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犬の糖尿病

愛犬の糖尿病について知っておきたいこと【獣医療の最新情報つき】

🐾はじめに

この文献は、犬の糖尿病について、その概要、原因、診断、そして治療法までを網羅的に解説したものです。特に、インスリン治療の具体的な方法やモニタリングについて詳しく述べられています。以下に、その内容を省略せずに分かりやすく解説します。

犬の糖尿病の基本

犬の糖尿病の概要

犬の糖尿病は、インスリンというホルモンの不足により、血糖値が高い状態が続く病気です。症状は無症状から、重篤なケトアシドーシス(血液が酸性になる危険な状態)や昏睡まで様々です。診断は比較的容易ですが、厳密な血糖コントロールは難しく、白内障や腎症といった合併症が起こりやすいため、長期的な管理が重要になります。

原因

犬の糖尿病は、主に以下の原因によって分類されます。

  • 膵島の空胞変性による原発性糖尿病: 最も一般的なタイプで、インスリンを分泌する膵臓の細胞(膵島B細胞)が変性し、インスリンが不足します。
  • 膵炎に伴う糖尿病: 急性または慢性の膵炎が原因で発症します。
  • 特定の病気に伴う糖尿病: クッシング症候群、高エストロゲン血症、高プロゲステロン血症などがインスリンの働きを妨げ(インスリン抵抗性)、糖尿病を引き起こします。
  • その他の原因: 先天性のものや、医原性(ステロイド剤の投与など)のものもあります。

症状と診断

症状
典型的な症状として、水をたくさん飲み、おしっこの量が増え(多飲多尿)、体重が減少します。ケトアシドーシスに陥ると、食欲不振、元気消失、嘔吐、下痢などが見られます。見た目では、削痩(やせ細ること)、毛並みの悪化、糖尿病性白内障などが現れることがあります。

診断
以下の3つの項目が揃えば、糖尿病と診断されます。

  • 特徴的な症状(多飲、多尿、体重減少)
  • 空腹時の高血糖
  • 尿糖が陽性であること

診断後は、原因となっている基礎疾患(クッシング症候群、膵炎など)や、合併症(尿路感染症など)がないかを詳しく調べることが極めて重要です。

糖尿病の治療

治療の目標は、多飲多尿などの症状を改善し、合併症を予防することで、犬の生活の質(QOL)を改善することです。

食事と生活指導

  • 食事: 食後の血糖値の急上昇を抑えるため、食物繊維が強化された糖尿病用の処方食が推奨されます。半生タイプのフードは糖分が多いため適しません。間食は避けるのが無難です。
  • 運動: 毎日一定量の運動を心がけることが重要です。インスリン治療中に急に激しい運動をすると、命に関わる低血糖を引き起こす危険があります。

薬物療法とモニタリング(特に詳しく解説)

犬の糖尿病治療の基本はインスリン療法です。経口の血糖降下剤が犬で使われることはほとんどありません。

インスリン療法

犬の糖尿病のほとんどは、インスリンを自分で作り出す能力を失っているため、生存のためにインスリン注射が必須です。

  1. インスリン療法の目標
    血糖値を厳密にコントロールすることが理想です。目標範囲は 80〜180 mg/dL とされていますが、これを達成するのは非常に困難です。血糖値が200 mg/dL程度の軽度な高血糖でも持続すると、白内障や腎症のリスクが高まります。
  2. インスリン製剤の選択
    ヒト用のインスリン製剤が使用されます。犬の大きさに応じて、作用時間の異なるインスリンを使い分けます。
    • 小型犬: 作用時間が長いインスリン(例: インスリングラルギン、インスリンデテミル)
    • 大型犬: 作用時間が比較的短いインスリン
    • 中間的な作用時間: NPHインスリン
  3. インスリン療法の実際
    • 投与: 1日2回、決まった時間に食事を与え、その直後にインスリンを皮下注射するのが基本です。1日1回の投与では十分なコントロールは難しく、長期的な予後が悪化します。
    • 初期投与量: 最初に試すインスリンとしてNPHインスリンが推奨されており、その一例として「ノボリンN 0.4 U/kgを1日2回(q12h)」という量が挙げられています。

