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軟部組織肉腫

🐾1. 軟部組織肉腫とは?

軟部組織肉腫(soft tissue sarcoma, STS)は、筋肉・脂肪・血管・神経など身体の「軟らかい組織」に由来する悪性腫瘍の総称です 。これは単一の疾患名ではなく、類似した性質を持つ一群の腫瘍を指します。一般的に軟部組織肉腫は局所で非常に浸潤的に増殖しますが、他のがんに比べると転移率はそれほど高くなく、ゆっくりと成長する傾向があります 。代表的な腫瘍タイプには線維肉腫血管周皮腫(後述)、神経鞘腫粘液肉腫脂肪肉腫悪性線維性組織球腫(由来組織が不明瞭な紡錘形細胞肉腫)など多くが含まれます 。組織型はさまざまですが、これらは総じて非上皮性かつ骨以外の組織から発生する悪性腫瘍であり、生物学的挙動に共通点があります 。

犬では皮膚や皮下にできる腫瘍の約15%軟部組織肉腫が占めると報告されており、猫でも約7~9%を占めます 。多くは中高齢の犬猫で発症しやすく、特定の犬種や性別の強い好発は認められません(※一部のタイプでは傾向が報告されていますが後述)。発生部位は体のあらゆる場所で、皮下のしこりとして見つかることが一般的です。

💡良性の脂肪腫などと見た目が区別しにくい場合もあるため、「しこり=がんではない」と自己判断せず、気になる場合は必ず検査することが重要です。

軟部組織肉腫の明確な原因は多くの場合わかっていませんが、遺伝的素因、ウイルス、化学物質への暴露、放射線被曝、異物や外傷、慢性的な炎症など様々な要因が関連すると考えられています 。猫においてはワクチンや注射が誘因となる軟部組織肉腫(後述する「猫の注射部位肉腫」)が知られており、1990年代に不活化ワクチン(特に狂犬病や猫白血病ワクチン)との関連が指摘されました 。ただしワクチン接種の恩恵(感染症予防)とリスクを天秤にかけたうえで、現在では副作用リスクを減らす改良ワクチン(非アジュバントワクチンなど)の使用や接種部位を工夫する対策がとられています。このように軟部組織肉腫は決して珍しい腫瘍ではありませんが、最新の知見に基づく予防策や早期発見・治療によって、ペットの健康被害を最小限に抑えることが可能です。

🌸2. 病気の進行と転移の性質

軟部組織肉腫の多くは「局所浸潤性」が非常に高い腫瘍です。腫瘍は周囲組織との境界が不明瞭で、周辺の筋肉や脂肪の間を指のように細長く広がっていくことがあります 。触診や外見上はまるで袋に包まれたように滑らかな偽カプセル(擬膜)に覆われているように感じられても、その外側に目に見えない「根」が張っていることが多いのです 。幸い骨や臓器内部にまで侵入するケースは稀れですが 、筋膜などの結合組織の平面に沿って広がるため、手術で完全に取り切ることが難しい場合があります。

この浸潤性の高さゆえに、摘出が不十分だと同じ場所に再発しやすい特徴があります。

一方で、遠隔転移(他の臓器へのがん細胞の広がり)の頻度は腫瘍のグレード(悪性度)によって異なります。一般に低~中等度グレード軟部組織肉腫では遠隔転移はまれ(転移率おおむね15%未満)ですが、高グレードになると約40~50%の症例で遠隔転移が発生し得ると報告されています 。全体的な統計でも犬の軟部組織肉腫患者の約20%程度に転移が認められたとのデータがあります 。転移が起きる場合、最も多い転移先はであり、次いで局所のリンパ節が侵されることがあります 。血行性に肺へ飛ぶことが多いため、軟部組織肉腫では診断時および治療後の経過観察で胸部レントゲン検査が重要視されます。

腫瘍の進行スピードはケースによって異なります。多くの軟部組織肉腫は比較的ゆっくりとした成長を示し、飼い主さんが長期間「小さなしこりがあるけれどずっと大きさが変わらない」と認識していたケースもあります 。しかし一部では急速に増大する腫瘍も存在し、高悪性度のものは短期間でサイズが倍増することもあります 。

⚠️特に生検や不完全な切除で刺激を受けた腫瘍再増殖が早まることが経験的に知られています。このため、治療方針を立てる際には腫瘍の悪性度や増殖パターンを考慮し、「悠長に経過を見てよいケースか」「早急に対処すべきケースか」を獣医師が判断します。

