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目の病気 〜来院しなきゃいけない症状〜

はじめに

眼は健康を映す窓。動物たちにとって、眼は世界を認識し、快適な生活を送る上で欠かせない重要な器官です。視覚や眼の快適性は、彼らの生活の質(QOL)に直結します。また、眼の異常は単なる眼の問題にとどまらず、時には全身の健康状態を示すサインとなることもあります。

注目すべき3つの重要疾患

本稿では、獣医療の現場で遭遇する機会が多く、かつ診断・治療の遅れが視力喪失や深刻な苦痛につながりかねない3つの眼科疾患、すなわち
角膜潰瘍
緑内障
ぶどう膜炎に焦点を当てます。これらは、その影響の大きさから、獣医師が初回の診察で見逃したくないと考える代表的な疾患です。

第1章:角膜潰瘍—眼の窓が傷つくとき

1.1 飼い主の皆様へ

角膜とは?

角膜は、眼球の一番前にある、黒目(虹彩)を覆っている透明な膜です。光を目の中に取り入れる「窓」のような役割と、入ってきた光を屈折させてピントを合わせるレンズのような役割を担っています。健康な犬や猫の角膜は完全に透明で、血管や色素は見えません。この透明な窓が傷ついてしまうのが角膜潰瘍です。

角膜潰瘍とは?

角膜潰瘍とは、何らかの原因で角膜に傷がつき、その表面がえぐれてしまった状態を指します。傷の深さによって、表面に近い層(角膜上皮層)だけの浅いもの(表在性)と、より深い層(角膜実質層)まで達している深いもの(深在性)に分けられます。特に深い潰瘍を放置すると、角膜に穴が開いてしまう角膜穿孔という非常に危険な状態になることがあります。角膜穿孔は眼の中身が出てしまう可能性があり、失明につながる緊急事態です。


よくある原因
  • ケガや異物(外傷): 他の動物とのケンカ、物にぶつかる、草むらで目をこする、シャンプーや洗剤が目に入る、砂や植物の種の異物が入る。
  • まぶたやまつ毛の問題: 眼瞼内反症や異所性睫毛で常に角膜を刺激。
  • ドライアイ(KCS): 涙の量や質の低下で角膜が乾燥、傷つきやすくなる。
  • 感染症: 細菌、猫ヘルペスウイルス、真菌など。
  • 化学薬品: シャンプー、洗剤、消毒液など。
気づきたいサイン
  • 痛み: しょぼしょぼ、まぶしそう、前足でこする、物にこすりつける。
  • 涙が増える: 涙やけ、常時あふれ出る。
  • 充血: 白目が赤くなる。
  • 目やに: 黄色・緑色の膿性。
  • 白く濁る: 浮腫、瘢痕。
  • 凹み: 角膜表面のへこみ。
  • 瞳孔変化: 縮瞳、左右差。
獣医師による診断

詳細な問診・視診後、フルオレセイン染色で傷の有無・大きさを確認。

治療の概要
  • 内科的: 抗生物質点眼、治癒促進点眼、血清点眼、エリザベスカラー。
  • 外科的: 眼瞼縫合、瞬膜フラップ、結膜フラップ、治療用コンタクトレンズ。
予後と経過観察

浅い潰瘍は数日~1週間で治癒が多いが、深刻例は失明リスク。定期診察を必ず受けること。

1.2 獣医療従事者の皆様へ

病態生理と分類
  • 角膜は上皮、基底膜、実質、デスメ膜、内皮の5層構造。
  • 上皮潰瘍 (Erosion): 上皮層のみ欠損。
  • 実質潰瘍 (Stromal Ulcer): 実質層まで達する欠損。
  • デスメ膜瘤 (Descemetocele): デスメ膜突出。
  • 角膜穿孔 (Perforation): 全層欠損、眼房水漏出。
  • 難治性: SCCEDs、融解性潰瘍 (Keratomalacia)。
詳細診断手技
  • スリットランプ検査: 深度、浮腫、前房炎症。
  • フルオレセイン染色: 染色パターンでDescemetocele等区別。
  • 細胞診・培養: 膿性眼脂、融解例、抵抗例。
  • シルマー試験: KCS疑い例。
  • 眼圧測定: 続発性緑内障評価。

鑑別診断

非潰瘍性角膜炎、角膜ジストロフィー・変性、分離症、好酸球性角膜炎、腫瘍などを除外。

内科的管理
  • 広域抗菌薬→フルオロキノロン系等、頻回投与。
  • 自家血清、EDTA、N-アセチルシステイン、テトラサイクリン。
  • 抗真菌、抗ウイルス薬。
  • 散瞳薬 (アトロピン等)、潤滑剤、NSAIDs/オピオイド。
  • 治療用ソフトコンタクトレンズ。
外科的介入
  • デブリードマン、格子状切開術。
  • 眼瞼縫合、瞬膜フラップ。
  • 結膜フラップ、角膜移植。
合併症管理 & 関連性

反射性ぶどう膜炎、二次感染、瘢痕、継発緑内障、眼球癆。三叉神経刺激によるぶどう膜炎併発に注意し、散瞳薬・抗炎症薬も併用。

第2章:緑内障—視力を脅かす圧力

2.1 飼い主の皆様へ

緑内障とは?

