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【外科症例】高齢犬の下顎腫瘤(エプーリス)および口唇部腫瘤(皮膚組織球腫)の鑑別診断と切除術

今回は、約1年の間に二度の異なる顔面・口腔周りの腫瘍性病変に対する外科手術を経験した10歳の小型犬の患者さんについてお話しします。

初回の異常は、下顎の前歯(切歯)部分に発生した腫瘤でした。その後、約1年が経過した頃に、今度は左の口角(下唇)に新たな腫瘤が急速に形成されました。


本症例を通して、高齢動物における「腫瘤の鑑別診断」の重要性と外科的切除の判断、そして基礎疾患を持つ動物の長期的な健康管理の現実について解説します。

腫瘤の「鑑別診断」と外科的適応の判断

体表や口腔内に腫瘤(しこり)が発見された場合、事前の視診や細胞診(針を刺して細胞を見る検査)から、複数の疾患を想定(鑑別診断)して手術計画を立てます。

  • 下顎の腫瘤の鑑別診断:悪性黒色腫(メラノーマ)、扁平上皮癌、線維肉腫といった極めて悪性度が高く致死的な腫瘍のほか、エプーリス(歯肉腫)と呼ばれる良性の増生病変などが挙げられます。
  • 口唇部の腫瘤の鑑別診断:皮膚組織球腫などの良性病変が疑われる一方で、肥満細胞腫(特に悪性挙動を示す無顆粒型)やその他の独立円形細胞腫瘍などの悪性腫瘍を強く疑う必要があります。細胞診の段階では、良性と悪性を完全に見分けることが困難なケースも存在します。

事前の検査において、この患者さんは気管虚脱の所見が認められ、過去には膵炎の既往歴や胆嚢内の腫瘤(結石や胆泥の疑い)の存在も確認されていました。
高齢かつ複数の基礎疾患を抱える状態での全身麻酔には当然リスクが伴いますが、「悪性腫瘍の可能性」を排除できない以上、確定診断と痛みの除去のために「外科的切除が適応である」と論理的に判断しました。

もしこのまま様子を見たら(放置した場合の残酷なリスク)

「高齢だから」「麻酔が怖いから」と手術を避け、そのまま様子を見る選択肢もあります。しかし、口腔内や顔面の腫瘍を放置した場合のリスクは非常に残酷です。

  • 腫瘍が増大すれば顎の骨を溶かし(骨吸収)、耐え難い持続的な痛みを生じます。
  • 食事を摂ることができなくなり、腫瘍表面が崩れて腐敗臭と持続的な出血を伴います。
  • 万が一、悪性腫瘍であった場合、急激な局所浸潤と遠隔転移により、短期間のうちに凄惨な飢餓状態や致死的な大出血による死を迎えます。

基礎疾患による麻酔リスクと当院の鎮痛プロトコル

気管虚脱を持つ患者さんの場合、全身麻酔における気管挿管や抜管時の刺激が、致死的な気道閉塞を引き起こすリスクがあります。また、高齢による心肺機能の低下は、麻酔薬による急激な血圧低下を招きやすくなります。

  • 局所浸潤麻酔の徹底:当院ではプロポフォールなどの全身麻酔薬の投与量を可能な限り減らすプロトコルを組んでいます。
  • ブプレノルフィンなどの全身的な鎮痛薬に加え、切除部位に対する「局所浸潤麻酔」を併用し、痛みの信号が脳に届く前に局所で遮断します。
  • これにより、少ない麻酔量でも安定した血圧と自発呼吸を維持し、安全域を広げています。

選択した術式とその根拠、および致死的合併症

  • 下顎腫瘤の切除:悪性腫瘍を想定し、再発を防止するためドリルを用いて下顎切歯を含めた辺縁切除(顎の骨の一部切除)を行いました。切除後の欠損部は、口唇の粘膜を利用した「口唇フラップ」にて閉鎖・縫合しています。
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  • 口唇部腫瘤の切除:同様に肥満細胞腫などの悪性腫瘍を想定し、周囲の正常組織を含めたマージン(安全域)を確保して拡大切除を行いました。
  • 致死的合併症のリスク:顔面や口腔内の手術は血管が豊富で出血しやすく、術後の縫合不全(傷が開くこと)のリスクが伴います。また、術後の痛みや腫れによる気管虚脱の悪化、口腔内の細菌や血液が肺に流れ込むことによる「重症の誤嚥性肺炎」は、命を奪う致死的な合併症となり得ます。

