難治性の創傷、特に皮膚のゆとりが少なく治りにくい場所(腋窩や四肢など)に対し、大網(Omentum)の優れた血管新生作用・免疫作用・ドレナージ作用を利用して治癒を促進する「大網充填(Omental Flap)」の手技について解説します。
本記事では、侵襲を低く抑えつつ遠隔部へ大網を届かせるための重要なテクニックである「側腹部アプローチによる大網の挙上」と「L字切開による延長」、さらにそれを皮膚弁と併用した高度な再建術について、手術ができるレベルまで深く理解できるようにまとめました。
術式の概要と適応
-
- 目的: 通常の縫合や皮弁のみでは壊死・離開しやすい「血行不良な創傷」「感染創」「デッドスペースのある創」に対し、血流豊富な大網を充填することで、強固な肉芽形成と抗感染能を付与します。

- 術式の特徴: 「側腹部小切開」から大網を引き出し、「L字型に延長」して皮下トンネルを通し、腋窩などの遠隔部へ誘導します。

- 併用(サンドイッチ構造): 症例によっては、大網の上に胸背動脈軸状皮弁などの皮弁を被せます。大網でベッドを作り、皮弁で蓋をするサンドイッチ構造により、皮弁の生着率も向上します。

最適な適応部位はどこ?
この「側腹部切開アプローチ」を用いた場合、解剖学的な距離の近さから、「同側の前躯(上半身)」にある欠損が最も良い適応となります。
最も適応となる部位(First Choice)
このアプローチの最大のメリットは「脇腹から出すことで、前足や脇の下への距離をショートカットできる」点です。
- 腋窩部(わきの下): 猫の喧嘩傷や腫瘍切除後などで皮膚が足りなくなりやすく、かつ可動域が広いため縫合が開いてしまいやすい場所です。この術式の最良の適応と言えます。
- 前肢(肘〜前腕): 肘関節周囲や前腕部の皮膚欠損。特に、交通事故などで皮膚が脱落し、骨や腱が露出している場合。通常なら断脚を検討するような重度の外傷でも、大網で骨を覆うことで温存が可能になります。
- 胸壁(肋骨部): 広範囲の腫瘍切除(乳腺腫瘍の自壊例や、軟部組織肉腫など)後の再建。
なぜ「側腹部アプローチ」なのか?
- 距離の短縮: 腋窩や前肢を治す場合、お腹の真ん中(正中)から出すよりも、脇腹(側腹部)から出した方がルートが直線的になり、大網の長さを有効に使えます。
- トンネルの安全性: 皮下トンネルが短くて済むため、大網が途中でねじれたり(捻転)、圧迫されたりするリスクが減ります。
この術式が選ばれる「創の状態」
部位だけでなく、以下のような「通常の皮膚縫合や皮弁では治せない状態」が絶対的な適応となります。
- 感染コントロールが必要な創: 大網の持つ免疫能を利用したい場合(咬傷による重度感染など)。
- 血流のない組織が露出している創: 骨、軟骨、腱、プレートなどのインプラントが露出しており、そのままでは肉芽が上がらない場所。大網が「生きている絆創膏」としてベッドになります。
結論として、この術式は「同側の腋窩(わき)から前肢(腕)」にかけての、骨や深部組織が見えているような難治性皮膚欠損に対して、最も威力を発揮するテクニックです。
手術手技のステップ (Step-by-Step)
実践(執刀)レベルでイメージできるよう、手術のステップと要点を外科的視点で解説します。
① アプローチ(側腹部切開)
通常、大網はお腹の真ん中(正中切開)からアプローチしますが、ここでは「側腹部(脇腹)の小切開」を推奨します。
- 利点: 創傷部(例:腋窩)に近い位置から最短距離で大網を引き出せるため、大網の長さを節約でき、かつ腹壁ヘルニアのリスクが低いです。
- 手順: 患側の側腹部に数cmの切開を入れ、腹膜を切開して大網を引き出します。
② 大網の展開と延長(L字切開法・重要)
この手術の肝となる部分です。そのままでは届かない距離へ大網を伸ばすための形成術です。
- 解剖: 大網は胃の大弯に付着し、胃網動静脈(Gastroepiploic vessels)から栄養されています。
- 手技の手順:
- 大網を体外へ引き出します。
- 大網の無血管野(血管がない膜の部分)を確認します。
- L字型(あるいは逆L字)になるように、血管アーケードを温存しながらハサミまたは電気メス(バイポーラ推奨)で切離・展開します。
- これにより、大網が「面」から「長い紐状(ペディクル)」になり、有効長が劇的に伸びます。
- 注意点: 根元(胃側)の主要血管を絶対に傷つけないこと。ここが切れると移植した大網が壊死します。

