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胸水

はじめに

犬や猫の胸水とは、肺と胸壁の間(胸腔)に液体が貯留した状態です。重度になると肺が圧迫されて呼吸困難を引き起こすため迅速かつ的確な診断と対処が求められます。胸水は多くの疾患で二次的に発生しうるため、原因の見極めが非常に重要です。

1. 胸水の分類と成因

胸腔穿刺による胸水採取後の分析(総タンパク量・細胞数など)に基づき、胸水はいくつかのタイプに分類できます。以下が代表的な分類です。

● 漏出液(純粋な漏出液)
低タンパク・低細胞のさらさらした液体(TP <2.5 g/dL)
・主な原因:低アルブミン血症(例: 腎不全、肝硬変)や門脈圧亢進など
・犬猫では純粋な漏出液はまれですが、見られた場合は重度の低タンパク血症を示唆

● 変性漏出液(高たんぱく漏出液)
中等度のタンパク(TP 2.5~3.5 g/dL)と中等度の細胞数
・見た目は淡黄色~やや混濁
・原因:うっ滞性心不全、横隔膜ヘルニア、腫瘍の初期など多岐にわたる
・所見として特異性が低いので他の臨床情報と併せた評価が必要

● 滲出液
高タンパク・高細胞(TP >3.0 g/dL、細胞数 >5000/µL)で混濁
炎症や感染による血管透過性亢進が原因(例: 細菌感染による膿胸、FIP、腫瘍浸潤など)
・原因疾患の手掛かりを得やすい(細菌、壊死物質、ウイルス検出など)

● 乳び胸(乳び性胸水)
リンパ由来で白濁乳白色、トリグリセリドに富む
・原因:胸管の損傷や閉塞、特発性、心疾患、腫瘍など
・胸水中のトリグリセリドが血清より高値(>100 mg/dL)であれば強く示唆
細胞診では小型リンパ球主体

● 出血性胸水(血胸)
赤色不透明で実質的に血液が胸腔に貯留した状態
・原因:外傷(交通事故、落下)、毒物(抗凝固薬中毒)や凝固障害、腫瘍など
・胸水のPCV(赤血球容積比)を測定し、末梢血同等なら血胸と判断

● 腫瘍性胸水
・腫瘍に伴う血性、滲出性など多彩な性状
リンパ腫、中皮腫、転移性腫瘍が代表的
細胞診で腫瘍細胞を検出できれば診断的だが、検出率は必ずしも高くない

2. 胸水検査の手順と解釈

胸水が確認されたら、胸腔穿刺により液体を採取し、下記の検査を行います。

  • 採取と検体処理:無菌操作で胸水を採取し、一部をEDTA管(細胞計数・細胞診用)、無添加管(生化学・培養用)へ分割。色調・混濁度などを肉眼所見で確認し、すぐ塗抹標本を作製
  • 比重・総タンパク(TP)測定:屈折計を用いてTP測定。TP <2.5 g/dLで漏出液、TP >3.0 g/dLなら滲出液を示唆。乳び胸では脂肪含量で値が上振れする可能性あり。
  • 細胞計数:TNC(Total Nucleated Cell数)<1000/µLなら漏出液、>5000/µLなら滲出液。現場では簡易的に塗抹でおおまかに把握することも多い。
  • 細胞診:顕微鏡下で細胞の種類や細菌・真菌などの有無を確認。膿胸なら好中球優勢、腫瘍なら異型細胞、FIPなら高蛋白背景・細胞数は少なめなど、重要な手がかりを得られる。
  • 微生物検査:培養・感受性試験を行い、細菌性胸膜炎(膿胸)なら適切な抗菌薬を選択。PCR検査で猫のFIPやノカルジアなども調べる。
  • 生化学的検査トリグリセリドコレステロール測定で乳び胸の鑑別、グルコース乳酸測定で感染性か否かを推察。必要に応じてリポ蛋白電気泳動や他項目も追加。

 

3. 鑑別診断と主な疾患の概要

胸水が認められる場合、下記のような疾患が原因となることが多く、それぞれで治療方針と予後が異なります。

● 心疾患(心不全)

・犬では拡張型心筋症や三尖弁不全で右心不全 → 胸水や腹水が貯留しやすい
・猫では肥大型心筋症をはじめとする左心不全でも胸水が認められる
・変性漏出液や乳び胸として現れる例もあり、心エコー検査で確定診断
治療は利尿薬や強心薬で内科管理。胸水が多い時は穿刺で除去
予後は心疾患の重症度次第。慢性管理が必要なケースも多い

● 腫瘍(新生物)

リンパ腫、中皮腫、肺・胸壁の転移性癌など多彩
・胸水はしばしば滲出液や血性。乳び胸を呈するリンパ腫もある
・細胞診で腫瘍細胞が出れば診断的だが、検出率は低い場合も
・画像検査(X線、CT)や生検が必要になることも
治療は化学療法や外科切除、もしくは対症療法。再発しやすい場合が多く、予後は病態による

● 感染症(膿胸・胸膜炎)

猫で比較的頻度が高い(咬傷、異物の刺入など)
・胸水は膿性滲出液(混濁・臭気)で細胞診で好中球優勢、培養で細菌検出
治療:胸腔ドレナージ + 広域抗生物質投与(培養・感受性に基づき長期投与)
・胸腔チューブ留置し、洗浄排液を数日~1週間行う場合も
予後は適切治療なら比較的良好。治療開始の遅れや全身敗血症化は重篤

● 猫伝染性腹膜炎(FIP)

若い猫に好発するコロナウイルス感染症
ウェットタイプでは黄~淡琥珀色の粘稠液(高タンパク滲出液)を胸腔・腹腔に貯留
・確定には胸水中コロナウイルス遺伝子PCRや免疫染色
近年、抗ウイルス薬(GS-441524など)で改善する例あり
・未承認薬のため対症療法が中心だが、治療介入により予後改善が期待される

● 外傷・その他

交通事故、高所落下などで肺や血管が損傷し血胸や滲出液が発生
・横隔膜ヘルニアでは腹腔液が胸腔に移行。外科的整復で根治可能
・低アルブミン血症(タンパク漏出性腸症やネフローゼ症候群など)による漏出液も稀に認められる
・いずれの場合も全身状態の安定化が最優先。原因に応じて外科手術や内科管理を行う

4. おわりに

犬と猫の胸水は、多種多様な疾患が背景にある可能性があり、ひとつの検査だけでは原因を特定できないことも多々あります。
しかし、総タンパク値・細胞診・微生物培養・生化学検査などの総合的な評価により、かなりの手掛かりを得ることが可能です。
近年ではFIPの新たな治療薬など、アップデートが求められる分野でもあります。
胸水を認めたら諦めず、早急な原因究明と適切な治療に取り組みましょう。