猫の「ワクチン関連肉腫」ってどんな病気?
- 注射部位に硬いしこり状のがん(線維肉腫)ができる病気(まれに別の場所にできることも)。
- 初期の遠隔転移はそれほど高くない
- 注射自体が“毒”ではなく、強い炎症が長引くなどの条件で修復細胞が腫瘍化すると考えられています。
- 小さく見えても広く・深く浸潤し、筋膜や骨膜・棘突起に及ぶことがあります。
- 好発部位: 首の後ろ、肩の間、腰、臀部、大腿外側など。
- 年齢: 8歳前後から目立ちます(若齢でも起こり得ます)。
- 再発が多い(治療後再発:86%報告。完全切除でも15%で再発する)/肺への転移が多い。縦隔・肝臓・骨盤などにも転移し得る。

どうやって調べる?(診断・病期評価)
- 細胞診/生検: がんかどうかの確認。
- 注射後の炎症との区別: 多くは6〜8週間で軽快。残存/増大するなら生検推奨。
- 全身評価: 血液検査、胸部X線、腹部エコー。
- CT / MRI: 浸潤方向・深さ、関与筋群・骨性バリア(棘突起)の把握。手術設計に必須。

どうやって治す?(治療戦略)
- 基本は外科手術: 側方5cm、深部は“筋層2枚・骨膜・骨(棘突起)”の連続面を一枚の壁として含め、一塊(en bloc)で切除→R0を目指す。
- 背側病変では胸を開けずに棘突起を骨バリアとして連続切除する設計が有効。
- 閉創: 皮膚不足時は減張切開や皮弁・皮膚伸展。死腔が大きければドレーンを一時留置。
- 放射線: 術前後併用や再発抑制/緩和目的。
- 化学療法: ドキソルビシン、腎機能低下時はカルボプラチンへ。効果持続に限界があるため、適応と副作用監視が鍵。

予後に影響する要因
- 初回手術で十分なマージンを確保しR0達成できたか。
- 再発部位が外科的に取りきれる場所か。
- 部位差: 太もも=広範囲切除がしやすい/背中=脊椎・神経近接で難度高。
- 組織学的グレード: 低いほど予後良好。
- 当院の接種方針: 将来の切除性を考え、ワクチンを含む全注射を大腿部に実施。
概要(狙い)|CTでバリア設計→側方≥3cm+深部は“連続バリア”でen bloc切除→R0を目指す

概要
- テーマ: 猫のワクチン関連肉腫(FISS / VAS)2症例報告。
- 目的: 術前CTで浸潤範囲(方向・深さ)と骨・筋膜などの連続バリアを把握し、側方≥3cm+深部は“バリア単位”で一塊切除(en bloc)した実際を手順化。
- 結論: ①CTは切除設計に必須/浸潤筋や棘突起など骨性構造まで把握。②側方≥3cm+深部=バリアの設計でR0(断端陰性)が狙える。③症例2は初回R0かつ浅頸LN陰性→耳介基部に新病変を追加切除、化学療法(DXR→CBDCA)を併用。

実際の症例①(肩甲背側の腫瘍)
- プロフィール: 雑種、6歳、4.1kg。肩甲背側に約5cmの硬い皮下腫瘤。
- CT: 皮膚・皮下から広背筋・僧帽筋・前鋸筋・胸最長筋へ波及。T3〜T9範囲、T3〜T6棘突起近傍まで。
手術(要点・BOX1)
- 体位・準備: 腹臥位。後頭〜中腰まで広範囲剃毛・消毒。腫瘤縁から3cmの卵形切開線をマーキング。
- 皮膚〜皮下〜筋膜: 皮下剥離→筋膜露出。双極電気メスで止血。腫瘍近接筋は十分距離を確保して切離。
- 深部展開: 広背→前鋸→胸最長筋を順次切離・反転し深部筋膜(連続バリア)を露出。バリア面を途切れさせず進める。
- 棘突起の連続切離: 反対側からも露出し、T1〜T7棘突起を連続切離→腫瘍ブロックをen bloc摘出(胸腔は開放しない)。
- 閉創: 筋は可及的縫合(僧帽・広背・前鋸・胸半棘)。皮下:PDS II 3-0/皮膚:ナイロン3-0。ドレーン不要。
- 一次閉鎖が難しければ: 網目状減張切開→皮膚伸展/皮弁。
結果・経過
- 病理: 線維肉腫、断端陰性(R0)。
- 退院: 術後0日/抜糸: 術後10日。放射線・化学療法は併用せず。
- 重要な追補: 術後90日に右後肢跛行+腫脹→X線で大腿骨近位1/3サンバースト像+骨融解+病的骨折。術後100日に断脚、病理は骨肉腫(当初腫瘍とは別腫瘍)。

実際の症例②(頸背部の再発例→追加切除)
- プロフィール:雑種、 11歳、5.2kg。一次病院で右背部約5cmを切除後、術後2ヶ月で再発。来院時、右頸背部2.0×1.0cm。

