抗がん薬治療中の「嘔吐・下痢・食欲不振」や、シクロホスファミド投与後の「血尿」は、よく遭遇する有害事象です。ただし臨床で最も重要なのは、「薬の副作用」と決め打ちせず、腫瘍の進行や感染、別疾患の合併を同時に評価しながら、支持療法と抗腫瘍治療の両方を安全に組み直すことです。
この記事で扱うテーマ(獣医師向け:犬猫臨床)
抗がん薬治療に関連する消化器毒性(嘔吐・下痢・食欲不振・低アルブミンなど)と、シクロホスファミド投与後の無菌性出血性膀胱炎(SHC)について、現場でそのまま使える評価手順・投薬設計・モニタリング・中止/再開判断の考え方を、文献が手元になくても理解できる形で整理します。
総論:抗がん薬の有害事象で「最初に決めること」
- 「薬の毒性」か「別原因」かを同時に走らせて評価する:抗がん薬治療中の嘔吐・下痢・食欲不振・低アルブミンは、薬剤性だけでなく、腫瘍進行、腫瘍性腸炎、蛋白漏出性腸症、感染(好中球減少時を含む)、膵炎、胆道系疾患、消化管閉塞、併用薬(NSAIDs、抗菌薬、ステロイド増量など)によっても起こり得ます。
- 重症度で「外来で回す」か「入院で守る」かを即決する:同じ症状でも、脱水・電解質・循環、内服可能性、低アルブミンの進行、発熱や好中球減少の疑いがあるかで、初動の安全性が大きく変わります。
- 支持療法は「制吐・下痢・食欲(栄養導入)」の三本柱で設計する:嘔吐が止まらないまま下痢止めを追加しても改善しにくく、栄養が入らないと腸粘膜の回復も遅れます。三本柱を同時に組み、反応を見ながら強度を調整します。
- 抗がん薬の継続可否(中止・延期・減量・薬剤変更)を「臨床反応」で判断する:検査や画像で評価できる情報に加え、症状の推移(食欲、嘔吐回数、便性状、体重、脱水、疼痛)の改善が、治療効果判定や安全性判断に直結します。
消化器毒性:現場での評価(「決め打ち」を防ぐチェックリスト)
- 発症タイミング:抗がん薬投与後何時間〜何日で始まったか。投与サイクルごとに同じタイミングで起きるか。前回より増悪しているか。
- 主症状の型:嘔吐優位、下痢優位、食欲不振のみ、腹痛優位、血便・タール便、粘液便、テネスムス、発熱の有無。
- 全身状態:脱水、循環不全、意識レベル、体重変化、低アルブミン関連(腹水・末梢浮腫・胸水)の有無。
- 併用薬・併発要因:NSAIDs、抗菌薬、ステロイドの増減、PPI、サプリ、食事変更、誤食、ストレス。
- 最低限の検査セット:CBC/生化学(TP/Alb、電解質、腎肝、炎症指標)、尿検査(脱水評価や併発確認)、必要に応じて便検査、腹部画像(X線/超音波)。
- 感染の見落とし回避:好中球減少や発熱が疑われる場合、消化器症状があっても感染合併の前提で評価し、入院管理や抗菌薬選択を含めて安全側に設計する。
消化器毒性:入院を検討する基準(実務用)
- 反復嘔吐で内服不能、または水も飲めない
- 水様下痢が止まらない、血便が強い、頻回排便で急速に悪化している
- 中等度以上の脱水、電解質異常、循環不全兆候
- 低アルブミンが進行している、腹水/浮腫/胸水などが出てきた
- 発熱、好中球減少が疑われる、または急速な全身状態悪化
- 腹痛が強い、閉塞が疑われる、画像で重篤所見が疑われる
消化器毒性:支持療法の設計(制吐・食欲・下痢を同時に組む)
- 制吐薬の選択肢(犬猫):嘔吐の強さ、入院/外来、内服可否で組み替えます。
- メトクロプラミド:PO/IV/SC/IM 0.2〜0.4 mg/kg BID〜TID、CRI 1〜2 mg/kg/24h。入院で持続点滴が組める場合は、悪心や胃内容排出遅延の要素が疑われる時に扱いやすい選択肢です。
- オンダンセトロン:PO 0.5〜1 mg/kg BID〜TID、IV 0.1〜0.5 mg/kgを15分以上かけて緩徐に投与しTIDまで検討。悪心・嘔吐が強い症例で、マロピタントと併用されることがあります。
- マロピタント:IV/SC 1〜2 mg/kg SID、PO 2 mg/kg SID。嘔吐が強い初動で組みやすい薬剤で、内服が難しい場合は注射で立ち上げます。
- 食欲不振への選択肢:栄養が入らない状態は腸粘膜回復を遅らせ、低アルブミン症例では全身状態悪化につながります。
- ミルタザピン:犬 PO 1.1〜1.3 mg/kg SID(または3.75〜30 mg/頭 SIDの範囲で調整)、猫 PO 1.88 mg/頭 SID。食欲の立ち上げを狙う場合に用います。
