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犬と猫における低タンパク血症、関連消化器疾患、腹膜炎に関する最新の獣医学的知見

低タンパク血症の基礎と診断アプローチ

低タンパク血症は、血液中の総タンパク質濃度が正常範囲を下回る状態と定義される。臨床的に最も重要かつ頻繁に遭遇するのは、血漿タンパク質の主要成分であるアルブミンの低下、すなわち低アルブミン血症である 。低アルブミン血症の主な原因は、タンパク質の喪失(消化管からの蛋白漏出性腸症(PLE)や腎臓からの蛋白喪失性腎症(PLN))または肝臓でのアルブミン合成能の低下(肝不全)である 。

低グロブリン血症は、免疫に関与するグロブリンが低下した状態であり、比較的まれである。先天性の免疫不全症候群や、感染症、腫瘍、あるいは重度のタンパク質喪失(重度のPLEや出血)に続発して起こることがある。特に新生子における初乳摂取不足(Failure of Passive Transfer, FPT)は、母体由来の免疫グロブリン(主にIgG)の移行不全により、一過性の低ガンマグロブリン血症を引き起こす重要な原因である。

アルブミンとグロブリンの両方が低下する汎低タンパク血症は、急性出血、重度のPLE、あるいは過剰な輸液による希釈などで観察される 。

アルブミンの主要な生理学的機能の一つは、血漿膠質浸透圧(COP)の維持である。血漿COPは、血管内に水分を保持し、組織への漏出を防ぐ力であり、アルブミンがその約80%を担っている 。したがって、アルブミン濃度が著しく低下すると(一般に 2.0 g/dL未満、特に 1.5 g/dL未満)、血管内から間質腔へ水分が漏出し、末梢の浮腫(四肢、顔面など)、腹水(腹部膨満)、胸水(呼吸困難)などの臨床症状が顕在化する 。

しかし、低アルブミン血症の臨床症状は、必ずしもアルブミン値と直線的に相関するわけではない。慢性的にゆっくりとアルブミンが低下する場合、代償機構が働くためか、重度の低値 (<2.0 g/dL) になるまで明らかな浮腫や腹水が見られないこともある 。逆に、中等度の低下 (1.5 \sim 2.0 g/dL) でも浮腫や胸腹水が見られる場合は、炎症による血管透過性の亢進や心不全などによる静水圧の上昇といった他の要因の関与も考慮する必要がある。嘔吐、下痢、食欲不振、元気消失、多飲多尿などの他の臨床症状は非特異的であり、低アルブミン血症の根本原因(腎臓病、肝臓病、消化器病など)に関連して見られることが多い 。重要な点として、これらの非特異的な臨床症状のみからタンパク質喪失部位を推定することは困難であり、誤診を招く可能性があるため、系統的な診断アプローチが不可欠である 。低アルブミン血症の重症度分類の目安を以下に示す。

表1: 低アルブミン血症の重症度分類(目安)

重症度 アルブミン濃度 (g/dL) 主な臨床症状
軽度 2.0 \sim 2.6 ほとんど臨床症状なし
中等度 1.5 \sim 2.0 軽度の浮腫などが出現することがある
重度 < 1.5 腹水、胸水、皮下浮腫などが顕著になることが多い

血清タンパク質レベル(特にアルブミン)の評価は、慢性疾患を持つ動物の診断において基本的な要素である。非特異的な初期症状しか示さない段階で低アルブミン血症を検出することは、重篤な基礎疾患の早期発見と介入につながる可能性がある。このため、明らかな浮腫や腹水が存在しない場合でも、慢性的な体調不良を呈する動物においては、血清生化学検査にタンパク質分画を含めることが推奨される。


血漿タンパク質:機能と測定

血漿タンパク質は、輸送タンパク質(アルブミンなど)、急性相タンパク質(APP)、免疫グロブリン(抗体)、補体、酵素、ホルモン、凝固因子など、多様な機能を持つタンパク質の総称である。臨床検査で一般的に評価される項目には、総タンパク質(TP)、アルブミン(Alb)、グロブリン(Glob)、フィブリノーゲン(Fibn、血漿のみ)がある。

総タンパク質 (TP): スクリーニング検査として広く用いられ、血液中の全タンパク質量を示す。屈折計による測定(総固形分濃度として)または生化学自動分析装置(ビウレット法)で測定される。脱水状態では相対的に増加し、出血、タンパク質喪失(PLN、PLE)、産生低下(肝不全、栄養不良)、過剰輸液(希釈)などで減少する 。TPの正常範囲は年齢によって異なり、一般に幼齢動物 (5.0-7.0 g/dL) < 成熟動物 (6.0-7.5 g/dL) < 老齢動物 (6.5-8.0 g/dL) となる傾向がある。これは、加齢に伴う慢性的な免疫刺激の蓄積によるグロブリン(特に免疫グロブリン)の増加を反映していると考えられる。

アルブミン (Alb): 肝臓で合成される最も豊富な血漿タンパク質である。主な機能は、血漿膠質浸透圧(COP)の維持と、様々な内因性・外因性物質(ホルモン、脂肪酸、ビリルビン、カルシウム、薬物など)の輸送である 。アルブミンの半減期は種によって異なり、犬では約8日、猫ではより短いとされる 。肝臓の予備能は大きいため、アルブミン合成能が著しく低下し低アルブミン血症を呈するのは、肝機能が70-80%以上喪失した末期的な状態である 。測定法としてはブロモクレゾールグリーン(BCG)法が一般的だが、グロブリン(特に急性相タンパク質)と非特異的に反応し、偽高値を示す可能性があるため、特に炎症時には注意が必要である 。

グロブリン (Glob): 多くの場合、TP濃度からAlb濃度を差し引いて算出される(Glob = TP – Alb)。免疫グロブリン(IgG, IgA, IgM, IgEなど)や急性相タンパク質(ハプトグロビン、セルロプラスミンなど)、補体成分、リポタンパク質など、多種多様なタンパク質を含む混合分画である。慢性的な炎症や感染症、特定の腫瘍(例:多発性骨髄腫)などで増加する。

フィブリノーゲン (Fibn): 肝臓で合成される主要な凝固因子の一つであり、血漿中にのみ存在する(血清では凝固過程で消費される)。急性炎症反応において増加する急性相タンパク質でもあり、特に牛などの大動物では炎症マーカーとして鋭敏である。血漿TP濃度とフィブリノーゲン濃度から算出される血漿タンパク質/フィブリノーゲン比(PP:F比 = Plasma TP / (Plasma TP – Fibrinogen))は、炎症の評価に用いられることがある。PP:F比が10未満(犬猫では15未満)の場合、フィブリノーゲンの相対的な増加、すなわち炎症を示唆する。播種性血管内凝固(DIC)や重度の肝不全では消費・産生低下により減少する。

アルブミン/グロブリン比 (A/G比): かつては病態の評価に用いられたが、アルブミンとグロブリンはそれぞれ異なる要因で変動するため、現在は個々の絶対値を評価することが推奨される。

血清タンパク質電気泳動(SPEP):原理と解釈

血清タンパク質電気泳動(SPEP)は、血清中のタンパク質をアガロースゲルなどの支持体上で電場をかけ、その電気的荷電と分子量の違いに基づいて分離・分画し、各分画の相対的な割合(%)とパターンを評価する検査法である 。総タンパク質(TP)濃度と組み合わせることで、各分画の絶対濃度(g/dL)も算出可能である。これにより、単純なTP、Alb、Glob測定よりも詳細なタンパク質動態の情報が得られる。

原理と分画: タンパク質はアミノ酸組成により固有の等電点を持ち、緩衝液のpHによって正または負に荷電する。電場中では、荷電の大きさと分子量(形状も影響)に応じて移動度が異なる。血清(pH 8.6程度の緩衝液中では多くのタンパク質が負に荷電)を用いた場合、陽極側へ移動し、主に以下の分画に分離される 。

  • アルブミン分画: 最も分子量が比較的小さく、負の荷電が大きいため、最も速く陽極側へ移動し、通常最も大きな単一のピークを形成する 。
  • α(アルファ)グロブリン分画: α1とα2に分けられることが多い。α1-アンチトリプシン、α-リポタンパク質(HDL)、トランスコルチンなどがα1に、ハプトグロビン、セルロプラスミン、α2-マクログロブリンなどの主要な急性相タンパク質(APP)がα2に含まれる 。急性炎症で顕著に増加する 。
  • β(ベータ)グロブリン分画: β1とβ2に分けられることが多い。トランスフェリン(鉄輸送タンパク質、APPでもある)、ヘモペキシン、補体C3、一部の免疫グロブリン(IgA, IgM)、β-リポタンパク質(LDL)などが含まれる 。炎症、鉄欠乏性貧血(トランスフェリン増加)、高脂血症などで増加することがある 。フィブリノーゲンは血漿を用いた電気泳動ではβ-γ領域に出現する。
  • γ(ガンマ)グロブリン分画: 主に免疫グロブリン(Ig)から構成される。最も量が多いのはIgGで、二次免疫応答の中心となる。IgAは二量体として粘膜免疫に、IgMは五量体で一次免疫応答に、IgEはアレルギー反応に関与する。慢性的な炎症や感染症、免疫介在性疾患、特定の腫瘍(リンパ系腫瘍)などで増加する 。

電気泳動パターンの解釈: SPEPパターンの解釈は、各分画の相対%だけでなく、TP値と組み合わせた絶対濃度、およびピークの形状(鋭いか、幅広か)を考慮して行う必要がある。

  • 急性炎症: αグロブリン(特にα2)の増加が特徴的である。アルブミンは陰性APPとして減少することがある 。
  • 慢性炎症・慢性抗原刺激: γグロブリン分画が幅広く盛り上がる増加(ポリクローナルガンモパチー)を示す。これは、多様なB細胞クローンが反応し、様々なクラス・サブクラスの免疫グロブリンを産生していることを反映する 。βグロブリン分画も同時に増加することがある。猫伝染性腹膜炎(FIP)、猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症、慢性細菌感染症、リーシュマニア症、免疫介在性疾患、慢性肝疾患などで典型的に見られる 。猫ではFIPで顕著な高グロブリン血症とポリクローナルガンモパチーを示すことが多い 。
  • モノクローナルガンモパチー: γ領域(時にβ領域)に、アルブミンピークと同程度かそれよりも狭く、高く鋭いピーク(Mスパイク)が出現する 。これは、単一の形質細胞またはB細胞クローンが異常増殖し、単一の構造を持つ免疫グロブリン(Mタンパク)を過剰産生していることを強く示唆する。主な原因疾患は多発性骨髄腫であるが、他のリンパ系腫瘍(B細胞リンパ腫、慢性リンパ性白血病)、原発性マクログロブリン血症(IgM産生腫瘍)、髄外性形質細胞腫、あるいは特定の感染症(例:犬のエーリキア症)でも見られることがある。Mタンパクのクラス(IgG, IgA, IgM)を同定するためには、免疫固定電気泳動(IFE)が必要となる。
  • 肝硬変・慢性肝不全: アルブミンの著しい減少が見られる。しばしば、βグロブリンとγグロブリンの分画が融合したような幅広く不明瞭な増加(β-γブリッジ)を伴うことがある。これは、肝臓でのIgAクリアランス低下による血中IgA増加を反映しているとされる 。
  • 蛋白喪失性腎症 (PLN): アルブミンは分子量が比較的小さいため選択的に尿中へ喪失されやすい。一方、グロブリン(特にIgGなど)は分子量が大きいため喪失されにくい。その結果、SPEPではアルブミン分画の著しい低下と、正常または増加した(基礎疾患に伴う炎症や免疫反応による)グロブリン分画(特にγ)が特徴的なパターンとなる 。α2グロブリンも増加することがある(ネフローゼ症候群の一部として)。
  • 蛋白喪失性腸症 (PLE): 消化管からはアルブミンとグロブリンの両方が非選択的に漏出するため、典型的にはアルブミンと全てのグロブリン分画が低下する(汎低タンパク血症パターン) 。しかし、基礎疾患として重度の炎症(例:重度IBD)が存在する場合、グロブリン(特にαやγ)の産生が亢進し、喪失を相殺して見かけ上正常または増加を示すこともあるため、注意が必要である。
  • 出血: アルブミンとグロブリンの両方が血液と共に失われるため、PLEと同様に汎低タンパク血症パターンを示す 。ヘマトクリット値の低下を伴う。
  • 選択的低ガンマグロブリン血症: γグロブリン分画のみが著しく低下する。先天性免疫不全症(例:馬の重症複合免疫不全症)、後天性免疫不全(例:ウイルス感染、免疫抑制剤投与)、あるいは新生子の初乳摂取不足(FPT)などで見られる。