- CT: C3〜C6レベル〜肩甲背側。僧帽筋浅部・板状筋・頭最長筋・肩甲横突筋(肩甲舌骨筋)・広頸筋に近接/一部浸潤。浅頸リンパ節も評価。

初回再切除(来院時病変・BOX2)
- 体位・準備: 右側臥位。耳介尾側縁〜肩甲骨尾腹縁まで広範囲消毒。側方3cmで切開線。








- 皮膚〜皮下〜筋膜: 皮膚切開→皮下剥離→広頸筋露出。鎖骨頭筋・僧帽筋・肩甲横突筋を皮膚と同幅で切断。
- 底部マージン: 板状筋・頭最長筋・僧帽筋・頭菱形筋の表層〜全層を底部マージンに設定。浅頸動静脈は結紮切離、副神経は腫瘍直下走行のため切離。
- 摘出: 顎二腹筋・僧帽筋などを皮膚と同幅で切断し一塊摘出。浅頸リンパ節は筋から分けて同時摘出。
- 閉創: 可能範囲で筋縫合、ペンローズドレーン留置。皮下:PDS II 3-0/皮膚:ナイロン3-0。減張切開は不要、圧迫包帯併用。

術後管理・追加病変の対応
- 病理①: 線維肉腫、断端陰性(R0)/浅頸LN転移なし。
- 化学療法①: DXR 20mg/m²を3週毎に開始→腎機能低下でCBDCAへ切替。
- 術後60日: 右耳介基部に約1cmの硬結を新発見。FNAで肉腫様細胞→追加切除へ。

- 追加手術(BOX3): 転移の可能性を考慮し過大マージンは避け、腫瘤と連続する組織のみ一塊摘出。耳下腺に密接/一部浸潤、大耳介神経にも接していたため一部合併切除。
- 病理②: 線維肉腫。所属リンパ節転移あり→化学療法継続推奨。
- 長期経過: 術後370日の胸部X線・CTで遠隔転移なし/局所再発なし。

術式・戦略のキモ(実戦チェック)
- 術前CT: 浸潤筋・棘突起/肋椎関節など骨性バリアを確定→切除ブロックの外郭を決める。
- 側方マージン: 原則≥3cm(症例で増減)。
- 深部マージン: 筋膜・骨膜・骨を連続した“1枚の壁”としてen bloc。
- 血行処理: 浅頸A/Vは早期に結紮切離。
- 閉創設計: 筋縫合+皮下吸収糸/皮膚ナイロン。一次閉鎖困難なら減張切開・皮膚伸展・皮弁。
- 病理: R0判定(断端評価)を治療方針の軸に。
- 化学療法: DXR(3週毎・20mg/m²)は標準の一つ。腎機能に応じてCBDCAに切替。
- フォロー: 早期局所再発/LN転移/肺を中心に、触診+胸部X線/必要時CTを≥1年継続。
- 併発注意: 症例①のように別腫瘍(骨肉腫)が同時期に見つかることも。
すぐ臨床に持ち帰れるチェックリスト
接種後に持続・増大する硬結を見たら、迷わず「評価 → 設計 → 切除」へ進むための要点です。
1)早期CTで浸潤範囲を可視化し、側方≥3cm+深部=バリアでen bloc切除を計画。
2)背側病変では棘突起ごとの連続切除(胸腔は開けない設計)を想定。
3)皮膚閉鎖は事前に減張・皮膚伸展・皮弁を準備。
よくあるご質問(Q & A)
- Q: 手術で筋肉や背骨の突起(棘突起)を取っても動けますか?
A: 多くの猫ちゃんは日常生活に戻れます。必要な筋は可能な範囲で縫合し、機能温存を意識します。
- Q: ドレーンは必ず入れますか?
A: 大きな死腔ができる場合のみ。一時的留置で数日以内に抜去可能です。
- Q: 痛みは強いですか?
A: 術式に合わせた多剤併用鎮痛で、術後痛を最小限に抑えます。
飼い主さんへの大切なポイント
- 初回から“広く・深く・一塊に”が再発抑制の近道。
- CTは手術の地図。取り残し防止に直結します。
- 病理でR0(断端陰性)かを必ず確認。
- 抗がん剤は副作用管理が肝。特に腎機能を厳密にチェック。
- 長期フォローで、肺・リンパ節・耳介基部など意外な部位も継続チェック。
- 別腫瘍(例:骨肉腫)が見つかることも。跛行・腫れなど小さな変化も早めに受診。
付録:オペ前ブリーフ 1枚サマリー(素案)
- 切開線: 卵形、腫瘤縁から≥3cm
- 切離筋: 広背・僧帽・前鋸・胸最長・板状・頭最長・(頭)菱形・広頸・肩甲横突(肩甲舌骨)
- 深部バリア: 筋膜/骨膜/棘突起(連続)
- 血管・神経: 浅頸A/V結紮、必要時 副神経切離
- リンパ節: 浅頸は同時摘出/評価
- 閉創: 筋可及的縫合 → 皮下PDS II 3-0 → 皮膚Nylon 3-0。死腔にはドレーン。一次閉鎖困難なら減張/皮弁