【徹底解説】猫の「のどの病気」と腫瘍:咽頭・喉頭・気管のトラブルとその対策
猫ちゃんが「呼吸がおかしい」「息が苦しそう」という症状で動物病院に来院することがあります。犬に比べ、猫はそもそも呼吸器が細く、トラブルが起こると急に悪化しやすいのが特徴です。
中でも、咽頭(いんとう)(口や鼻の奥の方)や喉頭(こうとう)(声帯がある部分)、気管(空気の通り道)にできる病気は、診断が難しかったり、急変リスクが高かったりします。
ここでは、「咽頭・喉頭疾患」や「気管腫瘍」についてまとめます。最後には、実際の 手術方法(永久気管切開など) についての詳しい話もご紹介します。
1. どうして咽頭・喉頭の病気は難しいの?
1-1. 診断が困難になりやすい部位
- 猫の咽頭・喉頭は小さく、しかも骨や軟骨に囲まれているため、単純なレントゲン検査ではわかりにくいことが多いです。
- 「咳」「ゼーゼー音」などの症状が「肺の病気」「鼻の病気」と間違えられることもあります。
1-2. 重篤化しやすい
- 咽頭・喉頭が腫れたり腫瘍ができたりして「詰まる」と、空気の通り道(気道)が狭くなるため、一気に呼吸困難に陥る危険性があります。
- 検査のために麻酔が必要な場合でも、呼吸状態が悪い子に麻酔をかけるとリスクが高く、麻酔トラブルが起きやすいです。

2. 咽頭・喉頭の病気:どんな種類があるの?
2-1. 腫瘍(しゅよう)
- リンパ腫(りんぱしゅ)
猫では、リンパ腫が咽頭や喉頭に生じることが多く、腎臓やリンパ節に転移しやすいのが特徴です。
- 扁平上皮がん・腺がん・悪性組織球性肉腫・基底細胞がん など
これらの腫瘍も猫の上気道(喉周辺)にできることがあります。
- 炎症と腫瘍の鑑別が難しい場合も
リンパ球や形質細胞による炎症が強いと、見た目が“しこり”のように見え、腫瘍なのか単なる炎症なのか判断がつかないことも多いです。
2-2. 咽頭や喉頭の炎症
- 感染症やウイルス(FIV、FeLV)などに伴う炎症。
- 若い猫ちゃんで見られることもあれば、免疫が落ちた状態で悪化することも。
2-3. 気管(きかん)のトラブル
- 気管虚脱・気管狭窄
犬ではよく知られていますが、猫では原発性の気管虚脱は非常にまれ。一方、腫瘍が気管を取り囲んで二次的に気管がつぶれてしまう(虚脱)場合があります。
- リンパ節の腫れや腫瘍で気管が圧迫されて「上気道閉塞」を起こすケースもあり、複数の原因が重なっていることがあります。
3. どんな症状が出るの?