SPEPパターンの解釈においては、特定のパターンが単一の疾患を示すことは稀であり、常に臨床所見、他の検査結果(TP、Alb、Globの絶対値を含む)と統合して評価する必要があることを認識することが重要である。例えば、ポリクローナルガンモパチーは慢性的な刺激を示唆するが、その原因が感染なのか、免疫介在性疾患なのか、あるいは腫瘍随伴性のものなのかを特定するには追加情報が必要となる。同様に、モノクローナルガンモパチーは腫瘍性疾患を強く疑わせるが、感染症(エーリキア症など)を除外する必要がある。


低アルブミン血症の診断アプローチ:主要原因疾患の鑑別

系統的診断ワークフロー

低アルブミン血症の原因は多岐にわたるため、診断には系統的なアプローチが不可欠である 。まず、詳細な病歴聴取と身体検査を行い、明らかな原因(例:重度の皮膚疾患、広範な熱傷、活動性出血、重度の栄養失調、敗血症や化膿性子宮内膜炎などの重度炎症による第三腔への喪失)を除外する 。

次に、血液検査(CBC、生化学検査、電解質)と尿検査(UA)を実施し、ベースラインの情報を得る 。CBCでは貧血、炎症パターン(白血球増多または減少)、リンパ球減少(PLEを示唆)、血小板減少(DICや敗血症を示唆)などを評価する 。生化学検査では低アルブミン血症の程度を確認し、腎機能(BUN, Cre)、肝機能(ALT, ALP, GGT, Bil, BUN, Cholesterol, Glucose)、電解質(Na, K, Cl, Ca, Mg)などを評価する 。

診断の核心は、低アルブミン血症の3大原因である蛋白喪失性腎症(PLN)、肝不全(アルブミン合成低下)、**蛋白喪失性腸症(PLE)**を鑑別することである 。

ステップ1:腎臓の評価 (PLNの除外) 尿検査が最初の分岐点となる 。尿中のタンパク質の有無をディップスティックで確認する。陽性の場合、尿沈渣を評価し、活動性の炎症(膀胱炎など)がないことを確認する。活動性炎症があれば、それを治療後に再評価する 。沈渣が非活動性でタンパク尿が持続する場合、**尿タンパク質/クレアチニン比(UPC)**を測定し、タンパク尿を定量化する 。UPCが 1.5 \sim 2.0 以上(犬猫で基準値は異なるが、犬 \le 0.5, 猫 \le 0.4 が正常)であれば、PLNが低アルブミン血症の主要な原因である可能性が高い 。この場合、PLNの精査(血圧測定、尿培養、感染症検査、腎臓超音波検査、腎生検など)に進む 。UPCが低い(例:<1.5)か、尿タンパクが陰性であれば、PLNは低アルブミン血症の主因から除外される 。

ステップ2:肝臓の評価 (肝不全の除外) PLNが除外された場合、次に肝臓の機能を評価する。生化学検査で肝不全を示唆する所見(低アルブミン血症に加えて、低BUN、低コレステロール、低血糖、高ビリルビン、+/- 肝酵素上昇)がないか確認する 。肝機能検査(食前・食後2時間総胆汁酸(TBA)、血中アンモニア濃度)を実施する 。腹部画像検査(超音波検査が望ましい)で肝臓のサイズ、形態、実質エコー源性、血管異常(門脈シャント)などを評価する 。これらの検査で肝機能不全が示唆されれば、肝生検などによる原因究明を進める 。

ステップ3:消化管の評価 (PLEの疑い) PLNと肝不全の両方が除外された場合、蛋白喪失性腸症(PLE)が最も疑われる原因となる 。特に、慢性的な消化器症状(下痢、嘔吐、体重減少)が存在する場合や、低グロブリン血症、低コレステロール血症を伴う場合はPLEの可能性が高まる 。ただし、消化器症状が全く見られないPLE症例も存在するため、症状の有無だけで判断してはならない 。PLEの診断は、他の原因を除外した上で、消化管の精査(糞便検査、消化管超音波検査、内視鏡検査と生検)によって進められる 。

ステップ4:その他の原因の考慮 上記のプロセスと並行して、あるいは「Big 3」が否定的であった場合に、他のまれな原因も考慮する。

  • アジソン病(副腎皮質機能低下症): 特に非定型アジソン病は、電解質異常(低Na、高K)を伴わずに消化器症状と低アルブミン血症を呈することがあり、見逃されやすい 。ACTH刺激試験で診断する 。
  • 重度の右心不全/門脈圧亢進症: 体循環系のうっ滞が腸管の浮腫やリンパ管拡張を引き起こし、二次的にPLE様の病態を呈することがある。心臓超音波検査や腹部超音波検査(肝うっ血像、門脈拡張、腹水など)で評価する。
  • 膵外分泌不全 (EPI): 消化吸収不良により軽度の低アルブミン血症を起こすことがある。血清トリプシン様免疫反応性(TLI)測定で診断する 。
  • 重度寄生虫感染: 糞便検査で評価 。
  • 飢餓/重度栄養不良: 病歴から評価。
  • 免疫不全: 低グロブリン血症が主体。

この系統的なアプローチにより、効率的かつ網羅的に低アルブミン血症の原因を特定することが可能となる。「問題の部位を特定できれば、80%は解決したようなものだ」という指摘 があるように、PLN、肝不全、PLEのいずれが原因であるかを突き止めることが、その後の診断と治療計画の鍵となる。


蛋白喪失性腎症 (PLN)

PLNは、腎臓の糸球体における濾過バリアの障害により、アルブミンなどの血漿タンパク質が尿中へ過剰に漏出する病態である 。主な原因疾患は、免疫複合体の沈着による糸球体腎炎やアミロイドーシスである。これらは特発性の場合もあるが、背景に慢性的な感染症(子宮蓄膿症、歯周病、ベクター媒介性疾患など)、炎症性疾患(膵炎、IBD)、腫瘍、内分泌疾患(クッシング病など)が存在することもある。

診断: 診断の根幹は、持続的な重度タンパク尿の証明である 。

  1. 尿検査: まずディップスティックでタンパク尿を確認する。尿沈渣を鏡検し、尿路感染症(UTI)や結石など、下部尿路由来のタンパク尿の原因となる活動性炎症所見がないことを確認する。UTIが存在する場合は、治療後にタンパク尿を再評価する必要がある 。
  2. 尿タンパク質/クレアチニン比 (UPC): タンパク尿の定量評価に必須の検査である 。スポット尿(随時尿)を用いて測定でき、24時間蓄尿と同等の情報を提供する 。正常値は犬 \le 0.5、猫 \le 0.4 である。PLNでは通常 2.0 を超え、しばしば 5.0 \sim 10 以上の高値を示す 。UPCは腎臓からのタンパク喪失の重症度を反映し、治療効果のモニタリングにも用いられる。
  3. 基礎疾患のスクリーニング: PLNが確認されたら、原因となりうる基礎疾患の検索を行う。血圧測定(高血圧はPLNの一般的な合併症であり、腎障害を悪化させる)、尿培養(無症候性細菌尿の除外)、感染症検査(例:犬では4Dx検査、レプトスピラ検査)、腹部超音波検査(腎臓の形態評価、腫瘍の除外)などが含まれる 。
  4. 腎生検: 糸球体疾患の確定診断(糸球体腎炎のタイプ分類、アミロイドーシスの確認など)と予後判定のために推奨される。治療方針の決定(例:免疫抑制療法の適応判断)に重要となる場合がある。

関連する検査所見: PLNでは、アルブミンは選択的に喪失されるが、グロブリンは比較的保持されるため、低アルブミン血症と正常〜高グロブリン血症(基礎疾患に伴う炎症反応による)を呈することが多い。また、高コレステロール血症(高脂血症)もPLN(特にネフローゼ症候群)に特徴的な所見の一つである 。

治療(2023年 IRIS ガイドライン更新点を含む): PLNの治療目標は、①基礎疾患の治療、②タンパク尿の軽減、③合併症(高血圧、血栓塞栓症、進行性の腎機能低下)の管理である。

  1. タンパク尿の軽減:
  • 食事療法: 治療用腎臓食が推奨される。PLNにおいては、早期CKDとは異なり、タンパク質制限が推奨されるが、個々の状態に合わせて調整し、筋肉量(Lean Body Mass)の喪失を避ける必要がある 。UPC値をモニタリングしながら、必要に応じてタンパク摂取量を調整する 。ω-3脂肪酸の補給は、抗炎症作用と腎保護作用が期待され推奨される 。ナトリウム制限も高血圧管理の観点から重要である 。
  • 薬物療法:
  • アンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB): 犬において、最新のIRISガイドラインでは、ACE阻害薬よりもARB(例:テルミサルタン)が第一選択として推奨されている(腎臓食との併用)。これは、近年のランダム化比較試験(RCT)の結果に基づいている 。
  • ACE阻害薬 (ACEi): エナラプリルやベナゼプリルなどが用いられる。ARBが登場するまでは第一選択薬であった 。ARBとの併用や、ARBが使用できない場合の代替薬として考慮される。
  • 治療目標 (UPC): 以前はUPC < 0.5が目標とされたが、原発性糸球体疾患では達成困難なことが多い。より現実的な目標として、治療前ベースラインからの50%以上のUPC低下、および有害事象を起こさずに達成可能な最低値を目指すことが推奨されている 。
  1. 高血圧管理: ACEi/ARBだけでは不十分な場合、カルシウムチャネル拮抗薬(アムロジピンなど)の追加が必要となることが多い 。
  2. 抗血栓療法: PLNは血栓塞栓症(特に肺血栓塞栓症 PTE)のリスクが高い状態である(抗凝固因子アンチトロンビンIII(ATIII)の尿中喪失などが原因)。
  • 薬剤選択: 最新のIRISガイドラインでは、血栓塞栓症リスクがあると判断される犬および猫において、クロピドグレルが第一選択薬として推奨されている 。アスピリンは代替薬として位置づけられている 。
  • 治療開始の判断: 以前は血清アルブミン値 <2.0 g/dLが治療開始の目安とされることもあったが、最新のガイドラインでは、血清アルブミン濃度は血栓塞栓性合併症の信頼できる予測因子ではなく、これのみを基準に治療を開始すべきではない、とされている 。個々のリスク評価に基づき判断する。
  1. 合併症管理: 浮腫や胸腹水に対しては、ナトリウム制限や、慎重な利尿薬の使用が考慮される場合がある。重度の低アルブミン血症による栄養失調に対しては、適切な栄養サポート(必要であれば経管栄養)を行う 。

IRISガイドラインの2023年更新は、特に犬のPLN治療における薬物選択に大きな変更をもたらした。ARBを第一選択とし、UPCの現実的な目標値を設定し、抗血栓療法におけるクロピドグレルの推奨とアルブミン値基準の撤廃は、最新のエビデンスに基づいた重要な改訂点である。これらの変更は、より効果的かつ安全なPLN管理戦略の構築に寄与すると考えられる。


肝不全

肝不全は、肝臓の実質的な機能(アルブミン合成能、解毒能、胆汁酸代謝能、糖代謝能、凝固因子産生能など)が著しく(一般に75-80%以上)低下した状態を指す 。低アルブミン血症は、肝臓のアルブミン合成能低下により生じるが、これは肝不全がかなり進行した段階(末期)で顕著になる徴候である 。

原因: 慢性肝炎、肝硬変、先天性または後天性の門脈体循環シャント(PSS)、門脈低形成、特定の肝毒性物質への曝露(薬物、毒物:例 キシルトール、サゴヤシ、アフラトキシン、アセトアミノフェン)、感染症(レプトスピラ症、犬アデノウイルス1型)、腫瘍、猫の特発性肝リピドーシスなどが原因となりうる 。