- 下痢への対応:下痢止め追加の前に、脱水・電解質・低Alb進行、感染合併、腫瘍性腸炎/蛋白漏出の再評価を優先します。
- ロペラミド:PO 0.1〜0.2 mg/kg BID〜TID。
- メトロニダゾール:PO 15 mg/kg BID。
- タイロシン:PO 10〜20 mg/kg SID〜BID。
- プロバイオティクス:Enterococcus faecium SF68(FortiFloraなど)、Enterococcus faecium EF1707製剤など。腸内環境の補助として併用します。
- 胃粘膜保護・上部消化管症状の併発に対して:臨床状況によりPPIや粘膜保護薬を併用し、嘔吐が落ち着き始めたら「少量頻回」の食餌導入に繋げます。
消化器毒性:具体的な投与設計(実例としてのレシピ)
- 入院下で抗腫瘍治療導入や再開を行う場合、支持療法は「先に守る」設計にします。抗ヒスタミン薬、制吐薬、胃酸抑制、抗菌薬、粘膜保護、そして栄養導入の順に安全域を確保します。
- 抗ヒスタミン薬:ジフェンヒドラミン 1 mg/kg SC(過敏反応対策として用いられることがあります)。
- L-アスパラギナーゼ:400 IU/kg SC。
- プレドニゾロン:2 mg/kg SC SID(状況により再開・調整)。退院後はPOで継続し、反応を見ながら漸減を検討します。
- マロピタント:1 mg/kg SC SID(退院後はPOへ切替する設計が組まれることがあります)。
- オメプラゾール:1 mg/kg IV BID。
- アンピシリン:20 mg/kg IV BID(感染リスクや臨床状況に応じて)。
- 粘膜保護:アルサルミン 3 mL/頭 PO BID。
- 退院後の内服例として、プレドニゾロン(例:2.1 mg/kg PO SIDから漸減)、マロピタント(例:2.6 mg/kg PO SID)、PPI(例:ランソプラゾール 1 mg/kg PO BID)、粘膜保護(アルサルミン 3 mL/頭 BID)など、症状と内服可能性に合わせて組みます。
- 治療中に再度の重度消化器症状が出た場合は、入院下で制吐の強化(メトクロプラミドCRI 1〜2 mg/kg/dayなど)、抗菌薬、整腸剤の追加を含めて再構築し、抗がん薬の延期や薬剤変更を検討します。
- ニムスチンを使用する場合の一例:ニムスチン 25 mg/m² IVの投与下で、プレドニゾロンの再開、メトクロプラミドCRI、メトロニダゾール(例:15 mg/kg IV BID)、プロバイオティクスなどを組み合わせ、消化器毒性の増悪を避けながら治療を継続する設計が取られます。
低アルブミン(低Alb)を伴う消化器症状:臨床での注意点
- 低Albは「下痢の結果」だけでなく、蛋白漏出性腸症、腫瘍性腸炎、慢性炎症、肝合成能低下、腎からの喪失など複数の病態が絡みます。消化器症状が前景化している時は、腸管からの喪失(蛋白漏出)を常に鑑別に置きます。
- 身体所見(腹水・浮腫)と並行して、血漿蛋白の推移、脱水の影響、炎症や感染の併発、腸管病変の評価を行い、必要に応じて画像・追加検査へ進めます。
食餌(栄養導入)の実務:回復スイッチとしての位置づけ
嘔吐・下痢が落ち着き始めた段階で、消化管に過負荷をかけない形での栄養導入は、腸粘膜修復と全身状態の回復に直結します。臨床では、低脂肪の消化器用液状食などを用いて、少量頻回で導入し、吐き気が戻らないことを確認しながら段階的に量を増やします。食欲不振が強い場合は、制吐の最適化と並行して食欲増進薬の併用を検討し、「食べられる状態」を先に作ることで支持療法の効果が出やすくなります。
抗がん薬を「続ける/止める/変える」判断:症状の推移で組み直す
- 消化器毒性が疑われる場合でも、抗がん薬の中止・延期・減量・薬剤変更は、症状の重症度と回復の速さ、再燃の有無、基礎疾患(腫瘍の型や腸管病変)、検査推移(Alb、炎症、電解質、白血球)を統合して判断します。
- 同じレジメンでも、支持療法の設計を先に整えることで継続できるケースがあります。一方で、繰り返し重度の嘔吐・下痢が出る場合は、患者のQOLと安全性を優先し、レジメン全体の再設計(間隔延長、代替薬の選択、支持療法の強化)へ移行します。
シクロホスファミド後の無菌性出血性膀胱炎(SHC):総論