- 呼吸が苦しそう(吸気努力):首を伸ばして息をする、ゴーゴー・ヒューヒュー音がする。
- スターターやストライダー:吸うときにのどから「キュー」という音がする症状。
- 咳(せき)、えずき:吐き気のようにえずく仕草をすることも。
- 声の変化(変声・嗄声):鳴き声がかすれる、いつもと違う音になった場合は喉頭病変が疑われます。
- 食欲低下、食べづらそうにしている:咽頭や喉頭が狭いと、飲みこみもスムーズにできなくなります。
- 運動不耐性:少し動いただけでぐったり、呼吸が乱れる。
ポイント:診察室では緊張して本来の症状が出づらいため、スマホなどで動画を撮って獣医師に見せると診断の手助けになります。
4. 診断をするときの流れ
- シグナルメント(品種・年齢)・問診
どの猫種にも起こりえますが、短頭種(鼻ぺちゃの子)はより上気道が狭いのでリスクが高いことがあります。リンパ腫は中年齢〜高齢の猫で多いですが、若い子でも免疫状態などによって発症するケースがあるため注意が必要。いつから、どんなときに、どう悪化するのかを詳しく聞き取ります。
- 身体検査
呼吸音(ストライダーの有無など)の確認。興奮させると急激に悪化することがあるため、まずは安全第一で評価します。
- レントゲン
首(咽喉)周辺や胸部の単純X線を撮影。ただし、これだけで病変がはっきりしないことも多いです。
- 透視X線検査・超音波検査
透視X線(フルオロスコピー)では、飲み込む動作や気道の動きを“動画”で観察可能。超音波(エコー)は首のリンパ節の腫れ、喉頭部分のシコリなどを確認するのに有用です。
- CTやMRI検査
骨や軟骨に隠れた腫瘍を立体的に評価でき、手術が可能かどうかの判断や広がりの把握に役立ちます。
- 内視鏡検査 & 生検(組織検査)
カメラを直接入れて喉頭や気管の中を観察し、腫瘍か炎症かを区別するため組織を採取。出血リスクがあるため、アドレナリン入り綿棒で止血しながら行うなど、非常に慎重に進めます。喉頭入り口から直接生検すると大きく出血してしまう可能性があるため、外側からアプローチするなどの工夫が必要です。
5. 咽頭・喉頭の腫瘍が見つかったら
- リンパ腫
猫に多い腫瘍で、抗がん剤(化学療法)が有効な場合があります。腎臓や周囲のリンパ節への転移が多いので、全身状態のチェックが必須です。
- 扁平上皮がん・腺がん・他の悪性腫瘍
部位によっては手術で切除可能なケースもあります。しかし、喉頭や気管の中心部にある場合、切除が難しく、まずは呼吸を確保するための気管切開などが優先されることもあります。
- 炎症との区別
リンパ球形質細胞性炎症が強いと、腫瘍のように見えてしまうことがあります。生検検査をしない限り正確な判断が難しいため、早期に検体を取って診断することが重要です。
6. 麻酔時のリスクと注意点
- 咽頭や喉頭が狭いと、麻酔導入(気管チューブ挿管時)で呼吸が止まる・挿管困難などのリスクが高まります。
- 反回神経や迷走神経を傷つけると、嚥下障害やさらなる呼吸困難につながる可能性があります。
- 急変に備えて、一時的な気管切開(首を切開し、気管に直接チューブを入れる)をすぐ行えるよう準備をしておくことが重要です。

7. 永久気管切開(きかんせっかい)とは?
7-1. 概要
- 咽頭腫瘍や頭頸部(とうけいぶ)腫瘍などで「完全には治せない」が「呼吸を助けたい」という場合に行う外科手術です。
- 首のあたりに直接、気管へ通じる孔(あな)を作り、そこから呼吸できるようにします(「気管孔造設」)。
- これにより、咽頭や喉頭が腫瘍でふさがっていても、気管へ直接空気を送り込むことができ、呼吸困難を緩和します。

7-2. 具体的なメリット・デメリット
メリット
- 呼吸が安定し、首を伸ばして苦しそうにする状態が改善。
- 胸や肺への過度な負担が軽減され、漏斗胸や巨大食道症などの二次的病態を予防・緩和できる。


デメリット
- 皮膚や粘液で孔がふさがるリスクがある。特に猫は粘液量が多く、管理が難しい傾向。
- 声が出なくなったり、かすれたりといった変化が大きい。
