ワンちゃん・ネコちゃんの「心原性ショック」について
ご家族であるワンちゃん・ネコちゃんが「心原性ショック」という診断を受けた、あるいはその可能性があると聞き、ご不安な気持ちでいらっしゃることと存じます。
獣医師から説明される内容は非常に専門的ですが、ご家族の状態を深く理解し、獣医師と力を合わせて治療に進んでいくために、ここで詳しく、そしてできるだけ分かりやすくご説明します。
お薬の量など専門的な内容も、いかに精密な治療が行われているかをご理解いただくため、あえて省略せずにお伝えします。
はじめに:心原性ショックとは?
「ショック」と聞くと精神的なものを想像されるかもしれませんが、医療でいう「ショック」とは、全身の細胞に酸素と栄養を運ぶ血液が、うまく行き渡らなくなってしまった状態を指します。命に関わる非常に危険な状態です。
そして「心原性(しんげんせい)」とは、「心臓が原因で」という意味です。つまり心原性ショックとは、「心臓のポンプ機能が急激に低下したことで、全身に血液を送れなくなり、命が危険に陥っている状態」のことです。
【ワンちゃん編】心原性ショック
なぜ起こるの?ワンちゃんの心臓に何が起きているの?
ワンちゃんの心臓がポンプとしてうまく働かなくなる原因は、大きく3つに分けられます。
- 🐶 収縮不全(しゅうしゅくふぜん)
心臓が血液を全身に送り出す「ギュッ」と縮む力(収縮する力)が弱ってしまう状態です。原因として、拡張型心筋症や末期の弁膜症、特定の薬の影響などがあります。
- 🐶 拡張不全(かくちょうふぜん)
血液を送り出すためには、まず心臓がしっかり広がって血液を取り込む必要があります。この「フワッ」と広がる力(拡張する力)が弱まる状態です。心臓の周りに水が溜まる心タンポナーデや、心臓の筋肉が硬くなることなどで起こります。
- 🐶 不整脈(ふせいみゃく)
心臓のリズムが速すぎたり、遅すぎたり、バラバラになったりする状態です。ポンプの速さが適切でないと、効率よく血液を送り出せません。心臓自体の問題のほか、他の病気が引き金になることもあります。
どんな症状がでるの?
以下のような症状は危険なサインかもしれません。
- ⚠️ ぐったりして立てない、意識がもうろうとしている
- ⚠️ 呼吸が異常に速い、または苦しそう
- ⚠️ 歯ぐきなどの粘膜が白っぽい
- ⚠️ 体温が低い
- ⚠️ 脈が非常に速い(小型犬>180回/分, 大型犬>160回/分)または非常に遅い(<60回/分)
病院では、これらの症状に加え、聴診、血圧測定(収縮期血圧が90mmHg未満だとショックと判断します)、レントゲン検査、心エコー検査などで原因を詳しく突き止めていきます。
どんな治療をするの?
治療の最大の目標は、低下した血圧を正常に戻し(収縮期血圧90mmHg以上が目安)、全身に血液が届くようにすることです。そのために、原因に合わせて以下のようなお薬を、一刻を争って、そして非常に慎重に投与します。
【重要】お薬の量の見方について
これから出てくる「μg/kg/分」という単位は、「1分間に、体重1kgあたり、〇マイクログラムのお薬を投与する」という意味です。1マイクログラムは1グラムの100万分の1というとてつもなく小さな単位で、これを点滴で絶え間なく投与し続けます。獣医師は、ワンちゃんの心拍数や血圧を常に見ながら、この微量をさらに細かく調整し続ける、非常に精密な管理を行います。
1. 心臓の縮む力が弱い「収縮不全」の治療
心臓に「もっと頑張って動いて!」と応援する強心薬を使います。
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ドブタミン塩酸塩
役割: 心臓の収縮力を強力に高めるお薬です。
投与量: 5~20 μg/kg/分で、持続的に点滴します。
注意点: 心臓を頑張らせる分、心臓自身も多くの酸素を必要とし、不整脈を引き起こす可能性もあるため、心電図での監視が欠かせません。
このお薬だけでは血圧が上がらない場合、血管を収縮させて血圧を上げる昇圧薬を一緒に使います。
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ドパミン塩酸塩
役割: 使う量によって作用が変わるお薬で、量を増やすと血管を締めて血圧を上げる効果が強まります。
投与量: 5~20 μg/kg/分で、持続的に点滴します。
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ノルアドレナリン
役割: 非常に強力に血管を収縮させて血圧を上げるお薬です。人の医療では不整脈のリスクがドパミンより低いとされ、近年ワンちゃんでもこちらが選ばれることが増えています。
投与量: 0.05~2 μg/kg/分で、持続的に点滴します。
2. 心臓が広がれない「拡張不全」の治療
心タンポナーデ(心臓の周りに液体が溜まる)が原因の場合、お薬はほとんど効きません。超音波(エコー)で見ながら、針を刺して心臓を圧迫している液体を抜く心膜穿刺(しんまくせんし)という処置が必要です。原因を取り除くことが最優先の治療となります。
3. 心臓のリズムが乱れる「不整脈」の治療
脈の乱れを整える抗不整脈薬を使います。危険な不整脈を放置すると心停止につながるため、迅速な対応が必要です。
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リドカイン塩酸塩
役割: 特に心室(血液を送り出す部屋)から発生する危険な頻脈(速すぎる脈)を抑えるための第一選択薬です。
投与量: まず「2~8 mg/kg」をゆっくり静脈に注射し、その後「40~80 μg/kg/分」で持続的に点滴して不整脈が再発しないように維持します。
知っておいてほしいこと (Key Point)
- 📌 治療は時間との勝負です: 状態は刻一刻と変化します。急変のリスクが常にあることをご理解ください。
- 📌 根本的な原因の治療が重要: ショック状態から一時的に回復しても、原因となっている心臓病が治らない限り、再発のリスクがあります。
- 📌 モニタリングが命綱: 入院中は、心電図や血圧計を体につなぎ、24時間体制で心臓の状態を監視し続けます。
【ネコちゃん編】心原性ショック
ネコちゃんの心原性ショックも基本は同じですが、原因や治療においてワンちゃんとは異なる特徴があります。
なぜ起こるの?ネコちゃんの心臓に何が起きているの?