シクロホスファミド(CPA)やイホスファミド(IFO)では、代謝産物であるアクロレインが尿中へ排泄され、膀胱粘膜に障害を与えることで出血性膀胱炎が起こることがあります。臨床像は細菌性膀胱炎に似ますが、薬剤性の場合は「無菌性」であることが多く、感染の除外を前提に診断と治療を組み立てます。重要なのは、発症を「ゼロにする」よりも、起こりうるリスクとして事前説明し、予防策をパッケージ化して運用することです。
SHC:予防(一般臨床で現実的に回せるプロトコル)
- 基本は「尿を薄める」「膀胱内滞留時間を減らす」:投与当日〜翌日にかけて飲水や補液で尿量を確保し、排尿回数を増やします。
- 投与時間:可能なら朝〜日中の投与とし、夜間の膀胱内停滞を避けます。
- 排尿促進:散歩回数を増やす、トイレ誘導を増やすなど、可能な範囲で「尿を溜めない」運用を徹底します。
- 追加オプション:リスクが高い場合や施設運用として必要な場合、利尿(例:フロセミド)やメスナ(アクロレイン中和)などを検討します。どの予防策を採用するかは、症例背景、再発リスク、入院/外来の運用、薬剤入手性を踏まえて決定します。
SHC:診断(「無菌性」を見落とさないために)
- 症状:頻尿、血尿、排尿痛、尿意頻回、失禁など。
- 必須:尿検査(沈渣)と尿培養で感染の有無を確認します。細菌性膀胱炎を除外せずに「無菌性」と判断しないことが重要です。
- 重症例:血餅や閉塞リスク、膀胱壁評価のため超音波を併用し、全身状態に応じてCBC/生化学(腎機能、脱水、炎症)を評価します。
SHC:治療(実務フロー)
- 最重要は原因薬(CPA)の中止または再投与停止:同じ薬剤を継続してしまうと粘膜障害が遷延しやすく、再燃もしやすくなります。
- 補液と排尿促進:膀胱内滞留時間を減らし、粘膜への暴露を短縮します。
- 疼痛管理:腎機能や併用薬、血小板・出血傾向を踏まえ、鎮痛・抗炎症の選択を行います。
- 再評価:培養陰性であっても臨床的に感染が疑われる場合や経過が不良な場合は、検査の再確認、画像評価、治療計画の見直しを行います。
- 抗腫瘍治療の再設計:CPAが使いにくくなった場合は、腫瘍の型や治療目標に応じて、代替薬やレジメン変更を検討します。
臨床で使えるまとめ(チェックポイント集)
消化器毒性は「副作用」と決め打ちせず、腫瘍進行・感染・蛋白漏出・併用薬の影響を同時に評価することが安全性の要です。重症度で入院適応を即決し、支持療法は制吐・食欲(栄養導入)・下痢対応の三本柱で組みます。低アルブミンを伴う場合は、下痢止めの追加より先に、脱水・電解質・蛋白喪失の評価と全身管理を優先します。
シクロホスファミド後の無菌性出血性膀胱炎は、予防の時点で勝負が決まることが多く、尿を薄める・溜めない運用を基本として、症例背景に応じて利尿やメスナなどの追加オプションを検討します。発症時は原因薬の中止を軸に、尿培養で感染除外を行いながら、補液・排尿促進・疼痛管理で立て直します。
抗がん薬治療では、有害事象の対応がそのまま治療継続率とQOLに直結します。支持療法を「後手で追加」するのではなく、最初からパッケージ化して設計し、症状の推移で強度を調整することが、現場で最も再現性の高い戦略になります。
付録:代表的薬剤と用量(一覧としてすぐ引ける形)
- メトクロプラミド:PO/IV/SC/IM 0.2〜0.4 mg/kg BID〜TID、CRI 1〜2 mg/kg/24h
- オンダンセトロン:PO 0.5〜1 mg/kg BID〜TID、IV 0.1〜0.5 mg/kgを15分以上かけて緩徐投与(必要に応じてTID)
- マロピタント:IV/SC 1〜2 mg/kg SID、PO 2 mg/kg SID
- ミルタザピン:犬 PO 1.1〜1.3 mg/kg SID(または3.75〜30 mg/頭 SIDの範囲で調整)、猫 PO 1.88 mg/頭 SID
- ロペラミド:PO 0.1〜0.2 mg/kg BID〜TID
- メトロニダゾール:PO 15 mg/kg BID(状況によりIV投与設計も行う)
- タイロシン:PO 10〜20 mg/kg SID〜BID
- プロバイオティクス:Enterococcus faecium SF68(FortiFloraなど)、Enterococcus faecium EF1707製剤など