診断:

  1. 血液生化学検査: 低アルブミン血症に加えて、肝不全を示唆する可能性のある他の異常所見を探す。これらには、低BUN(尿素回路の機能低下)、低コレステロール血症(合成低下)、低血糖(糖新生・グリコーゲン貯蔵能低下)、高ビリルビン血症(抱合・排泄障害)、凝固時間の延長(凝固因子産生低下)、および肝細胞障害(ALT, AST上昇)や胆汁うっ滞(ALP, GGT上昇)を示す肝酵素の上昇が含まれる 。ただし、肝酵素の上昇度は必ずしも肝機能の重症度や予後とは相関しない 。グロブリン値は、基礎にある慢性炎症や免疫反応により、正常から増加を示すことが多い。
  2. 肝機能検査: 肝臓の実際の機能を評価するために不可欠である。
  • 血清総胆汁酸 (TBA): 食前および食後2時間値を測定する。肝細胞の胆汁酸取り込み・抱合・排泄能の低下、または門脈シャントによる肝臓バイパスにより、高値を示す 。
  • 血中アンモニア濃度: 肝臓での尿素回路によるアンモニア解毒能の低下を反映し、高値を示す。特に肝性脳症(HE)が疑われる場合に重要である 。空腹時測定が基本だが、アンモニア負荷試験が行われることもある 。
  1. 画像診断:
  • 腹部X線検査: 肝臓のサイズ(肝硬変やシャントでは小肝症)や形状、腹水の有無などを評価できるが、詳細は不明瞭なことが多い 。
  • 腹部超音波検査: 肝臓のサイズ、形態、実質のエコー源性(びまん性変化、結節、腫瘤)、胆嚢・胆道系の評価、門脈系の血流評価(シャント血管の検出)、腹水の有無と性状評価に非常に有用である 。
  • CT/MRI: 門脈シャントの精密な評価や腫瘍のステージングなどに有用な場合がある 。
  1. 肝生検: 基礎にある肝疾患(慢性肝炎のタイプ、銅関連性肝症、肝硬変、腫瘍、リピドーシスなど)の確定診断に必要となることが多い 。採取法には、超音波ガイド下針生検、腹腔鏡下生検、開腹下での外科的生検がある 。採取したサンプルは、組織病理検査に加えて、細菌培養や銅定量検査にも提出することが推奨される 。

治療と管理: 治療は、基礎疾患の特定と治療(例:シャント血管の結紮、銅キレート療法、腫瘍切除)、および肝機能をサポートするための対症療法が中心となる。

  1. 対症療法:
  • 水分・電解質・糖代謝管理: 輸液療法による脱水補正、電解質異常(特に低カリウム血症)の是正、低血糖に対するブドウ糖投与(持続点滴など)を行う 。
  • 肝性脳症 (HE) 管理: 低タンパク質食(必要に応じて)、ラクツロース投与(腸内pH低下、アンモニア産生・吸収抑制)、非吸収性抗菌薬(メトロニダゾール、ネオマイシンなど、アンモニア産生菌抑制)を用いる 。
  • 凝固障害管理: ビタミンK1の投与が一般的である 。活動性の出血や侵襲的処置前には、新鮮凍結血漿(FFP)の輸血を考慮する 。
  • 腹水管理: ナトリウム制限食、利尿薬(スピロノラクトンが第一選択とされることが多い、フロセミドは電解質異常やHEを悪化させる可能性)、腹水穿刺(治療的穿刺は呼吸困難などの症状緩和目的に限定)を行う。
  • 栄養管理: 適切なカロリーと栄養素の供給が重要である。食欲不振が続く場合は、経腸栄養(経鼻、食道瘻、胃瘻チューブ)を積極的に検討する 。
  • 低アルブミン血症管理: 重度の低アルブミン血症(例:<1.5 g/dL)とそれに伴う低膠質浸透圧状態(浮腫、腹水、低血圧)に対しては、膠質液の投与が考慮される。犬特異的アルブミン製剤が利用可能であり、ヒトアルブミン(HSA)よりも安全性が高いと考えられる 。HSAはアナフィラキシーリスクがあるが、重症例では反応性が低い可能性も示唆されている 。合成膠質液(ヘタスターチなど)の使用は、急性肝不全では凝固障害や腎障害のリスクから比較的禁忌とされることもあるが 、状況に応じて慎重に使用される。
  1. 肝保護薬・抗酸化剤: S-アデノシルメチオニン(SAMe)、シリマリン(シリビニン)、ビタミンE、ウルソデオキシコール酸(UDCA、胆汁うっ滞性疾患に)などが経験的に使用されるが、その有効性に関するエビデンスは様々である 。アセトアミノフェン中毒にはN-アセチルシステイン(NAC)が特異的な治療薬となる 。

犬特異的アルブミン製剤の登場は、肝不全に伴う重度低アルブミン血症の管理において、HSA使用に伴うリスクを回避できる点で意義深い。これにより、膠質浸透圧の維持と循環動態の安定化をより安全に行える可能性が示された。ただし、これらの製剤が肝不全自体の予後を改善するかどうかについては、さらなる研究が必要である。

その他の低アルブミン血症の原因

PLN、肝不全、PLE以外にも、低アルブミン血症を引き起こしうる病態が存在する。鑑別診断においては、これらの可能性も考慮に入れる必要がある。

  • 急性出血: 血液とともにアルブミンとグロブリンの両方が失われるため、汎低タンパク血症と貧血(ヘマトクリット値低下)を呈する 。出血源(消化管、体腔内、体表など)の特定が必要。
  • 重度の皮膚疾患・広範な熱傷: 滲出液(タンパク質を豊富に含む)が体表面から大量に失われることにより、低タンパク血症(主に低アルブミン血症)をきたす 。
  • 第三腔への喪失(隔離): 胸膜炎や腹膜炎(特に敗血症性)では、血管透過性が亢進し、タンパク質(アルブミン、グロブリン)を多く含む滲出液が胸腔や腹腔に貯留する。これにより循環血漿中のタンパク質濃度が低下する 。
  • 飢餓・重度の栄養不良: タンパク質の摂取不足または吸収不良が長期間続くと、肝臓でのアルブミン合成が低下する。ただし、数週間程度の絶食では通常、アルブミンは顕著には低下しないとされる。
  • 膵外分泌不全 (EPI): 消化酵素の欠乏による重度の消化吸収不良。低アルブミン血症を呈することもあるが、通常は軽度である。診断は血清TLI測定による 。
  • 免疫不全: 先天性または後天性(ウイルス感染、薬剤など)の免疫不全により、免疫グロブリン(γグロブリン)の産生が低下し、選択的な低グロブリン血症(特に低ガンマグロブリン血症)を呈する。アルブミンは通常正常である。新生子の初乳摂取不足(FPT)もこのカテゴリーに含まれる。
  • 過剰輸液(医原性): 投与された輸液により血液が希釈され、TP、Alb、Globが見かけ上低下する。
  • 若齢: 生後数ヶ月齢の動物では、生理的に成獣よりもTP、Alb、Glob濃度が低い。
  • アジソン病(副腎皮質機能低下症): まれにPLE様の病態を引き起こし、低アルブミン血症を呈することが報告されている。特に非定型アジソン病では電解質異常が見られないため注意が必要 。

これらの原因は、病歴、身体検査所見、および基本的な検査結果から、ある程度推測または除外することが可能である。


蛋白漏出性腸症 (PLE) の詳細

PLEの定義とタンパク質漏出メカニズム

蛋白漏出性腸症(Protein-Losing Enteropathy: PLE)は、特定の疾患名ではなく、何らかの基礎疾患によって消化管粘膜から血漿タンパク質(主にアルブミン、しばしばグロブリンも)が異常に漏出し、その喪失量が体内のタンパク質合成能や再吸収能を上回った結果、低タンパク血症(特に低アルブミン血症)を呈する症候群である 。

タンパク質が腸管腔内へ漏出する主なメカニズムは以下の3つに大別される。

  1. 粘膜透過性の亢進: 腸粘膜上皮細胞間の結合(タイトジャンクションなど)の破綻や機能不全により、粘膜バリア機能が障害され、明らかなびらんや潰瘍が存在しなくても、分子量の大きいタンパク質が細胞間隙を通って腸管腔へ漏出しやすくなる。重度の炎症(例:重度IBD)やリンパ系のうっ滞・圧上昇(例:リンパ管拡張症)などがこの機序に関与する 。
  2. びらん・潰瘍からの直接的な漏出: 腸粘膜にびらんや潰瘍が存在する場合、その欠損部位から血管内の血漿成分(タンパク質を含む)が直接腸管腔へ漏れ出す。消化管潰瘍(NSAIDs、ステロイド、腫瘍、腎不全、肝不全などが原因)、びらん性・潰瘍性の腫瘍(リンパ腫、腺癌など)がこの機序の代表例である。
  3. リンパ管の機能不全によるリンパ液漏出: 腸管のリンパ管(特に絨毛中心の乳び腔)が拡張し、その壁の透過性が亢進したり、破綻したりすると、タンパク質、リンパ球、脂質(カイロミクロン)を豊富に含むリンパ液(乳び)が腸管腔内へ漏出する。これは腸リンパ管拡張症(IL)の主要なメカニズムである 。

実際には、これらのメカニズムは単独で起こることは少なく、基礎疾患によっては複数の機序が複合的に関与していることが多い。例えば、重度のIBDでは炎症による粘膜透過性亢進に加えて、リンパ管炎やリンパ流障害による二次的なリンパ管拡張が起こりうる。消化器型リンパ腫では、腫瘍細胞浸潤による粘膜構造の破壊、潰瘍形成、リンパ流障害のすべてが起こりうる。


犬におけるPLEの主な基礎疾患

犬のPLEを引き起こす基礎疾患は多岐にわたるが、主なものとしては以下の疾患が挙げられる 。

  • 腸リンパ管拡張症 (Intestinal Lymphangiectasia: IL): 腸管のリンパ管が原因不明(特発性、おそらく先天的な形成異常)または二次的(リンパ流のうっ滞を引き起こす炎症、腫瘍、右心不全など)に拡張する疾患 。タンパク質、リンパ球、脂質に富むリンパ液が腸管腔へ漏出する 。ヨークシャー・テリア、マルチーズ、シー・ズー、ソフトコーテッド・ウィートン・テリア、ノルウェジアン・ルンデフンドなどの犬種に好発傾向がある 。
  • 炎症性腸疾患 (Inflammatory Bowel Disease: IBD): 原因不明の慢性的な消化管炎症性疾患であり、犬の慢性腸症の一般的な原因である 。組織学的にはリンパ球形質細胞性腸炎が最も多いが、好酸球性腸炎、肉芽腫性腸炎なども存在する。重度の炎症が持続すると、粘膜透過性が亢進し、二次的にタンパク質漏出を引き起こしPLEに至ることがある 。
  • 消化管腫瘍: 特にリンパ腫が犬のPLEの重要な原因となる。腫瘍細胞のびまん性または限局性の浸潤により、粘膜構造の破壊、潰瘍形成、リンパ流の閉塞などが起こり、タンパク質漏出を引き起こす。腺癌、平滑筋肉腫、消化管間質腫瘍(GIST)なども原因となりうる。
  • 重度の消化管内寄生虫感染: 鉤虫、鞭虫、ジアルジアなどが重度に寄生すると、粘膜障害や炎症を引き起こし、特に若齢動物でPLEの原因となることがある 。
  • 感染性腸炎: パルボウイルス感染症、真菌感染症(ヒストプラズマ症、ピシウム症など、地域による)、重度の細菌性腸炎(例:クロストリジウム・パーフリンジェンス腸炎、サルモネラ症)などが原因となりうる 。
  • 消化管潰瘍・びらん: 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、ステロイド剤の長期・高用量投与、肥満細胞腫(ヒスタミン放出による胃酸分泌亢進)、ガストリノーマ、腎不全、肝不全などが原因で消化管に潰瘍やびらんが形成され、そこからタンパク質が漏出する。
  • その他のまれな原因: 腸重積(慢性化した場合)、腸捻転、腸陰窩膿瘍、食物アレルギー/不耐性(食物反応性腸症 FRE)、抗生物質反応性腸症(ARE)などがPLEを引き起こす可能性も指摘されている 。

