がある場合は、その低減も目標となります。
クッシング症候群治療との関連: クッシング症候群自体の治療(トリロスタン、ミトタン、手術など)により、高血圧が改善することもありますが 、コントロール後も高血圧が持続する場合もあります。ADHの場合、副腎摘出術後に血圧が正常化する可能性があります 。
B. 蛋白尿と腎臓病
発生: 蛋白尿は犬のクッシング症候群でよく見られる所見です 。猫でも起こりえます。
原因: 高血圧による糸球体への負担、コルチゾールによる直接的な糸球体障害、免疫複合体の沈着などが考えられています 。近年、糸球体内皮細胞表面のグリコカリックス層の損傷が蛋白尿(特にアルブミン尿)に関与する可能性が示唆されています 。犬のHACでは血清ヒアルロン酸(グリコカリックス分解マーカー)の上昇が見られましたが、蛋白尿の程度(UPC)との直接的な相関は認められませんでした 。
重要性: 持続的な蛋白尿は、慢性腎臓病(CKD)の存在を示唆し、腎機能低下の進行リスクを高める可能性があります。
評価: 尿検査で蛋白が検出された場合、尿路感染症などの腎臓以外の原因(尿路感染症、出血など)を除外した上で、尿蛋白クレアチニン比(UPC)を測定し、蛋白尿の程度を定量的に評価します。UPCが持続的に高い場合(例:犬で >0.5、猫で >0.4)、腎臓由来の蛋白尿と考えられます。
管理 (IRISガイドライン等を参考に):
基礎疾患の治療: クッシング症候群自体の治療が重要です。
食事療法: 腎臓病用療法食(タンパク質・リン・ナトリウムを制限したもの)が推奨されます。
降圧薬/蛋白尿抑制薬: 高血圧を伴う場合は、ACE阻害薬(ベナゼプリル、エナラプリル)またはARB(テルミサルタン)が第一選択となります。これらは血圧を下げるだけでなく、糸球体内圧を下げて蛋白尿を軽減する効果も期待されます。IRIS 2023年版ガイドラインでは、犬の蛋白尿に対し、ARBをACE阻害薬より優先することが推奨されています。
治療目標: UPCをベースラインの50%未満に、可能であれば正常範囲(犬 <0.5, 猫 <0.4)に近づけることを目指します。 注意: ACVIMの蛋白尿管理に関するコンセンサスステートメントは2004年のものであり、最新の情報はIRISガイドラインなどを参照する必要があります。クッシング症候群における蛋白尿管理に特化したACVIM声明は見当たりません。 C. 再発性尿路感染症(UTI)と無症候性細菌尿 発生: クッシング症候群の犬では、免疫抑制と尿濃縮能の低下により、UTI(膀胱炎など)が非常に起こりやすく、しばしば再発します 。猫でもリスクは高まります。 無症候性細菌尿: 臨床症状(頻尿、血尿など)がないにも関わらず、尿中に細菌が存在する状態です。クッシング症候群の犬ではこれも一般的です 。 診断: 症状の有無に関わらず、定期的な尿検査(沈渣検査)と尿培養検査が推奨されます 。尿培養は、感染の確定診断と原因菌の特定、適切な抗菌薬選択(薬剤感受性試験)のために不可欠です。 治療: 症候性UTI: 臨床症状がある場合は、感受性試験の結果に基づいた適切な抗菌薬を十分な期間(合併症がある場合は3~6週間など長めに)投与します。 無症候性細菌尿: 治療すべきかについては議論がありますが、一般的には、免疫抑制状態にあるクッシング症候群の患者では、腎盂腎炎などの上部尿路感染症への波及リスクを考慮し、治療が推奨されることが多いです。ただし、抗菌薬の耐性化を防ぐ観点から、治療の要否は個々の症例ごとに慎重に判断されます。 再発予防: クッシング症候群のコントロールが最も重要です。基礎疾患が管理されていれば、UTIのリスクも低下します。頻繁に再発する場合、低用量の抗菌薬を予防的に長期投与(夜間投与など)することも考慮されますが、耐性菌出現のリスクがあるため、最終手段と考えるべきです。清潔な水の供給、定期的な排尿機会の確保、サプリメント(クランベリーなど、ただし効果は限定的)なども補助的に考慮されることがあります。現時点では、クッシング症候群における再発性UTIに対する予防的抗菌薬投与に関する明確なガイドラインはありません。 D. 糖尿病(特に併発時の管理) 犬: 約10%のHAC症例で糖尿病が併発します。HACはインスリン抵抗性を引き起こすため、併発すると糖尿病のコントロールが非常に困難になります。 猫: HAC症例の80-90%が糖尿病を併発し、多くがインスリン抵抗性を示します 。 管理: HACの治療が優先: まずクッシング症候群を治療することが、糖尿病コントロール改善の鍵となります。HAC治療(トリロスタン、ミトタンなど)により、インスリン感受性が改善し、インスリン必要量が劇的に減少することがあります。特に治療開始初期は、低血糖のリスクに細心の注意が必要です。 インスリン療法: HAC治療中は、血糖値を頻繁にモニタリングし、インスリンの種類や投与量を慎重に調整する必要があります。猫では、HAC治療により糖尿病が寛解(インスリン不要になる)することもあります。 食事管理: 低炭水化物・高タンパク質の食事が猫の糖尿病管理に推奨されることがあります。