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甲状腺腫瘍摘出

愛犬の首に「しこり」を見つけたとき、正確な情報こそが、飼い主様と愛犬にとって最良の道を選ぶための羅針盤となります。犬の甲状腺腫瘍は、単に「できもの」として片付けられるものではありません。

この記事では、専門的な医学文献に基づき、犬の甲状腺腫瘍の疫学データ、具体的な症状、そして予後を左右する治療法について、一歩踏み込んで詳しく解説します。

この記事のポイント

  • 犬の甲状腺腫瘍は約8割が悪性のがん。
  • 発見が遅れがちで、周囲に広がりやすい(浸潤・転移)性質がある。
  • 正確な診断と治療計画にはCT検査などの精密検査が不可欠
  • 早期発見できれば、手術で3年以上の長期生存も期待できる。

🐾 1. 犬の甲状腺腫瘍とは?— 知っておくべき基本データ

甲状腺は、体の代謝を司るホルモンを分泌する、喉にある小さな臓器です。ここに発生する腫瘍は、犬の内分泌系腫瘍の中で最も多いとされています。

  • 発生頻度:すべての頭頸部腫瘍の10〜15%を占めます。
  • 悪性度の比率:人の場合とは異なり、犬では極めて悪性度が高いのが特徴です。発生するものの約80%が悪性の「癌」であり、良性の「腺腫」は稀です。犬の全悪性腫瘍の中では1〜3%を占める病気です。
  • ホルモン機能:腫瘍があるからといって、必ずしもホルモン値に異常が出るわけではありません。約90%の犬は甲状腺機能が正常です。そのため活動量の変化や体重減少といった症状が出にくく、発見が遅れる一因となっています。甲状腺機能亢進症を示す犬は全体の約10%、逆に機能低下症を示すケースは稀です。

🐾 2. 発生の特徴:リスクのある犬種と恐るべき「浸潤・転移」

どのような犬に、どのように発生するのか。その特徴を知ることは早期発見に繋がります。

  • 好発犬種:ゴールデン・レトリーバー、シベリアン・ハスキー、ビーグルなどが報告されています。
  • 発生年齢:平均的には9〜11歳の中高齢での発生が多いですが、犬種による差も見られます。例えば、ゴールデン・レトリーバーでは3分の1が10歳未満、シベリアン・ハスキーに至っては半数以上(57%)が10歳未満で発生するというデータもあります。
  • 浸潤性(周囲への広がり):この腫瘍の最も厄介な性質が、周囲組織への高い「浸潤性」です。実に25〜50%のケースで、腫瘍が気管、食道、血管、神経といった生命維持に不可欠な組織へ、根を張るように食い込んでいきます。
  • 転移:発見が遅れると、他の臓器へ転移します。診断が下された時点で、すでに16〜38%の犬において、肺や首のリンパ節への転移が見つかるとされています。

🐾 3. 診断プロセス:なぜ精密検査が不可欠なのか

正確な診断と病気の進行度(ステージング)の評価が、治療方針を決定する上で最も重要です。

  • 細胞診(FNA):しこりに細い針を刺して細胞を調べる検査です。最初に行われることが多いですが、血液が混じりやすく、良性と悪性の判断が困難な場合があります。ある報告では、悪性腫瘍を「悪性ではない」と誤診してしまう偽陰性率が36%にのぼるとされており、この検査だけでは確定できません。
  • 組織生検:組織の一部を切り取って調べる病理検査です。これにより、腫瘍の種類(良性/悪性、癌の種類)を確定診断します。
  • 高度画像診断(CT/MRI):治療方針を決定づける上で極めて重要です。特にCT検査は、超音波検査よりも遥かに正確に、腫瘍の浸潤範囲や、レントゲンでは見つけにくい数ミリ単位の小さな肺転移を描出できます。手術が可能か、どの範囲まで切除すべきか、といった治療計画の根幹に関わる情報を与えてくれます。

🐾 4. 治療の選択肢と、それに伴う予後(見通し)

治療法は、腫瘍の大きさ、浸潤の有無、転移の有無によって大きく異なります。そして、どの治療を選ぶかによって予後は大きく変わります。

ケース1:腫瘍が小さく、可動性がある場合

腫瘍が4cm未満で、周囲の組織に固着(浸潤)していない場合です。

  • 治療:外科手術による切除が第一選択です。
  • 予後:手術で完全に取り切れれば、予後は良好です。生存期間中央値(MST)は36ヶ月(3年)以上と、長期生存が期待できます。

ケース2:腫瘍が大きく、周囲に浸潤している場合

腫瘍が周囲の気管や血管に固着している、進行した状態です。

  • 治療:手術だけでは腫瘍を完全に取り除くことが困難です。そのため、手術と「放射線治療」を組み合わせることが標準的な治療となります。
  • 予後:治療により、生存期間中央値(MST)は6ヶ月〜24ヶ月(2年)を目指します。

ケース3:診断時にすでに転移がある場合

肺やリンパ節など、甲状腺以外の場所に腫瘍が広がっている状態です。

  • 治療:全身に広がったがん細胞をたたくため、「化学療法(抗がん剤)」や「分子標的薬」による全身治療が主体となります。ドキソルビシン等の抗がん剤の奏効率(効果が見られる確率)は30〜50%と報告されています。
  • 予後:残念ながら予後は厳しく、生存期間中央値(MST)は3〜6ヶ月とされています。