ネコちゃんで最も多い原因は心筋症、特に肥大型心筋症(HCM)です。これは心臓の筋肉が分厚くなってしまい、うまく広がれなくなる病気です(拡張不全)。
特にネコちゃんで注意が必要なのは、尿道閉塞です。おしっこが出せなくなると体内にカリウムが溜まり、それが原因で心臓が正常に動けなくなって(重度の徐脈)、ショック状態になることがあります。
どんな症状がでるの?
ワンちゃんと同様の症状(ぐったりする、呼吸が苦しそう、体温が低いなど)が見られます。特にネコちゃんは、肺に水が溜まる肺水腫や胸に水が溜まる胸水を併発しやすく、呼吸困難が顕著に現れることが多いです。
また、ネコちゃんは心臓に雑音があまり聞こえないことも多く、診断にはレントゲンや心エコー検査がより重要になります。
どんな治療をするの?
治療目標はワンちゃんと同様、血圧を正常化し、全身に血液を届けることです。
1. 心臓の縮む力が弱い「収縮不全」の治療
ワンちゃんと同様に、強心薬や昇圧薬を使いますが、ネコちゃんならではの注意点があります。
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ドブタミン塩酸塩: 5~20 μg/kg/分で持続点滴。
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ドパミン塩酸塩: 5~20 μg/kg/分で持続点滴。
※ネコちゃん特有の注意点: ワンちゃんでは少量で腎臓の血流を増やす効果が期待されますが、ネコちゃんではその効果は否定的とされています。
2. 不整脈や特殊な状況への治療
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上室性頻拍(速すぎる脈)に対して: ジルチアゼム塩酸塩
役割: 心臓の異常な電気興奮を抑え、速すぎる脈を正常に戻すお薬です。
投与量: まず「0.12~0.35 mg/kg」を2分以上かけてゆっくり注射し、その後「0.12~0.35 mg/kg/時」で持続点滴します。
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高カリウム血症(尿道閉塞など)による不整脈に対して:
まず原因である尿道閉塞を解除することが最優先ですが、同時に心臓を守るための緊急治療を行います。
– グルコン酸カルシウム: カリウムの心臓への毒性を打ち消し、心臓を保護します。0.5~1 mL/kgを5~10分かけてゆっくり注射します。
– グルコース+インスリン: インスリンが血液中のカリウムを細胞の中に移動させ、血液中のカリウム濃度を下げます。
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【超重要】ネコちゃんへのリドカイン投与について
ワンちゃんの不整脈治療でよく使うリドカインですが、ネコちゃんはリドカインへの感受性が非常に高く、中毒を起こしやすいため、使用には最大限の注意が必要です。もし使う場合でも、ワンちゃんよりずっと少ない量(0.25~1 mg/kgをゆっくり注射)で慎重に投与されます。
知っておいてほしいこと (Key Point)
- 📌 急変のリスク: ワンちゃんと同様、状態が急変する可能性が常にあります。
- 📌 根本治療の重要性: ショックから離脱できても、心筋症などの根本的な病気の管理が続けられなければ再発のリスクが高いです。
- 📌 慎重なモニタリング: 治療中は心電図や血圧の監視が不可欠です。特にお薬の投与中は注意深く観察します。
最近の治療の考え方(アップデート情報)
2020年以降、獣医療も進歩しており、新しい考え方や治療の選択肢も出てきています。
- 💡 静注用ピモベンダンという選択肢
ピモベンダン(飲み薬で有名なお薬)の注射薬が使われることが増えています。ドブタミンのように心臓に「もっと働け!」と強く命令するのではなく、心臓の筋肉がより少ないエネルギーで効率よく動けるように手助けするような作用をします。そのため、心臓への負担や不整脈のリスクが少ないと考えられています。
- 💡 昇圧薬はノルアドレナリンが主流に
血圧を上げるお薬としては、やはり不整脈のリスクが比較的低いノルアドレナリンが、ドパミンよりも好んで使われる傾向が強まっています。
- 💡 その場での超音波検査(POCUS)の重要性
ぐったりした子をたくさん検査のために動かすのは危険です。そのため、ベッドサイドで迅速に行える超音波検査(エコー)で、心臓の動き、肺や胸に水が溜まっていないかなどを素早く評価し、すぐに治療方針を決めるアプローチがより重要視されています。
最後に
この説明は非常に専門的で、一度にすべてを理解するのは難しいかもしれません。しかし、ご家族が今いかに危険な状態で、獣医師がいかに精密で専門的な治療を行っているか、少しでも感じ取っていただけたなら幸いです。
分からないこと、不安なことは、どうか遠慮なく担当の獣医師にお尋ねください。ご家族のために、飼い主様と獣医療チームが同じ方向を向いて力を合わせることが、何よりも大切です。