犬では、HACによる高脂血症や膵炎リスクも考慮し、低脂肪食が推奨される場合があります。 E. 膵炎 リスク: クッシング症候群の犬は、高脂血症(特に高中性脂肪血症)やコルチゾールの直接的な影響により、膵炎を発症するリスクが高いと考えられています。猫でもリスク因子となりえます。 症状: 嘔吐、食欲不振、腹痛(祈りのポーズ)、下痢、元気消失などが見られます。 診断: 臨床症状、身体検査、血液検査(リパーゼ、アミラーゼ、cPLI/fPLI)、画像検査(腹部超音波)などを組み合わせて診断します。 管理: 急性膵炎: 入院による輸液療法、疼痛管理、制吐薬投与などの支持療法が中心となります。 慢性膵炎/再発予防: クッシング症候群のコントロール、低脂肪食への変更、高トリグリセリド血症の管理などが重要です。 F. 血栓塞栓症(特に肺血栓塞栓症 PTE) リスク: クッシング症候群は、血液凝固亢進状態を引き起こし、血栓(血の塊)ができやすくなります。これが血管を詰まらせる血栓塞栓症、特に肺の血管が詰まる肺血栓塞栓症(PTE)の重要なリスク因子です 。PTEは突然死の原因にもなりうる重篤な合併症です。 症状: 突然の呼吸困難、速い呼吸、チアノーゼ(舌などが青紫色になる)、咳(血が混じることも)、虚脱など。 診断: 確定診断は困難なことが多いですが、臨床症状、リスク因子の存在、血液検査(Dダイマー上昇など)、胸部X線検査、心臓超音波検査(肺高血圧の所見など)、CT血管造影などを組み合わせて疑います。 管理/予防: HACの治療: 基礎疾患であるクッシング症候群をコントロールすることが、血栓リスクを低減する上で最も重要です。 抗血栓療法(血栓予防): HAC患者、特に重症例や他のリスク因子(蛋白尿、不動など)を持つ患者に対して、血栓予防薬(抗血小板薬:クロピドグレル、アスピリン;抗凝固薬:リバーロキサバン、低分子ヘパリンなど)の投与が考慮されます。しかし、どの薬剤をいつから、どのくらいの期間使用すべきかについての明確な獣医学的コンセンサスはまだ確立されていません 。ヒトのクッシング症候群では、診断時から生化学的寛解後3ヶ月までの抗凝固療法(低分子ヘパリンが推奨)が推奨されていますが、これをそのまま犬猫に適用できるかは不明です。IRISガイドラインでは、蛋白尿を伴う犬に対し、クロピドグレルを第一選択とする抗血栓療法が推奨されています。獣医師は個々のリスクを評価し、最新の知見に基づいて治療方針を決定する必要があります。 PTE発症時の治療: 酸素吸入、気管支拡張薬、対症療法が中心となります。血栓溶解療法は動物では一般的ではありません。 G. 神経症状(下垂体巨大腺腫) 原因: PDHの原因である下垂体腫瘍が大きくなった場合(巨大腺腫、>1cm)、周囲の脳組織や視神経を圧迫し、神経症状を引き起こすことがあります 。犬のPDHの10~25%で、診断後数ヶ月~数年で発症すると言われますが、診断時に既に軽微な症状があることもあります。猫でも起こりえます。
症状: 元気消失、食欲不振、徘徊、旋回運動、頭部押し付け、発作、視覚障害(失明)、行動変化など、非特異的なものから重篤なものまで様々です 。腫瘍内での急性出血により、突然症状が悪化することもあります(下垂体卒中)。
診断: 神経学的検査と、脳の画像検査(CTまたはMRI)によって確定診断されます。
管理:
放射線療法: 腫瘍を縮小させ、神経症状を緩和するための主要な治療法です 。生存期間の延長も期待できます 。
外科療法(下垂体摘出術): 根治的な治療法であり、神経症状の改善も期待できますが、実施可能な施設は限られます。
内科療法(対症療法): 放射線療法や外科療法が選択できない場合、神経症状を緩和するためにステロイド薬(プレドニゾロンなど)が使用されることがありますが、これはクッシング症候群の症状(コルチゾール過剰)を悪化させる可能性があるため、慎重な判断が必要です。クッシング症候群自体の内科療法(トリロスタンなど)は、下垂体腫瘍のサイズには直接影響しません。
H. 猫の皮膚脆弱症候群
特徴: 前述の通り、猫のHACに特徴的な重篤な皮膚症状です 。コルチゾール過剰による皮膚のタンパク質異化亢進、エラスチン線維の変性などが原因と考えられています。
管理:
HACの治療: 基礎疾患であるクッシング症候群の治療が最も重要です。治療によりコルチゾールレベルが低下すれば、皮膚の状態も徐々に改善する可能性があります。
慎重な取り扱い: 皮膚が裂けないように、抱っこや保定、毛づくろいは極めて優しく行う必要があります 。
環境整備: 柔らかい寝床を用意し、他の動物や子供との接触を避けるなど、皮膚への物理的な刺激を最小限にする工夫が必要です。猫用の服(onesie)などで皮膚を保護することも有効かもしれません。
創傷管理: 皮膚が裂けてしまった場合は、感染を防ぐために速やかに獣医師の診察を受け、適切な洗浄、消毒、縫合、抗菌薬投与などの処置を受ける必要があります。治癒には時間がかかることがあります。
予後: 皮膚脆弱性はHACの重症度を反映しており、管理が非常に困難な場合があります。基礎疾患のコントロールがうまくいかない場合、QOLの観点から安楽死も考慮されることがあります。