猫においても同様の疾患がPLEの原因となりうるが、

犬と比較してPLE自体の発生頻度は低いとされる 。猫では、IBD(特にリンパ球形質細胞性腸炎)と消化器型リンパ腫(特に低悪性度/小細胞性リンパ腫)が慢性腸症の二大原因であり、重症例ではPLEを呈することがある 。

PLEの診断アプローチ

PLEの診断は、①低アルブミン血症の確認、②PLEを疑う臨床徴候の評価、③PLE以外の低アルブミン血症原因(PLN、肝不全など)の除外、④PLEの基礎疾患を特定するための消化管精査、という段階的なプロセスで進められる。

ステップ1:低アルブミン血症の確認 血液検査により、低アルブミン血症(および、しばしば低グロブリン血症)を確認する 。

ステップ2:PLEを疑う臨床徴候の評価 慢性的な消化器症状(下痢、嘔吐、食欲不振)、体重減少(しばしば削痩を伴う)、および低アルブミン血症に起因する症状(腹水、胸水、皮下浮腫)の有無を確認する 。重要な点として、PLEであっても消化器症状が認められない場合があり、腹水や浮腫のみが主訴となることもある 。また、腹水貯留により体重減少が見かけ上マスクされることがあるため、体型評価(BCS)に加えて筋肉量評価(MCS)を行うことが推奨される。

ステップ3:PLE以外の低アルブミン血症原因の除外 前述(セクション2.1)の診断ワークフローに従い、まずPLNと肝不全を除外する(尿検査、UPC測定、血液生化学検査、肝機能検査、腹部画像検査)。 さらに、二次的にPLE様の病態を引き起こしうる他の全身性疾患の可能性も考慮し、除外する必要がある。

  • 重度の右心不全: 心臓超音波検査で評価する。三尖弁閉鎖不全、肺高血圧症、心タンポナーデなどが体循環系のうっ血を引き起こし、腸管浮腫やリンパ管拡張を介してタンパク質喪失につながることがある。
  • 門脈圧亢進症: 肝硬変、慢性肝炎、門脈低形成、門脈血栓などが原因で門脈圧が上昇し、同様に腸管うっ血・浮腫からPLEや腹水を引き起こす。
  • アジソン病(特に非定型): 低Na血症や高K血症が見られない非定型アジソン病でも、消化器症状と低アルブミン血症が主徴となることがあるため、疑わしい場合はACTH刺激試験や副腎の超音波検査を行う 。 他の原因(重度皮膚疾患、飢餓、EPIなど)も病歴や検査所見から除外する。

ステップ4:PLEの基礎疾患を特定するための検査 [Q2対応] PLN、肝不全、その他の全身性疾患が除外され、PLEが強く疑われる場合、その原因となっている消化管疾患を特定するための検査に進む。

  1. 糞便検査: PLEが疑われる全症例で必須である 。寄生虫卵(浮遊法、直接法、必要に応じて遠心沈殿法)、原虫(ジアルジア抗原検査など)、細菌叢の評価(グラム染色、培養感受性試験)、ウイルス(パルボウイルス抗原検査など)を調べる。寄生虫卵は間欠的に排泄されるため、複数回(最低3回)の検査が推奨される。原因が特定できなくても、試験的な駆虫薬投与(fenbendazoleなど広域スペクトラムのもの)を考慮することもある。
  • 糞便中α1-プロテイナーゼインヒビター (α1-PI): アルブミンとほぼ同じ分子量で消化酵素による分解を受けにくいため、糞便中濃度を測定することで腸管からのタンパク漏出を定量的に評価できるマーカーである。腸管からのタンパク喪失の確認に有用であるが、原因疾患の特定はできない。日本ではまだ一般的ではない 。
  1. 血液検査(追加項目):
  • CBC: 貧血(慢性炎症性貧血、消化管出血)、白血球数異常(炎症、ストレス、敗血症)、リンパ球減少(腸管からのリンパ球喪失を示唆し、特にILで顕著)などを再評価する 。
  • 生化学検査: 低アルブミン血症、低グロブリン血症(ただし炎症合併により正常〜増加もありうる)、低コレステロール血症(脂肪吸収障害・喪失を示唆、ILで顕著)、低カルシウム血症(アルブミン結合分の低下、ビタミンD吸収障害)、低マグネシウム血症(吸収障害、下痢による喪失)などがPLEでよく見られる所見である 。ただし、これらの所見はPLNや肝不全でも見られることがあり、鑑別の決定打にはならないため、補助的な情報として捉える。
  • C反応性タンパク質 (CRP): 炎症の存在と程度を示すマーカー。IBDや感染性腸炎、腫瘍などで上昇する。
  • 血清コバラミン (ビタミンB12) 濃度: 回腸末端で吸収されるため、その機能障害(回腸疾患、吸収不良、細菌叢異常)の良い指標となる 。低コバラミン血症 (<200-250 ng/L) は、犬の慢性腸症における予後不良因子の一つとされる 。葉酸濃度も同時に測定し、吸収部位(葉酸:近位、コバラミン:遠位)の障害や細菌叢異常(葉酸産生菌増殖)の評価に役立てる 。
  • 凝固線溶系検査: プロトロンビン時間(PT)、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)、フィブリン/フィブリノーゲン分解産物(FDP)、D-ダイマー、アンチトロンビン(AT)活性などを測定する。PLE(およびPLN)では、抗凝固因子であるATなどがタンパク質と共に喪失しやすく、**凝固亢進状態(血栓形成リスク増加)**となることがあるため、血栓症のリスク評価が重要である 。
  1. 画像検査:
  • 腹部X線検査: PLE自体の診断価値は低いが、消化管閉塞(イレウス像)、消化管穿孔(腹腔内遊離ガス像)、異物、重度の腹水・胸水の確認には有用である。バリウム造影検査は、その後の超音波検査や内視鏡検査の妨げになるため、通常は避けるべきである。
  • 腹部超音波検査: PLEの基礎疾患の鑑別診断において非常に重要な検査である。
  • 消化管壁の評価: 壁の厚さ(びまん性か限局性か、正常範囲か肥厚しているか)、層構造(明瞭に保たれているか、不明瞭化・消失しているか)、エコー源性(粘膜面や粘膜下層の変化)を詳細に評価する。特に、**粘膜の高エコー輝度な線状・点状パターン(hyperechoic mucosal striations/speckles)**は、拡張した乳び腔(lacteal dilation)を示唆し、**腸リンパ管拡張症(IL)**を疑う重要な所見である(感度75%、特異度96%)。IBDでは壁肥厚が軽度〜認められないことも多い。一方、消化器型リンパ腫では、重度の壁肥厚(特に筋層)や層構造の消失、壁内の低エコー領域などが認められることが多いが、びまん性で超音波所見がIBDと類似する場合もある 。潰瘍や腫瘤性病変の検出も試みる。
  • 腸間膜リンパ節の評価: サイズ、形状、内部エコー源性を評価する。反応性の腫大(炎症)か、腫瘍性浸潤(リンパ腫など)を示唆する所見(著しい腫大、円形化、内部エコーの不均一化・低エコー化)かを判断する。リンパ腫ではしばしば著しく腫大する 。
  • その他の評価: 腹水の有無と性状(通常は単純漏出液〜変性漏出液)、腸重積、異物、膵臓(膵炎の併発)、肝臓、副腎(アジソン病除外)なども評価する。
  • 超音波検査は非侵襲的で多くの情報を提供するが、限界もある。特に、びまん性のIBDと低悪性度リンパ腫の鑑別は困難な場合が多く、正常な超音波所見が疾患を完全に否定するものではない。超音波所見は、内視鏡検査や生検の必要性、およびサンプリング部位の決定に役立つ。
  1. 内視鏡検査と生検: PLEの基礎疾患(IBD, IL, リンパ腫など)を確定診断するためのゴールドスタンダードである 。特に超音波検査で明らかな腫瘤や閉塞所見がない場合に第一選択となることが多い。
  • 目的: 消化管粘膜面(食道、胃、十二指腸、回腸末端、結腸)を直接視認し、炎症、びらん、潰瘍、腫瘤、寄生虫、および拡張した乳び腔(白色絨毛様、白色斑点状の外観)などの異常所見を確認すること、そして最も重要な目的は、診断に不可欠な組織生検サンプルを採取することである 。
  • 重要性: 肉眼的な内視鏡所見だけでは、IBD、IL、リンパ腫を確実に鑑別することは困難な場合が多い。特に、びまん性のリンパ腫は炎症と見分けがつかないことがあるため、組織学的評価が不可欠である 。リンパ腫を見逃さないことが臨床的に極めて重要となる。
  • 生検手技の要点: 診断精度を最大化するためには、適切な手技が求められる。
  • 可能な限り太い内視鏡を使用し、より大きく深いサンプルが採取できる太い生検鉗子を用いる。
  • サンプルは、挫滅させないように愛護的に採取し、十分な大きさ(深さ)を確保する。粘膜表層のみのサンプルや、もろすぎるサンプルは診断価値が低い。
  • 病変は部位によって異なることがあるため、各部位(胃、十二指腸近位・遠位、回腸末端(可能な限り)、結腸)から**多数(各部位最低6〜10個程度)**のサンプルを採取することが強く推奨される 。特に回腸は病変が存在しやすい部位であり、可能な限り生検を行うべきである 。
  • 採取した生検サンプルは、濾紙やカセットのスポンジなどに粘膜面を上にして貼り付け、軽く伸展させてから10%中性緩衝ホルマリン液に入れる(濾紙固定法)。これにより、組織の丸まりや歪みを防ぎ、病理医が絨毛構造などを正確に評価できるようになる。このステップを怠ると、診断精度が著しく低下する。
  • 生検サンプルの一部を細胞診やクローナリティ検査(PARR)、フローサイトメトリー(FCM)などの補助診断に用いることも考慮される 。
  • 麻酔リスクと管理: 重度の低アルブミン血症 (<1.5-2.0 g/dL) は麻酔リスクを高める要因となる(低膠質浸透圧による循環血液量維持困難、薬物結合率の変化など)。しかし、術前の十分な評価と安定化(輸液:晶質液、膠質液[ヘタスターチ、新鮮凍結血漿など]による循環動態のサポート、電解質[Ca, Mg含む]補正)を行えば、多くの場合、安全に実施可能である 。総タンパク質濃度を 3.5 g/dL以上に維持することが推奨される。
  1. 試験開腹と全層生検: 内視鏡検査で診断がつかない場合、内視鏡が到達できない空腸などに病変が疑われる場合、超音波検査で腫瘤が検出されFNAで診断がつかない場合、あるいは腸閉塞や穿孔など外科的介入が必要な場合に適応となる。
  • 利点: 病変部を直接視認でき、粘膜から漿膜までの全層の組織が採取できるため、粘膜下や筋層の病変(リンパ腫など)の診断に優れる。硬い組織も採取可能。治療的介入(腫瘤切除、腸管切除吻合など)も同時に行える。
  • 欠点: 内視鏡検査よりも侵襲性が高く、コストもかかる。低アルブミン血症や免疫抑制状態では縫合不全のリスクが高まる。粘膜面の詳細な観察は困難である。

診断プロセスにおいて、内視鏡生検サンプルの質が診断精度を左右する極めて重要な要素であることは、繰り返し強調されるべき点である。不適切なサンプリングや処理は、病理診断を困難にし、特にIBDとリンパ腫の鑑別を不可能にする可能性がある。獣医師は、最適なサンプルを得るための手技(多数、深く、潰さず、適切に固定)を習熟し、実践する必要がある。


PLEの主要な基礎疾患:IBD、IL、消化器型リンパ腫

炎症性腸疾患 (IBD)

IBDは、原因不明の慢性的な消化管粘膜の炎症を特徴とする疾患群であり、犬猫の慢性消化器症状の一般的な原因である 。その病態形成には、遺伝的素因、食事性抗原、腸内細菌叢(マイクロバイオータ)、宿主の免疫応答の異常な相互作用が関与していると考えられている 。特定の犬種(ジャーマン・シェパード、ボクサー、ソフトコーテッド・ウィートン・テリアなど)や猫種(シャムなど)で好発傾向が報告されており、遺伝的要因の関与が示唆される 。

