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【症例報告】犬の右腹腔内潜在精巣摘出術〜セルトリ細胞腫のリスクと当院の周術期管理〜

犬の右腹腔内潜在精巣摘出術〜セルトリ細胞腫のリスクと当院の周術期管理〜

今日お話ししたいこと


今回は、去勢手術のご相談で来院された体重4.65kgの小型犬の患者さんの症例について解説します。診察時の身体検査において、正常であれば陰嚢内に下降しているはずの精巣が、右側のみ確認できませんでした。これは「潜在精巣(陰睾)」と呼ばれる状態であり、通常の去勢手術とは異なるアプローチが必要となるため、ご家族に病態と手術の必要性をご説明し、外科的介入を行うこととなりました。

検査の結果と「外科的適応」の判断

  • 術前の状態:身体検査および画像診断の結果、右側の精巣は鼠径部(内股)ではなく、お腹の中(腹腔内)に留まっている「右腹腔内潜在精巣」であることが判明しました。
  • 麻酔適応の確認:事前の血液検査や胸部レントゲン検査を実施し、全身麻酔に耐えうる健康状態であることを確認しました。
  • これらの結果を総合し、開腹による精巣摘出術が適応であると判断いたしました。

もしこのまま様子を見たら(放置した場合の残酷なリスク)

腹腔内に留まった精巣を「病気ではないから」と放置することには、極めて重大なリスクが伴います。当院では以下の理由から、早期の摘出を強く推奨しています。

  • 精巣腫瘍(セルトリ細胞腫)の発生と絶望的な末路:お腹の中は本来の陰嚢内よりも温度が高いため、潜在精巣は正常な精巣に比べて将来的に「セルトリ細胞腫」などの悪性腫瘍に変化する確率が飛躍的に高まります。セルトリ細胞腫が発生すると、過剰な女性ホルモン(エストロゲン)が分泌され、全身の脱毛や乳首の腫れといった「雌性化」が起こります。さらに恐ろしいのは、このホルモン毒性が骨髄の造血機能を完全に破壊する「骨髄抑制」を引き起こすことです。最終的には血液が作れなくなり、重度の貧血や全身の出血が止まらなくなる「再生不良性貧血」に陥ります。この状態まで進行すると治療への反応は極めて乏しく、多量吐血や内出血に苦しみながら命を落とすという、非常に残酷な末路を辿ることになります。
  • 精巣捻転による急性ショック:お腹の中で精巣の血管が捻じれる(捻転する)と、突然の激しい腹痛を引き起こし、最悪の場合はショック状態に陥り即座に命に関わります。

選択した術式とその根拠(周術期の鎮痛管理)

  • 本症例では、お腹を開ける「右腹腔内潜在精巣摘出術」および「左側正常精巣の摘出」を実施しました。腹腔内からの摘出となるため、通常の去勢手術よりも切開範囲が広くなり、身体への侵襲(ダメージ)も大きくなります。
  • 当院では手術の痛みを最小限にするため、先制鎮痛(痛みを感じる前に痛みの経路をブロックする手法)を徹底しています。
  • 本症例でも、プロポフォールによる麻酔導入に加え、術前からオピオイド系鎮痛剤(ブプレノルフィン)を適切な用量で投与し、術中の疼痛コントロールと術後の覚醒の安定化を図っています。
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術後管理と夜間監視について

本症例は開腹手術を伴うため、術後の安全確認と静脈からの確実な鎮痛剤投与を目的として、「1泊の入院」といたしました。

  • 早期退院の方針:開腹手術であっても、術後の入院は原則1泊とし、静脈点滴が必要な期間のみに留めます。長期間の入院による動物の精神的ストレスを考慮し、翌日には早期の家庭内リハビリへ移行する方針をとっています。
  • 夜間監視とペインコントロール:当院の夜間は「スタッフ不在(無人)」となります。しかし、入院室にはペットカメラを設置し、遠隔からの監視を徹底しています。万が一、動物が疼痛で眠れていない、鳴いているなどの異常を検知した場合は、深夜であっても院長自らが病院へ赴き、追加の鎮痛剤投与を行います。動物の「痛み」を絶対に見過ごさないことが、当院の術後管理の絶対的なルールです。

起こり得る合併症と、術後の見通し

  • 外科手術である以上、リスクはゼロではありません。想定される合併症として、術後出血、縫合糸に対する異物反応、術創の感染、および開腹に伴う将来的な腹腔内癒着などが挙げられます。
  • 本症例においては、原因となる精巣を完全に摘出したことで、前述した腫瘍化による骨髄抑制や捻転のリスクは完全に消失しました。以後の予後は非常に良好です。

当院の外科適応基準と紹介ポリシー

  • 当院の適応範囲(軟部・腫瘍外科):後腹膜より腹側の一般的な軟部外科や、体表腫瘍(皮弁形成を含む)は広く対応可能です。肝臓腫瘍の場合は、主要血管を巻き込まない辺縁切除までを適応としています。
  • 適応外・完全紹介対象:副腎摘出などの最深部アプローチを要する手術、尿管結石摘出、および当院には献血犬等の輸血準備がないため、術前に重度貧血が想定される症例は、命を最優先とし、ためらうことなく高度医療センター等の二次施設へ送ります。自院の限界を認識し、適切な施設へ繋ぐことも臨床医の重要な責任です。

院長からのメッセージ

潜在精巣は外見からは分かりにくく、健康そうに見えるため手術を躊躇されるご家族も少なくありません。しかし、放置して「セルトリ細胞腫」が進行した後に訪れるのは、内科的治療がほぼ無効となる凄惨な終末期です。

「健康な体にメスを入れる」ことへの抵抗感は当然のこととお察ししますが、予防的な外科介入が確実に動物の寿命を延ばし、未来の致命的な苦痛を取り除く唯一の選択となります。

当院では、論理的な根拠に基づいた外科治療と、痛みに配慮した術後管理で動物たちをサポートいたします。

English Summary

Case Report: Surgical Extraction of a Right Abdominal Cryptorchid Testicle in a Dog
This report details the surgical extraction of a right abdominal cryptorchid (retained testicle) in a small dog weighing 4.65kg. Left untreated, intra-abdominal testicles carry a severely high risk of developing into Sertoli cell tumors, which can lead to fatal bone marrow suppression, or cause life-threatening testicular torsion. To minimize surgical trauma and pain, we implemented preemptive analgesia using opioids alongside general anesthesia. Post-operatively, the patient was hospitalized for one night to ensure strict pain management via continuous intravenous medication and remote camera monitoring, adhering to our clinic’s strict policy of never overlooking an animal’s pain. Our clinic handles general soft tissue surgeries but strictly refers deep abdominal surgeries or cases risking severe hemorrhage to advanced medical centers, prioritizing the patient’s life above all.

中文摘要

病例报告:犬右侧腹腔内隐睾摘除术
本报告详细介绍了一只体重4.65公斤的小型犬接受右侧腹腔内隐睾摘除术的病例。若不及时治疗,腹腔内的睾丸极易发展为支持细胞瘤(Sertoli cell tumor),导致致命的骨髓抑制,或引发危及生命的睾丸扭转。为了将手术创伤和疼痛降至最低,我们在全身麻醉的基础上,预防性地使用了阿片类镇痛药。术后,患者住院一晚,通过静脉输液进行严格的疼痛管理,并辅以远程摄像头监控,贯彻我院“绝不忽视动物疼痛”的严格标准。我院可处理一般软组织外科手术,但对于需要深层腹腔入路或有严重出血风险的病例,我们会将生命放在首位,果断转诊至高级医疗中心。