VII. 予後:この先の見通しは?
クッシング症候群の予後は、原因(PDHかADHか)、腫瘍の性質(良性か悪性か、大きさ、浸潤・転移の有無)、併発疾患の有無と重症度、そして選択された治療法とその効果によって大きく異なります。
A. 予後に影響を与える要因
原因 (PDH vs ADH):
一般的に、内科療法で管理されるPDHの方が、ADHよりも生存期間が長い傾向があります 。ただし、これはADHに悪性腫瘍が多いことや、副腎摘出術のリスクなども影響していると考えられます。
下垂体腫瘍の大きさ (PDH): 巨大腺腫(マクロアデノーマ)が存在し、神経症状が出ている場合は、微小腺腫(マイクロアデノーマ)の場合よりも予後が悪化する可能性があります。ただし、放射線療法や外科療法により、神経症状がコントロールされれば、生存期間が延長する可能性があります 。
副腎腫瘍の特性 (ADH):
悪性度: 副腎癌(悪性)は副腎腺腫(良性)よりも予後が悪いです 。
浸潤・転移: 周囲の血管(特に後大静脈)への浸潤や、肝臓、肺などへの遠隔転移がある場合は、外科的切除が困難または不可能となり、予後は著しく悪化します。
腫瘍サイズ: 腫瘍が小さい方が、外科的切除の成功率が高く、予後が良い傾向があります 。
治療の成功度: 選択された治療法(内科、外科、放射線)が奏功し、臨床症状が良好にコントロールされ、合併症が管理できている場合は、予後が改善します。内科療法では、治療開始後にトリロスタンの用量を増やす必要があった犬の方が、予後が良いという報告もあります(これは、治療への反応性や管理の積極性を示している可能性があります)。
併発疾患: 糖尿病、腎臓病、膵炎、重度の高血圧、血栓塞栓症などの重篤な併発疾患があると、予後に悪影響を与える可能性があります。
診断時の年齢・体重 (犬): 高齢での診断や、体重が重い(15kg以上)ことが、予後不良因子として報告されています。
B. 犬の予後
PDH (内科療法): トリロスタンやミトタンによる内科療法を受けた犬の生存期間中央値は、研究によって異なりますが、一般的に約2~2.5年(662~930日)と報告されています 。
PDH (外科療法 – 下垂体摘出術): 成功すれば根治が期待でき、生存期間中央値は2~5年と、内科療法よりも長い可能性があります。4年生存率が70%以上という報告もあります。
PDH (放射線療法): 特に巨大腺腫に対して行われ、神経症状のコントロールと生存期間の延長が期待できます。SRTとFRTの比較では、生存期間に有意差はないものの、若齢での治療が予後良好因子とされています 。SRT単独での生存期間中央値は311日という報告もありますが、他の研究ではより長い生存期間が示されています。
ADH (外科療法 – 副腎摘出術): 腫瘍が良性で完全切除できれば根治の可能性があります。術後の生存期間中央値は、533~953日、あるいは1.5~4年と報告されています。周術期死亡のリスク(10~25%程度)も考慮する必要があります。
ADH (内科療法): トリロスタンやミトタンによる内科療法は、外科手術ができない場合や術前管理として行われます。生存期間中央値は、外科療法より短い傾向があり、約1年(353~475日)と報告されています 。トリロスタン単剤療法で転移性副腎癌が縮小し、1年以上良好に経過したという症例報告もあります。
最近の系統的レビューやメタアナリシスのプロトコルが登録されており、今後、薬物療法の有効性に関するより包括的なエビデンスがまとめられることが期待されます。現時点(2023-2024年)で発表された大規模な予後に関する系統的レビューやメタアナリシスは見当たりません。
C. 猫の予後
全般: 猫のクッシング症候群は、診断・治療が犬よりも難しく、一般的に予後は要注意 (guarded) とされています 。
併発疾患の影響: 多くの症例で重度の糖尿病や皮膚脆弱症を伴っており、これらの管理が予後に大きく影響します 。
治療への反応:
トリロスタン: 臨床症状の改善や糖尿病コントロールの向上が見られることが報告されており 、生存期間中央値が617日(約1.7年)であったという報告もあります。しかし、反応には個体差が大きく、効果が不十分な場合もあります 。
外科療法(副腎摘出術/下垂体摘出術): 成功すれば根治や長期生存(1年以上)も可能ですが、周術期のリスクが高く、特に術後早期の死亡率が高いとされています。
予後不良因子: 副腎癌(悪性腫瘍)の場合、予後はより厳しくなります 。治療への反応が乏しい場合や、重篤な合併症(コントロール不能な糖尿病、重度の感染症、皮膚脆弱性による管理困難など)がある場合も予後は悪化します 。一部の報告では、治療にもかかわらず生存期間中央値が1~2ヶ月と非常に短いケースもあるとされています 。
最新の研究: 猫のHACに関する予後の系統的レビューやメタアナリシスは、現時点(2023-2024年)では見当たりません。個々の症例報告や小規模なケースシリーズが主な情報源となっています。
適切な診断と治療、そして合併症の管理により、多くの犬、そして一部の猫では、クッシング症候群と共存しながらも良好なQOLを維持し、長期間生存することが可能です 。
VIII. まとめと今後の展望
クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)は、犬では比較的一般的、猫では稀な内分泌疾患ですが、どちらの種においても診断と管理には慎重なアプローチが必要です。過剰なコルチゾールは全身に影響を及ぼし、多飲多尿、多食、腹部膨満、皮膚・被毛の変化、筋力低下といった多様な臨床症状を引き起こします。特に猫では、難治性の糖尿病や重度の皮膚脆弱性が特徴的な所見となることがあります。
診断は、臨床症状と身体検査所見から疑い、一般血液検査・尿検査で支持的な所見を確認した上で、内分泌学的検査(LDDST、ACTH刺激試験、UCCRなど)や画像検査(腹部超音波、CT/MRI)を組み合わせて行われます。近年、コルチゾール測定に用いられる検査法(特にImmuliteシステム)の変更があり、検査結果の解釈、特に従来のカットオフ値の適用には注意が必要です。獣医師は常に最新の情報を入手し、検査機関と連携して適切な基準値を用いることが求められます。原因を特定すること(下垂体性か副腎性か)は、治療方針と予後を決定する上で極めて重要です。
治療の主な目標は、臨床症状をコントロールし、ペットのQOLを改善することです。内科療法(主にトリロスタン、犬ではミトタンも選択肢)、外科療法(副腎腫瘍に対する副腎摘出術、下垂体腫瘍に対する下垂体摘出術)、放射線療法(主に下垂体巨大腺腫)が選択肢となります。トリロスタンは犬のPDH、ADH双方に承認されており、多くの症例で第一選択薬となっていますが、適切なモニタリング(臨床症状、投薬前コルチゾール測定またはACTH刺激試験、電解質など)が不可欠です。猫に対するトリロスタンの使用は適応外ですが、有効性が報告されている一方で、反応には個体差があります。外科療法や放射線療法は、特定の症例において根治や長期的なコントロールをもたらす可能性がありますが、高度な技術や設備、専門知識を要します。
クッシング症候群は、高血圧、蛋白尿(腎臓病)、再発性尿路感染症、糖尿病、膵炎、血栓塞栓症、神経症状(巨大腺腫)、猫の皮膚脆弱性など、様々な合併症を引き起こすリスクがあります。これらの合併症を早期に発見し、適切に管理することが、予後を改善する上で非常に重要です。
予後は、原因、腫瘍の特性、治療への反応、併発疾患など多くの要因に左右されます。適切な管理を行えば、多くの犬、そして一部の猫は、長期間にわたり良好なQOLを維持することが可能です。
今後の課題としては、特に猫における診断法や治療法のさらなる確立、検査法変動の影響を踏まえた診断基準の標準化、血栓塞栓症の最適な予防法の確立、そして各治療法の長期的な有効性と安全性を評価するための、より大規模で質の高い臨床研究が望まれます。飼い主さんと獣医師が密接に連携し、個々のペットに合わせた最適な診断・治療プランを立て、継続的に管理していくことが、クッシング症候群と共に生きるペットたちの未来をより明るくするために不可欠です。