ワンちゃんの「肺高血圧症」について
これは、心臓から肺へ血液を送るための血管(肺動脈)の血圧が、何らかの原因でとても高くなってしまう状態のことです。体全体の血圧を測る「高血圧」とは少し違い、肺へ向かう血管だけの問題です。
この病気は、それ自体が単独で起こるというよりは、他の病気が原因となって引き起こされる「結果」であることが多いです。そのため、なぜ肺の血圧が高くなっているのか、その根本原因を見つけることが非常に重要になります。
どうして肺の血圧が高くなるの? 主な4つの原因タイプ
専門家は、原因ごとに病気をいくつかのグループに分類しています。ワンちゃんの場合も、これにあてはめて考えます。
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1.肺の血管そのものが悪くなるタイプ(第1群 PAH)
肺の中にある細い血管が、硬くなったり(リモデリング)、異常に縮んだりして狭くなり、血液が通りにくくなって圧力が上がってしまう状態です。
- ワンちゃんで多い原因: 生まれつき心臓に穴が開いている(心室中隔欠損症など)病気や、特殊な血管が閉じずに残ってしまう病気(動脈管開存症など)が関連していることが多いです。
- 原因が全くわからない「特発性」というタイプは、人間では知られていますが、ワンちゃんでは存在するかどうかハッキリしていません。
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2.心臓の左側の問題が原因のタイプ(第2群)
ワンちゃんでは、このタイプが最も多いです。
心臓の左側にある弁(特に僧帽弁)がうまく閉じなくなる病気(僧帽弁閉鎖不全症)などがあると、血液が逆流してしまいます。すると、心臓の中で血液が渋滞を起こし、その圧力が肺の血管にまで伝わって、肺の血圧が上がってしまいます。
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3.肺や呼吸の問題が原因のタイプ(第3群)
肺そのものの病気(ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリアに多い特発性肺線維症など)や、体の中の酸素が少なくなる状態(低酸素)が続くと、肺の血管がギュッと縮んでしまい、血圧が上がります。
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4.肺の血管に血の塊(血栓)が詰まるタイプ(第4群 CTEPH)
肺の血管の中でできた血の塊(血栓)が詰まってしまい、血液の流れをせき止めることで圧力が上がります。
ワンちゃんでは、フィラリア症(犬糸状虫症)がこのタイプに分類されます。
どうやって診断するの?
- 心臓の超音波(エコー)検査が中心です。この検査で、心臓の中の血液が逆流するスピードを測ります。このスピードが速ければ速いほど、肺の血圧が高いと判断できます。
- 原因を探すことが最も重要です。どのタイプなのかを特定するために、心臓の左側の状態を詳しく見たり、レントゲンやCT検査、血液中の酸素濃度を測る検査など、追加の検査が必要になることもあります。
どんな治療をするの?
治療の基本方針は、「原因となっている病気の治療」と「高くなった肺の血圧を下げる治療」の2本柱です。
治療の考え方
肺の血圧を下げるためには、「肺血管拡張薬」という、肺の血管を広げるお薬が中心となります。ただし、このお薬は使い方を間違えると逆効果になることもあるため、「肺高血圧症と診断されたら、すぐにお薬を使いましょう」という単純な話ではない、と専門家は注意を促しています。
お薬を使うかどうかは、以下の点を総合的に考えて、慎重に判断されます。
- 肺高血圧症の重症度
- 失神(気を失って倒れること)などの症状があるか
- 心不全(心臓のポンプ機能が弱っている状態)を起こしているか
原因タイプ別の治療
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1.肺の血管そのものが悪いタイプ(第1群)の場合
- 第一選択薬は「シルデナフィル」です。
- お薬の量:
- 開始量: 体重1kgあたり0.5mgを、1日2回、飲み薬で始めます。
- 増量: 効果を見ながら、体重1kgあたり2mgを1日2回、あるいは状態によっては1日3回まで増やすことを検討します。
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2.心臓の左側が原因のタイプ(第2群)の場合
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3.肺や呼吸が原因のタイプ(第3群)の場合
- 最優先は、原因となっている肺の病気の治療や、酸素吸入です。
- シルデナフィルを使うと、肺の機能が落ちている部分への血流も増えてしまい、かえって体全体の酸素濃度が下がってしまうリスクがあります。
- 生活の質(QOL)の改善が報告されることもありますが、寿命を延ばす証拠はないため、リスクを理解した上で、入院しながら試験的に開始するなど、非常に慎重な判断が必要です。
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4.血の塊が原因のタイプ(第4群)の場合
- シルデナフィルの有効性は証明されていませんが、症状の緩和に役立つ可能性が示唆されており、フィラリア症に伴う肺高血圧症では投与が推奨されることが多いです。
治療の流れ図(フローチャート)の見方
資料の図は、特に多い第2群・第3群の治療方針をまとめたものです。
- 重症度を判断します。
- 軽度: 推定圧力 31-50 mmHg
- 中等度: 推定圧力 51-75 mmHg
- 重度: 推定圧力 76 mmHg以上
- 「失神」と「うっ血性心不全」の有無を確認します。
- 重度の場合は、心不全があってもなくてもシルデナフィルの使用が検討されます。
- 中等度の場合は、「失神」があればシルデナフィルを検討しますが、なければ心不全の治療を優先します。
- 軽度の場合は、基本的にシルデナフィルは使わず、心不全があればその治療を行います。
獣医師からの最も大切なメッセージ
- ただ「肺高血圧症です」で終わらせず、根本的な原因を特定する努力が何よりも大切です。
- 原因によって治療の考え方は全く異なります。
- 心臓病や肺の病気など、基礎にある病気への十分な対処を最優先してください。