ワンちゃんの心臓病「三尖弁閉鎖不全症」の詳しいご説明
飼い主様にも分かりやすいように、専門的な内容も省略せず丁寧に解説するものです。
1. この病気はどんな状態? (病態)
ワンちゃんの心臓は、人間と同じように4つの部屋に分かれています。血液がスムーズに一方通行で流れるように、それぞれの部屋の出口には「弁」というドアがついています。
- 三尖弁とは?: 心臓の右側にある部屋(右心房と右心室)の間にあるドアのことです。
- 閉鎖不全症とは?: この「三尖弁」というドアがうまく閉じなくなり、血液が逆流してしまう状態のことです。
血液が逆流すると、心臓に負担がかかり、全身の血の巡りが悪くなります。
【原因】
この病気には、大きく分けて2つの原因があります。
- 生まれつきの問題(一次性): 三尖弁の形が元々おかしかったり、心臓の筋肉との付き方が異常だったりするケースです。
- 他の病気の影響(二次性):
- 肺高血圧症など、肺の病気によって心臓の右側の部屋の圧力が高くなり、ドアの枠(三尖弁輪)が広がってしまう。
- 心臓の左側の部屋の病気が原因で、心臓全体の形が変わり、その影響で三尖弁がうまく閉じなくなる。
【症状】
- 初期〜中期: 症状はほとんどなく、気づかれにくいことが多いです。
- 進行期: 血液の逆流がひどくなると、体に渋滞(うっ血)が起こります。
- 首の血管が浮き出て見える(頸静脈の怒張)。
- 肝臓が腫れる(肝腫大)。
- 末期: お腹に水が溜まる「腹水」がみられるようになります。これにより、食欲がなくなったり、呼吸が苦しそうになったり、疲れやすくなったり、元気がなくなったりします。
2. どのように診断するの? (診断)
- 聴診: 獣医さんが聴診器を胸の右側にあてると、「ザーザー」という心雑音が聞こえることがあります。ただし、ごく軽い逆流の場合は聞こえないこともあります。
- レントゲン検査:
- 心臓が大きく映ることがあります(心陰影の拡大)。
- 肝臓が大きく見えたり、血管が太く見えたりして、体に血液が滞っているサイン(うっ血肝)が分かることがあります。
- お腹に水が溜まっていると、お腹全体がすりガラスのように白っぽく映ります。
- 心エコー図検査(心臓の超音波検査):
- これが最も確実な診断方法です。超音波で心臓の動きをリアルタイムで見ながら、カラードプラ法という機能を使って血液の逆流を色で確認し、診断を確定します。
- 病気が進行すると、心臓の右側の部屋が大きくなっていたり(右心房・右心室の拡大)、左右の心室を隔てる壁が平らになったりする様子が観察されます。
- 血液の逆流するスピードが秒速2.8m以上ある場合は、「肺高血圧症」という病気を合併している可能性を疑います。
3. どんな治療をするの? (治療方針)
1. 軽度の場合
逆流のスピードが秒速2.8m未満で、心臓も大きくなっていない場合は、基本的にお薬は使わず、定期的に検査をして様子を見ます(経過観察)。ただし、フィラリア症や僧帽弁閉鎖不全症など、他に原因となる病気がある場合は、そちらの治療を優先します。
2. 病気が進行している場合
この病気の治療法はまだ研究途上で、確立されたものはありません。そのため、獣医師の経験に基づいて以下のようなお薬が選択されます。
- 心臓の負担を軽くするお薬: 心臓が大きくなってきたら、血流を改善する目的で「ACE阻害薬」や「スピロノラクトン」というお薬を使います。
- 体の渋滞(うっ血)をとるお薬: 首の血管の怒りや肝臓の腫れなど、うっ血のサインが見られたら、「ループ利尿薬」や「ピモベンダン」というお薬を開始します。
- ループ利尿薬: 体の余分な水分をオシッコとして出すお薬です。うっ血の症状を改善するのに最も重要です。
– フロセミド: 1日に1回または2回、体重1kgあたり1〜2mgを飲ませます。
– トラセミド: 1日に1回または2回、体重1kgあたり0.05〜0.2mgを飲ませます。トラセミドは効果が強い分、元気や食欲がなくなる副作用が出やすいので、ごく少量から始めます。
- ピモベンダン: 心臓の筋肉が収縮する力を強め(強心作用)、さらに血管を広げて心臓の負担を軽くするお薬です。肺の血管も広げる効果が期待されています。
3. 「肺高血圧症」を合併している場合
肺につながる血管の圧力が異常に高くなっている状態です。逆流スピードが秒速3m以上で、肺の動脈が拡張している場合にこの病気と診断し、治療を開始します。
- ベラプロストナトリウム: 肺の血管を広げるお薬です。犬での詳しい使い方がまだ分かっていないため、経験的に体重1kgあたり2〜3μg(マイクログラム)を1日2回から始め、最大10μgまで少しずつ増やしていきます。
