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前十字靭帯断裂

まずは要点(TL;DR)

  • 多くは“突然切れる”より“じわじわ弱って最後に切れる”病気。炎症(滑膜炎)→靱帯の変性→不安定→半月板損傷…の順で進行。
  • 典型サイン:跛行、起立時のつま先接地/片足荷重、sit testで患肢を外に投げる、medial buttress(内側のゴツゴツした肥厚)、クリック音(半月板)。
  • 徒手検査:前方引き出し試験脛骨圧迫試験で不安定性を確認。
  • レントゲン(X線):早期はfat pad signと関節水腫、進行で骨棘や脛骨粗面の変化。腫瘍の鑑別(骨肉腫・滑膜肉腫・骨髄炎ほか)の赤旗も必ずチェック。
  • 治療:体重管理と炎症コントロールは全員必須。外科は関節包外制動(lateral suture)骨切り術(TPLO/TTA/CBLO)が主流。
  • 術後:最初の4〜6週は運動制限が予後を左右。反対脚も高率で発症するため、長期の体重・生活管理が鍵。

なぜ切れるの?―病態の流れをイメージで

  1. 滑膜炎が先行:遺伝・体重・姿勢(TPAなどの形態)・免疫学的要因・微細外傷が絡み、膝関節の滑膜に炎症→関節液増加。
  2. 靱帯の変性(コラーゲンの質変化):線維芽細胞が減り、コラーゲン線維の配列が乱れ、波状の“クリンプ(crimp)”が消える→“しなやかなバネ”が失われ、引張り強度が低下。
    クリンプって? 靱帯コラーゲンにある細かい“波型バネ”。伸び縮みで衝撃を逃がす構造。これが消えると硬く脆い紐になるイメージ。
  3. 不安定性の発生:前方引き出しや脛骨前方推力(cranial tibial thrust)が生じ、関節内で摩耗が加速。
  4. 半月板(特に内側)損傷:“クリック音”や急な激痛・跛行増悪で疑う。
  5. 慢性期の変化medial buttress(脛骨内側の骨・軟部組織の肥厚)や骨棘、関節包の肥厚が目立つ。

飼い主さんと一緒にできる“診断の流れ”

視診

  • 起立姿勢:患肢はつま先で軽く接地/外旋、健側に体重偏位。
  • 歩様:負重短縮、頭部の上下動、hip hike(骨盤の持ち上がり)。
  • 座位(sit test):お座りで患肢を外側へ投げる/膝完全屈曲を避ける。

触診

  • 熱感・関節水腫、痛み(滑膜炎)、内側のゴツゴツ=medial buttress
  • 可動域:伸展で161°前後、屈曲で約41°(犬種差あり)。疼痛や機械的ブロックがあれば半月板を疑う。
  • クリック音:膝を屈曲→伸展で「コリッ」。聞こえたら半月板を強く疑う。

徒手検査(ポイントだけ外さずに)

  • 前方引き出し試験(Cranial Drawer)
    体位:側臥位。大腿骨遠位を親指と示指で外側上顆-内側上顆、脛骨近位を腓骨頭-脛骨稜で把持。
    脛骨が前へ滑れば陽性。部分断裂では30°屈曲で陽性/伸展で陰性など“段差”。若齢のpuppy drawerは関節包弛緩で動くことがある。
  • 脛骨圧迫試験(Tibial Compression)
    体位:起立or側臥。足根関節を屈曲しながら大腿骨を固定。
    脛骨稜が前へ出れば陽性。立位で見逃しにくい。
ひと工夫:大型犬・緊張が強い子は鎮静で精度UP。両検査とも対側比較が鉄則。

レントゲン読影:段階別“見る順番”

標準:側面+前後方向(必要で斜位)。まず位置合わせ(patella位置、TPA評価)を正確に。

早期〜部分断裂

  • 関節液貯留のサイン(fat pad sign):膝蓋靭帯後方の脂肪体が三角に持ち上がる/滑らかな関節周囲軟部の膨隆。
  • 骨変化は乏しいことが多い(だから臨床所見が大事)。

