診察時間
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午後15:00-19:00
手術時間12:00-15:00
水曜・土日午後休診
今回は、首回り(左下顎から頸部)にピンポン球大の腫瘤(しこり)が急激に形成された患者さんの外科症例についてご報告します。病理検査の結果、この病変は「唾液腺炎」およびそれに伴うリンパ節の「肉芽腫性炎」であることが判明しました。
唾液腺のトラブルにより唾液が漏れ出し、周囲に炎症や貯留嚢胞を作る疾患は、発生部位によって「ガマ腫(舌下部)」や「頸部粘液嚢腫」などと呼ばれます。本症例は、頸部の筋肉にまで炎症と癒着が波及した極めて難易度の高い状態でした。首回りには太い血管や重要な神経が密集しているため、外科手術には常に命の危険が伴います。本記事では、当院がどのようにリスクを評価し、合併症と向き合いながら手術を行っているか、その冷徹な事実を包み隠さずお伝えします。
患者さんは8歳の小型犬(体重約3.8〜4.0kg)です。ご家族が3日前に首の腫れに気づき、他院を経由して当院へ来院されました。
触診および術前検査において、左下顎から頸部にかけての腫瘤は下床の筋肉に強く固着していることが確認されました。頸部の腫瘤摘出において最も致命的な判断基準の一つが「反回神経(発声や呼吸に関わる神経)を巻き込んでいるかどうか」です。当院では、もし術前あるいは術中に反回神経への重度な巻き込みが確認された場合は、呼吸不全を引き起こすリスクが高すぎるため「オペ不適応」とする方針を事前にご家族へ明言しています。本症例では、慎重な評価の結果、摘出可能と判断し、外科手術へ踏み切りました。


「手術が怖いので様子を見たい」というお声を聞くことは少なくありません。しかし、頸部の唾液腺炎や腫瘤を放置した場合の末路は決して穏やかなものではありません。
腫瘤がさらに増大すれば、物理的に気管を圧迫し、四六時中首を絞められているような慢性的な呼吸困難(窒息)に陥ります。また、食道を圧迫すれば水や食事を飲み込むことができなくなります。さらに内部で重度な炎症が進行し、自壊(皮膚を突き破って破裂すること)すれば、広範な組織壊死と重篤な感染症を引き起こし、敗血症で命を落とす危険性が極めて高くなります。頸部というスペースの限られた部位における「放置」は、ダイレクトに「窒息死」や「餓死」のリスクに直結します。
本症例の患者さんは、過去のカルテ記録から僧帽弁閉鎖不全症(心疾患・MRステージB2)の基礎疾患を抱えており、日常的に強心薬(ピモベンダン)を内服している状態でした。手術当日の聴診では心雑音は確認されませんでしたが、心疾患を持つ動物に対する全身麻酔は、血管拡張や心機能低下を引き起こしやすく、術中の血圧低下がそのまま心停止につながるハイリスクな状態です。
この致死的なリスクを制御するため、当院では以下のプロトコルを徹底しました。
本症例では「左頸部腫瘤摘出、および左下顎リンパ節摘出術」を実施しました。
【術中の技術的注意点】
腫瘤は筋肉を巻き込んでおり、周囲の筋肉組織に出血が認められるほど深く浸潤していました。血管シーリングシステムを用いて確実な止血を行いながら、筋肉ごと5mmのマージン(安全域)を確保して腫瘤を切除しました。また、表層で2cm大に腫れ上がっていた下顎リンパ節も同時に摘出しました。
【頸部外科における致死的合併症】
頸部の手術は、以下の重大な合併症と隣り合わせです。
摘出した組織を専門機関へ病理診断に出した結果、悪性腫瘍(ガン)の所見はなく、唾液腺炎およびリンパ節の肉芽腫性炎という確定診断を得ました。

















当院では術後の入院期間を原則1〜3日とし、静脈からの点滴や鎮痛薬の投与が必須な期間を過ぎれば、動物の精神的ストレスを最小限にするため早期退院と家庭内リハビリへの移行を推奨しています。本症例も術後2泊の予定で静脈点滴(乳酸リンゲル液+抗生剤)による管理を行いました。
当院の夜間管理に関する物理的な限界
夜間、病院はスタッフが不在(無人)となります。
院内のペットカメラを通じて遠隔監視を行っており、動物が痛がっている様子や異常な挙動があれば、院長が自宅から駆けつけて追加の鎮痛処置等を行います。しかし、自宅から病院までの移動には「約30分」を要します。
もし、前述した「術後の急激な気道浮腫による窒息」や「突然の心停止」が夜間に起きた場合、この30分のタイムラグがある以上、私たちは物理的に命を救うことができません。これが、小規模な一次診療施設における夜間管理の偽りざる限界です。
幸いにも本症例では、懸念された術後出血や呼吸状態の悪化などの重大な合併症は発生しませんでした。術後翌日には腫れもなく、術後1週間目の検診では元気や食欲も回復し、無事に抜糸を終えて治療終了となりました。
当院では、患者さんの命と安全を第一に考え、外科手術の適応基準を明確に定めています。
頸部の外科手術は、ほんのわずかな手元の狂いが取り返しのつかない事態を招く、極めて緊張感の高い領域です。今回は無事に唾液腺炎の病変を取り切り、ご家族のもとへ元気に帰すことができましたが、これは決して「奇跡」や「美談」ではなく、術前の冷徹なリスク評価と、起こり得る最悪の事態を想定したプロトコルの結果に過ぎません。
私たちはこれからも、動物たちの命に対して誠実であるために、リスクや病院の物理的な限界をごまかすことなくお伝えし、論理的かつ最善の獣医療を提供してまいります。
A case study of an 8-year-old dog with a rapid neck mass, diagnosed as sialadenitis and granulomatous lymphadenitis.
The high-risk surgery to remove the mass and submandibular lymph node, complicated by adhesion to muscles and a underlying heart condition, was successful.
The blog emphasizes rigorous pre-surgical risk assessment, specialized anesthesia protocols, and the critical potential complications, such as nerve damage or airway obstruction.
It also honestly addresses the physical limitations of unsupervised overnight care at a primary care facility.
本文报告了一例8岁犬颈部出现快速增大的肿块的病例。经病理学诊断为唾液腺炎及下颌淋巴结肉芽肿性炎。
患者患有基础心脏病,且肿块与颈部肌肉严重粘连,手术风险极高。我们成功实施了肿块及淋巴结切除术。
文章重点阐述了严格的术前风险评估、专用的麻醉方案,以及术后可能出现的致命并发症(如神经麻痹、气道阻塞)。
同时也客观地指出了主要诊疗设施在夜间无人看守时的物理局限性。