猫の注射部位肉腫(ワクチン関連肉腫)については、後述するように他の軟部組織肉腫より局所侵襲性が高く再発しやすいだけでなく、遠隔転移のリスクもやや高めです。文献によれば猫の注射部位肉腫では10~28%程度で転移が生じ、主な転移部位は、次いでリンパ節腹腔内臓器(腎臓・脾臓・消化管・肝臓など)とされています 。もっとも、注射部位肉腫でも転移しないケースの方が多数派ではありますので、「転移しにくいが局所で繰り返す可能性がある腫瘍」という位置づけになります。総じて軟部組織肉腫はまず局所での制御が課題となる腫瘍であり、転移については腫瘍のタイプ・悪性度に応じて注意深く経過を追う必要があると言えます。


🔬3. 診断方法と病理評価

しこりを見つけたら: 飼い主様がペットの体にしこり(腫瘤)を発見した場合、まずは動物病院で診察を受けましょう。視触診により大きさ・硬さ・可動性(下の組織への固定の有無)などを評価した後、一般的に細胞診(細い針を刺して細胞を採取する検査)が実施されます。

💡細胞診は動物への負担が小さい検査ですが、軟部組織肉腫の場合腫瘍細胞が針に付きにくく、偽陰性(がんがあるのに細胞診では「異常なし」と出てしまうこと)が起こり得る点に注意が必要です 。

細胞診の所見から「紡錘形細胞の増殖が見られ、肉腫が疑われる」といった結果が得られた場合や、細胞診では診断がつかなくとも臨床的に軟部組織肉腫が強く疑われる場合には、外科的に組織の一部を切り取って調べる病理組織検査(生検)が次のステップとなります 。

生検と画像診断による評価: 生検には、腫瘍全体はまだ切除せず一部だけ採る切開生検と、小さい腫瘍であればそのまま全部を摘出してしまう摘出生検があります。軟部組織肉腫が疑われる場合、できるだけ初回の手術で腫瘍を根治的に取り切ることが重要なため(詳細は後述)、一般には腫瘍が大きい場合は切開生検で診断を確定し、その後あらためて広範囲切除の手術計画を立てることが推奨されます 。生検で悪性腫瘍と判明した場合や、手術の計画を立てる際には、X線超音波検査CT・MRIといった画像診断が非常に役立ちます。例えば胸部レントゲン検査では肺転移の有無を確認できますし、CTMRI検査では腫瘍が筋肉の間をどの程度広がっているか、骨に接しているかなど触診だけでは分からない腫瘍の詳細な広がりを把握できます 。特に猫の注射部位肉腫などでは画像検査で把握される腫瘍の大きさが触診所見の2倍以上になることもあり、術前に正確な広がりを評価することが治療成績向上の鍵となります 。加えて、外科切除の前にはリンパ節の腫れの有無を触診・エコーなどで確認し、必要に応じて細胞診リンパ節転移をチェックすることもあります 。

病理組織検査とグレード分類: 切除した腫瘍または生検組織は、病理専門医によって組織型(どの種類の細胞由来の腫瘍か)とグレード(悪性度合い)の評価が行われます。多くの軟部組織肉腫では「高分化(正常組織に近い形)か未分化(異形が強いか)」「腫瘍細胞の増殖率有糸分裂の活発さ)」「壊死の程度」の3要素に基づき、グレードI(低悪性度)~III(高悪性度)に分類されます 。グレードIは最も多くみられ、転移・浸潤ともにおとなしい傾向があります。一方、グレードIIIは全症例の7~17%と少ないものの、再発や転移のリスクが高く、40~50%遠隔転移が生じるとされています 。このように病理検査によるグレード判定は予後予測や治療方針決定に極めて重要な情報です。

病理検査では加えて、手術で腫瘍を取り切れているかどうか(術端マージンに腫瘍細胞が残っていないか)の評価も行われます。摘出した腫瘍の周囲組織を顕微鏡で調べ、腫瘍がギリギリで切られている(=断端に腫瘍細胞が達している)場合は「断端陽性」あるいは「腫瘍遺残あり」と判定されます。反対に十分な健常組織のマージンを確保して切除できた場合は「断端陰性(腫瘍遺残なし)」となります。