③ 皮下トンネルの作成と誘導
- 手順: 側腹部の切開創から、目的とする創傷部(例:腋窩)まで、皮下にトンネルを掘ります。
- 注意点:
- トンネルは十分な太さを確保してください。狭すぎると大網の血管が圧迫(絞扼)され、血流不全に陥ります。
- 大網を通す際は、鉗子で愛護的に引っ張ります。途中で大網がねじれない(捻転しない)ように注意します。
④ 創部への設置と固定
- 手順: 創傷の深部(デッドスペース)や骨・腱が露出した部位に大網を敷き詰めます。
- 固定: 大網がずれないように、創縁や深部組織に数カ所、吸収糸(PDSやMonocrylなど)で軽くタッキング(結紮固定)します。
- Check! この時点で大網が鮮やかな赤色(血流良好)であることを確認してください。
⑤ 閉創・被覆(サンドイッチ法)
大網自体は粘膜のようなものなので、そのまま外気に触れさせると乾いてしまいます。
- 工夫のポイント:
- 大網フラップを創底に敷く(血流・肉芽の供給源)。
- その上から胸背動脈皮弁(軸状皮弁)などを回転させて被せる。
- 「皮膚 – 大網 – 創底」のサンドイッチ構造にします。
- これにより、皮弁の下で大網がクッションかつ栄養血管となり、皮弁の生着率も向上します。感染コントロールと滲出液排出のため、ペンローズドレーンや閉鎖式ドレーンを留置することが推奨されます。
執刀のためのクリニカルパール(コツ)
- 大網の取り扱い: 大網は乾燥に弱いです。手術中は常に生食ガーゼで湿らせて保護してください。
- 延長時の血管温存: 実際の血管走行は個体差があります。部屋の明かりを透かして(トランスイルミネーション)、太い血管アーケードを目視しながら切開ラインを決めてください。
- 閉腹部の処理: 側腹部から大網を出した穴は、大網が出ている分、完全には閉じられません。しかし、隙間が広すぎると腸管が出てきてしまいます。「大網は通るが、腸管は通らない」絶妙なきつさで腹壁を縫縮する必要があります(ヘルニアのリスクは少ないとされていても、油断は禁物です)。
- 適応症例:
- 腋窩(わき)の難治性創傷: 猫の喧嘩傷や腫瘍切除後などで、皮膚が足りず、かつ動きが激しい場所に最適です。
- 四肢の皮膚欠損: 骨が露出しているような場合、大網で覆ってから皮膚移植(全層植皮)を行うと、大網が移植床となり生着します。
左右どちらから出す?(アプローチの原則と注意点)
結論から申し上げますと、左右どちらからでも導出可能です。
基本原則として、「皮膚欠損がある側(患側)の側腹部」からアプローチします。右足・右腋窩の欠損なら「右側腹部」から、左足・左腋窩なら「左側腹部」から大網を引き出します。
執刀医として押さえておくべき「左右の解剖学的違い」と「注意点」を整理します。
1. 左右の選択基準
- 最短距離の原則: 大網の血流を維持するため、血管茎(Pedicle)にテンションをかけないことが最優先です。そのため、わざわざ反対側からクロスさせるメリットはなく、必ず「患側(創傷がある側)」から出します。
2. 左右それぞれのアプローチの感覚と注意点
【左側(Left)から出す場合】
- 解剖: 胃の大部分と脾臓が左側にあります。
- メリット: 大網の起始部(胃大弯)に近いため、ボリュームのある大網を確保しやすいです。
- 注意点(重要):
- 脾臓の巻き込み: 大網を引き出す際、胃脾間膜でつながっている脾臓(Spleen)まで一緒に引っ張ってこないように注意してください。脾臓が捻転したり、脾血管を圧迫したりするリスクがあります。
- 指で脾臓の位置を確認し、脾臓を腹腔内に優しく戻しながら大網だけを引き出します。
【右側(Right)から出す場合】
- 解剖: 十二指腸が右側にあります。
- 感覚: 胃(左側)から少し距離があるように感じますが、大網はエプロンのように広がっているため、右側腹部からでも問題なく引き出せます。
- 注意点:
- 膵臓(Pancreas): 大網の右葉側(十二指腸に近い部分)には膵臓の右葉が接しています。大網を無理に引っ張ると膵臓にダメージを与える可能性があるため、十二指腸・膵臓周囲の癒着や走行に注意し、愛護的に操作します。
3. 術中の確認ポイント
左右どちらから出す場合でも、側腹部の小切開から指を入れ、以下のことを確認してから引き出してください。
- 捻転がないか: 胃の付着部から出口までの間で、大網が雑巾絞りのようにねじれていないか。
- 腸管の逸脱がないか: 大網と一緒に小腸が穴に入り込んでいないか。
まとめ: 患側の脇腹からアプローチすればOKです。「左は脾臓」「右は膵臓/十二指腸」の位置関係だけ頭に入れておけば、安全に挙上できます。
執刀時の最大のポイント
「とにかく血管茎(Pedicle)を愛護的に扱うこと」
これに尽きます。大網は少しのテンションやねじれで簡単に血流が途絶えてしまいます。「生きている組織」であることを常に意識し、優しく誘導してあげてください。