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🐶 今回のテーマ 🐶
このページでは、犬の「胃の流出路障害」、つまり胃の出口が狭くなってしまう病気について、日本獣医生命科学大学の多川政弘先生による論文『幽門筋切開術と幽門形成術』の内容を元に、一つ一つ丁寧にご紹介します。
まず、手術の対象となる「胃」が、どのような臓器なのかを知ることから始めましょう。 胃は、ただ食べ物を溜めておく袋ではありません。 大きく4つのパートに分かれていて、それぞれに大切な役割があります。
このように、胃は全体が連携して、次のような多くの重要な働きをこなしています。
健康な犬の場合、液体はだいたい30分以内に胃から排出され始め、胃の中が完全に空になるまでには、およそ3時間から4時間かかります。
「胃の流出路障害」とは、胃の出口「幽門」が何らかの理由で狭くなったり、詰まったりして、食べ物がうまく十二指腸へ送られなくなる病気です。
この病気になると、食後30分から1時間ほどで、消化されていない食べ物を吐いてしまう、という症状が慢性的に見られるようになります。 その他にも、お腹が張ったり、食欲がなくなったり、体重が減ってしまったりします。
主な原因
原因は本当にさまざまです。 生まれつき幽門の筋肉が分厚い子もいれば、後天的に成長してから筋肉が厚くなる子もいます。 おもちゃや布などの異物を飲み込んで詰まらせることもありますし、胃に腫瘍(できもの)ができて道を塞いでしまうこともあります。 また、膵炎などの周りの臓器の炎症が原因で、十二指腸が塞がってしまうこともあります。
かかりやすい犬種
診断方法
まず、レントゲン検査で胃が異常に大きくなっていないかなどを確認します。 次に、より詳しく調べるために、「バリウム造影X線検査」を行います。 正常ならバリウムはすぐに胃から十二指腸へ流れていきますが、この病気だと3時間以上たっても胃の中に大量のバリウムが残ってしまうため、診断の大きな手がかりになります。
さらに、「内視鏡検査」、つまり口からカメラを入れて、胃の内部を直接見ることもあります。 この検査では、胃の出口が赤くただれている「びらん」や、イボのような「ポリープ」が確認できることがあります。 また、まれに「結節性脂肪織炎」という特殊な炎症が見つかることもあり、この場合はステロイドで病変が綺麗に消えたという症例も報告されています。 これらの検査で原因がはっきりしない場合は、最終的に「試験開腹」、つまりお腹を開けて直接目で見て確認することもあります。
診断の結果、手術が必要になった場合、その目的は、狭くなった胃の出口を広げて、食べ物の通り道をしっかりと確保することです。
手術にはいくつかの方法がありますが、その前に、どんな手術にも共通する注意点、つまり合併症のリスクについてお話しします。
それでは、いよいよ具体的な手術方法について解説します。 ここでは、代表的な3つの方法をご紹介します。
これは、比較的症状が軽い場合に行われる手術です。 分厚くなった幽門の筋肉の、外側の層だけを縦にスッと切開します。 内側にある粘膜という薄い膜は切らずに残します。 すると、内側から粘膜が外に押し出されるように膨らみ、結果として狭かった通路が自然に広がります。
利点:胃の中身に触れないため、お腹の中が汚れるリスクがとても低いことです。
欠点:通路の広がり方は他の方法に比べて小さく、また、胃の中を直接見ることができないことです。
【症例報告:ポメラニアン】
この手術で嘔吐は改善しましたが、術後、心臓の動きが極端に遅くなる「徐脈」という合併症が起きました。 これは長引く嘔吐による電解質(カリウム)不足や手術の刺激が原因と考えられました。 この経験から、術前の血液検査で電解質バランスを整え、術後も心拍数を注意深く監視することの重要性が示されました。
これは、「縦に切って、横に縫う」という、とても分かりやすい手術です。 まず、狭くなっている幽門部を、胃の壁の全ての層を完全に縦に切り開きます。 そして、その縦の切り口を、今度は横方向にぐっと引っ張って、その形で縫い合わせるのです。 これで通路の断面積が大きくなり、食べ物が通りやすくなります。 この手術では、胃の壁の全ての層をずれることなく正確に合わせることが大切です。
【症例報告:フレンチ・ブルドッグ】
1歳8ヶ月で嘔吐と苦しそうな呼吸が続き、初めは鼻が短い犬種特有の呼吸器の病気「軟口蓋過長症」と間違えられていました。 しかしバリウム検査で胃からの排出遅延が判明し、先天性の幽門狭窄が真の原因と分かりました。 この手術を受け、嘔吐は完全になくなりました。 短頭種の嘔吐では、呼吸器の問題だけでなく幽門狭窄も疑うことの重要性がよくわかる症例です。
これは、比較的症状が重い場合に行われる方法で、これまで紹介した中で最も大きく出口を広げることができます。
まず、胃の出口手前の壁を使ってアルファベットの「U」の字の形をした「弁」を作ります。 次に、狭くなっている幽門部に縦の切れ込みを入れ、先ほど作ったU字の弁を、その切れ込みの先端まで前進させて、はめ込むように縫い合わせるのです。
利点:胃の中が大きく開くため、内部を直接見ながらポリープなどの病変があれば同時に切除できることです。
欠点:手術の範囲が広くなるため、感染や裂開のリスクは他の方法よりも高くなります。
【症例報告:ミニチュア・ダックスフンド】
胃の中の多数のポリープが原因で嘔吐を繰り返していました。 手術ではポリープをできる限り取り除き、このY-U形成術を行いました。 さらに、この子は栄養状態が悪く低タンパク血症で縫合不全のリスクが高かったため、通常の縫合に加えてさらに補強する「二層縫合」という頑丈な縫い方をしました。 Y-U形成術はもともと出口を大きく広げられるため、念入りに縫っても通路が狭くなる心配が少ないのが強みです。
どの手術方法を選ぶかは、ワンちゃん一人ひとりの症状の重さや、病気の原因、そして体の状態によって、獣医師が総合的に判断します。
最近の主なアップデートは、「動物の体への負担をいかに少なくするか」という点に集約されます。
最も大きな進歩の一つは、お腹を大きく切開しない「低侵襲手術」が普及してきたことです。 特筆すべきは「内視鏡下手術」です。 これは、お腹を切らずに、口から入れた内視鏡の先端についた器具を使って、胃の中から直接手術を行う方法です。 筋肉の肥厚が原因である場合に、内側から幽門の筋肉だけを切開する「内視鏡的幽門筋切開術」が行われることがあります。 また、風船(バルーン)を使って狭くなった幽門を内側から押し広げる「バルーン拡張術」も、症状が比較的軽い場合に選択されることがあります。
また、既存の手術手技に関する評価も進んでいます。 Y-U形成術は非常に優れた方法であることが再確認される一方で、出口が広がりすぎることによる「胆汁の胃への逆流」が術後にどの程度の頻度で起こるかなどのデータが蓄積され、より詳しい術後管理の方法が検討されています。 診断技術も向上し、造影超音波検査などを用いることで、手術前に幽門部の血流や動きをより詳細に評価できるようになりました。
さいごに
開腹手術が主流でしたが、現在では内視鏡を用いた低侵襲手術が新たな選択肢として確立されつつあります。 大切な家族であるワンちゃんの様子が、「いつもと何か違うな」と感じたとき、特に食後の嘔吐が続くような場合は、できるだけ早く動物病院に相談することが、早期発見と、より良い治療につながります。