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【外科症例】両側会陰ヘルニアと眼瞼部メラノーマの同時手術:ハイリスク麻酔と化学療法の致死的合併症への対応

今日お話ししたいこと

本日は、11歳(体重約15.5kg)の患者さんの症例についてお話しします。この子は、重度の排便困難を引き起こす「会陰ヘルニア」と、目の上にできた「皮膚腫瘤(イボ)」のご相談で来院されました。

検査の結果、両側の会陰ヘルニアに加え、腫瘤は悪性度の高い「メラノーマ」であることが強く疑われました。この患者さんは持病として心疾患(弁の変性による血液の逆流)を抱えており、極めて高い麻酔リスクを伴う状態でしたが、今後の生活の質(QOL)を維持し命を守るために、同時手術を決断しました。また、本記事では術後の抗がん剤治療(カルボプラチン)の経緯と、立ちはだかった「骨髄抑制」という致死的な合併症への対応までを統合してお伝えします。

検査の結果と「外科的適応」の判断

初診時の検査では、右側の重度な会陰ヘルニアに加え、左側も筋肉の壁が開いている「両側性」の状態でした。さらに直腸の一部がポケット状に広がる「直腸憩室」を併発しており、自力でのスムーズな排便が極めて困難でした。

また、右眼瞼部の腫瘤については、事前の所見から悪性の黒色腫(メラノーマ)が疑われました。心エコー検査では血液の逆流が認められましたが、重篤な心拡大までは至っておらず、緻密な周術期管理を行えば外科手術の適応となると判断しました。

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もしこのまま様子を見たら(放置した場合の残酷なリスク)


外科医として必ずお伝えしなければならないのは、「手術をしない」という選択がもたらす未来です。

会陰ヘルニアを放置すると、直腸に便が溜まり続け、常に激しいしぶり(いきみ)に苦しむことになります。さらに恐ろしいのは、破れた筋肉の隙間から膀胱が反転して飛び出す「膀胱後屈」です。これが起きると尿が全く出せなくなり、急性腎障害(尿毒症)を引き起こし、数日以内に極めて苦しい形で命を落とします。

また、眼瞼部のメラノーマを放置すれば、腫瘍が増大して自壊(崩れて出血すること)し、絶え間ない痛みと感染を引き起こすだけでなく、早期に全身へ転移し致命的な状態を招きます。

選択した術式とその根拠、および合併症のリスク

今回の目的は、「確実な排便機能の回復」と「悪性腫瘍の完全切除」です。心機能の低下という厳しい条件のもと、以下の処置を同時並行で行いました。

【心疾患を抱える患者の麻酔リスクと、当院の鎮痛プロトコル】

心臓の弁に逆流がある状態での全身麻酔は、命に関わるリスクを伴います。麻酔薬は血管を拡張させ、心臓のポンプ機能を低下させるため、術中に血圧が急低下しやすくなります。血圧が下がると心臓内の血液の逆流が悪化し、術中や術後に急性心不全や肺水腫を引き起こす恐れがあるためです。
この論理的リスクを制御するため、術中は強心薬(ドブタミン等)を持続点滴して血圧と心拍出量を強制的に維持します。さらに、当院では全身麻酔に加えて「局所浸潤麻酔(手術部位の組織に直接麻酔薬を注射して効かせる方法)」を徹底しています。局所麻酔で痛みの伝達を確実に遮断することで、心臓の負担となる全身麻酔薬の必要量を限界まで減らし、安全域を広げています。

    • 両側会陰ヘルニア整復術(メッシュ固定法)
      [術式のポイント]高齢で薄く裂けた筋肉を無理に縫い合わせても、排便時のいきみに耐えきれず再発します。そのため、人工メッシュを用いて骨盤周囲の欠損部を覆い、強固な壁を再建しました。
      [気をつけるべき合併症]骨盤の脇を走る太い「坐骨神経」を縫い込んだり圧迫したりすると、後肢が麻痺して歩けなくなる致命的な合併症を招きます。術中は神経の走行をミリ単位で確認する繊細な操作が要求されます。また、人工物を使用するため術後感染のリスクも伴います。
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    • 結腸固定術(開腹アプローチ)
      [術式のポイント]メッシュ固定だけでは直腸が骨盤腔へ押し出される再発を完全には防げません。お腹を開け、結腸(大腸)を頭側へ引っ張り上げて腹壁の筋肉に定法通り縫い付けることで、直腸憩室に便が溜まる物理的な原因を根元から排除しました。
      [気をつけるべき合併症]結腸を縫い付ける際、針が腸の粘膜まで貫通してしまうと、便中の細菌が腹腔内に漏れ出し、数日以内に致死率の極めて高い「急性腹膜炎」を引き起こすリスクがあります。
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  • 眼瞼部皮膚腫瘤切除術
    [術式のポイント]悪性腫瘍の鉄則である「広範囲の切除(マージンの確保)」を行いつつ、術後にまぶたが閉じられなくなる事態を防ぐため、「がんの制御」と「眼瞼機能の温存」のギリギリの妥協点を見極めて切除しました。
    [気をつけるべき合併症]皮膚の切除による張力でまぶたが変形し、瞬きができなくなることで重篤な角膜炎や失明につながる恐れがあります。

術後管理と夜間監視について

当院では、外科手術後の入院期間は原則1〜3日間と定めています。静脈点滴など集中的な医療介入が必要な期間を過ぎれば、動物にとって最も安心できるご自宅での早期リハビリへ移行します。知らない場所での長期入院は、動物にとって計り知れない精神的ストレスとなるからです。

