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12歳の猫に起きた手術後の発作と夜間救急対応の現状について

12歳の猫に起きた手術後の発作と夜間救急対応の現状について

高齢のペットとの暮らしでは、様々な健康上の変化に注意を払う必要があり、特に手術や麻酔、そして緊急時の対応については、事前に情報を得ておくことが望ましい場合があります。本稿では、12歳の猫が手術直後に重篤な発作を起こし、夜間救急での受け入れが困難であった事例をもとに、猫の発作、術後のリスク、そして獣医救急医療の現状について解説します。

手術直後に発作を起こした事例の概要

12歳の猫が、腹腔内のリンパ節摘出と消化管生検を目的とした開腹手術を受けました。術前の検査では、レントゲン上、心臓や肺に異常は認められませんでしたが、血液検査で白血球数(20,000/μL)と膵リパーゼ値(41 U/L、正常<30)に軽度の上昇が見られ、体内に何らかの炎症反応やストレスが存在する可能性が示唆されていました。

手術ではケタミン、メデトミジン、イソフルランといった麻酔薬が使用され、術中のモニター記録上は異常なく、出血も少量でした。しかし、麻酔からの覚醒時に、猫は突然後弓反張(体を反らせる硬直)、縮瞳(瞳孔が極端に小さくなる)、斜頸(首の傾き)、開口呼吸といった激しい発作症状を示しました。

病院ではジアゼパムやフェノバルビタールといった抗けいれん薬が投与されましたが、発作を完全に抑制することはできませんでした。MRIを備える夜間救急対応の二次診療施設(東京ER文京/どうぶつの総合病院)に連絡を取りましたが、当時は受け入れが不可能との回答でした。発作は持続し「発作重積」と呼ばれる危険な状態となり、最終的に開口呼吸の症状は抑えられたものの、回復の見込みは極めて低いと判断されました。ご家族は、猫をこれ以上苦しませないための選択として、安楽死を決断されました。

猫の発作はなぜ起こるのか?

  • 脳内の問題: 脳腫瘍、脳炎、過去の頭部外傷による脳損傷、脳血管障害(脳卒中)などが直接的な原因となることがあります。
  • 脳以外の全身性の問題: 肝臓や腎臓の機能不全(肝性脳症、尿毒症など)、毒物(殺虫剤、観葉植物、薬剤など)の中毒、重度の低血糖、高血圧、電解質(ナトリウム、カルシウムなど)の異常などが原因で、二次的に発作が誘発されることがあります。
  • 猫における特徴: 犬では原因不明の「特発性てんかん」が比較的多いですが、猫では稀とされています。特に高齢の猫が初めて発作を起こした場合、背景に脳腫瘍、高血圧症、慢性腎不全などの疾患が隠れている可能性が高いため、原因精査が重要となります。
  • 発作が起こりやすいタイミング: 脳の活動状態が変化する時、例えば「眠りにつく時」や「目覚める時」に発作が起こりやすいとされています。興奮時や食事中などに誘発されることもあります。今回の事例のように、麻酔からの覚醒という意識状態の移行期に発作が起きたことは、タイミングとして特徴的でした。

手術後に発作が起こる特有の要因

  • 麻酔薬や薬剤の影響: 一部の麻酔薬(例:ケタミン)は、まれに覚醒時に神経過敏や発作様症状を誘発する可能性があります。また、麻酔からの覚醒過程自体が脳にとって刺激となる場合もあります。鎮静薬の効果を拮抗薬で急に打ち消すことも、一時的に循環器系や神経系に影響を与える可能性があります(これは一般論であり、今回の処置に問題があったことを示すものではありません)。
  • 手術中の潜在的トラブル: モニター上は安定していても、短時間の低酸素状態や血圧の大きな変動が脳に影響を与え、後遺症として発作を引き起こす可能性があります。また、手術ストレス下で血栓が形成され、脳血管を閉塞させる脳梗塞や、高血圧による脳出血(脳卒中)のリスクも、特に血管が脆くなっている可能性のある高齢猫では否定できません。
  • 隠れていた基礎疾患の顕在化: 手術という大きなストレスが引き金となり、それまで無症状だった脳腫瘍や炎症、あるいは重度の心臓病などが急に表面化し、発作を引き起こすことがあります。術前の血液検査で示唆された炎症反応などが、この背景にあった可能性も考えられます。
  • 代謝の急激な変化: 絶食や輸液管理などにより、術後に血糖値や電解質バランスが崩れ、発作を誘発することがあります(例:低血糖)。ただし、術中モニターが安定していた場合、術後すぐの重度な代謝異常の可能性は相対的に低いと考えられます。

このように、術後発作の原因は複合的であることが多く、特定が困難な場合も少なくありません。今回の事例では、正確な原因特定は不可能ですが、年齢や症状の重篤さから、脳血管障害や重度の代謝性・炎症性脳症など、深刻な頭蓋内イベントが発生した可能性が高いと推測されます。術後にこれほど重篤な発作が起こることは稀であり、非常に困難な状況であったと言えます。

