047-700-5118
logo logo

診察時間
午前9:00-12:00
午後15:00-18:00
手術時間12:00-15:00
水曜・日曜午後休診

banner
NEWS&BLOG
【症例報告】犬の乳腺腫瘍における領域切除と卵巣摘出術〜しこりの発見から手術・病理結果まで〜

本日は、犬で非常に多く見られる「乳腺腫瘍」の外科症例について解説します。乳腺にしこりを見つけた際、様子を見るべきか、すぐに手術をすべきか迷われるご家族は少なくありません。今回は、当院で実施した実際の手術症例をもとに、疾患の性質、当院の外科的アプローチ、そして術後管理のリアルな実態をお伝えします。

【患者情報および来院時の状態】


  • 患者情報:9歳の未避妊の小型犬(体重約3.1kg)です。
  • 来院時の症状:右側の足の付け根に近いおっぱいの部分が腫れており、すでに出血を伴っていました。
  • 身体検査所見:触診の結果、出血している箇所以外にも合計5ヶ所のしこりが確認されました。
👉 横にスクロールしてご覧ください

検査の結果と「外科的適応」の判断

手術を安全に遂行できるか、そしてそもそも手術の意味がある段階かを見極めるため、術前検査を徹底します。

  • 血液検査:総タンパクやアルブミン、尿素窒素などの数値から、麻酔に耐えうる内臓機能を有していることが確認されました。
  • 胸部レントゲン検査:悪性腫瘍で最も恐ろしい「肺への転移」がないかを確認したところ、現時点で肺転移の所見は認められませんでした。
  • リンパ節:体表のリンパ節に明らかな腫れは認められませんでした。

これらの客観的データに基づき、「外科的切除による根治、あるいは大幅な延命・QOL向上が見込める適応例」と判断しました。

もしこのまま様子を見たら(放置した場合のリスク)

高齢だから可哀想、痛い思いをさせたくないという理由で手術を見送るという選択肢もあります。しかし、放置した場合に動物が経験する苦痛は、手術の比ではありません。

  • 腫瘍の自壊と腐敗:腫瘍は皮膚を突き破り、出血と排膿を繰り返します。痛みを伴うだけでなく、強い腐敗臭を放ち、感染源となります。
  • 炎症性乳がんへの移行リスク:本症例でも極めて悪性度が高く、急速に広がる炎症性乳がんへ移行する可能性が危惧される状態でした。この状態になると、もはや手術は適応外となり、激しい痛みと戦うことになります。
  • 肺転移による呼吸困難:癌細胞が肺に転移すれば、最終的には陸上にいながら溺れるような呼吸困難に陥り、窒息死に至ります。

外科医として、この残酷な末路を避けるための「先回りの介入」をご提案しています。

選択した術式とその根拠(周術期の鎮痛管理)

本症例では、「領域乳腺切除」と「卵巣・子宮摘出術(避妊手術)」を実施しました。

  • 領域乳腺切除について:犬の乳腺は左右に5対あり、それぞれがリンパ管で繋がっています。腫瘍だけをくり抜く部分切除では、繋がっているリンパ管に癌細胞が残存するリスクが高いです。一方で、片側の乳腺を全て取る片側全摘出は体へのダメージが大きくなります。本症例では、しこりの位置とリンパの流れを論理的に評価し、腫瘍とそれが属するリンパ系領域をまとめて切除する領域切除を選択しました。これにより、根治性と術後の痛みの軽減のバランスをとっています。
  • 麻酔・鎮痛プロトコル(痛みの管理):手術の痛みは、動物の回復を著しく遅らせます。当院では麻酔導入の前後から、医療用麻薬成分である強力な鎮痛剤を使用し、先制鎮痛を行います。術中は血圧モニターを注視し、持続点滴等を用いて臓器への血流を維持します。
👉 横にスクロールしてご覧ください

術後管理と夜間監視について(当院の方針)

