猫の「肝リピドーシス」について:飼い主様向けの詳細ガイド
第1部:そもそも「肝リピドーシス」ってどんな病気?
● なぜこの病気になるの?
猫の肝リピドーシスは、簡単に言うと「何らかの原因で食欲がなくなった状態が続いた結果、肝臓に脂肪が過剰にたまってしまい、肝臓が正常に働かなくなる病気」です。
猫はもともと肉食動物で、常にタンパク質からエネルギーを得る体の仕組みになっています。そのため、急に食べなくなると、体はエネルギー不足を補おうとして、お腹などに蓄えた体脂肪を分解し始めます。分解された脂肪(遊離脂肪酸)はエネルギー源として肝臓に運ばれますが、食欲不振が続くと、肝臓が処理できる量をはるかに超える脂肪が殺到してしまいます。その結果、行き場を失った脂肪が肝臓の細胞にどんどん溜まっていき、肝臓全体が腫れて機能不全に陥ってしまうのです。
食欲不振の原因は様々です。
- 二次性肝リピドーシス: 膵炎、胆管炎、糖尿病、腎臓病、腫瘍など、他の病気が原因で食欲が落ち、続発的に発症するもの。
- 特発性肝リピドーシス: ストレス(引っ越し、新しいペット、フードの変更など)が原因で、はっきりした体の病気がないのに食欲不振になり発症するもの。
● どんな症状が出るの?
以下のような症状が見られたら注意が必要です。
- 必ず見られる症状: 食欲が全くない、急激に体重が減る。
- その他の主な症状:
- 元気がない、ぐったりしている。
- 嘔吐。
- 黄疸(おうだん): 白目や皮膚、耳の内側などが黄色っぽく見える。
- 肝性脳症(かんせいのうしょう): 肝臓の機能低下で毒素(アンモニアなど)が脳に影響し、よだれが異常に出る、ふらつく、徘徊するなどの神経症状が出ることもあります。
● どうやって診断するの?
病院では、以下のような検査を組み合わせて診断します。
- 血液検査: 肝臓の数値(特にALPという酵素)が著しく上昇し、黄疸の指標であるビリルビンも高くなります。一方で、GGTという別の肝酵素の上昇は比較的軽いのがこの病気の特徴です。カリウムやリンといった電解質の異常が見つかることもあります。
- 超音波(エコー)検査: 肝臓が全体的に白っぽく映る特徴的な画像が見られます。
- 細胞診: 確定診断に最も近い方法です。麻酔のリスクを避けるため、超音波で肝臓を見ながら細い針を刺して肝臓の細胞を少しだけ採取します。採取した細胞のほとんどが脂肪でパンパンに膨らんでいれば、肝リピドーシスと強く疑うことができます。
第2部:肝リピドーシスの詳しい治療法
この病気の治療の柱は、何よりも「積極的な栄養補給」です。体が必要とする十分なカロリー、特にタンパク質を補給し、肝臓にたまった脂肪をエネルギーとして使わせることが目的です。
1. 点滴治療(輸液療法)
多くの場合、入院して最初に点滴から治療が始まります。
- 目的: 食べられないことによる脱水を改善し、嘔吐で失われた電解質(カリウム、リンなど)を補正します。
- 点滴の種類: 生理食塩液や酢酸リンゲル液などが使われます。肝臓の代謝が落ちていることがあるため、乳酸が含まれる乳酸リンゲル液は避けるのが一般的です。また、血糖値が高い場合が多いため、ブドウ糖が入った点滴も通常は使用しません。
- 電解質の補給:
- カリウム: 低カリウム血症がよく見られるため、点滴に塩化カリウム(KCL)を追加します。血中濃度に応じて、輸液1リットルあたり20~60 mEqの濃度で調整します。
- リン: 後述する「リフィーディング症候群」で急激に低下することがあり、命に関わります。必要に応じてリン酸Na補正液などを1時間あたり体重1kgにつき0.01~0.06 mmolの速さで点滴に混ぜて投与します。
- ビタミンB群: 食欲不振で不足しがちなビタミンB群も点滴に加えることが推奨されます。
2. 栄養補給の方法
自力で食べられないため、チューブを使って栄養を直接胃腸に届けます。シリンジで無理やり口から与える方法は、猫に強いストレスと食事への嫌悪感を与えてしまうため、基本的には行いません。
- 経鼻食道チューブ: 麻酔をかけずに鼻から食道まで細いチューブを入れます。すぐに栄養を開始できるメリットがありますが、猫が違和感を感じやすく、長期間の使用には向きません。あくまで応急処置です。
- 経皮食道チューブ/胃瘻チューブ: 全身状態が少し安定したら、全身麻酔をかけて首や脇腹から少し太めのチューブを食道や胃に設置します。数週間から数ヶ月間使用でき、飼い主様がご自宅でごはんや薬をあげるのも簡単になるため、猫とご家族双方のストレスを大きく減らすことができます。
3. 食事の内容と与え方
- 食事の種類:
- 高タンパク質で、炭水化物が少ない食事が理想です。具体的には、100 kcalあたり6gのタンパク質を含む食事が推奨されます。
- 一般的には、動物病院で処方される「疾病回復期用の食事」(リキッドタイプや缶詰)が使われます。(例: ロイヤルカナン®・クリティカルリキッド、ヒルズ®・a/d®缶など)
- 例外: 肝性脳症の症状が重い場合は、タンパク質を少し制限した「腎臓病用療法食」などを一時的に使うこともあります。
- 与える量:
- まず、猫が何もしないでじっとしている時に必要なエネルギー量「安静時エネルギー要求量(RER)」を計算します。計算式は「(体重 kg × 30) + 70 = 1日の必要カロリー(kcal)」です。
- 与え始めは慎重に: 入院初日は、計算したRERの25%程度の量からスタートします。
- 徐々に増やす: その後、4~5日かけてゆっくりと給与量を増やし、最終的にRERの100%量を目指します。急にたくさんの栄養を与えると、後述の合併症を引き起こすため、この「ゆっくり」が非常に重要です。
- 与え方: 1日の量を3~6回など、少量ずつに分けて与えます。1回の量は10~20mLから始め、様子を見ながら増やしていきます。
4. お薬によるサポート治療
栄養補給と並行して、症状を和らげるための薬を使います。
- 吐き気止め:
- マロピタントクエン酸塩一水和物(商品名: セレニア®注): 体重1kgあたり1mgを1日1回、皮下注射またはゆっくり静脈注射します。
- メトクロプラミド(商品名: プリンペラン®注): 1日あたり体重1kgにつき1~2mgを、点滴に混ぜて24時間かけて持続的に投与します。
- 高アンモニア血症の治療薬 (肝性脳症の症状がある場合):
- ラクツロース(商品名: モニラック®): 体重1kgあたり0.5mLを1日3~4回、経口またはチューブから投与します。腸内環境を整え、アンモニアの産生と吸収を抑えます。
- メトロニダゾール(商品名: フラジール®錠): 体重1kgあたり7.5~10mgを1日2回、経口またはチューブから投与します。腸内のアンモニア産生菌を減らす目的で使われます。
- 出血傾向がある場合のビタミン:
- フィトナジオン(ビタミンK₁注): 肝機能の低下で血が固まりにくくなっている場合、チューブ設置などの処置前に、体重1kgあたり1~5mgを1日1回、皮下注射で投与します。
- 補助的な薬剤 (有効性は未確立だが使われることがあるもの):
- 抗酸化薬(ビタミンE、S-アデノシルメチオニン)、L-カルニチンなど。これらは肝細胞を保護したり、脂肪の代謝を助けたりする効果が期待されますが、現時点では「必ず効く」という証明はされていません。
第3部:知っておきたい大切なこと
● 最も注意すべき合併症「リフィーディング症候群」
これは、長期間飢餓状態だった体に急激に栄養(特に炭水化物)を入れた時に起こる、命に関わる危険な合併症です。
- 仕組み: 栄養が入ると血糖値が上がり、それを下げるためにインスリンというホルモンが大量に分泌されます。このインスリンは、血液中のリン、カリウム、マグネシウムを細胞の中に一気に取り込んでしまう作用があります。
- 結果: 血液中のこれらのミネラルが急激に不足します。特に血中のリン濃度が1.5 mg/dL以下になると、赤血球が壊れて重度の貧血(溶血性貧血)を引き起こし、命を落とす危険があります。
- 対策: これを防ぐために、給与開始から数日間は特に注意深く血液検査を行い、ミネラルバランスを監視します。だからこそ、最初はカロリーを抑え、ゆっくりと食事量を増やしていく必要があるのです。
● 予後(病気の見通し)について
肝リピドーシスは、治療しなければ死亡率が90%に達する非常に怖い病気です。しかし、深刻な基礎疾患がなく、早期に診断して適切な集中治療(特に栄養補給)を行えば、予後は良好で、多くの猫が回復します。
治療の効果は、まず黄疸の数値であるビリルビンで判断します。治療開始後7~10日以内にビリルビン値が下がり始めないと、予後が厳しい可能性も考えられます。
● ご自宅でのケア
入院治療を乗り越えた後も、すぐに自力で食べられるようにはなりません。多くの場合、ご自宅で数週間~数ヶ月間、食道チューブからの栄養管理を続ける必要があります。愛猫を救うためには、飼い主様の協力が不可欠です。
第4部:新しい治療の選択肢(2020年以降の進歩)
2020年のガイドブック発行以降、特に食欲を増進させる治療に新しい選択肢が増えました。
- カプロモレリン(商品名: エリュラ®): 飲み薬(液体)タイプの新しい食欲増進薬です。お腹が空いた時に脳から出る「グレリン」というホルモンの働きを真似て、強力に食欲を刺激します。自発的に食べる意欲を引き出すことで、チューブからの栄養補給を早く卒業できる可能性があります。
- ミルタザピン経皮吸収軟膏(商品名: ミラータズ®): 耳の内側の皮膚に塗る軟膏タイプの食欲増進薬です。口から薬を飲ませるのが難しい猫にとって、非常に画期的な薬です。飼い主様の投薬ストレスを大きく減らすことができます。
これらの新しい薬の登場により、猫自身の「食べたい」という気持ちをサポートする治療が強化され、よりスムーズな回復が期待できるようになっています。
最後に
肝リピドーシスは、飼い主様と獣医師、そして猫自身がチームとなって闘う病気です。治療は長期間にわたることもあり、ご不安も大きいかと思います。この情報が、獣医師からの説明をより深く理解し、愛猫の治療に前向きに取り組むための一助となれば幸いです。分からないことや心配なことは、遠慮なくかかりつけの獣医師にご相談ください。