進行期

  • 骨棘形成:脛骨プラトー縁、脛骨粗面、膝蓋骨縁、大腿骨顆周囲。
  • 関節間隙の不整/骨硬化、関節包の肥厚影。
  • TPA(脛骨高平部角)が大きい個体では不安定性が強く出やすい。

慢性期

  • medial buttress相当部の骨増生、重度の骨棘、脛骨前方変位の印象が強くなることも。
  • 半月板鉱化像(稀)。

腫瘍・感染のレントゲン鑑別(ここを漏らさない)

赤旗:“痛みの割に不安定性が弱い/骨破壊が急/関節をまたぐ病変”。

A. 原発性骨腫瘍

  • 骨肉腫(OSA):遠位大腿骨・近位脛骨に好発。骨溶解+不整増殖Codman三角/サンバースト様骨膜反応。通常は関節を越えない
  • 軟骨肉腫(CSA):“rings-and-arcs”様の軟骨石灰化を伴う不整陰影。
  • 線維肉腫など:不均一な溶骨+骨膜反応。

B. 滑膜由来腫瘍(関節を越えるのが特徴)

  • 滑膜肉腫/滑膜細胞肉腫:関節周囲軟部腫瘤+骨端の“バルーン状溶骨”、しばしば両骨の関節面側を侵す。関節液多量。
  • 組織球性肉腫(periarticular HS):大型犬、重度の関節腫脹と骨端の侵食。

C. 感染(化膿性関節炎/骨髄炎)

  • 関節を越える骨端の不整溶骨、強い軟部腫脹、全身徴候。手術歴や創傷歴があれば疑いを上げる。
  • 真菌性では多巣性・地図状溶骨が目立つことも。

D. その他の鑑別

  • 離断性骨軟骨炎(OCD):若齢、大腿骨滑車溝/顆の欠損+骨化片。
  • 骨折(顆間稜・脛骨粗面):外傷歴と線状透亮像。
  • 滑膜骨軟骨腫症:関節内の多発小石灰化体。
  • 変性性関節症のみ:骨棘主体で溶骨は目立たない。
次の一手:赤旗があれば超音波で軟部腫瘤確認→FNA/生検、あるいはCT/MRI
“不安定性が典型でない膝+攻撃的骨変化”は必ず腫瘍鑑別を。

治療の考え方(保存 vs 外科)

保存療法(手術を行わない)

  • 目的:痛みと炎症のコントロール、体重・生活の最適化、筋力維持。
  • 適応:体重が軽い/活動性が低い/併発疾患で麻酔リスク高い/軽度不安定 など。
  • 中身
    • 体重管理(最強の治療):BCSを1段落とすだけで膝負担が劇的に減る。
    • NSAIDsを中心に鎮痛(※薬剤は必ず獣医師指示で)。
    • 補助鎮痛(ガバペンチン、アミトリプチリン、プレガバリン等)、胃粘膜保護(ミソプロストール等)。
    • リハビリ:初期は安静、浮腫管理→可動域訓練→コントロール下の筋力回復。
  • 限界:高頻度で進行し、半月板損傷リスク。中~大型犬では外科の方が回復と満足度が高い傾向。
(獣医師向けメモ) 一般的なNSAIDs/補助薬の用法用量は院内基準や添付文書を厳守。飼い主向け公開時は“自己判断投薬は不可”の注意喚起を。

外科療法(機械的不安定を止める) ― 大きく関節包外制動骨切り術

関節包外制動(Lateral Suture/Flo法など)

  • 原理:外側種子骨(大腿骨外側のファベラ)—脛骨粗面の間に強靭糸(ナイロン等)を等尺点で通し、前方引き出しと内旋を抑える。
  • 適応の目安:小〜中型犬、活動性中等度、内旋が主体で粗面の向きは許容(Grade I–II程度)。
  • 手技のコツ
    • 脛骨トンネルは粗面トップからやや内側〜正面なるべく近位に。外側には長趾伸筋腱付着、腓骨神経に注意。
    • 糸の締結角は最もドロワーが出る角度で合わせ、可動域を確保(過緊張は伸展障害)。結紮塊は皮下に隠す。
    • 併発:膝蓋骨内方脱臼があればアライメント矯正(TTTや溝形成)も同時に評価。
  • よくあるNG:トンネルが遠位すぎ→制動弱い/外側へ向けすぎ→足尖が外向きになる外旋癖。