また、当院の夜間はスタッフが不在(無人)となります。各ケージに設置したペットカメラを通じて遠隔監視を行い、画面越しに「痛みで眠れていない」などの異常サインを検知した場合は、たとえ深夜であっても院長自らが病院へ向かい、追加の鎮痛剤投与などの処置を行います。

しかし、ここで耳障りの良いことだけを申し上げるつもりはありません。私自身も翌日の診療を安全に行うために仮眠を取る時間があり、常時100%画面を見続けられるわけではありません。また、自宅から病院までの移動に約30分を要するため、数分を争うような予期せぬ急変に対しては、即時対応が物理的に不可能な時間差が存在します。
当院の夜間管理にはこうした限界があることを包み隠さずお伝えした上で、我々ができる最大限の「痛みを絶対に見過ごさない」監視体制を敷いています。

術後化学療法の選択と「骨髄抑制」という死の恐怖

手術は無事に成功し、患者さんは自力でスムーズに排尿・排便ができる状態へと回復しました。しかし、病理検査の結果、眼瞼部の腫瘍は核分裂像も比較的多くみられる「悪性黒色腫(メラノーマ)」と確定診断されました。切除縁への浸潤は見られず取り切れてはいましたが、発見時点で既にミクロレベルで転移している可能性が高い、極めて悪性度の高いがんです。

そのため、術後の補助的化学療法として「カルボプラチン」の静脈内投与への移行を決断しました。

  • カルボプラチン治療で気をつけるべきこと:
    皮膚のメラノーマにおけるデータは乏しいものの、口腔内メラノーマのデータを参照すると、奏功率(治療が有効な割合)は30%程度であり、延命効果は平均1年程度とされています。一方で、非常に重篤な副作用として「骨髄抑制(白血球や血小板などの血液細胞が極端に作られなくなる状態)」が起こるリスクが高い薬剤です。

【致死的な合併症の発生と対応】

懸念していた通り、投与後に段階的な白血球数の低下が認められ、白血球数が1,300/μLにまで急落する重度の骨髄抑制に直面しました。
これに対し、直ちに二次診療施設へ紹介を行いました。同施設にて、白血球を増やす「G-CSF製剤(ノイトロジン)」の皮下注射による治療を迅速に実施していただき、翌日には3,000/μL、翌々日には5,200/μLと回復させることができました。

しかし、皆様に誤解していただきたくないのは、「連携すれば必ず助かる」といったポジティブなものでは決してないということです。白血球数がここまで低下した状態は、常在菌などの些細な感染からあっという間に敗血症を引き起こし、容易に「死」に至る極めて危険な状態です。今回は最悪の事態を免れましたが、一歩対応が遅れれば命を落としていた厳然たる事実があります。抗がん剤治療は、常にこうした致死的なリスクと隣り合わせであることを、我々は決して忘れてはなりません。

当院の外科体制と高度連携について

当院の外科診療における基本方針と対応範囲をお伝えします。

  • 整形外科:ドリル設備を有しており、関節外科(パテラ滑車溝形成、大腿骨頭切除等)は実施可能です。ただしプレート固定設備がないため、TPLOや骨折の矯正骨切りなどは専門医へご紹介します。
  • 軟部・腫瘍外科:後腹膜より腹側の一般軟部外科、および体表腫瘍(皮弁形成を含む)には広く対応可能です。肝臓腫瘍は、主要血管を巻き込まない辺縁切除までを適応としています。
  • 適応外・完全紹介対象:副腎摘出などの最深部アプローチ、尿管結石摘出、および輸血準備がないため術前に重度貧血が想定される症例については、患者さんの命を最優先とし、設備が整った二次診療施設へ速やかにご紹介いたします。

院長からのメッセージ


心疾患を持つ高齢の患者さんへの難易度の高い複数同時手術、そして抗がん剤治療。これらは決して平易な道のりではありません。しかし、「年齢」や「麻酔リスク」だけを理由に治療を諦めれば、患者さんは病気の残酷な痛みに耐え続けることになります。

私たち獣医師の仕事は、耳障りの良い言葉を並べることではなく、論理的なデータに基づいてリスクを徹底的に管理し、予測される「死の危険」から目を背けずに立ち向かい、患者さんが「その子らしく生きられる時間」を守り抜くことです。

今回、危機的な状況において迅速に連携・対応してくださった二次診療施設の先生方には深く感謝申し上げます。これからも自院の限界を正しく見極め、専門機関と強固に連携しながら、誠実に、そして厳しく命と向き合ってまいります。

Case Summary / 病例摘要

[English]
This case report details the successful simultaneous surgical treatment of bilateral perineal hernia and an eyelid malignant melanoma in an 11-year-old dog with underlying heart disease. To minimize life-threatening anesthesia risks, we strictly utilized local infiltration anesthesia alongside cardiovascular support. Post-operatively, the patient developed severe bone marrow suppression due to carboplatin chemotherapy. Through rapid referral and collaboration with a secondary medical facility, we successfully managed this critical complication. We remain committed to transparently communicating risks and ensuring the best possible quality of life for our patients, even in high-risk scenarios.

[中文]
本病例报告详细介绍了我们如何为一只患有心脏病的11岁高龄犬,同时成功进行双侧会阴疝修复与眼睑恶性黑色素瘤切除手术。为了最大程度降低危及生命的麻醉风险,我们在心血管支持下严格结合了局部浸润麻醉。术后,由于卡铂化疗,患犬出现了严重的骨髓抑制。通过与上级转诊医院的迅速合作,我们成功克服了这一致命并发症。即使面临高风险情况,我们也始终致力于向家属透明地传达风险,竭尽全力守护患儿的生活质量。