正確な情報が、愛犬を救う力になる

犬の甲状腺腫瘍は、「早期発見・早期治療」がいかに重要であるかを物語る病気の典型です。
日頃から愛犬の首回りを優しく触り、小さなしこりも見逃さないこと。
そして、もし見つけた場合は、ためらわずに動物病院で精密な検査を受けてください。
この記事の情報が、獣医師と深く連携し、愛犬にとって最善の道を選択するための力となれば幸いです。

次のセクションでは犬と猫の甲状腺腫瘍について、解剖学、外科手術、術後の合併症、そして予後という4つの観点から解説しています。

1. 甲状腺の解剖

甲状腺は、喉頭の少し後ろ、気管の側面に左右一対で存在する器官です。正常な場合、犬では長さ約5.0cm、幅約1.5cm、猫では長さ約2.0cm、幅約0.3cmほどの滑らかな楕円形をしています。

甲状腺への血液供給は、主に前甲状腺動脈と後甲状腺動脈によって行われますが、猫では後甲状腺動脈がない場合もあります。また、甲状腺から心臓へ血液を送る静脈には前甲状腺静脈と後甲状腺静脈があります。これらの血管の走行には個体差が見られます。

甲状腺には、カルシウム濃度を調節する重要な役割を持つ上皮小体(副甲状腺)が付着しています。甲状腺の外側前方には外上皮小体が、後部には内上皮小体が存在します。これらは通常、薄いオレンジ色から白色をした3〜4mm程度の球状の組織として確認できます。

ここに甲状腺のイラストや写真を追加できます

2. 外科手術(術式)

甲状腺腫瘍の摘出には、主に「被膜外切除」と「被膜内切除」の2つの方法があります。

  • 被膜外切除: 甲状腺を包む被膜ごと、上皮小体も含めて摘出する方法です。悪性腫瘍を完全に取り除くためには、この方法が最も望ましいとされています。
  • 被膜内切除: 甲状腺の被膜を切開し、中の甲状腺組織のみを摘出する方法です。この方法は、被膜というバリアを壊してしまうため、悪性腫瘍の摘出には用いるべきではないと述べられています。

手術は動物を仰向けにし、首を少し伸ばした体勢で行います。首の正中部分の皮膚を切開し、筋肉を分けていくと気管の横に甲状腺が確認できます。

甲状腺腫瘍は血流が非常に豊富なため、手術中は電気メスなどを用いて丁寧な止血が求められます。周囲の組織を慎重に剥がしていき、甲状腺に出入りする血管を処理して腫瘍を摘出します。この際、重要な神経である反回喉頭神経を傷つけないよう、常に注意を払う必要があります。

甲状腺腫瘍が静脈内に「腫瘍栓」という塊を形成していることがあるため、その場合は腫瘍栓が及んでいない部分の静脈まで含めて、一塊として摘出しなければなりません。片側の甲状腺を摘出する場合でも、必ず反対側の甲状腺の状態も確認することが推奨されています。また、所属リンパ節である内側咽頭後リンパ節が腫れている場合は、診断のために摘出します。

3. 合併症

甲状腺腫瘍の外科手術には、以下のような合併症のリスクが伴います。

  • 🐾 喉頭麻痺: 手術中に反回喉頭神経を両側とも損傷してしまうと、声が出なくなったり、呼吸が困難になったりする喉頭麻痺が発生する可能性があります。
  • 🐾 甲状腺機能低下症: 両側の甲状腺を一度に摘出した場合、甲状腺ホルモンが不足するため、生涯にわたるホルモン補充療法が必要になります。
  • 🐾 低カルシウム血症: カルシウム濃度を調節する上皮小体を全て摘出してしまうと、血液中のカルシウム濃度が低下し、痙攣などの症状を引き起こす低カルシウム血症が生じます。これを避けるため、可能な限り上皮小体は血管ごと温存します。温存が難しい場合は、正常に見える上皮小体の一部を細かく刻み、近くの筋肉(胸骨舌骨筋)の中に埋め込む自家移植が行われることもあります。

4. 成績(予後)

🐶 犬の場合

犬の甲状腺癌の予後は、腫瘍が周囲の組織に固着しておらず、可動性があるかどうかで大きく異なります。

  • 可動性がある場合: 生存期間の中央値(MST)は3年以上と良好です。
  • 浸潤性(周囲に固着)の場合: MSTは6〜12ヵ月と短くなります。

また、両側の甲状腺に腫瘍が発生している場合は、片側だけの場合と比べて転移率が16倍に増加するという報告があります。さらに、腫瘍の大きさが100mm³を超えると100%転移が生じるとも報告されており、このような場合には術後の化学療法が検討されます。

🐱 猫の場合

猫の甲状腺腫瘍は、甲状腺機能亢進症を併発しているケースが圧倒的に多く、その原因のほとんどは良性の過形成や腺腫です。悪性である腺癌は全体の1〜3%と稀です。

しかし、猫の甲状腺癌は良性のものに比べて局所への浸潤性が強く、肺や領域リンパ節への転移率も70%と高い特徴があります。


※この情報は文献に基づくものです。実際の治療方針は、わんちゃん・ねこちゃんの個々の状態によって異なりますので、必ずかかりつけの獣医師とよくご相談ください。

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