骨切り術(TPLO / TTA / CBLO)

  • TPLO:脛骨上端を半円状に切り、TPAを低くして前方推力を力学的に消す。早期負重と満足度が高い報告が多い。
  • TTA:脛骨粗面を前進させ、膝蓋靭帯角90°を目指す。
  • CBLO:変形中心に基づき回旋して力学中心を是正。
  • 選択の考え方:体格・活動性・TPA・合併(膝蓋骨脱臼・内旋)・術者経験で最適化。
    内旋が主訴で粗面の向きが許容ならラテラルスーチャー、粗面が内向ならTTT、推力が強いならTPLO/CBLO…と問題の主力学を直すのが基本。

術後の道筋(飼い主さん向け)

  • 安静期が“超”重要:最初の4〜6週はケージレスト+リード歩行のみ。はしゃぎジャンプは禁忌。
  • 痛みと炎症のコントロール:処方薬を正しく。勝手な増減はNG。
  • 段差・滑り対策:マット、スロープ、フローリング封印。
  • 体重管理:治療の鍵。痩せるほど再断裂とOAの進行が抑えられる。
  • 反対脚に要注意:3年以内に~85%が対側も…という報告。筋力UPと体重管理を継続。

半月板と“見逃さないポイント”

  • クリック音・急な跛行悪化・屈曲終末痛は赤旗。
  • 術式問わず、関節内評価(開関節/関節鏡)内側半月板後角のささくれ・バケツ柄断裂を確認し、必要なら処置。
  • ルーチンのリリースは賛否あり。病変や不安定性の程度で個別判断。

放射線“読み忘れ”防止チェックリスト

  1. ポジション良好?(patella中央、関節面重なり)
  2. fat pad signと軟部腫脹
  3. 骨棘:脛骨プラトー縁/脛骨粗面/膝蓋骨/大腿骨顆
  4. TPA評価(骨切り術検討時は必須)
  5. 半月板鉱化や鼠径リンパ節(腫瘍時)
  6. “関節を越える溶骨”や攻撃的骨反応は腫瘍/感染を疑う
  7. 対側比較
  8. 臨床所見と合致?(不一致なら追加検査)

よくある質問(飼い主さん向け超要約)

  • 手術しないと治りませんか?
    体重が軽い子や不安定が軽度なら保存で落ち着くことも。ただし多くは進行し、外科のほうが早く安定して歩ける傾向。
  • どの手術が一番良い?
    体格・膝の角度・合併症・生活で最適が変わります。“力学の問題点を直す術式”を選ぶのが基本。
  • どれくらいで歩ける?
    ケース差はありますが、2〜6か月で日常歩行に。骨切り術は回復が早い傾向。
  • 再発しますか?
    同じ脚の再断裂より、反対脚の発症が問題。体重・生活管理が最大の予防です。

(獣医師向け 付録)薬物療法の整理と注意

  • NSAIDs(例:カルプロフェン、メロキシカム、フィロコキシブ、ロベナコキシブ)
  • 胃粘膜保護(例:ミソプロストール 等)
  • 補助鎮痛(ガバペンチン、プレガバリン、アミトリプチリン、アマンタジン 等)

※投与は各国法規・添付文書・院内プロトコルに準拠。飼い主向け公開時は用量記載を避けるか、“獣医師の指示必須”の但し書きを明記。

まとめ

  • 犬の前十字靱帯疾患は炎症→変性→不安定→半月板損傷の連鎖。
  • 診断は視診・触診・2つの徒手検査+X線をセットで。
  • X線では“腫瘍・感染”の赤旗を必ず確認し、必要ならFNA/CT/MRIへ。
  • 治療は体重管理が土台。外科はlateral suture骨切り術を個体の力学問題に合わせて選択。
  • 術後の安静と生活環境整備、そして反対脚の予防が、長い目の満足度を決めます。