  • 早期退院の方針:当院では、術後の入院は原則1〜3日とし、静脈からの持続点滴や注射薬による鎮痛が必要な期間のみとしています。動物にとって病院のケージは、決して安らげる場所ではありません。精神的なストレスを取り除くため、早期に住み慣れた家庭でのリハビリへ移行することが、総合的な回復を早めると考えています。
  • 夜間監視とペインコントロール:事実としてお伝えしなければならないのは、当院の夜間はスタッフ不在(無人)となることです。しかし、術後の動物をただ放置することはありません。入院室には高解像度のペットカメラを設置し、獣医師が自宅から遠隔監視を徹底しています。もし画面越しに異常なサインを検知した場合は、院長自らが深夜・未明であっても直ちに病院へ赴き、追加の鎮痛剤投与などの処置を行います。「痛みは絶対に見過ごさない」という覚悟で管理にあたっています。

起こり得る合併症と、術後の見通し

外科手術である以上、リスクはゼロではありません。本症例でも、術後に以下のような合併症と病理学的課題がありました。

  • 術後感染と縫合不全:術後、足の付け根の傷口に重度の細菌感染と排膿が生じました。乳腺周囲は皮膚に緊張がかかりやすく、血流も乏しいため、傷が開きやすい部位です。抗生剤の投与と、1日複数回の徹底した温湯洗浄・スクラブ消毒をご家族にご協力いただき、肉芽形成(傷の治癒)を待ちました。
  • 病理検査結果:切除した組織の病理検査の結果、一番大きな腫瘍は腺管癌(悪性)、他の部位は良性乳腺腫でした。
  • 今後の見通し:幸いなことに、悪性であった腺管癌は比較的低悪性度であり、腫瘍の境界も明瞭で完全切除できていました。脈管への侵襲も認められませんでした。また、摘出した卵巣には非腫瘍性の水の溜まりが見つかりましたが、悪性所見はありませんでした。取り切れているため予後は良好と考えられますが、再発の監視は継続して行います。

当院の外科体制と高度連携について(紹介ポリシー)

当院では、自身の設備の限界と技術的適応を明確にし、患者の命を最優先に考えた紹介ポリシーを持っています。

  • 軟部・腫瘍外科の対応:本症例のような体表腫瘍(乳腺、皮膚など)や、後腹膜より腹側にある一般的な軟部外科は、皮弁形成などを含めて幅広く対応可能です。肝臓腫瘍についても、主要血管を巻き込まない辺縁切除までは安全に実施できる体制を整えています。
  • 適応外・完全紹介対象:大血管周囲における最深部アプローチ、尿管結石摘出、および輸血準備がないため術前に重度の出血・貧血が想定される症例は、当院の設備では安全の担保が困難です。これらは迷わず二次診療施設や大学病院へ紹介し、命を繋ぐことを最優先とします。

院長からのメッセージ

乳腺腫瘍は、早期発見と適切な外科介入によって、その後の動物の苦痛を劇的に減らすことができる病気です。日頃からスキンシップを取り、お腹周りを触って「米粒大のしこり」がないかを確認してあげてください。

ただのイボかな?高齢だから手術は無理だろうと自己判断して放置せず、まずは事実確認(検査)のためにご相談ください。最善の選択肢を、論理的な根拠とともにご提示いたします。


English Summary
This article details a surgical case of a canine mammary gland tumor with concurrent ovariohysterectomy. Emphasizing a logical and pain-free approach, we opted for regional mastectomy to balance complete tumor removal and the minimization of surgical trauma. We also discuss the severe risks of leaving tumors untreated, our strict postoperative pain management protocols including remote overnight monitoring, and our clinical criteria for surgical interventions and referrals. Early detection and prompt surgical intervention are crucial to maintaining the animal’s quality of life.

中文摘要(Chinese Summary)
本文详细介绍了一例犬乳腺肿瘤切除并同时进行卵巢子宫摘除术的外科病例。本院主张逻辑性与无痛化的治疗方针,选择区域性乳腺切除术,以在彻底切除肿瘤与减少手术创伤之间取得平衡。文中探讨了对肿瘤不予治疗的严重风险、严格的术后疼痛管理方案(包括夜间远程监控),以及本院的外科适应症与转诊原则。尽早发现并及时进行外科干预对于维持动物的生活质量至关重要。