血糖曲線によるモニタリング

インスリンがその犬に対して「どのくらいの時間効いているか(作用時間)」と「どのくらい血糖値を下げているか(作用の強さ)」を把握するために「血糖曲線」を作成します。

  • 作成方法:
    • 数日間入院させます。
    • 決まった時間に食事(糖尿病用処方食)を与え、インスリンを注射します。
    • インスリン投与前(0時間)、および投与後3、6、9時間後の血糖値を測定し、グラフ化します。
  • 理想的な曲線:
    注射後に血糖値がゆるやかに下がり、5〜7時間後に最低値(底、nadir)となり、次の注射の時間までに元の値に近づくのが理想です。
  • 曲線の評価と対応:
    • 作用が短い場合: 血糖値がすぐに元に戻ってしまう場合。より作用時間の長いインスリン(例:NPHからインスリングラルギンへ)に変更します。
    • 作用が長すぎる場合: 次の注射の時間になっても血糖値が低いままの場合。より作用時間の短いインスリンに変更します。
    • 作用の深さの調整: 使用するインスリンが決まったら、投与前の血糖値と最低値の差が 200〜250 mg/dL になるように、インスリンの投与量を増減します。いきなり正常値を目指すと低血糖の危険があるため、最初は高めの血糖値で安定させることを目指します。
  • 注意点「ソモギー効果」:
    インスリンを過剰に投与すると、血糖値が下がりすぎ(低血糖)、体が危険を感じて血糖値を上げるホルモン(グルカゴンなど)を大量に分泌します。これにより、逆に血糖値が急激に跳ね上がる現象です。この状態になると、その後約1日はインスリンが効きにくくなります。

維持治療と自宅での管理

  • 継続的な効果: 治療を続けると、高血糖状態が改善されることで膵臓の機能が少し回復し、血糖曲線全体が下がってくることがあります(グルコース中毒の解除)。これを考慮せず、安易にインスリンを増やすと低血糖を招くため注意が必要です。
  • 定期検査: 治療開始後しばらくは1週間に1回程度、状態が安定したら4〜6週間ごとに定期検査を行います。来院時は、血糖値が最も低くなる午後の時間帯に血糖値を測定し、飲水量、尿量、体重などをチェックします。
  • 維持期の目標: 血糖値の最低値が 80〜180 mg/dL になることを目指します。1日を通して 100〜250 mg/dL の範囲に収まっているのが理想ですが、これは非常に難しいとされています。
  • 自宅でのモニタリング: ポータブル型の血糖測定器を使い、自宅で血糖曲線を測定することも可能です。ただし、この種の測定器は実際の値より30〜100 mg/dLほど低く出ることがあるため、結果の解釈には注意が必要です。採血は、犬へのストレスが少ない耳介から行う方法が推奨されています。

その他の治療薬

糖吸収阻害剤: 「アカルボース(商品名:グルコバイ)」は、小腸での糖の吸収を遅らせ、食後の急な血糖値の上昇を抑えます。処方食を食べない場合などに使用されることがあります。薬用量は「2 mg/kgを1日2回(BID)」と記載されています。副作用として下痢や鼓腸(おなら)が見られることがあります。

長期的なモニタリングマーカー

日々の血糖値の変動だけでなく、より長期的な血糖コントロールの状態を評価するために、以下の血液検査マーカーが利用されます。

  • フルクトサミン: 過去2週間程度の平均的な血糖値を反映します。
  • グリコアルブミン: フルクトサミンと同様に、過去2週間程度の血糖値を反映します。
  • 糖化ヘモグロビン (HbA1c): 過去数週間から数ヶ月という、さらに長期の血糖コントロール状態を反映します。健康な犬では1-2%ですが、糖尿病の犬では高値を示します。

注意点: これらのマーカーは、ヒト用の検査センターでは犬の検体を正確に測定できないため、動物用の検査機関に依頼する必要があります。

予後

犬の糖尿病の予後は、血糖コントロールの程度や基礎疾患・併発疾患の有無によって大きく左右されます。糖尿病自体が直接の死因となることは少なく、最終的には心不全、腎不全、感染症などで亡くなることが多いとされています。

【最新情報】近年の獣医療の進歩

ご提供いただいた解説は、犬の糖尿病に関する基本的な考え方や治療法を非常によくまとめており、現在でもその大部分が通用する優れた内容です。特にインスリン治療の原則や血糖曲線の考え方は、今も治療の根幹をなすものです。