緑内障は、眼内圧(眼圧)が異常に高くなる病気です。持続する高眼圧で視神経が圧迫され、失明に至ります。強い痛みを伴うことが多く、動物にとって非常につらい病気です。


なぜ眼圧が高くなる?

房水という液体が産生と排出で眼圧を保っていますが、出口が詰まると排出不全となり眼圧上昇をきたします。

緑内障の種類
  • 原発性: 遺伝的に狭隅角の犬種(柴犬、コッカーなど)で発症。
  • 続発性: ぶどう膜炎、水晶体脱臼、腫瘍、進行白内障などが原因。
気づきたいサイン
  • 痛み: しょぼしょぼ、元気消失、食欲低下。
  • 充血: 白目全体の赤み。
  • 角膜濁り: 白っぽく、青みがかる。
  • 散大瞳孔: 光反射鈍い、大きいまま。
  • 視力低下: 突然物にぶつかる。
  • 眼球腫大: 牛眼。

なぜ緊急事態なのか?

発症後数時間~数日で不可逆的な視力喪失が起こるため、速やかな受診が必須です。

獣医師による診断

眼圧計でIOP測定が基本。高眼圧持続で緑内障診断。

治療目標と選択肢
  • 点眼薬: 複数種を頻回長期使用。
  • 内服薬: 必要に応じて。
  • 手術: 流出路改善術、房水産生抑制術。
  • 眼球摘出: 失明・疼痛継続例でQOL改善。
モニタリング

対側眼も発症リスク高いため定期IOP測定、隅角検査推奨。

2.2 獣医療従事者の皆様へ

病態生理

視神経乳頭損傷、RGCアポトーシスが不可逆的視力喪失を導く。主要ターゲットはIOP上昇抑制。房水動態は従来経路と副経路で制御。

分類
  • 原発性:遺伝性隅角異常。POAG、PACG、先天性。
  • 続発性:炎症、脱臼、腫瘍、外傷、白内障等。
診断手技
  • IOP測定 (Tono-Pen®, TonoVet®):誤差要因に注意。犬10–20、猫10–25 mmHg。
  • 隅角検査 (Gonioscopy):ICA観察。PLD、癒着など評価。
  • UBM:高周波超音波で前眼部断層像。
  • 眼底検査:ONH陥凹、血管狭細化。
  • 視覚検査:威嚇瞬き反応、綿球落下、PLR。
  • 細隙灯:浮腫、血管うっ血、瞳孔散大固定。
内科的プロトコル
  • 高浸透圧利尿薬:急性発作時のマンニトール、グリセリン。
  • CAIs:ドルゾラミド、ブリンゾラミド、全身CAIs。
  • PGAs:ラタノプロスト等(犬)、猫禁忌。
  • β遮断薬:チモロール等、併用。
  • α作動薬:ブリモニジン等。
  • 縮瞳薬:ピロカルピン(使用頻度減少)。
  • 神経保護:ブリモニジン等。
外科的管理
  • 毛様体破壊術:TSCP、冷凍凝固、ECP。
  • 房水シャント術:アーメッドバルブ等。
  • 救済手術:眼球摘出、ISP、化学的破壊。

モニタリングと長期管理

生涯定期IOP測定、対側眼隅角検査、薬剤調整。再発・対側眼発症の教育が不可欠。

第3章:ぶどう膜炎—眼の中から起こる炎症

3.1 飼い主の皆様へ

ぶどう膜炎とは?

ぶどう膜炎は、虹彩、毛様体、脈絡膜からなるぶどう膜に炎症が起こる病気です。眼だけでなく、全身疾患のサインとなることもあります。


なぜ起こるの?

感染症、自己免疫、外傷、腫瘍、全身疾患、特発性など多様な原因があります。

気づきたいサイン
  • 痛み: しょぼしょぼ、羞明、こする。
  • 充血: 深い赤色。
  • 濁り: 前房フレア。
  • 瞳孔縮小: 縮瞳。
  • 涙増加: 涙やけ。
  • 視力変化: 低下。
獣医師による診断