💡断端陽性であった場合には後述のとおり追加手術や放射線治療の検討対象となるため、飼い主様も病理結果の「グレード」と「断端(マージン)の評価」については必ず主治医から説明を受けるようにしてください。

なお、猫のワクチン接種部位にしこりができた場合は、特に早期の病理診断が推奨されます。ワクチン後に生じるしこりの多くは炎症性の肉芽腫ですが、「3-2-1ルール」といって「しこりが接種後3か月以上残存する、2cm超に肥大する、接種後1か月以降に大きくなってきた」場合には生検により悪性かどうか確認することが推奨されています 。この指標は米国のワクチン関連肉腫タスクフォース(VAFSTF)によって提唱されたもので、獣医師はもちろん飼い主様自身も覚えておくと有用です。

⚠️特に猫の場合、しこりを「もう少し様子見」で放置している間に大きく育ち、治療が難しくなるケースもありますので、なるべく早め早めの対応を心がけましょう。

⚕️4. 外科的治療とその原則

軟部組織肉腫に対する第一の治療選択肢は外科手術です。基本原則は腫瘍を周囲の十分な正常組織ごと塊で切除する(広範切除, en bloc resection)ことです 。他の治療法(放射線や化学療法など)が台頭してきた現代においても、外科的に完全切除できるかどうかが治療成績を大きく左右します。一般的に低~中等度グレード軟部組織肉腫外科手術のみで根治も期待できるため、可能な限り最初の手術できれいに取り切ることが重要です 。

逆に初回手術で腫瘍を取り残してしまうと、その後の再発リスクが飛躍的に高まる(再発率が約50%増加する)ことが報告されています 。このため、執刀する獣医師は緻密な手術計画を立て、必要であれば整形外科や腫瘍科などの専門医とも連携しながら最適な術式を選択します。「とりあえず腫瘍だけ取ってみて、残ったら後で追加治療すればいい」という考え方ではなく、「最初の手術が最大のチャンス」であるとの共通認識を持つことが大切です 。

🔑手術のキーポイント:適切なマージン(余白)確保

軟部組織肉腫の手術では、腫瘍の周囲に十分な「余白」をつけて切除すること(広い術野の確保)が鉄則です 。具体的には、少なくとも周囲2~3cm以上の正常組織を含めて切除し、さらに深部方向には筋膜など堅固な組織平面を1層は越えて切除することが推奨されます 。筋膜は腫瘍が広がりにくい天然のバリアとなるため、腫瘍の真下に位置する筋膜・筋肉・骨膜などの層は丸ごと削り取るイメージです。

💡また傷が大きくなることを恐れて腫瘍にメスを近づけすぎる(腫瘍直上で切る)と、肉眼では取り切ったように見えても顕微鏡的には腫瘍細胞が残存し、術後わずか数週間で局所再発するケースすらあります 。したがって「腫瘍のすぐ際ではなく、十分距離をとって切る」ことが何より重要です。

ある研究では、顕微鏡レベルで腫瘍の周囲1cm以上の健常組織が確保できた場合、局所再発を100%防止できたという報告もあります 。これは一つの目安ですが、実際にはグレードの高い腫瘍ほど広い範囲に潜在的な腫瘍細胞が及んでいる可能性があるため、可能な限り余裕をもったマージン設定が理想です。

図1: 注射部位肉腫の猫における外科治療の様子。背部(肩甲骨間)に発生した大きな腫瘍を摘出するため、腫瘍周囲に十分な余白をとって切開し(一部では肩甲骨の一部も含め切除)、広範囲切除を行った。術後は広い傷口となるが、皮膚弁を用いた再建手術によって無事縫合が可能となった例である。

犬の軟部組織肉腫では一般に側方2~3cm以上、深部1筋膜以上のマージンが目安ですが、猫の注射部位肉腫の場合は少なくとも側方3cm(可能なら5cm)以上、深部は2層以上を推奨する意見もあります 。実際、猫では前脚や後脚に腫瘍ができた場合患肢ごと断脚(切断)することで根治が期待できるケースも多く、肩甲部など身体中央よりの部位より四肢の方が予後が良好とされています 。

🐾断脚と聞くと驚かれるかもしれませんが、猫や犬は3本脚になっても想像以上に元気に適応し、痛みのない生活を取り戻せることが少なくありません 。もちろん症例ごとに許容される手術侵襲や合併症リスクは異なりますので、「どこまで広く切るべきか」「断脚すべきか温存すべきか」といった判断は、執刀医が画像検査などの客観情報をもとに飼い主様と十分相談のうえ決定します。