病態生理: 正常な状態では、腸管免疫系は食物抗原や常在細菌に対して免疫寛容を示すが、IBDではこの寛容が破綻し、過剰な炎症反応が惹起される。Toll様受容体(TLR)などの自然免疫系の異常な活性化 や、サイトカインバランスの異常、制御性T細胞の機能不全などが関与すると考えられている。腸内細菌叢の異常(Dysbiosis)もIBDの発症や維持に関与することが示唆されており、特定の細菌(例:付着性・侵入性大腸菌、クロストリジウム属)の関与も報告されている 。持続的な炎症は、腸管粘膜の構造変化(絨毛萎縮、陰窩過形成、線維化)や機能障害(吸収不良、運動性異常)、そして重症例では粘膜バリア機能の破綻によるタンパク質漏出(PLE)を引き起こす 。

診断: IBDの診断は、依然として除外診断に基づいている 。すなわち、①3週間以上持続する慢性消化器症状、②他の原因(寄生虫、感染症、膵外分泌不全、代謝性・内分泌性疾患、解剖学的異常、腫瘍など)の除外、③内視鏡または外科生検による消化管粘膜の炎症所見の確認、の3点を満たす必要がある 。 治療反応性に基づく分類(FRE, ARE, IRE, NRE)は、診断後の臨床的な分類であり、予後や治療戦略の指針となるが、診断時点での鑑別は困難である 。

  • 生検組織所見: リンパ球および形質細胞の浸潤が最も一般的(リンパ球形質細胞性腸炎)であるが、好酸球、好中球、マクロファージの浸潤が主体となる場合もある。炎症細胞浸潤の程度、分布(粘膜固有層、陰窩、絨毛)、および絨毛萎縮、陰窩拡張・変形、上皮損傷、線維化などの構造的変化を評価する。WSAVA(世界小動物獣医師会)の消化器標準化グループは、これらの組織学的変化を半定量的に評価するためのガイドラインを提唱しているが、そのスコアと臨床症状の重症度や予後との相関については議論がある 。
  • バイオマーカー: 現時点では、IBDを特異的に診断したり、治療反応性を予測したりできる単一のバイオマーカーは確立されていない 。血清CRPは全身性炎症の指標となるが、IBDに特異的ではない。血清コバラミンや葉酸濃度は、腸管の吸収機能や病変部位に関する情報を提供する 。糞便中のカルプロテクチンやS100A12などの炎症マーカーは研究段階にある。

IBDの診断と管理における重要な課題は、特に猫において、重度のリンパ球形質細胞性腸炎(LPE)と低悪性度消化器型リンパ腫(LGITL)との鑑別である。これについては後述する(セクション4.3.1)。

IBDの治療反応性に基づく分類は、この疾患群の多様性を反映している。食物反応性腸症(FRE)がかなりの割合を占めることは、食事管理の重要性を示唆している 。多くの症例で、厳密な除去食試験や加水分解食試験が治療の第一歩となるべきであり、これだけで長期的な寛解が得られる可能性もある。また、初期に免疫抑制剤が必要と判断された症例(IRE)でも、長期的には食事療法のみで管理可能になる場合があるという報告 は、治療戦略を定期的に見直す必要性を示している。


腸リンパ管拡張症 (IL)

腸リンパ管拡張症(IL)は、腸管壁内(特に絨毛)および/または腸間膜のリンパ管が病的かつ非可逆的に拡張する疾患である 。拡張したリンパ管からは、タンパク質(アルブミン、グロブリン)、リンパ球、脂質(カイロミクロンとして吸収された長鎖脂肪酸)を豊富に含むリンパ液(乳び)が腸管腔内へ漏出する 。これがPLE、リンパ球減少症、低コレステロール血症、脂肪便などの臨床徴候を引き起こす主要なメカニズムである。

病態生理: ILは、原発性(一次性)と続発性(二次性)に分類される 。

  • 原発性IL: リンパ管自体の先天的な形成異常や機能不全が原因と考えられている。特定の犬種(ヨークシャー・テリア、マルチーズ、ソフトコーテッド・ウィートン・テリア、ノルウェジアン・ルンデフンドなど)での好発傾向は、遺伝的背景の関与を示唆している 。
  • 続発性IL: 腸管リンパ流のうっ滞・閉塞を引き起こす何らかの基礎疾患によって二次的にリンパ管が拡張する状態。原因としては、重度の慢性炎症(IBDに伴うリンパ管炎や肉芽腫形成)、消化管腫瘍(リンパ腫などによるリンパ管浸潤・圧迫)、右心不全や心外膜疾患による中心静脈圧の上昇、門脈圧亢進症、まれに感染症などが挙げられる 。炎症はリンパ管新生(lymphangiogenesis)を誘導することもあるが、これが機能的な改善につながるか、あるいは病態を悪化させるかは不明である 。

診断: ILの診断は、特徴的な臨床検査所見と画像所見、そして最終的には生検による組織学的確認に基づいて行われる。

  • 臨床検査所見: PLEに共通する所見(低アルブミン血症、しばしば低グロブリン血症)に加えて、リンパ球減少症と低コレステロール血症がILで特に顕著に見られることが多い 。低カルシウム血症(総Caおよびイオン化Ca)も、脂肪吸収不良に伴うビタミンD吸収障害や脂肪酸との結合(鹸化)により頻繁に認められる 。
  • 腹部超音波検査: ILを示唆する特徴的な所見として、**粘膜面の高エコー輝度な線状・点状パターン(hyperechoic mucosal striations/speckles)**が挙げられる。これは拡張した乳び腔を反映していると考えられ、特異度は高い(96%)が感度は中程度(75%)である 。その他、腸壁の肥厚(特に粘膜下層)、腹水(しばしば乳び様)、腸間膜リンパ節腫大なども認められることがある 。近年、エラストグラフィを用いて腸壁の硬さ(rigidity)の変化を評価し、ILの診断や治療モニタリングに応用する試みも報告されている 。
  • 内視鏡検査: 粘膜表面に散在する**白色の斑点や隆起(”white spots”, “snowflakes”)**が観察されることがある。これは拡張し乳びで満たされた絨毛先端(dilated lacteals)に相当し、ILを示唆する所見である 。
  • 組織生検(内視鏡または全層): 確定診断には、生検組織における著明な絨毛リンパ管(乳び腔)の拡張の証明が必要である 。拡張したリンパ管内には、好酸性のタンパク様物質、リンパ球、泡沫状マクロファージなどが認められることがある。しばしば、粘膜固有層にはリンパ球や形質細胞を中心とした炎症細胞浸潤が併存する(リンパ管炎、リンパ球形質細胞性腸炎)。線維化を伴うこともある。

ILの診断においては、原発性か続発性かを鑑別することが治療方針と予後を考える上で極めて重要である。続発性ILの場合、基礎疾患(心疾患、IBD、腫瘍など)の特定と治療が不可欠となる。例えば、重度のIBDに続発している場合、治療はIBDに対する免疫抑制療法とILに対する食事療法(低脂肪食)の両方が必要となる。基礎疾患の管理なくしてILの改善は期待できない。


消化器型リンパ腫

消化器型リンパ腫は、犬猫、特に中高齢の動物におけるPLEの重要な鑑別診断疾患である 。リンパ腫細胞の浸潤による粘膜構造の破壊、潰瘍形成、吸収不良、およびリンパ流障害などがタンパク質漏出の原因となる 。消化器型リンパ腫は、細胞の大きさや悪性度に基づいて、主に低悪性度(小細胞性)と高悪性度(大細胞性/リンパ芽球性)に分類される 。


低悪性度(小細胞性)消化器型リンパ腫 (LGITL / SCL)

  • 特徴: 主に猫で多く診断されるが、犬でも発生する可能性が指摘されている 。進行は比較的緩徐で、臨床症状(慢性的な嘔吐、下痢、体重減少、食欲不振)や画像所見がIBD(特にリンパ球形質細胞性腸炎 LPE)と酷似しており、鑑別が非常に困難な場合がある 。
  • 診断 [Q2, Q4対応]:
  • 臨床所見・血液検査: IBD/LPEと重なる部分が多い。猫ではLGITLの方が高齢で発症し、臨床症状の期間が長く、血清コバラミン低値が多い傾向があるが、個体レベルでの鑑別は困難 。FeLV/FIVは通常陰性 。
  • 超音波検査: 腸壁肥厚(特に筋層の肥厚が猫のLGITLで比較的特徴的とされる)、腸間膜リンパ節腫大などが認められることがあるが、IBD/LPEとの明確な区別は難しいことが多い 。正常な超音波所見でもLGITLは否定できない 。
  • 生検組織病理検査: 確定診断の根幹となるが、LPEとの鑑別は病理医にとっても難題である 。LGITLでは、小型の成熟リンパ球(通常はCD3陽性のT細胞)が粘膜固有層や上皮内に単調(monomorphic)に浸潤する像が特徴とされる 。しかし、炎症細胞の混在も多く、浸潤パターンも多様であり、LPEとの境界は不明瞭なことがある 。猫では全層生検の方が内視鏡生検よりも診断精度が高いとされるが、侵襲性との兼ね合いがある 。
  • 免疫組織化学染色 (IHC): 浸潤しているリンパ球の表現型(T細胞かB細胞か)を同定し(猫のLGITLは多くがT細胞性 CD3+)、浸潤の単調性を評価するために不可欠である 。Ki67染色による増殖活性評価も行われるが、LGITLでは通常低い 。
  • クローナリティ解析 (PARR): リンパ球受容体遺伝子(TCRまたはIgH)の再構成をPCRで増幅し、単一クローン(腫瘍性)か多クローン(反応性)かを判定する 。LGITLでは通常、単一クローン性が検出される。しかし、クローナリティ陽性は必ずしも悪性腫瘍を意味しない。特に猫のLPEでは、慢性的な抗原刺激によりクローナリティが陽性(またはオリゴクローナル)となることがあるため、結果の解釈には注意が必要である 。PARRは、組織病理検査やIHCと組み合わせて評価する必要がある 。
  • フローサイトメトリー (FCM): 液体サンプル(リンパ節や腫瘤のFNA、体腔液、血液など)中のリンパ球の表現型、サイズ、異常抗原発現などを多角的に評価できる 。細胞サイズ評価(前方散乱光 FSC)の客観化や、微小な異常集団の検出に有用である 。消化管生検サンプルへの応用は、適切なサンプル採取・処理の難しさからまだ限定的であるが、リンパ節FNAなどでは診断補助として有用性が高まっている 。
  • ACVIMコンセンサス (2023, 猫): 猫のLPEとLGITLの鑑別診断に関する最新のコンセンサスステートメントでは、単一の診断基準やバイオマーカーは存在せず、臨床所見、画像所見、組織病理所見、IHC、PARRなどの情報を統合して診断を下す必要があると結論付けている 。
  • 治療と予後
  • 猫: プレドニゾロンと**クロラムブシル(ロイケラン®)**の経口併用療法が標準的な治療法である 。クロラムブシルは通常、2-4 mg/m²を1日1回または隔日投与する 。治療反応は一般的に良好で、長期生存(中央生存期間 1.5〜2年以上)が期待できることが多い 。再燃時には、レスキュープロトコルとしてシクロホスファミドやロムスチン(CCNU)などが用いられることがある 。
  • 犬: 犬の小細胞性消化器リンパ腫に対する確立された治療法は少ないが、猫に準じてクロラムブシルとプレドニゾロンの併用が試みられることがある。

LPEとLGITLの鑑別における困難さは、診断アプローチの統合的な重要性を浮き彫りにする。組織病理学は依然として中心的な役割を担うが、その解釈には限界がある。IHCによる細胞表現型の確認とPARRによるクローナリティ評価は、特に境界病変において重要な補助情報を提供する。しかし、PARRの結果のみに基づいて診断を確定することは避けなければならない。フローサイトメトリーは、特にリンパ節転移などが疑われる場合に、非侵襲的な診断情報を提供できる可能性がある。最終的な診断と治療方針の決定は、これらの多角的な情報を臨床経過と合わせて総合的に判断する必要がある。


