犬と猫のアナフィラキシー
症状から治療法、薬の量まで解説
はじめに:アナフィラキシーとは?
アナフィラキシーは、アレルギー反応の中で最も重篤で、命に関わる可能性のある状態です。体の免疫システムが、特定の物質(アレルゲン)に対して過剰に反応し、全身に急激な症状を引き起こします。これを「体の警報システムが暴走している状態」とイメージすると分かりやすいかもしれません。
原因となる可能性のある物質
- ワクチン
- 虫刺され(ハチなど)やヘビの毒
- 食べ物
- 抗生物質などの薬
- 麻酔薬や鎮静薬
- 時には、寒さや運動といった環境要因
症状は、原因物質に接触してから数分~数時間という非常に短い時間で現れるのが特徴です。
【犬の場合】のアナフィラキシーについて
◆ 犬では、どんな症状がでるの?
犬のアナフィラキシーでは、主に「皮膚」と「消化器」に症状が出やすいのが特徴です。肝臓が影響を受けることも多く、これをショック臓器(最もダメージを受けやすい臓器)と呼びます。
- 皮膚の症状: 顔がパンパンに腫れる(特にマズルや目の周り)、全身にじんましんが出る、体がかゆくなる、皮膚が赤くなる。
- 消化器の症状: 急な嘔吐や下痢。これは、肝臓の血流が悪くなることで引き起こされると考えられています。
- 重篤な症状:
- 呼吸が苦しそうになる(ゼーゼー、ヒューヒューという音)、喉が腫れて気道が狭くなる。
- ぐったりして立てなくなる(虚脱)。
- 急激な血圧低下によるショック状態。
抗原の入り方によっても症状の出方が変わることがあります。例えば、注射などで体内に直接入った場合は呼吸や循環器系の重い症状が出やすく、口から入った場合は消化器や皮膚の症状が出やすい傾向にあります。
◆ どうやって診断するの?
獣医師は、以下のような情報を組み合わせてアナフィラキシーを疑い、診断を進めます。
- 飼い主さんからの情報: 「ワクチンを打った数分後に顔が腫れてきた」「急にぐったりして吐いた」といった、直前の状況が非常に重要な手がかりになります。
- 身体検査: ぐったりしている場合、まず意識の状態、歯茎の色(白っぽくないか、逆に真っ赤でないか)、脈の強さや速さなどをチェックし、命に関わるショック状態にないかを確認します。
- 血圧測定: ショックの重症度を判断するために血圧を測ります。
- 超音波検査(エコー): FASTと呼ばれる緊急用のエコー検査で、お腹や胸の中を素早く確認します。アナフィラキシーに特徴的な所見として、胆嚢(たんのう)の壁がむくんで厚く見えること(ハローサイン)や、お腹に少量の腹水が見られることがあります。
- 血液検査: 肝臓の数値(ALTなど)が上昇していないかなどを確認します。
◆ どんな治療をするの?
アナフィラキシーは一刻を争うため、迅速な治療が開始されます。
- アドレナリン(エピネフリン): アナフィラキシー治療の最も重要な薬です。血圧を上げ、気管支を広げ、アレルギー反応を引き起こす物質がさらに放出されるのを抑える働きがあります。
- 輸液療法(点滴): アナフィラキシーでは血管から水分が漏れ出し、循環する血液量が急激に減って血圧が下がります。これを補うために、勢いよく点滴を入れて血圧を維持します。
- 抗ヒスタミン薬: じんましんやかゆみといった皮膚症状を和らげるために使われます。ただし、血圧低下などの重い症状を改善する効果はありません。
- グルココルチコイド(ステロイド): アレルギーの炎症を抑える薬ですが、効果が出るまでに4~6時間かかります。そのため、緊急的な治療ではなく、症状の再発を防ぐ目的で使われることがあります。
- 気管支拡張薬: 呼吸が苦しい場合に、気管支を広げる吸入薬などが使われます。
◆ 処方例(専門的な内容を含む詳細)
注意:これらの投与量は、必ず獣医師が犬の体重や状態をみて判断します。飼い主さんが自己判断で与えることは絶対にしないでください。
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① アドレナリン【ボスミン注】
用量: 0.01 mg/kgを筋肉内注射。5~15分ごとに繰り返し投与。
ぐったりして心臓が止まりそうな場合は、0.005 mg/kgを静脈注射。
反応が悪い場合は、0.05 µg/kg/分で持続的に点滴。
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② ジフェンヒドラミン塩酸塩【ジフェンヒドラミン注】
用量: 0.5~1 mg/kgを筋肉内注射または飲み薬で、12時間ごと。
解説: 抗ヒスタミン薬です。皮膚の症状を抑えるために使われます。
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③ デキサメタゾン【デキサメサゾン注「KS」】
用量: 0.1~0.5 mg/kgを静脈注射、24時間ごと。
解説: ステロイド薬です。症状のぶり返しを防ぐ目的で使われます。
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④ 晶質液(生理食塩液や乳酸リンゲル液など)【ソルラクト】
用量: 10~20 mL/kgを10~15分かけて急速に静脈注射。
解説: ショック状態の時に行う点滴です。「ショックドーズ」と呼ばれ、大量の輸液を一気に入れます。
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⑤ ドパミン塩酸塩、⑥ ノルアドレナリン、⑦ バソプレシン
解説: これらは「昇圧薬」と呼ばれ、点滴だけでは血圧が上がらない最重症の場合に使用される強力な薬です。心臓の働きを助けたり、血管を収縮させたりして血圧を維持します。
【猫の場合】のアナフィラキシーについて
猫のアナフィラキシーは、犬とは症状の出方が少し異なります。
◆ 猫では、どんな症状がでるの?