- シルデナフィルクエン酸塩: 肺の動脈を特異的に広げるお薬です。犬では体重1kgあたり0.5〜2mgを飲ませることで効果が報告されています。
- 硝酸イソソルビド: 全身の血管と肺の血管を広げるお薬です。他のお薬と併用すると血圧が下がりすぎる危険があるため、血圧のモニタリングが必要です。
4. お腹に水が溜まった場合 (腹水抜去)
腹水によって元気や食欲がなくなったり、呼吸が苦しくなったりした場合は、お腹に針を刺して水を抜く処置を行います。超音波で安全な場所を確認しながら、できる限り水を抜きます。
5. 食事管理
腹水を何度も抜くと、水と一緒にタンパク質も失われ、体がどんどん痩せてしまう「心臓性悪液質」という状態になりやすくなります。
- 高タンパク&高カロリーの食事: 心臓病用のフードは基準を満たしていますが、食欲がない場合は、より栄養価の高い離乳食や子犬用フードを勧めることもあります。
- サプリメント: 筋肉の維持を助けるオメガ3脂肪酸や分岐鎖アミノ酸のサプリメントも効果が期待されています。
処方されるお薬の例
実際に処方される可能性のあるお薬と、その一般的な投与量です。ワンちゃんの体重や状態によって量は変わります。
ACE阻害薬 (心臓の負担を軽くする)
- アラセプリル [アピナック錠]: 1日に体重1kgあたり1〜3mgを1回または2回に分けて。
- テモカプリル塩酸塩 [エースワーカー]: 1日に体重1kgあたり0.1mgを1回。
- エナラプリル [エナカルド]: 1日に体重1kgあたり0.25〜0.5mgを1回、または0.5mgを2回に分けて。
- ベナゼブリル塩酸塩 [フォルテコール]: 1日に体重1kgあたり0.25〜1mgを1回。
利尿薬 (体の余分な水分を出す)
- スピロノラクトン [アルダクトン錠]: 1日に体重1kgあたり2mgを1回。
- フロセミド [ラシックス]: 1日に体重1kgあたり1〜2mgを1回または2回に分けて。
- トラセミド [ルブラック錠]: 1日に体重1kgあたり0.05〜0.2mgを1回または2回に分けて。
強心薬
- ピモベンダン [ベトメディン錠など]: 1日に体重1kgあたり0.2〜0.3mgを2回に分けて。
血管拡張薬
- 硝酸イソソルビド [ニトロールR]: 1日に体重1kgあたり2〜8mgを1回または2回に分けて。
- ベラプロストナトリウム [ドルナー錠など]: 体重1kgあたり2〜3μgを1日2回。
- シルデナフィルクエン酸塩 [レバチオなど]: 体重1kgあたり1〜2mgを1日2〜3回に分けて。
5. 今後の見通しは? (予後)
- この病気自体の予後は比較的良く、数年間元気に過ごせる子も多いです。
- しかし、腹水などが見られる「うっ血性右心不全」という状態に進行してしまうと、予後は悪くなる傾向があります。
- ある報告では、右心不全を発症していない犬の生存期間の中央値が2,275日(約6年)だったのに対し、発症した犬では181日(約半年)だったとされています。
- 体が痩せてくる「心臓性悪液質」になると、さらに予後が悪くなる可能性があります。
6. 飼い主様へ 特に知っておいてほしいこと (Key point)
お薬の副作用について
- 血管を広げるお薬や利尿薬は、副作用として元気や食欲がなくなることがあります。もしそうなったら、まず2〜3日お薬を休み、元気になったら量を半分に減らして再開するなどの調整が必要なので、すぐに動物病院に連絡してください。
- ごはんを全く食べられない時は、副作用が出やすくなるのでお薬を飲ませないようにしてください。
ご自宅での過ごし方・観察のポイント
- 腹水などの症状が出たら、過度な運動は控え、安静に過ごさせてあげてください。
- おうちでの健康チェックが重要です。
- 体重: 増えてきたら腹水が溜まっているサインかもしれません。
- 呼吸数: 安静時の呼吸数が増えていないか確認しましょう。
- 食欲: 食欲の低下は体調変化のサインです。
- 体重や呼吸数が増えたり、食欲が落ちたりしたら、腹水の確認が必要なので病院を受診してください。
食事について
- お腹が張って苦しい症状はあっても、肺に水がたまる病気のように激しく苦しむことは少ない病気です。しかし、腹水が溜まると元気がなくなったり呼吸が苦しくなったりするので、その際は病院で水を抜いてもらう必要があります。
- 食事管理も大切な治療の一環です。心臓病用のフードを基本とし、食欲がなければ鶏肉や卵、お豆腐などタンパク質の豊富な食材や、栄養価の高いフードを少しでも食べさせて、体重を維持することが大切です。
この記事は、あくまで一般的な情報を提供するものです。ワンちゃん一頭一頭の状態は異なりますので、具体的な治療方針については、必ずかかりつけの獣医師とよくご相談ください。