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【外科症例】高齢猫の口腔内扁平上皮癌に対する下顎切除と、術後4年の生存事実

今日お話ししたいこと(疾患概要と目的)
今回は、口腔内の悪性腫瘍である「扁平上皮癌」を患った中高齢の猫ちゃんの外科症例についてご報告します。他院にて右下顎の腫瘤から扁平上皮癌と診断され、セカンドオピニオンとして当院へ転院されてきた患者さんです。口腔内悪性腫瘍は進行が早く、生活の質を著しく損なう疾患です。本記事では、顎骨を切除するという根治的あるいは緩和的な大手術の現実と、術後に待ち受ける合併症のリスク、そしてご家族に求められる在宅ケアの現実について客観的な事実に基づき解説します。

検査結果と「外科的適応」の判断

初診時の精密検査により、以下の状態が確認されました。

  • 腫瘍は右下顎の第2後臼歯を超えて深部まで浸潤し、骨を破壊している状態でした。
  • 胸部レントゲン検査において、肺への遠隔転移は認められませんでした。
  • 軽度の腎臓病を併発していました。

扁平上皮癌は局所浸潤性が極めて高く、単なる腫瘤の切除では直ちに再発します。骨浸潤が認められるため、外科的適応としては腫瘍を骨ごと切除する「下顎の切除」が必須と判断しました。

もしこのまま様子を見たら(放置の残酷なリスク)

もし手術を見送り、このまま様子を見た場合、腫瘍はさらに顎の骨を溶かし続け、やがて病的骨折を引き起こします。それにより自力での採食は完全に不可能となり、激しい痛みと飢餓状態に陥ります。さらに腫瘍表面からの出血や深刻な口腔内壊死・化膿が進行し、患者さんは最終的に極めて残酷で苦痛に満ちた最期を迎えることになります。外科手術は、この最悪のシナリオを物理的に断ち切り、最低限の生活の質を維持するための選択です。

基礎疾患による麻酔リスクと当院の鎮痛プロトコル

本症例は中高齢であり、血液検査から軽度の腎機能低下が認められました。全身麻酔中は血圧が低下しやすく、腎臓への血流が減少することで、術後に急性腎障害を引き起こす致死的なリスクが存在します。

当院では麻酔の安全域を広げるため、徹底した術中血圧管理を行います。また、強い痛みを伴う顎骨の切除に対しては、全身麻酔に加えて「術部の浸潤局所麻酔」を併用します。局所浸潤麻酔により脳へ伝わる痛みのシグナルを物理的に遮断することで、循環器や腎臓に負担をかける全身麻酔薬の使用量を抑え、血圧低下の致死リスクを最小限に留めるよう論理的にプロトコルを構築しています。

選択した術式(治療法)とその根拠、および致死的合併症

本症例に対しては、以下の外科処置および内科的治療を統合して実施しました。

    • 右側下顎骨の切除および口角形成術
      腫瘍を取り切るため、右側の下顎骨を切除しました。当院における顎骨切除は下顎3/4までの切除のみを適応としており、上顎の切除は実施しておりません。本症例でもこの基準に則り、マージン(正常組織を含めた切除範囲)を慎重に確保しながら電気メスやシーリングシステムを用いて確実な止血と切除を進めました。また、顎の欠損に伴うよだれの漏出や採食困難を軽減するため、口唇を前進させて縫合する口角形成術を同時に実施しました。
      【合併症】術中の深刻な大出血、下顎喪失による顔面の変形、自力採食の長期的な困難、毛繕い等の日常動作の喪失が起こり得ます。

  • 食道チューブの設置
    術後しばらくは口からの採食が不可能なため、頸部の皮膚から食道へ直接栄養を入れるチューブを設置しました。これにより、確実な流動食の投与と内服薬の経管投与が可能になります。
  • 分子標的薬(トセラニブ/パラディア)による術後化学療法
    下顎骨切除をおこなった場合の扁平上皮癌の再発率は87%、1年生存率は57%という極めて厳しいデータが存在します。扁平上皮癌に対する決定的に有効な従来の化学療法(殺細胞性抗がん剤)はありませんが、生存期間の延長が確認されている分子標的薬「トセラニブ(製品名:パラディア)」を採用し、退院後も継続しました。この薬の作用機序は、腫瘍細胞の増殖に関わる特異的なスイッチを阻害することに加え、腫瘍が成長・転移するために新しく血管を作る働き(血管新生)を阻害し、腫瘍への血流と栄養供給を絶ち「兵糧攻め」にする点にあります。
    【合併症】抗がん剤による重篤な骨髄抑制(白血球減少による敗血症等)、深刻な消化器毒性、腎機能障害の悪化リスクが常に伴います。

