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【症例報告】心不全と乳腺腫瘍:高齢犬のQOLを守る「引き算」の手術戦略と術式選択

 

当院における外科手術の論理的な考え方と、実際の症例について共有します。

今回は、犬に非常に多い「乳腺腫瘍」の基礎知識から、高齢かつ重度の心疾患を抱えた患者さんに対する「術式の使い分け」という選択、そして術後管理のリアルな実態までをお話しします。


手術の痛みを恐れるあまり放置するリスクと、心不全の麻酔リスクという相反する問題にどう向き合うか、当院の判断基準をお伝えします。

犬の乳腺腫瘍の概要と、4つの外科的アプローチ

まず、前提となる「犬の乳腺腫瘍」という疾患について解説します。これは未避妊の中高年のメス犬で非常に発生リスクが高い腫瘍です。

  • 「50/50の法則」: 犬の乳腺にできたしこりのうち、約50%が良性腫瘍、残り約50%が悪性腫瘍(乳がん)であると言われています。
  • 見た目では判断不能: 触診や見た目だけで良悪を確実に判定することはできず、摘出した組織の「病理組織検査」が必須となります。

乳腺腫瘍の外科手術には、大きく分けて4つの段階(術式)があります。切除範囲が広いほど将来の再発リスクは下がりますが、身体へのダメージ(侵襲)は大きくなります。

  • 腫瘤結節摘出術(局所切除): 腫瘍とその周囲のわずかな組織のみを切除します。傷口が小さく体への負担は最小ですが、残った乳腺からの再発リスクは残ります。
  • 単一乳腺切除術: 腫瘍が発生している1つの乳腺のみを丸ごと切除します。局所切除より確実性が増し、体への負担は中程度です。
  • 領域乳腺切除術: 腫瘍がある乳腺と、リンパ液が流れる隣接した乳腺・リンパ節をひとまとめにして切除します。
  • 片側/両側乳腺全摘出術: 左右どちらか、あるいは両側のすべての乳腺を根こそぎ摘出します。再発リスクを理論上排除できますが、広範囲の皮膚を切開して強く縫い合わせるため、術後に極めて強い痛みが生じます。

検査の結果と「外科的適応」の判断

今回ご報告するのは、13歳の小型犬(体重約6.35kg)のケースです。この患者さんは、右側の乳腺に多発するしこり(大小複数)、食事の際に物理的に邪魔になっていた舌の腫瘍、そして首回りの腫瘍を抱えて来院されました。

術前検査(胸部レントゲン、心臓超音波検査等)の結果、聴診にて心雑音が認められ、心拡大を伴う僧帽弁閉鎖不全症(心不全)であることが確認されました。乳腺腫瘍のセオリーで言えば、再発を防ぐための広範囲な乳腺切除(領域切除や全摘出)を検討する場面です。しかし、本症例においては心機能への強い負荷を第一に考慮し、長時間の全身麻酔や、痛みの強い広範囲切除は命に関わると判断しました。

もしこのまま様子を見たら(放置した場合の残酷なリスク)

高齢や心臓病を理由に「様子を見る(手術をしない)」という選択をした場合、動物は将来的に以下のような具体的な苦痛を経験することになります。

  • 腫瘍の自壊: 乳腺腫瘍は大きくなると皮膚を突き破り、常に出血や膿が出る状態になります。激しい痛みを伴い、生活の質が著しく低下します。
  • 摂食障害と衰弱: 舌の腫瘍が増大すれば、うまく食べ物を飲み込めなくなり、痛みで食欲が落ち、最終的には衰弱に直結します。

私たちは外科医として、この「将来確実に訪れる苦痛」から目を背けることはしません。

選択した術式とその根拠・周術期管理

心臓への負担を最小限に抑えつつ、生活の質を低下させている原因を確実に取り除くため、以下のプロトコルを実施しました。

  • 術式の戦略的使い分け: 乳腺腫瘍に対してはすべて同じ取り方をするのではなく、腫瘍の大きさに応じて術式を組み合わせました。最も大きな乳腺腫瘍に対しては確実性を重んじて「単一乳腺切除」を、残り2箇所の小さな乳腺腫瘍に対しては体への負担を最小化する「局所切除」を選択しました。頸部の皮膚腫瘍および舌腫瘍も同様に局所切除としています。これにより、全身麻酔の時間を極力短縮し、心臓へのダメージを最小限に留めました。
  • 周術期の麻酔・鎮痛管理: 麻酔前より強心剤を用いた点滴(ドブタミン持続点滴)を行い、術中の心機能を強力にサポートしました。また、麻酔モニターによる厳重な監視下で、適切な鎮痛剤を使用し、術中・術後の痛みを徹底的にコントロールしています。
  • 病理検査結果: なお、後日判明した病理組織検査の結果、摘出した腫瘍はいずれも良性(良性乳腺腫瘍、顆粒細胞腫、結節性皮脂腺過形成)であり、無事に取りきれていることが確認されました。
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術後管理と夜間監視について(当院のリアルな体制)