高悪性度(大細胞性/リンパ芽球性)消化器型リンパ腫 (HGITL / LBL)

  • 特徴: 中〜大型の未熟なリンパ球(リンパ芽球)が急速に増殖する、悪性度の高い腫瘍である 。犬、猫ともに発生する。進行が速く、しばしば診断時に全身的な臨床症状(削痩、嘔吐、下痢、食欲不振、腹部腫瘤)やPLE徴候を呈する 。
  • 診断 [Q4対応]:
  • 超音波検査: 消化管壁の著しい肥厚(しばしば 1 cmを超える)、層構造の消失または不明瞭化、腸間膜リンパ節の著しい腫大(球形化、内部エコー不均一化)などが典型的な所見である 。しかし、これらの所見がない「隠れリンパ腫」も存在するため、超音波検査が正常でもリンパ腫を完全に否定することはできない 。超音波ガイド下でのリンパ節や腫瘤のFNA(細針吸引生検)が診断に有用なことが多い 。
  • 細胞診 (FNA): 吸引されたサンプル中に、大型で核小体が明瞭な異型リンパ球(リンパ芽球)が単調に増殖している像が確認されれば、高悪性度リンパ腫と診断できることが多い 。
  • 組織生検: 細胞診で診断がつかない場合や、外科的切除を検討する場合などに実施される。大型の異型リンパ球がびまん性に浸潤し、正常構造を破壊している像が特徴的である 。
  • IHC, PARR, FCM: 細胞起源(B細胞かT細胞か)、クローナリティ、異常抗原発現などを確認し、診断の確定、サブタイプ分類、予後予測に役立てる 。犬ではB細胞性とT細胞性が混在するが、T細胞性の方が予後不良とされることが多い 。
  • 治療と予後 [Q4対応]:
  • 化学療法: 全身疾患であるため、多剤併用化学療法が標準治療である 。
  • CHOPベースプロトコル: 犬の多中心型リンパ腫で最も一般的に用いられるプロトコル(シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、プレドニゾロン)。様々なバリエーション(投与間隔、期間、L-アスパラギナーゼの追加[L-CHOP]など)が存在する 。多中心型リンパ腫では高い奏効率(80-90%)と比較的長い生存期間(中央値 約1年)が得られるが 、消化器型高悪性度リンパ腫に対するCHOP療法の効果は限定的であり、奏効率も生存期間も多中心型より有意に劣る傾向がある 。特に犬の消化器型T細胞リンパ腫の予後は極めて悪い 。下痢や低アルブミン血症などの消化器症状が存在すると、薬物の吸収不良や毒性の増加により、さらに治療反応性が低下する可能性がある 。
  • 代替・レスキュープロトコル: CHOP抵抗性または再発例に対して、ロムスチン(CCNU)、ミトキサントロン、L-アスパラギナーゼ、メクロレタミン、プロカルバジンなどを含むプロトコル(例:MOPP, LOPP)が用いられる 。最近の研究では、**ロムスチンベースのプロトコル(L-LOP, L-LOPP)**が犬の消化器型および肝脾臓型リンパ腫に対して試みられ、CHOPよりは効果がある可能性が示唆されたが、それでも生存期間中央値は短い(消化器型で約3ヶ月)。
  • 新規薬剤: 犬リンパ腫治療薬としてFDA承認された薬剤もある。**Tanovea-CA1®(rabacfosadine)**はヌクレオシド類似体で、多中心型リンパ腫の救援療法などで使用される 。**Laverdia™-CA1(verdinexor)**は経口の選択的核外輸送阻害薬である 。これらの新規薬剤の消化器型リンパ腫に対する有効性はまだ十分に確立されていない。
  • 分子標的療法: チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)などが癌治療に応用されているが、現時点で消化器型リンパ腫に対する有効性が確立された分子標的薬は限られている 。KIT変異を持つ消化管間質腫瘍(GIST)など、他の消化管腫瘍ではTKI(イマチニブなど)が有効な場合がある。
  • 予後: 犬猫の高悪性度消化器型リンパ腫の予後は一般に不良である 。治療を行っても、生存期間中央値は数ヶ月程度にとどまることが多い 。T細胞性、臨床症状の重症度(サブステージb)、化学療法への初期反応不良などが予後不良因子として挙げられる 。

高悪性度消化器型リンパ腫と低悪性度消化器型リンパ腫(特に猫)

とでは、治療戦略と予後が大きく異なる。前者はアグレッシブな多剤併用化学療法が必要であるにも関わらず予後不良である一方、後者は比較的穏やかな経口化学療法で長期生存が期待できる。このため、正確な診断(細胞診、組織診)と悪性度評価(グレーディング)、免疫表現型判定(IHC、FCM)が、適切な治療法の選択と飼い主へのインフォームド・コンセントにおいて極めて重要となる。

PLE(IBD、IL、リンパ腫を含む)に対する治療戦略

PLEの治療は、①基礎疾患の特定と治療、②栄養管理、③対症療法・支持療法、の3つの柱からなる。IBDや特発性ILなど、根治が難しい基礎疾患の場合は、症状をコントロールし、寛解を維持するための長期的な内科管理が中心となる。

食事療法

食事療法は、多くのPLE症例、特にIBD(FRE)とILにおいて治療の根幹をなす 。しばしば薬物療法と並行して、あるいは先行して導入される 。

  • 食事選択の原則: 基礎疾患や併発疾患、症状(小腸性か大腸性か)に応じて最適な食事を選択する。
  • 食物反応性腸症 (FRE) / IBD疑い: 食物アレルギーや不耐性が関与している可能性を考慮し、除去食試験を行う。
  • 加水分解タンパク食: タンパク質をアレルゲンとならないペプチドレベルまで分解した食事。抗原性を低減し、消化性も高い。犬の慢性腸症において、他の食事と比較して長期的な寛解率が高いとの報告もある 。大豆、鶏肉、サーモンなど様々なタンパク源の加水分解食が市販されている。患者が過去に摂取したことのないタンパク源由来のものを選択することが望ましい 。
  • 新規タンパク質食: 患者がこれまでに摂取したことのない単一のタンパク質源(例:鹿、兎、カンガルー、魚類、昆虫など)と単一の炭水化物源(例:ポテト、エンドウ豆、タピオカなど)で構成された食事 。犬の約60%、猫の約50%が新規タンパク質食に反応するとされる 。市販食または獣医師栄養士の指導のもとでの手作り食。
  • 腸リンパ管拡張症 (IL) 疑い/確定例: 超低脂肪食 (Ultra-Low Fat Diet) が治療の第一選択となる 。食事中の長鎖脂肪酸(LCFA)はカイロミクロンとしてリンパ管から吸収されるため、リンパ流を増加させ、リンパ管内圧を上昇させる。これを避けるため、脂肪含量を極力制限する(目安として乾物中脂肪含量10%以下、あるいは代謝エネルギー(ME)比で20%未満)。市販の低脂肪療法食(例:Royal Canin GI Low Fat, Hill’s Prescription Diet i/d Low Fat, Hill’s Prescription Diet w/d など)や、獣医師栄養士の指導のもとでの手作り超低脂肪食(例:鶏ささみ/白身魚+ジャガイモ/米)が用いられる 。
  • 中鎖脂肪酸 (MCT) オイル: MCTはリンパ管を経由せず門脈から直接吸収されるため、IL患者のエネルギー源として理論的には有用である 。ココナッツオイルなどに含まれる。食事に添加して使用されることがあるが、その臨床的有効性については賛否両論であり、明確なエビデンスは不足している。過剰摂取は下痢を引き起こす可能性があり、嗜好性の問題も報告されている 。
  • 高消化性食: 消化吸収しやすい原材料を使用し、消化管への負担を軽減することを目的とした食事。軽度の小腸性疾患に対する初期選択肢となることがある 。多くの場合、低〜中程度の脂肪含量となっている 。
  • 高線維食: 主に大腸性の下痢症状(粘液便、しぶり、血便)が見られる場合に考慮される。水溶性線維と不溶性線維のバランスが重要 。
  • 食事療法の実施と評価:
  • 新しい食事への切り替えは、消化器症状を悪化させないよう、5〜7日間かけて徐々に行う。
  • 除去食試験(加水分解食、新規タンパク質食)を行う場合は、最低2〜4週間は他の食物(おやつ、人の食べ物、味付きの投薬補助剤、歯磨き粉など)を一切与えず、厳格に実施する必要がある 。飼い主のコンプライアンスが成功の鍵となる 。
  • 食事療法の効果判定は、臨床症状(下痢、嘔吐、食欲、元気、体重)の改善と、可能であれば血清アルブミン値の変化に基づいて行う。
  • 食事療法のみでPLEが完全にコントロールできることは稀であり、特に中等度〜重度の症例では薬物療法との併用が必要となることが多い。

食事療法がPLE管理において中心的な役割を果たすことは、栄養素と腸管の健康との間の密接な関連を物語っている。特に、食物抗原に対する反応(FRE/IBD)や脂肪代謝(IL)が病態の根幹に関わっている場合、適切な食事選択は単なる対症療法ではなく、原因療法に近い意味合いを持つ。加水分解食や新規タンパク質食による抗原負荷の低減、超低脂肪食によるリンパ流の抑制は、それぞれ異なるメカニズムを通じて腸管の恒常性回復に寄与すると考えられる。