術後管理・夜間監視の「リアルな限界」と在宅ケアの現実

  • 早期退院の方針:
    当院では、静脈からの持続点滴が不可欠な急性期を過ぎた段階で、速やかに退院をご案内しています。動物にとって病院は強いストレス環境であり、自宅での静養とリハビリへ早期に移行することが回復に直結するからです。
  • 夜間監視の物理的限界:
    入院中、夜間は「スタッフ不在(無人)」となります。ペットカメラを用いた遠隔監視を行い、必要に応じて深夜に院長が駆けつけ鎮痛剤の追加処置等を行いますが、翌日の診療に向けた仮眠時間や、自宅からの移動時間によるタイムラグが生じます。数分を争うような術後の急変に対しては、物理的に即時対応しきれない限界があることを包み隠さずお伝えしておきます。
  • ご家族による厳密な在宅管理体制:
    退院後の生命維持は、ご家族の管理能力に直結します。本症例において、ご家族には「食道チューブ挿入部の毎日の徹底した消毒・軟膏塗布」や「抗がん剤および流動食の厳格なスケジュール投与」という過酷なタスクを遂行していただきました。これは決して「愛情による美談」として消費されるべきものではなく、致死的な合併症を防ぐために不可欠な「医療タスクの完遂」という事実です。

合併症の発生と局所アプローチへの切り替え

本症例の術後経過において、皮膚の一部に壊死と感染症の発生が認められました。外部機関での細菌培養検査の結果、「ESBL産生大腸菌」という強毒性の薬剤耐性菌が検出されました。一般的な抗生剤が効かず、有効な内服薬は大きな副作用を伴う厳しい状況でした。
そのため、全身投与ではなく局所に直接作用する外用薬を採用し、徹底した洗浄とデブリードマン(壊死組織の物理的除去)による局所管理へと即座に治療方針を切り替え、感染のコントロールを図りました。

術後半年の腫瘍再燃と、長期生存の事実

術後、約半年が経過した頃、一度は腫瘍の再燃(局所再発)が認められました。口腔内扁平上皮癌において術後の再燃が確認されることは、通常、極めて予後不良(死期の切迫)を示唆する冷酷な事実です。
しかし、ご家族の献身的なケア(徹底したチューブ管理や消毒等の完遂)と、継続的な内科管理により、再燃からさらに4年が経過した現在においても、この患者さんは生存し続けています。統計上の平均生存期間を大きく超え、長期にわたって生活の質を維持できていることは、初期の外科的介入と、それに続く徹底した術後管理の積み重ねがもたらした一つの事実と言えます。

当院の外科体制と紹介ポリシー

当院の軟部・腫瘍外科では、後腹膜より腹側の一般軟部臓器、体表腫瘍(皮弁形成を含む)の切除には広く対応しております。肝臓腫瘍については、主要血管を巻き込まない辺縁切除までの対応としています。
一方で、副腎摘出などの最深部アプローチを要する手術、尿管結石摘出、および当院には輸血の準備がないため術前から重度の貧血が想定され大量出血のリスクが高い症例に関しては、患者さんの命を最優先とし、高度医療機関へご紹介するポリシーを徹底しております。

院長からのメッセージ

口腔内腫瘍の手術と術後化学療法は、顔貌の変化や生涯にわたる給餌管理など、ご家族に非常に過酷な決断と覚悟を強いるものです。我々獣医師は魔法使いではありません。外科手術は「病気を無かったことにする」のではなく、「最悪の結末を避け、残された時間をより苦痛なく過ごすための代償行為」に過ぎません。だからこそ、美談や希望的観測を交えることなく、リスクと限界を正確にお伝えし、ご家族が後悔のない論理的な選択を下せるよう、冷徹な事実に基づく客観的なサポートをこれからも徹底してまいります。


Summary

This case report details the surgical management and post-operative care of a middle-aged/senior cat diagnosed with oral squamous cell carcinoma (SCC). Due to bone invasion, a partial mandibulectomy (limited to up to 3/4 of the mandible) and commissurorrhaphy were performed, alongside the placement of an esophagostomy tube. Post-operative care included targeted therapy (Toceranib/Palladia) and rigorous home management by the family. Despite severe complications, including an ESBL-producing E. coli infection managed topically, and a local tumor recurrence at six months post-surgery, the patient has achieved a long-term survival of over four years. This highlights the realities, clinical limitations, and potential of aggressive surgical and medical intervention combined with dedicated owner care.

中文摘要

本病例报告详细记录了一只确诊为口腔鳞状细胞癌(SCC)的中老年猫的外科治疗及术后护理过程。由于肿瘤已侵入骨骼,我们实施了下颌骨切除术(切除范围限制在下颌的3/4以内)及口角成形术,并放置了食管饲喂管。术后治疗包括靶向药物(托塞拉尼/Palladia)及家属执行的严格家庭护理。尽管术后出现了产ESBL大肠杆菌感染(通过局部用药成功控制)以及术后半年的肿瘤局部复发等严峻并发症,但在家属的悉心照料下,该患猫目前已存活超过四年。本报告客观展示了重症外科干预的风险、临床局限性,以及在严谨的术后管理下实现长期生存的可能性。