手術後のケアと追加処置: 手術が終わったあとは、病理結果による断端評価を待ちます。断端が陽性(不完全切除)だった場合、可能であれば早期に追加切除を行うことが望ましいです。既に広範囲に切除してなお取り残しがある場合や、解剖学的にこれ以上の切除が難しい場合には、術後放射線治療によって残存腫瘍の制御を図ります(次節参照) 。創部が大きく皮膚欠損を生じた場合には、皮膚弁植皮など形成外科的な処置で傷を閉鎖します。幸い動物はケロイドなどを形成しにくく、時間とともに毛も生え揃って見た目もかなり回復しますので、大きな手術痕が残ること自体はあまり心配いりません。むしろ再発のリスクを下げることが最優先です。

🚩再発時の特徴:

軟部組織肉腫は不完全切除だと術後半年以内に局所再発することが多く報告されています 。一度腫瘍を切られた部位には瘢痕組織(手術痕の硬い組織)ができますが、その下で腫瘍が再増殖すると最初の発見時よりも速いスピードでしこりが大きくなる印象があります。また再発腫瘍は初回より高い悪性度の性質を示すこともあります 。再発が確認された場合、可能であれば再度の広範手術を検討しますが、前回よりも切除範囲を更に広げねばならなかったり、切除自体が困難になっているケースも少なくありません。

したがって「最初の手術でどれだけ完全に取り切れるか」がその後の治療経過に大きく影響するのです 。初回手術を担当する獣医師には高度なスキルと判断力が求められますし、飼い主様にとっても専門医への紹介を含めた選択を検討すべきポイントと言えるでしょう。


🛡️7. 予後の理解と再発のリスク管理

軟部組織肉腫の予後(治療後の見通し)はケースバイケースであり、腫瘍のグレード・大きさ・発生部位・切除の完全度・治療の組み合わせ・動物の年齢や全身状態など、さまざまな要因に左右されます。一般的な傾向としては、腫瘍の悪性度と予後は反比例します。グレードI~IIの低~中等度悪性の腫瘍で、外科的に完全切除(断端陰性)できた場合には、再発率も低く長期生存が十分期待できます 。具体的には、術後に再発も転移も認めず2~3年以上元気に過ごす犬猫が多く、時には寿命まで再発しない=実質的に治癒となるケースもあります 。犬のデータでは、低グレード腫瘍を手術で取り切れた場合の生存期間中央値は2~4年との報告があります 。これに対し、グレードIIIの高悪性度腫瘍や手術で腫瘍を十分に切除できなかった場合には、どうしても再発や転移が生じやすくなり、生存期間中央値は1年前後と短縮する傾向があります 。術後に抗がん剤治療などを追加しても、高悪性度の場合は概ね1年未満で再燃してしまうケースが多いのが現状です 。

💡ただし、「余命○ヶ月」と一律に決まっているわけではなく、実際には個体差が非常に大きいことも覚えておいてください。例えば高悪性度の腫瘍でも早期発見・集中的治療によって予想を大きく超える長期生存を得られる子もいますし、逆に低グレードでも基礎疾患や高齢の影響で大きな治療ができず早期に亡くなる子もいます。統計上の数字はあくまで目安であり、「この子にとっての最善」を模索することが大切です。

再発リスクの管理:

治療後に最も警戒すべきは局所再発です。上述したように、完全切除できた症例でも一部では再発が起こり(犬の低~中グレードでは7~30%との報告あり )、不完全切除では非常に高率に再発します 。したがって術後は定期的なフォローアップが欠かせません。一般に術後半年~1年間は特に再発が起こりやすい時期ですので、術創部位の経過観察を集中的に行います。術創およびその周囲を毎日または週数回は触診し、しこりの再発がないかチェックしましょう。毛が再び生えてくると分かりづらいですが、反対側と比べて膨らみや厚みがないか、指で挟んで硬結が感じられないか確認します。術後再発が疑われる変化があれば、すぐに主治医に伝えてください。早期に見つかれば再手術による対応が可能な場合もあります。