- 飼い主さんによる定期的なお手入れ(拭き取り・清掃など)が必須。
7-3. 手術の流れ(専門的な詳細)
- 麻酔前の準備
酸素化を十分行い、呼吸を安定させてから麻酔導入。口からの挿管が難しければ、一時的気管切開で挿管も考慮します。
- 切開位置
できるだけ気管の上部(輪状甲状筋〜第3〜8気管軟骨あたり)を狙う。下すぎると術後に皮膚のたるみや胸骨頭筋で孔がふさがりやすい。
- 気管の切開範囲
気管を横に1/3ほど切り開き、広げすぎると壊死や変形のリスクがあるため注意。胸骨舌骨筋は強く引っ張りすぎない。
- 縫合・固定
気管と皮膚・皮下を単純縫合またはマットレス縫合などで留め、気管が押しつぶされないように気をつける。
- 術後管理
粘液や血餅で孔が詰まりやすいため、こまめに除去。ネブライザーなどを使い、気管内を乾燥させないようにする。多剤耐性菌の可能性があれば培養検査で抗生剤を選択。
7-4. 猫ちゃんの場合の特徴
-
- 犬よりも粘液詰まりが起こりやすく、管理が難しいとされています。
- 小さな変化でも気道が狭くなるリスクがあり、注意深い在宅ケアが必要。
- 必要に応じて、食道チューブでの給餌や投薬を行うこともあります。
8. まとめ & 飼い主さんへのメッセージ
- 咽頭・喉頭疾患は比較的多いが、わかりにくい
炎症や腫瘍など原因はさまざま。「えずき」「声の変化」「呼吸がしづらい」などの症状があれば早めに相談を。
- 複数の検査で正確な診断を
単純レントゲンだけでなく、エコー・CT・内視鏡などを組み合わせて慎重に病変を突き止めます。
- 麻酔下検査はリスクがある
呼吸状態が悪いほど急変リスクが高いので、状態を安定させ、安全策を徹底したうえで検査を進めます。
- リンパ腫などは化学療法が有効な場合も
正確に診断して早めに治療を始めれば、症状の改善や延命が期待できます。
- 永久気管切開は最後の手段
呼吸を楽にし、猫ちゃんのQOLを守るための大事な選択肢ですが、管理が難しく、飼い主さんとの協力体制が不可欠です。
9. Q&A よくある質問
Q1.「呼吸が苦しそう」なのに検査のために麻酔をかけるのは危険ではない?
A. リスクはありますが、鎮静や酸素化で状態を落ち着かせ、場合によっては一時的気管切開で挿管するなど、万全の準備をしたうえで検査を行います。
Q2. 永久気管切開をすると鳴き声は出なくなるの?
A. 完全に出なくなる子もいれば、かすれ声程度は残る子も。いずれにしても声が大きく変化する可能性が高いです。
Q3. 手術後はずっと入院? 家で管理できる?
A. 一定期間の入院で容体を見極めた後、在宅管理に移行します。飼い主さんには、気管孔のお手入れ方法や注意点をしっかり学んでいただく必要があります。
Q4. リンパ腫なら手術ではなく抗がん剤だけでもいい?
A. 腫瘍の位置や広がり次第です。気管が塞がりそうならまず外科的に呼吸を確保してから抗がん剤を使うこともあります。
10. おわりに
猫ちゃんの「のどの病気」は、発見が遅れると呼吸困難で急変しやすい一方、正しく診断して早めに対応すれば症状の改善が期待できるケースもあります。
- 「呼吸がヘン」「声が変わった?」など、気になるサインがあれば迷わず動物病院へ。
- 獣医師はレントゲンやCT、内視鏡などを駆使し、可能な限り安全に診断を行います。
- 状況によっては大がかりな手術(永久気管切開)が必要なこともありますが、猫ちゃんのQOLを守るための大切な選択肢となりえます。
この情報が飼い主さんにとって少しでもお役に立ち、猫ちゃんが呼吸の苦しみから解放されるきっかけになることを願っています。
【参考文献・出典】
- Veterinary Board 2019年7月号「呼吸がおかしい!」
- 2020年8月号「肺が白い」
- 2021年9月号「咽頭疾患」特集
- 国内外の獣医内科・外科専門医(SARSなど)の先生方の症例報告・文献
【ご注意】
この記事は一般の飼い主さん向けの情報提供を目的に作成したもので、全ての猫ちゃんに当てはまるとは限りません。実際の診断・治療方針は必ずかかりつけの獣医師とご相談ください。