猫のショック臓器は、主に「呼吸器」と「消化器」です。犬でよく見られる顔の腫れやじんましんは、猫ではあまり目立ちません。
- 呼吸器の症状: 突然の呼吸困難、喘息のような激しい咳、開口呼吸(口を開けてハアハア呼吸する)。喉や気管支が腫れたり収縮したりするために起こります。
- 消化器の症状: よだれ、嘔吐、下痢。
- その他の症状: 顔や耳の周りをかゆがる、ぐったりして動かなくなる(虚脱)。
◆ どうやって診断・治療するの?
診断の流れは犬とほぼ同じですが、症状が呼吸器中心であるため、酸素飽和度の測定や、必要に応じて胸部のレントゲン検査などが行われます。
治療も、アドレナリン、輸液、酸素投与が中心であることは犬と同じです。特に呼吸困難がある場合は、気道を確保すること(気管挿管など)や酸素を嗅がせることが最優先されます。
◆ 処方例(専門的な内容を含む詳細)
注意:これも必ず獣医師の判断が必要です。
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① 晶質液(生理食塩液など)【ソルラクト液】
用量: 5~10 mL/kgを急速に静脈注射。
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② アドレナリン【ボスミン注】
用量: 犬と同じですが、猫の体重に合わせて計算されます。0.01 mg/kgを筋肉内注射、5~15分ごとに繰り返し。虚脱や心停止の可能性がある場合は0.005 mg/kgを静脈注射。反応が悪ければ0.05 µg/kg/分で持続点滴。
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③ ジフェンヒドラミン塩酸塩、④ ジプロフィリン、⑤ デキサメタゾン
解説: ③は抗ヒスタミン薬、④は気管支拡張薬、⑤はステロイドです。猫の症状に合わせて使用されます。
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⑥ ドパミン塩酸塩、⑦ ノルアドレナリン、⑧ バソプレシン
解説: 犬と同様、最重症の場合に血圧を維持するために使われる昇圧薬です。
2020年以降の新しい情報(補足)
このガイドブックは2020年のものですが、その後さらに分かってきたこともあります。
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アドレナリンの注射方法: アナフィラキシーが疑われる場合、アドレナリンは皮下注射ではなく、太ももなどへの筋肉内注射が最も効果的で吸収が早いとされています。これは現在の獣医療での共通認識となっています。
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診断の補助: 人医療では、アナフィラキシーの診断の助けとして「トリプターゼ」という血液検査が行われます。犬や猫でもこの検査の研究が進んでおり、将来的に診断の補助として使われるかもしれません。
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ステロイドの役割: ステロイドは、症状のぶり返しを防ぐために有効とされてきましたが、その効果についてはまだ議論があります。いずれにせよ、緊急時の第一の薬ではない、という点は変わりません。
最後に:飼い主さんへのお願い
アナフィラキシーは、発症から短時間で命に関わる非常に危険な状態です。
もし、ワクチン接種後や何かを口にした後などに、わんちゃん・ねこちゃんの様子が急変(顔の腫れ、呼吸困難、急な嘔吐、ぐったりするなど)した場合は、
ためらわずにすぐに動物病院に連絡し、受診してください。
迅速な対応が、愛するペットの命を救うことに繋がります。