スリットランプ検査、眼圧測定、全身検査(血液・尿・画像)で原因検索。

治療の焦点
  • 点眼ステロイド: 炎症抑制。
  • 全身薬: 強度に応じ経口・注射。
  • 原因治療: 抗菌・抗真菌・免疫抑制。
経過観察と再発防止

再発、続発緑内障・白内障予防のため定期診察必須。目周囲の清潔も重要。

3.2 獣医療従事者の皆様へ

解剖学と分類
  • 前部、中間部、後部、汎ぶどう膜炎。
  • 感染性、免疫介在性、腫瘍性、外傷性、特発性。
病因
  • 細菌、ウイルス、真菌、原虫、寄生虫。
  • LIU、VKH様。
  • 原発性・転移性眼内腫瘍。
  • 外傷後、白内障続発。
  • 全身性疾患(高血圧、糖尿病、癌など)。
診断アプローチ
  • 病歴聴取、全身評価。
  • 視覚評価、STT、IOP。
  • スリットランプ、KPs、癒着、白内障。
  • 散瞳下眼底検査。
  • 染色検査、全身検査、画像診断。
  • 眼内液検査(必要時)。
治療プロトコル
  • 原因特異的治療。
  • 点眼ステロイド/NSAIDs、全身ステロイド/NSAIDs。
  • 散瞳薬、免疫抑制薬。
  • 続発緑内障管理、白内障外科の検討。
  • 癒着、網膜剥離、眼球癆管理。
予後因子とスクリーニング

早期診断・原因治療が予後を決定。ぶどう膜炎は全身疾患スクリーニングが鍵。

第4章:早期発見がペットの視力を守る鍵

4.1 飼い主の皆様へ

時間が視力を左右する

緑内障や深い角膜潰瘍は、治療開始の遅れで不可逆的失明のリスク。速やかな動物病院受診が最善策です。

些細なサインを見逃さないで

目を細める、赤み、増えるまばたき、物にぶつかる、少し元気がない等、小さな変化でも受診を。

緊急受診を要する警告サイン
  • 突然まぶたを強くつむる、開けられない。
  • 急激な白濁・赤み、眼球腫大、左右瞳孔差。
  • 急に見えなくなる(物にぶつかる)。
  • 大量の膿性目やに。
定期健診の価値

症状がなくても定期的な健康診断で初期発見の機会となります。高リスク犬種、中高齢犬猫は特に。

自己判断での点眼は危険

残った過去処方の点眼薬や人間用目薬は獣医師指示なく使用せず。状態悪化リスク大。

クイックガイド:ペットの眼の異常、いつ心配すべき?
特徴・サイン 角膜潰瘍 緑内障 ぶどう膜炎 飼い主がすべきこと
痛み・しょぼつき 軽度〜重度 しばしば重度 中等度〜重度 症状があれば早めに受診
充血 表面的〜全体的赤み 全体的赤み・太い血管 深い赤み〜全体的赤み 赤み強い、続く場合は受診
角膜透明度 正常or部分白濁・へこみ 全体白濁・青み(浮腫) 表面透明、内部もやり 濁りがあれば早めに受診
瞳孔サイズ しばしば小さい しばしば大きい・反応鈍い しばしば小さい 左右差や反応鈍いなら受診
視力 通常正常(大潰瘍は低下) 急激低下・失明 低下することも 急に見えないなら緊急受診
目やに 水様〜膿性 水様or少量 水様or少量 膿性なら早めに受診
緊急度 緊急(深潰瘍特に) 超緊急 緊急 緑内障疑いは即受診

注:個体差や併発例あり。少しでも異常を感じたら受診を。

4.2 獣医療従事者の皆様へ

本ガイドは飼い主への啓発資料として利用できますが、飼い主教育では速やかな受診の重要性と病態の解説を重視してください。診療では短時間での眼科検査(染色、IOP測定、スリットランプ)を徹底し、迅速な治療介入を行う体制を整えましょう。

結論

飼い主の皆様へ:日々の観察と迅速な行動が鍵

愛犬・愛猫の眼の健康を守るためには、日頃からの注意深い観察が何より重要です。目をしょぼつかせる、赤くなる、濁る、物によくぶつかるなどのサインに気づいたら、決して自己判断せず、速やかに動物病院を受診してください。特に緑内障のように、治療までの時間が視力の明暗を分ける病気もあります。早期発見・早期治療が、大切な家族の一員であるペットの視力と快適な生活を守るための最も確実な方法です。

獣医療従事者の皆様へ:的確な診断と迅速な治療介入の重要性

角膜潰瘍、緑内障、ぶどう膜炎はいずれも迅速な診断と治療介入が求められる疾患です。染色検査、眼圧測定、スリットランプ、眼底検査を迅速に行い、必要に応じて細胞診、培養、画像診断、全身スクリーニングを駆使して正確に病態を把握してください。各疾患は相互に関連することもあります。病態生理に基づいた最適な内科・外科アプローチを選び、続発症管理にも注意を払うことで、良好な予後を実現できます。

角膜潰瘍、緑内障、ぶどう膜炎は、動物の視覚とQOLに対する重大な脅威となり得ます。しかし、飼い主による日々の観察と、獣医療従事者による専門的知識・技術に基づく迅速かつ的確な対応によって、その影響を最小限に抑え、良好な予後を得ることは十分に可能です。本稿が、その一助となることを願います。