ワンちゃんの「気管虚脱」について
〜専門的な内容を含む詳細なご説明〜
ワンちゃんの「気管虚脱」という病気について、詳しくご説明します。専門用語や具体的な数値も出てきますが、一つひとつ解説を加えながら進めますので、ご一緒に確認していきましょう。
1. 「気管虚脱」とは、どのような病気ですか?
気管は、肺へ空気を送るための、軟骨で支えられた硬いチューブです。このチューブが本来の丸い形を保てなくなり、主に上から下へ押しつぶされるように平たくなってしまう状態を「気管虚脱(きかんきょだつ)」と言います。
- 原因: 気管をC字型に支えている「気管軟骨」が弱くなり、背中側にある「膜性壁(まくせいへき)」という筋肉の膜が伸びてたるんでしまうことで起こります。
- 症状: 空気の通り道が狭くなるため、「ガーガー」「ガチョウの鳴き声のよう」な乾いた咳が出ます。これは「アヒル様呼吸音」と呼ばれる特徴的な症状です。興奮時にゼーゼーという呼吸音(ストライダー)が聞こえることもあります。重症化すると呼吸困難やチアノーゼを起こし、命に関わることもあります。
- 好発犬種: 主に中年齢の小型犬に多く、特にヨークシャー・テリア、トイ・プードル、マルチーズなどが挙げられますが、他の犬種でも発症します。
2. どのように診断するのですか?
肥満、興奮、高温多湿、ご家族の喫煙などが症状の引き金や悪化の原因になることがあります。診断は、これらの情報と専門的な検査を組み合わせて行います。
- レントゲン検査: 気管が潰れている様子を確認します。
- X線透視検査: レントゲンの動画版で、呼吸に合わせて気管がリアルタイムで動的に潰れる様子を観察します。
- 気管支鏡検査: 口から細いカメラを入れ、気管の内部を直接観察する、最も診断精度の高い方法です。
- 心臓超音波(エコー)検査: 咳の原因が心臓病ではないことを確認するために重要です。
重症度の評価 (グレード分類)
気管支鏡検査で見たときの潰れ具合によって、重症度を4段階の「グレード」に分けます。
- グレード1: 25%以下の狭窄。気管の膜性壁だけが少し垂れ下がっている状態です。
- グレード2: 25~50%の狭窄。膜性壁が垂れ下がり、軟骨も少し平たくなっています。
- グレード3: 50~75%の狭窄。軟骨がかなり平たくなり、気管の壁同士が触れそうになります。
- グレード4: 気管の内腔が完全に消失し、膜性壁が底についてしまっている最重症の状態です。
3. どのような治療法がありますか?
治療は、症状の重さやグレードに応じて「内科療法」と、より積極的な「外科療法・ステント治療」に大別されます。
【内科療法】 お薬や生活環境の改善による治療
比較的症状が軽い場合や、手術が難しい場合の基本となる治療です。生活環境の改善(ダイエット、涼しい環境、ハーネスの使用)と並行して、お薬による治療を行います。
お薬による治療(処方例)
※これは文献に記載されている一例であり、実際の処方や用量はワンちゃんの体重や状態によって獣医師が判断します。
- ① 鎮咳・呼吸興奮薬
薬剤名: 無水カフェイン、ジフェンヒドラミン塩酸塩複合注射薬 [ダンプロン]
用量: 0.1 mL/kg、皮下注射・筋肉注射・静脈注射、1日3回以内。
- ② 鎮咳薬(医療用麻薬)
薬剤名: ブトルファノール酒石酸塩 [ベトルファール注]
用量: 0.1~0.3 mg/kg、筋肉注射。
- ③ 抗炎症薬(ステロイド)
薬剤名: プレドニゾロン [プレドニゾロン注]
用量: 0.5~1 mg/kg、皮下注射・筋肉注射、1日1回。
- ④ 嘔吐抑制・鎮咳薬
薬剤名: マロピタントクエン酸塩一水和物 [セレニア注]
用量: 1 mg/kg、皮下注・静注、1日1回 もしくは 2 mg/kg、皮下注・静注、2日に1回。
- ⑤ サプリメント(減量サポート)
薬剤名: 5-アミノレブリン酸(5-ALA)[エネアラ]
用量: 10kg未満は1日1錠、10kg以上は1日2錠。
【外科療法・ステント治療】 より積極的な根本治療
内科療法で改善しない重症例(グレード3以上など)で検討されます。
- 外科療法(手術): 潰れた気管の外側に「プロテーゼ」という人工の器具を縫い付け、気管を物理的に広げる手術です。気管周囲の血管や神経(反回神経)を温存する最新の手技では、喉頭麻痺などの合併症が大幅に低減されています。
- ステント設置術: 気管の内側に「ステント」という金属製の網目状チューブを入れ、内側から気管を広げる治療法です。体への負担が少ないのが利点ですが、設置後には過剰な肉芽形成や感染などの合併症が起こる可能性があり、定期的な内視鏡検査が必要です。
- 一時気管切開: 呼吸停止など緊急時に、気管に直接チューブを入れる処置です。これにより、根治治療が可能になるまでの時間を稼ぐことができます。
4. 飼い主様にお願いしたいこと
この病気は進行性ですが、適切な治療とご家庭でのケアで、症状をコントロールし、ワンちゃんが快適に過ごせる時間を延ばすことができます。
- 興奮と高温多湿を避ける: 落ち着いた涼しい環境を維持してください。
- 「ガーガー」という咳は急変のサイン: この特徴的な咳やゼーゼーする呼吸(ストライダー)は、容体が急変するリスクがあることを示しています。様子を見ずに動物病院に相談してください。
- 治療法の選択: それぞれの治療法にはメリットとデメリットがあります。ワンちゃんの状態、年齢、体力、そしてご家族の希望を獣医師とよく相談し、最適な方法を一緒に決めていきましょう。
この記事が、ワンちゃんの病状をご理解いただくための一助となれば幸いです。
ご不明な点やご不安なことがありましたら、いつでもかかりつけの獣医師にご相談ください。