夜間に受け入れてくれる救急病院が少ない理由

  • 施設・人員不足: そもそも深夜帯に診療可能な動物病院の数が絶対的に不足しています。また、夜間勤務に対応できる獣医師や動物看護師の確保も難しく、深刻な人手不足が背景にあります。
  • 高度な設備・体制の限界: 重篤な救急疾患に対応するには、ICU設備、人工呼吸器、MRI/CTなどの高度医療機器、そしてそれらを運用できる専門スタッフが必要ですが、これらを24時間体制で維持できる施設は、都市部においても限られています。設備投資や維持コストも大きな負担となります。
  • 経営上の困難: 夜間専門の診療は、人件費や設備費がかさむ一方で、患者数が不安定なため、経営的に成り立たせることが難しいという側面があります。個人経営の動物病院が、採算度外視で24時間体制を維持することは容易ではありません。

もし専門施設で治療を受けられたら?:ICUでの管理、費用、予後

  • 想定される治療内容 (ICU):
  • 発作の抑制: ジアゼパムやミダゾラム、あるいはプロポフォールといった薬剤を静脈から持続的に投与(CRI)し、発作を強力に抑制。必要に応じて他の抗けいれん薬(レベチラセタムなど)も併用。
  • 生命維持: 酸素吸入は必須。呼吸状態が悪化すれば、気管挿管し人工呼吸器による呼吸管理。循環動態を維持するための輸液療法や昇圧剤の使用。
  • 高度モニタリング: 心電図、血圧(観血的・非観血的)、動脈血酸素飽和度、呼気終末二酸化炭素濃度、体温などを継続的に監視。頻繁な神経学的評価。
  • 診断: 緊急でのMRIまたはCT検査による脳の画像評価。血液ガス分析、電解質、血糖値、腎・肝機能などの頻回な血液検査。必要に応じて脳脊髄液(CSF)検査。
  • 対症療法: 脳浮腫が疑われれば、マンニトールや高張食塩水などの投与。これらは神経科や集中治療科の専門知識を持つ獣医師、熟練した看護スタッフによるチーム医療が不可欠です。
  • 考えられる費用の目安: 高度な集中治療には高額な費用がかかります。以前の分析での推定に基づくと、以下のような費用が考えられます(あくまで目安であり、施設や状況により大きく異なります)。
  • 初期安定化・診断(救急料金、初期検査、薬剤負荷投与など): 8万円~15万円程度
  • ICU管理費(1日あたり、基本モニタリング・看護含む): 10万円~20万円/日
  • 薬剤の持続点滴(CRI)(1日あたり): 3万円~8万円/日
  • 人工呼吸管理(必要な場合、1日あたりの追加費用): 8万円~15万円/日
  • MRI検査(1回): 15万円~25万円
  • 専門医診察料など: これらを合計すると、MRI検査を含む24時間のICU管理(人工呼吸なし)で約38万円~73万円、48時間(うち24時間人工呼吸あり)となると約67万円~136万円以上になる可能性も想定されます。24時間体制の高度医療を維持するには、人的・物的資源に相応のコストがかかるためです。
  • 回復の可能性(予後): 発作重積は極めて危険な状態であり、集中的な治療を行っても回復が保証されるわけではありません。
  • 生存率: 報告によれば、発作重積に陥った犬猫の死亡率は25.3~38.5%とされ、生存できたとしても後遺症が残る可能性は低くありません。つまり、生存・回復率は約60~75%程度と推測されますが、これは様々な原因を含む全体の統計です。
  • 予後因子: 発作の原因(脳腫瘍や脳卒中など構造的病変は予後不良)、年齢、発作が制御されるまでの時間、治療への反応(深い麻酔や人工呼吸が必要な場合は予後が悪い傾向)、合併症の有無などが結果を左右します。
  • 後遺症とQOL: 生存した場合でも、永続的な神経学的障害(行動変化、視覚障害、運動失調、てんかん再発など)のリスクがあります。回復後の生活の質(QOL)も考慮した上で、治療方針を決定する必要があります。今回の猫の場合、仮に高度医療を受けられたとしても、年齢、症状の重篤さ、初期治療への反応の乏しさから、予後は非常に厳しかった可能性が高いと考えられます。しかし、原因究明や、わずかな可能性に賭けた治療の選択肢は存在したかもしれません。

まとめ

この事例は、高齢猫の術後に起こりうる重篤な合併症と、現在の日本の獣医夜間救急医療体制が抱える課題が重なった、非常に困難なケースでした。猫の発作は多様な原因で起こり、特に高齢猫では基礎疾患との関連を考慮する必要があります。術後の発作は、さらに複数の要因が複雑に関与する可能性があります。

また、夜間や休日に対応可能な救急動物病院は限られており、緊急時に必ずしも高度な医療を受けられるとは限らないのが現状です。万が一に備え、地域の救急病院情報を把握しておくことや、高額な治療費への備え(ペット保険や貯蓄など)を考慮することも有効かもしれません。

しかし最も重要なのは、日頃からかかりつけの獣医師と良好な関係を築き、ペットの年齢や健康状態に応じた適切な医療計画についてよく相談することです。手術や麻酔のリスク、術後のケア体制についても、事前に十分な説明を受け、理解を深めておくことが望まれます。

獣医療は、制度的なサポートが十分とは言えず、特に救急医療体制には多くの課題が存在します。今回のような結果は、飼い主の責任ではなく、様々な不運な要因が重なった結果として起こりうる悲しい現実でもあります。この事例が、ペット医療の現状を理解し、日々のケアや備えについて考える一助となれば幸いです。