  • 早期退院の方針: 当院での術後入院は原則1〜3日とし、静脈点滴が必要な期間のみとしています。動物にとって病院は心休まる場所ではありません。精神的ストレスを考慮し、早期の家庭内リハビリへ移行する方針をとっています。
  • 夜間の監視とペインコントロール: 正直にお伝えします。当院の夜間は「スタッフ不在(無人)」となります。しかし、入院室にはペットカメラを設置し、遠隔監視を徹底しています。もし動物が術後の疼痛で眠れていないなどの異常を検知した場合は、院長自らが深夜であっても病院へ赴き、追加の鎮痛剤投与を行います。「痛みを絶対に見過ごさない」、これが当院の徹底した管理体制です。

起こり得る合併症と、術後の見通し(術創管理の重要性)

外科手術には必ずリスクが伴います。本症例において皆様に強く認識していただきたいのが、「術創の舐性(自分で傷を舐めること)」による縫合不全と感染リスクです。

本症例では、ご自宅で術後服を着用せずに過ごしてしまった結果、患者さん自身が乳腺の傷口を舐め壊してしまい、縫合糸が切れ、膿が出る事態が発生しました。患部の細菌培養検査を実施したところ、多くの抗生物質に耐性を持つ多剤耐性菌(セレウス菌)が検出されました。

術後のエリザベスカラーや術後服の着用は、「かわいそう」に思えるかもしれません。しかし、傷を舐めることで耐性菌に感染し、最悪の場合は敗血症など命に関わる合併症を引き起こす危険性があります。動物の命を守るため、術後の患部保護は厳格に守っていただく必要があります。

当院の外科適応基準と紹介ポリシー

  • 軟部・腫瘍: 後腹膜より腹側の一般軟部、体表腫瘍(皮弁含む)は広く対応可能です。肝臓腫瘍は主要血管を巻き込まない辺縁切除まで対応します。
  • 適応外・完全紹介対象: 副腎摘出などの最深部アプローチ、尿管結石摘出、および輸血準備がないため術前に重度貧血が想定される症例については、当院では手術を行いません。命を最優先とし、設備が整った二次施設へ速やかにご紹介いたします。

院長からのメッセージ

「高齢だから」「心臓病があるから」という理由だけで、外科的介入を完全に諦める必要はありません。「腫瘍だから全部取る」という画一的な判断ではなく、放置することで生じる将来の苦痛と、手術による負担を論理的に天秤にかけ、その子にとって「最も負担が少なく、最大のメリットが得られる選択肢」をご提案します。

愛犬・愛猫のしこりや手術のリスクについて不安なことがあれば、データに基づいた最適な道筋を一緒に探しましょう。お気軽にご相談ください。

Summary

Surgical Approach for Mammary and Lingual Tumors in Elderly Dogs with Heart Disease
This article discusses our logical approach to surgery for a 13-year-old dog with multiple mammary tumors, a lingual tumor, and severe mitral valve disease. Balancing the risk of anesthesia against the inevitable suffering from untreated tumors, we opted for a strategic combination of single mastectomy for the largest mass and local excision for smaller tumors to minimize surgical time and cardiac stress. We also outline our strict post-operative pain management protocol, including remote overnight monitoring, and emphasize the critical importance of preventing self-trauma to the surgical site to avoid multi-drug-resistant infections.

中文摘要

患有心脏病的老年犬乳腺及舌部肿瘤的外科治疗策略
本文探讨了我们对一只患有多发性乳腺肿瘤、舌部肿瘤及严重二尖瓣关闭不全的13岁高龄犬的外科治疗逻辑。在评估麻醉风险与不治疗将导致的必然痛苦后,我们战略性地选择了对最大肿块进行单一乳腺切除,对较小肿瘤进行局部切除,以尽量减少手术时间和对心脏的负担。我们还详细介绍了严格的术后疼痛管理方案(包括夜间远程监控),并强调了防止动物舔舐伤口以避免多重耐药菌感染的极端重要性。