薬物療法

食事療法で十分な効果が得られない場合や、重症例、あるいはIBD(IRE)やリンパ腫が基礎疾患である場合には、薬物療法が必要となる。

  • 副腎皮質ステロイド剤 (グルココルチコイド): IBD(IRE)や特発性ILに対する治療の中心となる薬剤であり、強力な抗炎症作用と免疫抑制作用を発揮する 。
  • プレドニゾロン/プレドニゾン: 最も一般的に使用される。犬では初期量として 0.5 \sim 1.0 mg/kg を1日2回、または 1 \sim 2 mg/kg を1日1回投与する。猫では 1 \sim 2 mg/kg を1日1回投与する。臨床症状と血清アルブミン値の改善を確認しながら、2〜4週間ごとに25〜50%ずつ、副作用の発現に注意しながらゆっくりと漸減する。目標は、症状をコントロールできる最低有効量(維持量 0.5 mg/kg 以下、隔日投与 EOD が理想)を見つけることである。
  • デキサメタゾン: 経口プレドニゾロンの吸収不良が疑われる場合(重度の嘔吐・下痢)や、より強力な効果が必要な場合に注射剤として使用される。プレドニゾロンの約7倍の力価を持つため、用量換算に注意が必要。
  • ブデソニド: 肝臓での初回通過代謝を強く受けるため、全身性の副作用が少ないとされる局所作用型ステロイド。主に人用の製剤が用いられるが、日本では動物用医薬品としては承認されていない。ナトリウム貯留作用による浮腫や高血圧に注意が必要な場合がある。有効性に関するエビデンスはまだ限定的である。
  • 二次的免疫抑制剤: ステロイド単独で効果不十分(ステロイド抵抗性)、ステロイドの減量が困難、あるいはステロイドの副作用が重度で忍容できない場合に、ステロイドとの併用または代替として用いられる 。
  • シクロスポリン (CyA): カルシニューリン阻害薬で、主にT細胞の活性化を抑制する。犬のIBDに対する有効性が報告されている 。用量は 5 mg/kg を1日1回経口投与 。ただし、PLEを伴う重症例での有効性は限定的である可能性も指摘されている。副作用として、嘔吐、下痢、食欲不振、歯肉増殖、多毛などが見られることがある 。薬物血中濃度のモニタリングが有効な場合がある 。
  • クロラムブシル: アルキル化剤。猫の低悪性度消化器リンパ腫やIBDで頻用される 。犬においても、ステロイド抵抗性のIBDや、低悪性度リンパ腫との鑑別が困難な症例に使用されることがある。用量は 2 \sim 4 mg/m² を1日1回または隔日経口投与 。副作用は比較的少ないとされるが、骨髄抑制(特に猫)に注意が必要であり、定期的な血液検査(CBC)が推奨される。ある研究では、犬のPLEにおいてアザチオプリン/プレドニゾロン併用よりもクロラムブシル/プレドニゾロン併用の方がアルブミン値と体重の改善が良好であったと報告されている 。
  • アザチオプリン: プリンアナログ。犬のみで使用される(猫では重篤な骨髄抑制のリスクが高いため禁忌)。用量は 1 \sim 2 mg/kg を1日1回または隔日経口投与。効果発現までに数週間を要する。副作用として、骨髄抑制、肝毒性、膵炎のリスクがあるため、定期的な血液検査(CBC、生化学検査)によるモニタリングが必須である。近年では、副作用のリスクや効果発現の遅さから、シクロスポリンやクロラムブシルが優先される傾向にある 。
  • ミコフェノール酸モフェチル (MMF): リンパ球の増殖を選択的に抑制する。犬の免疫介在性疾患に対する使用報告が増えているが、IBD/PLEに対する有効性や至適用量に関するデータはまだ少ない。
  • 新規免疫調節薬:
  • JAK阻害薬 (例: オクラシチニブ): 犬のアトピー性皮膚炎治療薬として承認されている 。サイトカインシグナル伝達(特にJAK1)を阻害することで免疫調節作用を示す 。他の免疫介在性疾患(例:免疫介在性溶血性貧血 PIMA)への応用も報告されている 。IBDの病態に関与するサイトカイン(IL-2, IL-4, IL-6, IL-10, IL-13, IL-31など)の抑制効果が期待されるが、現時点では犬猫のIBD/PLEに対する有効性を示す十分なエビデンスはなく、今後の研究が待たれる 。
  • 抗菌薬: 役割については議論がある。主に、①抗生物質反応性腸症(ARE)が疑われる場合、②腸内細菌叢の異常(Dysbiosis)や小腸内細菌異常増殖(SIBO)の関与が疑われる場合、③二次的な細菌感染(例:潰瘍部位からの移行)を管理する場合、に使用が考慮される 。しかし、耐性菌の出現や長期的なマイクロバイオームへの悪影響が懸念されており、経験的な長期投与は避けるべきである 。
  • メトロニダゾール: 嫌気性菌および原虫(ジアルジアなど)に有効。免疫調節作用も持つとされる。用量は 7.5 \sim 15 mg/kg を1日2回経口投与。長期投与や高用量では神経毒性(前庭障害、発作など)のリスクがある。
  • タイロシン: マクロライド系抗菌薬。特定の腸炎(タイロシン反応性下痢)に有効なことがある。用量は 10 \sim 20 mg/kg を1日2回経口投与。
  • エンロフロキサシン: フルオロキノロン系。主にグラム陰性菌や一部のグラム陽性菌に有効。ボクサーの組織球性潰瘍性大腸炎(侵入性大腸菌が関与)や、他の治療に反応しない重度の細菌性腸炎に使用されることがある 。耐性誘導のリスクから、使用は慎重に行うべきである。

PLE、特にILにおける免疫抑制剤の使用根拠は、必ずしも明確ではない。多くの場合、ILにはリンパ球形質細胞性の炎症が併存しており 、この炎症を抑制することが治療目標の一つとなる。しかし、ILの根本的な病態がリンパ管自体の異常にある場合、免疫抑制が直接リンパ管機能にどう影響するかは不明である。ステロイドにはリンパ球減少作用や血管透過性への影響があるかもしれないが、その効果は限定的かもしれない。ヒトのPLEでは免疫抑制剤の使用は一般的ではないこと を考えると、犬におけるPLE(特にIL)の治療戦略、特に免疫抑制剤の役割については、さらなる基礎研究と臨床研究が必要である。


マイクロバイオーム関連療法

腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の乱れ(Dysbiosis)が、IBDを含む多くの慢性腸症の発症や悪化に関与しているという認識が広まっている 。このため、マイクロバイオームを標的とした治療法が注目されている。

  • 糞便マイクロバイオータ移植 (Fecal Microbiota Transplantation: FMT): 健康なドナー(供与者)の糞便中に含まれる多様な腸内細菌叢を、腸内環境が悪化しているレシピエント(受給者)の消化管内に移植する治療法である 。
  • 原理: 破壊されたレシピエントの腸内細菌叢のバランスと多様性を、健康なドナーの細菌叢を導入することで回復させ、腸管機能の正常化を目指す 。細菌そのものだけでなく、ドナー由来の細菌代謝産物(短鎖脂肪酸など)の移行も治療効果に関与すると考えられている 。
  • 適応: ヒトでは再発性クロストリジオイデス・ディフィシル感染症(CDI)に対する標準治療として確立されている 。獣医学領域では、**標準的な治療法(食事療法、抗菌薬、免疫抑制剤など)に反応しない難治性の慢性腸症(IBD、PLEを含む)**に対する治療選択肢として期待されている 。その他、急性下痢症(パルボウイルス腸炎、急性出血性下痢症候群 AHDS)、難治性の寄生虫感染(ジアルジアなど)、猫の便秘などへの応用も報告されている 。
  • ドナー選定とスクリーニング: FMTの安全性と有効性を確保するため、ドナーの選定と厳格なスクリーニングが極めて重要である 。健康状態が良好で、消化器疾患の既往がなく、定期的な予防(ワクチン、駆虫)を受けている個体を選ぶ。糞便検査により、寄生虫(卵、シスト)、原虫(ジアルジア)、病原性細菌(サルモネラ、カンピロバクター、クロストリジオイデス・ディフィシル毒素など)、ウイルス(パルボウイルスなど)が陰性であることを確認する 。腸内細菌叢の状態を評価するために、**糞便ディスバイオーシス指数(Dysbiosis Index: DI)**などの検査も有用である(DI < 0 が望ましい)。また、ドナーは過去数ヶ月間(例:3〜6ヶ月)抗菌薬、NSAIDs、プロトンポンプ阻害薬(PPI)を使用していないことが条件となる 。
  • 糞便の調製と投与経路: 新鮮な糞便(採取後6時間以内が理想)または適切に凍結保存(例:-80℃でグリセロール添加)された糞便を使用する 。糞便を生理食塩水と混合し、ミキサーで均質化後、ガーゼなどで濾過して粗大な粒子を除去する 。投与量はレシピエントの体重に基づいて計算されることが多い(例:5 g糞便/kg体重)。投与経路としては、**直腸内投与(カテーテルを用いた注入、保持時間45〜60分推奨)**が最も一般的である 。その他、**経口投与(凍結乾燥粉末を充填した耐酸性カプセル)**も実用化されており、非侵襲的で簡便な方法として注目されている 。内視鏡を用いて十二指腸や結腸に直接注入する方法もある 。
  • 有効性に関するエビデンス: 獣医学領域におけるFMTのエビデンスはまだ蓄積段階にあるが、有望な結果が報告されている。犬の急性下痢症では、メトロニダゾールと比較して、FMTはより速やかに糞便性状を改善し、ディスバイオーシス指数を長期的に正常化させた 。犬パルボウイルス腸炎では、標準治療へのFMT追加により、下痢の期間短縮と入院期間の短縮が認められた(ただし生存率は変わらず)。難治性の慢性腸症(IBD/PLE)に対しては、複数のケースシリーズや症例報告で、臨床症状の改善、免疫抑制剤の減量・中止、ディスバイオーシス指数の改善などが報告されている 。経口カプセルを用いたFMTも、犬猫の慢性腸症に対して有効性を示す予備的な報告がある 。
  • 安全性: 適切にスクリーニングされたドナーを用いれば、FMTは一般的に安全な治療法と考えられており、重篤な副作用の報告は少ない 。一過性の軽度な消化器症状(鼓腸、軟便など)が見られることがある。
  • 治療効果のモニタリング: 臨床症状の改善(活動性、食欲、嘔吐・下痢の頻度と性状、体重)を評価する。可能であれば、糞便ディスバイオーシス指数(DI)を測定し、マイクロバイオームの変化を客観的に評価する(DI > 0 はディスバイオーシスを示唆し、治療目標はDI < 0)。
  • プロバイオティクス・プレバイオティクス・シンバイオティクス: 特定の有益な生菌(プロバイオティクス)、その増殖を助ける難消化性成分(プレバイオティクス)、または両者の組み合わせ(シンバイオティクス)を投与する治療法。IBD/CEに対する有効性は、使用する菌株や製品、対象疾患によって異なり、FMTほどの劇的な効果は期待できないことが多いが、補助的な治療法として、あるいは軽症例や寛解維持期に使用されることがある。エビデンスレベルは様々である 。

FMTは、従来の治療法に抵抗性を示す慢性腸症に対して、腸内細菌叢という新たなターゲットにアプローチする有望な治療選択肢である。特に、標準治療で管理困難なPLE症例において、試みる価値のある治療法となりつつある。ただし、その効果を最大化し、安全性を確保するためには、厳格なドナー選定、適切な糞便処理と投与法、そして治療効果の客観的な評価が重要となる。今後、より大規模な比較対照試験によるエビデンスの蓄積が期待される。