定期検診の頻度は主治医と相談になりますが、目安として術後1~2年は3ヶ月毎、その後半年毎の健診が推奨されることが多いです。内容は触診・レントゲン検査・超音波検査などで、必要に応じてCT検査を行うこともあります。特に高グレードだった症例では肺転移のチェックのため、定期的な胸部X線検査が勧められます 。リンパ節は術後に腫瘍細胞が移動しうる経路ですので、触診で大きさを見ながら、怪しい場合は細胞診で転移の有無を確認します。

再発・転移が見つかった場合の対応:

万一、局所再発遠隔転移が確認された場合でも、対応策がまったく無いわけではありません。局所再発であれば可能な限り外科的に再切除し、前回以上に広範囲の切除を試みます。また前回は手術のみだった場合には追加で放射線治療や化学療法を組み合わせることで、再々発を防止できる可能性があります 。肺などへの単発の転移であれば、胸部手術で転移巣を取り除くことも選択肢となります(ただし全身状態との兼ね合いがあります)。一方、転移が多発していたり悪性度が高く全身状態が悪化している場合には、無理な延命治療は行わず疼痛管理などの緩和ケアに重点を置くことも大切です。幸い犬猫は人より痛みを表に出しにくい動物ですが、進行した腫瘍は炎症や神経圧迫を伴い痛みを生じます。適切な鎮痛薬の投与やQOLを維持するケアによって、少しでも苦痛のない時間を確保できるようにしましょう。軟部組織肉腫は根治しうるケースが多い腫瘍ですが、同時に再発と長く付き合うケースもあります。再発・転移と判明した場合も、主治医と相談しながらペットにとって最善の道を模索してください。

🔬8. 今後の展望と研究の進歩

軟部組織肉腫の治療研究は日々進歩しています。 特に近年は再発率の高い猫の注射部位肉腫を制御するための新たなアプローチや、高悪性度の腫瘍に対する全身療法の開発が活発です。いくつか今後期待される展望を紹介します。

🔬免疫療法のさらなる発展:

前述したIL-2療法以外にも、腫瘍ワクチン免疫チェックポイント阻害剤を応用した獣医領域での治験が進んでいます。例えば腫瘍細胞にGM-CSF(顆粒球マクロファージ刺激因子)やIFN-γ(インターフェロンガンマ)の遺伝子を導入して免疫反応を高める研究では有望な結果が報告されており 、将来的に手術後の再発を抑える補助療法として確立される可能性があります。また、人ではメラノーマなどで実用化されている免疫チェックポイント阻害薬抗PD-1抗体など)も、犬の軟部組織肉腫に対する効果を評価する試みが始まっています。これらはペットの体の中の免疫力を利用して腫瘍と戦う新世代の治療であり、副作用プロファイルや有効率のデータ蓄積が待たれます。

🔬分子標的薬と抗血管新生療法:

腫瘍の増殖シグナルや血管新生メカニズムをピンポイントで阻害する薬剤も研究されています。例えばトセラニブ(商品名パラディア)は本来犬の肥満細胞腫治療薬ですが、そのマルチキナーゼ阻害作用により軟部組織肉腫の増殖抑制にも一定の効果を示す可能性があります。またメトロノミック療法で用いられるような抗血管新生作用を持つ薬剤を組み合わせ、腫瘍への栄養供給を遮断する戦略も今後さらに発展すると考えられます 。現在進行中の臨床試験の結果次第では、これらの新薬が標準治療に加わる日も来るかもしれません。

🔬物理的・局所療法の高度化:

電気化学療法(ECT)高強度焦点式超音波療法(HIFU, ホストリプシー)など、より低侵襲で腫瘍を制御する技術も進歩しています。ECTは既に欧米の一部で実用段階にあり、軟部組織肉腫に対しても外科手術後の再発抑制や非切除例の腫瘍縮小に効果が示されています 。HIFUによる非侵襲的な腫瘍アブレーションは現在研究段階ですが、成功すればメスを使わずに腫瘍を死滅させることも可能になるため、ペットへの負担軽減に大きく寄与するでしょう 。さらに放射線分野では、重粒子線治療陽子線治療といった高度先進技術を動物に応用する試みも始まっています。将来的に対応施設が増えれば、難治部位の腫瘍に対しても副作用を抑えつつ高い制御率を目指せるようになるかもしれません。

🔬診断・予後予測の高度化:

治療だけでなく診断技術や予後予測モデルの研究も進んでいます。例えば腫瘍の遺伝子プロファイリングによって細分類を行い、それぞれに最適な治療を選択する分子診断の試みがあります。また、人の肉腫のステージ分類を犬に応用しようという研究では、腫瘍径・転移状況・グレードを組み合わせたステージ分類を提唱し、ステージI~IVで明確に予後が異なることを示しました 。さらに同研究では有糸分裂数(分裂像)のカウントが予後に相関することを見出し、客観的な悪性度指標としてのカットオフ値を示しています 。これらは今後病理検査報告に反映され、より精度の高い予後予測と治療戦略立案に役立つことでしょう。

🌟このように、軟部組織肉腫に対する医療の展望は明るい面があります。特に人医療と獣医療の「One Health」アプローチにより、両分野の知見を共有して治療法を開発する動きが進んでいます。実際、犬の軟部組織肉腫は人間の軟部肉腫研究の良いモデルともなっており、新薬の試験などで協力が進めば双方に有益な結果が期待できます。飼い主様にとっては難しい病気に感じられるかもしれませんが、決してあきらめず、常に最新の情報を取り入れながら最善を尽くすことで、愛犬・愛猫にとってより良い未来を拓ける可能性があります。

🤝9. 飼い主ができることと獣医師との連携

愛するペットが軟部組織肉腫と診断されたら、飼い主様にできることは何でしょうか。最後に、飼い主様の役割と獣医師との協力体制について整理します。

早期発見に努める:

日頃からスキンシップを兼ねてペットの全身を触診し、しこりや腫れに気付いたら放置せず受診しましょう。特に猫ではワクチン接種後の注射部位に注意し、先述の3-2-1ルール(3か月経っても消えない・2cmを超える・1か月以降大きくなる)に当てはまる場合は早めに病院で検査を受けてください 。犬でも、高齢になるほど腫瘍の発生率は上がります。「様子を見る」が命取りになることもありますので、気になる変化は遠慮せず獣医師に相談しましょう。

正確な情報収集と理解:

診断結果や治療法について主治医から説明を受けたら、不明点はそのままにせず質問しましょう。軟部組織肉腫という言葉を初めて聞いた方も、本記事のような信頼できる情報源を参考に病気の全体像を把握することが大切です。インターネット上の玉石混交の情報に惑わされることなく、わからないことは主治医に確認し、納得できるまで説明してもらってください。場合によっては腫瘍科専門医のセカンドオピニオンを求めることも有益です。

治療方針の共同意思決定:

治療オプションが複数ある場合、飼い主様と獣医師がチームとなって最善の選択肢を決めることになります。外科手術ひとつとっても、その侵襲度(例えば断脚の是非)や併用療法の有無など判断が必要です。ペットの性格・年齢・家庭環境や経済的要因も含めて総合的に考慮し、獣医師と率直に話し合いましょう。獣医師は専門家として医学的見地からアドバイスしますが、最終的な意思決定には飼い主様の価値観や希望が反映されるべきです。遠慮せずに気持ちを伝え、一緒にベストを模索してください。

治療中・治療後のケア:

手術や放射線治療、抗がん剤治療の期間中は、ペットの体調管理に細心の注意を払いましょう。術後であれば投薬(痛み止めや抗生剤)の指示を守る、エリザベスカラー装着などで傷を舐めさせない、安静を保つといった基本を徹底します。抗がん剤治療中は下痢・嘔吐などが起こりうるので、家でも様子をよく観察し、異変があればすぐ病院に連絡します。食欲が落ちる子には嗜好性の高い食事を与える、水分をしっかり摂らせるなど栄養管理も重要です。また再発・転移の早期発見のため、前述のように定期検診を欠かさず受け、日常的な健康チェックも続けてください。

QOL(生活の質)の尊重:

治療を続ける中で、ペットの苦痛が大きかったり効果が見込めなかったりする場合、治療方針の転換も視野に入れる必要があります。

💖大切なメッセージ


無理に延命することよりも、残された時間を穏やかに過ごさせてあげることが最善となるケースもあります。これはとてもつらい決断ですが、主治医と相談しながらペットにとって何が一番かを考えてください。軟部組織肉腫は決して飼い主様の努力不足で発症するものではなく、また飼い主様の決断によって愛情の深さが測られるものでもありません。どんな選択をしても、それはペットへの愛に基づくものであり、自分を責める必要はありません。