術後管理と夜間監視の「リアルな限界」について

当院では、術後入院は原則1〜3日とし、静脈点滴が必要な急性期を過ぎれば、動物の精神的ストレスを排除するため早期に家庭でのリハビリへ移行する方針をとっています。

  • 夜間の無人体制と遠隔監視:夜間の病院はスタッフ不在(無人)となります。お預かり中はペットカメラによる遠隔監視を徹底しており、疼痛で眠れていないなどの異常を検知した場合は、深夜であっても院長である私自身が病院へ向かい、追加の鎮痛薬投与等の対応を行います。
  • 物理的な限界:私の自宅からの移動時間には約30分を要します。翌日の診療のための仮眠をとるため、24時間モニターに張り付くことは不可能です。突然の心肺停止や大出血など、数分・数秒を争う急変に対しては即時対応しきれない限界があるという現実をご理解いただく必要があります。

起こり得る合併症と、術後の見通し

切除した組織の病理検査の結果、下顎の腫瘤は「骨形成性エプーリス」と呼ばれる非腫瘍性・反応性の良性病変でした。口唇の腫瘤は「皮膚組織球腫」であり、いずれも完全切除され悪性所見はありませんでした。

しかし、外科手術の成功はゴールではありません。この患者さんは、継続して胆嚢内の疾患や肝酵素の数値変動に対するモニタリングと内科的治療が必要です。複数の疾患を持つ高齢動物のQOL(生活の質)を維持するためには、生涯にわたる冷徹かつ論理的な健康管理が求められます。

当院の外科体制と高度連携について

当院では、以下の基準で外科手術の適応と二次診療施設(高度医療機関)への紹介を判断しています。

  • 整形外科:ドリル設備を有するため、関節外科(パテラ滑車溝形成、大腿骨頭切除等)は対応可能です。専用プレートが必要なTPLOや矯正骨切り術は専門医へご紹介します。
  • 軟部・腫瘍外科:後腹膜より腹側の一般軟部外科、体表腫瘍には広く対応可能です。肝臓腫瘍は主要血管を巻き込まない辺縁切除までを適応とします。
  • 適応外・完全紹介対象:副腎摘出などの最深部アプローチ、尿管結石摘出、術前に重度貧血が想定され輸血準備が必須となる症例は、患者さんの「命」を最優先とし、迷わず二次診療施設へご紹介します。

院長からのメッセージ

高齢動物の外科手術は、常に死のリスクと隣り合わせです。「手術をすれば全て安心」といった美談は、過酷な臨床の現場には存在しません。

しかし、最悪の事態を想定し、放置した先に待つ残酷な苦痛を回避するため、論理的にリスクを評価し、最善の麻酔・鎮痛プロトコルを以て立ち向かうのが我々外科医の使命です。これからも、厳しい現実も含めて誠実にお伝えし、命に真摯に向き合ってまいります。

Summary

This case report details the surgical management of a 10-year-old small dog who underwent two separate excisions for facial and oral masses (a mandibular epulis and a labial cutaneous histiocytoma) within a year. Despite the high anesthetic risks associated with the patient’s underlying conditions, such as tracheal collapse and a history of pancreatitis, surgical intervention was deemed logically necessary to prevent the severe, cruel consequences of untreated tumor growth—including bone resorption, chronic pain, and potential malignant metastasis.

To mitigate risks, we utilized a strict pain management protocol heavily reliant on local infiltration anesthesia, minimizing the need for systemic anesthetics and maintaining stable hemodynamics. Our postoperative care emphasizes early discharge (1-3 days) to reduce patient stress. We transparently acknowledge the limitations of our unstaffed overnight facility; while remote camera monitoring is constant and the director will personally respond to pain overnight, immediate intervention for sudden critical events is physically limited by response time. Post-surgical success is only a part of the lifelong, rigorous management required for geriatric patients with multiple comorbidities. We strictly adhere to our surgical referral policy, prioritizing the patient’s life by transferring complex or high-risk cases to advanced secondary care facilities when necessary.

中文总结

本病例报告详细记录了一只10岁小型犬在一年内接受两次面部及口腔周围肿块(下颌骨质形成性龈瘤及唇部皮肤组织细胞瘤)切除手术的过程。尽管患犬伴有气管塌陷及胰腺炎病史等基础疾病,导致麻醉风险极高,但为了避免肿瘤自然发展带来的残酷后果(如骨吸收、持续性剧痛甚至恶性转移),我们从逻辑上判定必须进行外科干预。

为了控制风险,我们采用了严格的镇痛方案,重点依赖局部浸润麻醉,从而将全身麻醉药的用量降至最低,保障了血压和呼吸的稳定。术后管理方面,我们主张早期出院(1-3天)以减轻动物的精神压力。我们坦诚地说明了夜间无人值守的现实局限性:虽然我们会通过监控摄像头进行远程彻夜观察,且院长会在发现动物疼痛时深夜赶回医院处理,但受限于交通时间,无法对几分钟内的突发致命情况做出即时反应。外科手术的成功只是起点,针对患有多重基础疾病的老年动物,还需要终生进行冷静、科学的健康管理。同时,我们严格遵守本院的外科转诊原则,对于超出我们能力范围的高危病例,绝对以生命为最优先考量,果断转诊至高级专科医疗机构。