対症療法・支持療法およびサプリメント

PLE患者の全身状態を維持・改善し、合併症を管理するためには、基礎疾患の治療と並行して、積極的な対症療法と支持療法が不可欠である。

  • 輸液療法: 脱水、電解質異常、酸塩基平衡異常を是正するために、晶質液(乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液など)を投与する。重度の低アルブミン血症 (<1.5 \sim 2.0 g/dL) を伴い、循環血液量の維持が困難な場合や、ショック状態、あるいは麻酔・手術に備える場合には、膠質液の投与が考慮される 。
  • 合成膠質液: ヒドロキシエチルスターチ(HES、ヘスパンダー®、サリンヘス®など)やデキストラン70などが用いられる。血管内に水分を引き込み、膠質浸透圧を上昇させることで、循環血液量を効果的に増加させる。ショック時にはボーラス投与(犬:5-10 mL/kg、猫:2.5-5 mL/kg)、維持期には持続点滴(CRI、例:1-2 mL/kg/hr、1日の上限量に注意)で用いられる 。過剰投与は凝固障害や急性腎障害のリスクを高めるため、慎重なモニタリングが必要である。
  • 犬特異的アルブミン製剤: 利用可能であれば、HSAよりも安全な選択肢として考慮される 。
  • 新鮮凍結血漿 (FFP): アルブミン、グロブリン、凝固因子、アンチトロンビンなどを供給できる。しかし、PLE患者では投与されたアルブミンも腸管から漏出しやすいため、アルブミン濃度を上昇させる効果は一時的かつ限定的である。アルブミン濃度を 0.5 g/dL 上昇させるには、約 22.5 mL/kg という大量の輸血が必要とされる。主に、重篤な低アルブミン血症に伴う合併症(例:DIC、重度凝固障害)の管理や、手術前の状態安定化のために用いられる。
  • 栄養サポート: 食欲不振や吸収不良による栄養失調は、PLEの予後を悪化させる要因となる。経口摂取が不十分な場合は、早期からの経腸栄養が推奨される 。
  • 経鼻栄養チューブ: 短期間(数日)の栄養サポートに適している。設置は比較的容易だが、細径のため流動食しか使用できない。
  • 食道瘻チューブ: 中〜長期間(数週間〜数ヶ月)の栄養サポートに適している。全身麻酔下での設置が必要だが、太径のため様々な療法食(ブレンダー食含む)を使用でき、自宅での管理も比較的容易である 。
  • 胃瘻チューブ (PEGチューブ): 長期的な栄養サポートが必要な場合に考慮される。内視鏡または外科的に設置する。
  • 経腸栄養が不可能な場合: 重度の嘔吐やイレウスなどにより経腸栄養が禁忌の場合は、**中心静脈栄養(Total Parenteral Nutrition: TPN)**を考慮する。高コストであり、敗血症や代謝性合併症のリスク管理が必要となる。
  • ビタミン・ミネラル補給: PLEでは、吸収不良や腸管からの喪失により、特定のビタミンやミネラルの欠乏が起こりやすい。
  • コバラミン (ビタミンB12): 血清コバラミン濃度が低い場合 (<250 ng/L) は、**非経口(皮下注射)**での補給が必須である 。経口投与も有効性が示されているが、吸収障害がある場合は非経口投与が確実である 。一般的なプロトコルは、犬の体重に応じて 250 \sim 1500 µg を週1回、6週間投与し、その後は血清濃度をモニターしながら投与間隔を調整する 。低コバラミン血症は予後不良因子であり、その補正は臨床症状の改善にも寄与する可能性がある 。
  • ビタミンD: PLE、特にILでは脂肪吸収不良により脂溶性ビタミンであるビタミンDの吸収が障害され、**低ビタミンD血症(血清25(OH)D低値)**が高頻度に見られる 。低ビタミンD血症は予後不良因子とされ、またイオン化カルシウム(iCa)の低下にも関与する 。iCaが低下し、テタニーや発作などの臨床症状が見られる場合は、まずグルコン酸カルシウムの静脈内投与で緊急補正し、その後、**活性型ビタミンD3製剤(カルシトリオールまたはアルファカルシドール)**の経口投与で維持する 。活性型ビタミンD3は、低カルシウム血症の治療に有効であることが示されている 。正常カルシウム血症でも血清25(OH)D濃度が低い場合のビタミンD(コレカルシフェロール)補充の意義や至適な投与法については、まだコンセンサスが得られていない 。超低脂肪食を長期給与する場合は、ビタミンD(および他の脂溶性ビタミン)のモニタリングと適切な補給が重要となる 。
  • カルシウム (Ca): 総カルシウム濃度は低アルブミン血症により低下するが、臨床的に重要なのはイオン化カルシウム(iCa)である。iCaの低下は、ビタミンD欠乏、マグネシウム欠乏、あるいは重度の消化管疾患自体によって引き起こされる 。症状(テタニー、痙攣、顔面攣縮など)があれば、上記のように緊急補正と維持療法を行う。
  • マグネシウム (Mg): PLEでは、消化管からの吸収不良や下痢による喪失により、低マグネシウム血症が起こりうる 。マグネシウムは、神経筋機能、心血管機能、およびカルシウム・カリウム代謝に重要な役割を果たす。重度の低マグネシウム血症(総Mg <1.2 mg/dL、またはイオン化Mg低値)は、神経症状(振戦、痙攣)、不整脈、および難治性の低カルシウム血症・低カリウム血症を引き起こす可能性がある 。症状を伴う重度の低マグネシウム血症に対しては、**硫酸マグネシウムの静脈内持続点滴(CRI)**による補給が必要となる。経口マグネシウム製剤は下痢を悪化させる可能性があるため、通常は推奨されない 。PLE患者における軽度〜中等度の低マグネシウム血症に対するルーチンのモニタリングや補充の基準は明確ではないが、特に難治性の低カルシウム血症や不整脈が見られる場合には評価・補正を考慮すべきである。
  • 抗血栓療法: PLE(およびPLN)は、アンチトロンビン(AT)などの抗凝固因子が腸管(または腎臓)から喪失するため、血栓塞栓症(肺血栓塞栓症 PTE や門脈血栓症など)のリスクが高い状態である 。炎症やステロイド療法もリスクを高める可能性がある 。このため、特に重症例や他のリスク因子を持つ症例では、予防的な抗血栓療法が考慮される。詳細はセクション8.1で述べる。
  • 胸水・腹水の管理: 貯留液が呼吸困難や著しい不快感を引き起こしている場合に限り、治療的な穿刺排液(胸腔穿刺、腹腔穿刺)を行う。大量の排液は、さらなるタンパク質と電解質の喪失、および循環血液量の減少につながる可能性がある。利尿薬(フロセミド、スピロノラクトンなど)の使用は、脱水や電解質異常を助長するリスクがあるため、慎重に行う必要がある。根本的な治療は、低アルブミン血症の原因となっている基礎疾患を管理し、血清アルブミン濃度を改善することである。

予後と予後不良因子

犬のPLE(慢性腸症)の予後は、基礎疾患の種類、重症度、治療への反応性によって大きく異なる。IBDや特発性ILであっても、治療に良好に反応し、長期的な管理が可能な症例も存在する一方で、治療抵抗性で進行性に悪化し、死に至る症例も少なくない。猫のPLEに関する予後データは限られている。

犬の慢性腸症における予後不良因子として、以下のようなものが報告されている 。

  • 重度の低アルブミン血症: 血清アルブミン濃度が低いほど、予後が悪い傾向がある。
  • 低コバラミン血症: 血清ビタミンB12濃度が低いことは、腸管機能障害の重症度を反映し、予後不良と関連する。
  • 重度の臨床症状: 著しい削痩(筋肉量の減少)、難治性の下痢や嘔吐、腹水や胸水の存在。
  • 特定の犬種: 柴犬など、一部の犬種は難治性のIBDを発症しやすいとされる。
  • 初期治療への反応不良: 食事療法や初期の薬物療法(ステロイドなど)に対する反応が乏しい場合。
  • 高用量の免疫抑制剤の必要性: ステロイドの減量が困難であったり、複数の免疫抑制剤が必要となったりする場合。
  • 血栓塞栓症の併発。

興味深いことに、生検組織における炎症の組織学的重症度は、必ずしも臨床的な重症度や予後と相関しないことが指摘されている。つまり、組織学的に重度の炎症があっても治療によく反応する症例もいれば、軽度の炎症所見でも難治性である症例もいる。

PLEは複雑で管理が難しい症候群であり、治療は長期にわたることが多い。飼い主に対して、病態、治療選択肢、予後、治療に伴う副作用やコストについて、十分な情報提供と現実的な期待値の説明(インフォームド・コンセント)を行うことが極めて重要である。

第6部: 関連する消化器緊急疾患

低タンパク血症の原因となりうる、あるいは併発しうる緊急性の高い消化器疾患として、腸重積と腸捻転がある。これらは迅速な診断と外科的介入が必要となる。

6.1. 腸重積 (Intussusception) [Q5対応]

腸重積は、腸管の一部(嵌入部 intussusceptum)が、隣接する肛門側の腸管(受容部 intussuscipiens)内に入り込む(陥入する)状態である 。まれに口側への逆行性重積も起こる。

病態生理: 回盲部(小腸末端が大腸に入る部分)や空腸での発生が多い 。特に若齢動物(1歳未満が多い)で、腸炎(ウイルス性、細菌性、寄生虫性)、消化管内異物、腫瘍、食事変更、腹部手術後など、腸管の運動性が亢進または異常となる状況で発生しやすいとされる 。陥入した腸管(嵌入部)の腸間膜が受容部に引き込まれることで、静脈還流が障害され、うっ血、浮腫、虚血が進行する 。放置すれば、腸管壊死、穿孔、腹膜炎へと至る。慢性化したり、炎症が波及したりすると、タンパク質漏出により低アルブミン血症を呈することもある。

診断:

  • 臨床症状: 食欲不振/廃絶、元気消失、嘔吐、下痢(しばしば血様粘液便、しぶりを伴う)などが一般的である 。
  • 身体検査: 腹部触診にて、可動性のある硬結したソーセージ様の腫瘤を触知できることがある 。腹膜炎を併発している場合は、腹部疼痛や筋性防御が見られる。まれに、重積した腸管が肛門から脱出することもある。
  • 画像診断:
  • 腹部X線検査: 腸閉塞を示唆する所見(重積部位より口側の腸管拡張、ガス像の異常)が見られることがあるが、腸重積自体の確定診断は困難なことが多い 。
  • 腹部超音波検査: 診断に最も有用である 。特徴的な**多層構造(”ターゲットサイン”、”擬腎臓サイン”)**を示す腫瘤像として描出される 。嵌入部と受容部の腸壁が交互に重なって見える。重積部位より口側の腸管拡張や蠕動異常、腸間膜リンパ節の腫大、腹水の有無なども評価できる。カラードップラー法は、嵌入部の血流評価に役立つことがある。
  • CT検査: 超音波検査で不明瞭な場合や、腫瘍などの基礎疾患が疑われる場合に有用なことがある。

治療:

  1. 術前管理: 嘔吐や下痢による脱水と電解質異常を是正するため、静脈内輸液療法が不可欠である 。抗菌薬の予防投与も考慮される。
  2. 外科的整復: ほとんどの症例で外科手術が必要となる 。腹部正中切開により開腹し、重積部位を確認する。整復は、受容部を肛門側から愛護的に押し戻すように操作し、嵌入部を穏やかに牽引する。無理な牽引は腸管の裂傷を引き起こすため避ける 。
  3. 腸管生存性の評価: 整復後、腸管の色調(ピンク色か、暗赤色・黒色か)、壁の厚さ、動脈拍動の有無、蠕動運動の有無、切開面からの出血の有無などを評価し、生存可能か判断する。
  4. 腸管切除・吻合 (R&A): 手術的に整復困難な場合、腸管の生存性が疑わしい(壊死している)場合、穿孔がある場合、あるいは腫瘍などの基礎疾患が存在する場合は、病変部腸管を切除し、健康な腸管同士を端々吻合する 。
  5. 腸管固定術 (Enteroplication): 腸重積の再発予防を目的として、整復または切除吻合後に、隣接する小腸ループ同士を漿膜面で縫合固定する手技 。小腸全体をアコーディオン状に折り畳むように固定する。その有効性については議論があり、コンセンサスは得られていない 。再発率(固定術なしで11-20%程度とされる)を低下させる可能性が示唆される一方で 、手技自体に伴う合併症(術後イレウス、腸管狭窄・捻転、縫合部からの異物反応・膿瘍形成、将来的な手術の困難化など)のリスクも報告されている 。このため、ルーチンに行うべきかについては意見が分かれており、再発リスクが高いと考えられる症例(若齢動物の特発性、基礎疾患が除去できない、術中に腸管の異常蠕動が見られるなど)に限定して実施することが推奨される場合もある 。猫では犬よりも合併症リスクが高い可能性も示唆されている 。

術後管理と合併症: 術後は、継続的な輸液療法、電解質補正、疼痛管理(オピオイドなど)、抗菌薬投与、そして早期の経腸栄養(食欲があれば経口、なければ経管栄養)が推奨される 。合併症としては、再発(特に基礎疾患が管理されていない場合)、吻合部からの縫合不全(術後3〜5日が最もリスクが高い)、腹膜炎、術後イレウス(吻合部狭窄、固定術による屈曲など)、広範囲切除後の短腸症候群などが挙げられる 。

予後: 未治療の場合、腸管壊死、穿孔、腹膜炎、敗血症により致死的である。適切な外科的治療と周術期管理が行われれば、予後は比較的良好であるが、再発例や合併症例、広範囲切除例では注意が必要となる 。

腸重積整復後の腸管固定術(Enteroplication)の是非は、長年の議論の的である。再発を確実に防ぐ保証はなく、手技に伴う合併症も無視できない。再発のリスク因子(年齢、原因、部位など)と固定術の潜在的リスクを個々の症例で慎重に評価し、実施の可否を判断する必要がある。ルーチンな実施は避け、再発を繰り返す症例や特発性の若齢例など、再発リスクが特に高いと判断される場合に限定することが、現時点では妥当なアプローチかもしれない。

6.2. 腸捻転 (Intestinal Volvulus/Torsion) [Q5対応]

腸捻転は、腸管そのもの(Torsion: 長軸周りの捻じれ)または腸間膜根部(Volvulus: 腸間膜付着部周りの捻じれ)が捻転する疾患であり、極めて緊急性が高く、致死率が非常に高い病態である 。

病態生理: 空腸捻転や腸間膜根部捻転が最も一般的である 。中〜大型犬、特にジャーマン・シェパードやポインター種、若齢の雄犬に発生が多いとされる 。胃拡張捻転症候群(GDV)や膵外分泌不全(EPI)に伴って発生することもある。腸間膜根部での捻転は、上腸間膜動脈および静脈を閉塞させ、広範囲の小腸(遠位十二指腸から空腸、回腸)および一部の大腸(盲腸、上行結腸、近位横行結腸)への血流を完全に遮断する 。これにより、急速な腸管の虚血、壊死、腸管壁からのエンドトキシンや細菌の移行、大量の体液喪失(腸管内および腹腔内への漏出)、そして重篤な**エンドトキシンショック、敗血症性ショックを引き起こす。