その上で、近年の獣医療の進歩により、特にモニタリング技術インスリン製剤の選択肢において、いくつかの重要なアップデートがあります。以下に最新の情報を補足します。

1. インスリン療法におけるアップデート

  • 第一選択のインスリン製剤:
    ご提供の文献では、NPHインスリンを開始用として推奨しています。これは現在も有効な選択肢ですが、近年では犬専用に開発・承認された豚由来のインスリン製剤(商品名:ベツリン®/ Vetsulin®, 日本国外ではカニスリン®/ Caninsulin®)が、第一選択として広く使われるようになっています。犬のインスリンと豚のインスリンはアミノ酸配列が同一であり、犬での作用時間が1日2回投与に適しているため、安定したコントロールを得やすいとされています。
  • 持続型インスリンの活用:
    インスリングラルギン(ランタス®)やインスリンデテミル(レベミル®)といった持続型のインスリンも、特に作用時間が短くなりやすい小型犬や、NPHやベツリンでコントロールが難しい症例で引き続き重要な選択肢です。

2. モニタリングにおける最も大きな進歩

ご提供の文献で解説されている血糖曲線は、点(採血時)で血糖値を評価する方法でした。現在では、これを「線」で評価できる持続血糖測定器(CGM: Continuous Glucose Monitor)の活用が大きな進歩となっています。

  • 持続血糖測定器(CGM)の普及:
    • 概要: 人医療で使われる「フリースタイルリブレ®」などが動物にも応用されています。皮膚に小さなセンサーを装着し、皮下の間質液中のグルコース濃度を5〜15分ごとに自動で測定し、最長14日間のデータを記録します。
    • メリット:
      • ストレスの軽減: 病院での採血や、自宅で何度も針を刺す必要がなく、犬のストレスが大幅に軽減されます。これにより、ストレスによる血糖値の上昇(ストレス高血糖)の影響を受けない、普段通りの生活における正確な血糖値の変動を把握できます。
      • 詳細なデータ: 1日の血糖値の全体像(ピーク、最低値(ナディア)、インスリンの作用時間)が正確にわかります。これにより、文献にあるような「ソモギー効果」 や、飼い主が気づかない夜間の低血糖なども発見しやすくなります。
      • 治療調整の精度向上: 豊富なデータに基づき、より安全で的確なインスリン量の調整が可能になります。
  • 従来のモニタリングとの併用:
    CGMが普及した現在でも、フルクトサミンや糖化ヘモグロビン(HbA1c)といった、過去数週〜数ヶ月の平均的な血糖コントロール状態を評価するマーカーは依然として重要です。CGMの日々のデータと、これらの長期的なマーカーを組み合わせることで、治療効果を多角的に評価します。

3. 食事療法に関する考え方の変化

  • 「高繊維食」から「一貫性」へ:
    文献にあるように、食物繊維を強化した療法食は、食後の血糖値上昇を緩やかにする上で今も有効です。しかし、近年の考え方では「特定の栄養組成」であること以上に、「毎日同じ内容の食事を、同じ量、同じ時間に与えること(一貫性)」が最も重要であると強調されています。食事内容と量が一定であれば、インスリンの効果を安定させやすいためです。

4. その他の特記事項

  • 経口血糖降下薬:
    文献の記述通り、犬の糖尿病で経口血糖降下薬が単独で使われることは、現在でもほとんどありません。猫ではSGLT2阻害薬という新しいタイプの経口薬が登場し治療の選択肢となっていますが、犬ではインスリン抵抗性を悪化させ、糖尿病性ケトアシドーシスを誘発するリスクがあるため使用されません。犬の治療の基本は、今も昔もインスリン療法です。

最後のまとめ

ご提供の文献の治療原則は普遍的で価値が高いものですが、最新の獣医療では、犬専用インスリン製剤が第一選択薬として確立され、モニタリングにおいては持続血糖測定器(CGM)の登場により、犬の負担を減らしつつ、より安全で質の高い血糖コントロールを目指せるようになりました。治療の基本方針は変わりませんが、それを支えるツールと選択肢が大きく進歩したと言えます。