猫の慢性的な吐き気について
猫が慢性的な吐き気を示す場合、飼い主としては心配になるものです。吐き気や嘔吐は一時的な消化不良から深刻な疾患まで、さまざまな原因で起こります。動物病院では、猫の状態を総合的に評価し、適切な診断と治療を行います。ここでは、飼い主の方が理解しやすいように、必要な検査の順番とその目的についてご説明いたします。

1. 初診時の評価
問診と身体検査
- 詳細な問診:症状の持続期間、嘔吐の頻度や内容物、食欲や体重の変化、食事内容、生活環境などを確認します。
- 身体検査:体重測定、脱水状態の確認、腹部の触診などを行い、全身の健康状態を評価します。
2. 血液検査
目的:猫の全身状態や臓器の機能を評価し、潜在的な疾患を早期に発見するためです。
- 血球計算(CBC):貧血の有無、白血球数の増減、感染症や炎症の有無を調べます。
- 生化学検査:肝臓や腎臓の機能、甲状腺機能亢進症、膵炎の有無、電解質バランスなどを評価します。
- 特定のウイルス検査:猫白血病ウイルス(FeLV)や猫免疫不全ウイルス(FIV)の感染を確認します。
3. エコー検査(腹部超音波検査)
目的:お腹の中の臓器を詳細に観察し、形態的な異常を発見するためです。
- 消化管の評価:腸壁の厚さや層構造、しこり(腫瘤)の有無を確認します。
- 他の臓器の評価:肝臓、胆嚢、腎臓、脾臓、膀胱などを観察し、形態的な異常を確認します。
- リンパ節の状態:腫大や異常がないかを確認します。

🐾 正常な腸壁:層構造が明瞭で、一定の厚みがあります。
🔍 異常な所見:腸壁の肥厚、層構造の乱れ、腫瘤の形成など。
4. 細胞診
目的:エコー検査で異常が見つかった場合、その組織の細胞を採取して詳しく調べます。
- 方法:エコーで確認しながら、細い針を使って腫瘍や腫大したリンパ節から細胞を採取します(針吸引細胞診)。
- 診断可能性:
- 高悪性度の腫瘍(例:大細胞性リンパ腫)は細胞診で診断できる場合があります。
- 低悪性度の腫瘍や炎症性疾患は、細胞診だけでは診断が難しいことがあります。
5. 生検(組織検査)
必要性:細胞診で確定診断が得られない場合や、詳細な組織学的評価が必要な場合に行います。
- 方法:
- 内視鏡下生検:内視鏡を使って消化管内から小さな組織片を採取します。
- 外科的生検:全身麻酔下で開腹手術を行い、異常がある部位から組織を採取します。
- 目的:組織の構造や細胞の性質を詳しく調べ、確定診断を行います。
- 診断の重要性:
- リンパ腫と炎症性腸疾患(IBD)などの鑑別が可能になります。
- 適切な治療法を選択するために不可欠です。
猫のリンパ腫について
はじめに
猫のリンパ腫は、リンパ系組織に悪性の腫瘍が発生する病気で、リンパ球と呼ばれる免疫細胞が異常増殖することで起こります。猫の腫瘍全体の約1/3をリンパ腫が占め、そのうち50〜90%が消化器型リンパ腫とされています。この病気は早期に全身へ広がる傾向があるため、早期発見と適切な対応が非常に重要です。
放置した場合のリスク
腸の腫瘍を放置すると、腫瘍の増大により腸閉塞を引き起こし、消化管が破れやすくなります。消化管が破れると、腸内の細菌がお腹の中に漏れ出し、腹膜炎を起こします。また、食欲不振が続くことで、二次的な肝不全に進行することも多く、命に関わる深刻な状態となります。
リンパ腫の詳細な解説
リンパ腫の発生要因
- 環境要因:家庭内に喫煙者がいると、猫のリンパ腫発生率が2.4倍になるとされています。
- ウイルス感染:
- 猫白血病ウイルス(FeLV)感染:FeLV陽性の猫は若齢(平均3歳)で発症しやすい。
- FeLV陰性の猫:老齢(平均13歳)での発症が多い。
リンパ腫の分類と進行度
- 細胞の大きさによる分類:
- 大細胞性リンパ腫(高悪性度):
- 特徴:急速に進行し、早期に転移や消化管穿孔を起こす可能性が高い。
- 診断:エコー検査と細胞診で比較的容易に診断可能。
- 予後:治療を行わない場合、1ヶ月以内に亡くなることが多い。
- 小細胞性リンパ腫(低悪性度):
- 特徴:進行が緩やかで、症状も徐々に現れます。
- 診断:生検による組織検査が必要。
- 予後:適切な治療で長期生存が期待できます。
- 発生部位による分類:
- 消化器型リンパ腫:最も一般的で、小腸に多く発生します。
- 他の型:鼻、口腔、肝臓、脾臓、脳などに発生するリンパ腫もあります。
消化器型リンパ腫の治療成績
- 大細胞性消化器型リンパ腫:
- 治療プロトコール:COP(シクロホスファミド、ビンクリスチン、プレドニゾロン)を主体とした化学療法。
- 完全寛解率:30〜64%。
- 完全寛解期間の中央値:4〜8.2ヶ月。
- 小細胞性消化器型リンパ腫:
- 治療プロトコール:クロラムブシルとプレドニゾロンの経口投与。
- 完全寛解率:69%。
- 完全寛解期間の中央値:22.8ヶ月。
治療方法
1. 外科療法
- 目的:腫瘍を手術で取り除き、再発防止のために抗がん剤治療を併用します。
- 適応:腫瘍が限局している場合や、消化管穿孔を起こした場合など。
- 注意点:
- 術後管理:消化管の縫合部が術後3〜5日に離開するリスクがあるため、入院して経過観察が必要です。
- 全身状態の評価:手術に耐えられるか、血液検査や胸部レントゲンで確認します。
2. 化学療法(抗がん剤治療)
- 方法:抗がん剤を用いて腫瘍細胞の増殖を抑制します。
- 特徴:
- 猫では人間よりも低用量で治療を行い、副作用を抑えます。
- 副作用は一般的に少なく、入院が必要となる副作用は約5%です。
- 効果:
- 高悪性度リンパ腫:延命効果は1ヶ月〜半年程度。
- 低悪性度リンパ腫:適切な治療で長期生存が可能。
- 注意点:
- 副作用対策:事前に吐き気止めや下痢止めを使用します。
- モニタリング:定期的な血液検査で肝臓・腎臓の機能や白血球数を評価します。
3. 緩和治療(内科療法)
- 目的:症状の緩和を目指し、猫の生活の質(QOL)を維持します。
- 方法:吐き気止め、点滴、食事療法など。
- 適応:積極的な治療が難しい場合や、飼い主の希望による場合。
診断と検査の重要性
慢性的な消化器症状(3日以内に治らない、または再発を繰り返す嘔吐や下痢)がある場合、以下の疾患を疑い、総合的な診断を行います。
- 慢性膵炎
- 肝臓病
- 腎臓病
- 胃腸炎(ウイルス性、細菌性)
- 消化器アレルギー(好酸球性線維性硬化症、リンパ球形質細胞性腸炎)
- 消化器の腫瘍性疾患(リンパ腫、腺癌、肥満細胞腫)
麻酔と手術の安全性
- 全身状態の評価:血液検査や胸部レントゲン検査で全身の健康状態を確認します。
- 麻酔管理:術中の輸液管理、心電図モニタリング、体温、血圧、酸素飽和度の監視を徹底します。
- 術後管理:消化管の縫合部が離開しないか、腹部エコーで確認します。術後3〜5日がリスクの高い期間です。
飼い主様への配慮
- 診断・治療の決断:全身麻酔や手術に対する不安を理解し、十分な説明と相談を行います。
- 治療方針の共有:猫の状態や治療のメリット・デメリットを詳しく説明し、最適な治療法を一緒に選択します。
- 日常のケア:猫の体調変化や行動の違いを注意深く観察し、異常があれば早めにご連絡ください。
最新の研究と情報
- 免疫療法の進展:免疫チェックポイント阻害剤など、新たな治療法の研究が進んでいます。
- 遺伝子検査の活用:次世代シーケンシング(NGS)による遺伝子変異の解析が進み、個別化医療が期待されています。
- 環境要因の改善:喫煙環境の見直しやストレスの少ない生活環境が、リンパ腫のリスク低減につながる可能性があります。
まとめ
猫のリンパ腫は、早期発見と適切な治療が極めて重要な疾患です。特に消化器型リンパ腫は発生率が高く、放置すると重篤な状態に進行します。飼い主様は、猫の体調に異変を感じたら早めに動物病院を受診し、必要な検査と治療を受けることが大切です。
参考文献
- “Feline Gastrointestinal Lymphoma: Diagnosis, Staging, and Treatment”, Journal of Feline Medicine and Surgery, 2021.
- “Advances in the Management of Feline Lymphoma”, Veterinary Clinics of North America: Small Animal Practice, 2020.
- 日本獣医がん学会ガイドライン, 2023年版。